田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと

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第1章  ダンジョン民宿、はじめました

第3話 ペットスライム

 ダンジョン民宿計画。
 そのあまりの突飛さに、一晩寝たら「俺は何をバカなことを」と我に返るかと思っていた。 だが、翌朝になっても俺の決意は揺らがなかった。むしろ、早く行動に移したくてウズウズしている。

「よし、行くか」

 目的地は、留咲萌町役場だ。
 どんな計画も、まずは行政への相談から。これも社畜時代に培った段取り術の一つだ。俺はクローゼットから一番まともに見える襟付きのシャツを引っ張り出し、何年も履いていないチノパンに足を通した。

 実家から自転車で15分。潮風を感じながらペダルをこぐと、町の中心部にある、良く言えば歴史を感じる、悪く言えば古臭いコンクリート造りの建物が見えてきた。
 これが留咲萌町役場である。

 自動ドアを抜けると、シーンと静まり返った独特の空気が漂っていた。平日の午前中だからか、住民の姿はまばらで、職員たちもどこかのんびりとした雰囲気を醸し出している。

 俺はまっすぐ「観光課」と書かれた窓口へ向かった。

「ご用件はなんでしょうか?」

 カウンターの向こうから声をかけてきたのは、少し気だるげな表情をした若い女性職員だった。名札には「佐藤」と書かれている。

「あの、観光資源の開発について、ご相談したいことがありまして」

「観光資源……ですか」

 佐藤さんは、俺の格好と真剣な顔つきを交互に見て、少しだけ訝しげな表情を浮かべた。まあ、無理もない。この過疎の町で、いきなりそんな相談に来る人間は珍しいだろう。

「はい。実は、実家が所有している山にあるダンジョンを活用して、民宿を経営できないかと考えておりまして」

「……はい?」

 佐藤さんの眉が、ピクリと動いた。目が「この人は何を言っているんだろう」と雄弁に物語っている。

「ダンジョンに……民宿、ですか?」

「はい。世界初のダンジョン民宿です」

 俺は持参したノートを開き、昨日ダンジョンで見た光景を熱っぽく語り始めた。人懐っこいモンスターたち、天井で輝く光る苔、神秘的な地下の泉。これらを活用すれば、他にないユニークな宿泊施設が作れるはずだと力説した。

 最初は完全に引いていた佐藤さんだったが、俺のあまりの熱量に気圧されたのか、あるいは話のバカバカしさに興味が湧いたのか、いつしか腕を組んで真剣な表情で耳を傾けていた。

「……お話は、分かりました。田中さんのご提案が非常にユニークで、町の活性化を願う熱意に溢れていることも伝わりました」

 一通り話し終えた俺に、佐藤さんは落ち着いた口調で言った。

「ですが、現実問題として、前例がありません。建築基準法や旅館業法、そして何よりお客様の安全確保など、クリアすべき課題が山積みです。正直なところ、現状では許可を出すのは難しいと言わざるを得ません」

「……ですよね」

 分かっていたことだ。
 だが、頭ごなしに否定されなかっただけでも、大きな一歩だと言える。

「ただ」と佐藤さんは続けた。

「この町に新しい風が必要なのも事実です。田中さんの言う『ハズレダンジョン』が、本当に観光資源になり得るのか……。もしよろしければ、一度、私の方で視察をさせていただくことは可能でしょうか?」

「え、本当ですか!?」

「ええ。もちろん、視察したからといって、すぐに許可が下りるわけではありませんが。まずは、現状を把握しませんと」

 願ってもない提案だった。
 俺は何度も頭を下げ、近いうちに日程を調整することを約束して、役場を後にした。
 思った以上の手応えに、自然と足取りが軽くなる。
 俺は自転車を走らせ、報告がてら再びダンジョンの入り口へと向かった。

「おーい、みんなー! ちょっとだけ前に進んだぞー!」

 洞窟に向かって叫ぶと、入り口の影から、ぷるぷると震える青い塊が姿を現した。昨日、俺が最初に撫でたスライムだ。
 どうやら、ここで待っていたらしい。

「お、いたのか。いい子だな、お前は」

 俺が頭を撫でてやると、スライムは嬉しそうに体を弾ませた。
 役場での一件で気分が高揚していた俺は、つい、こんなことを口走ってしまった。

「いっそのこと、うちに来るか? ペットとして」

 冗談だった。本当にただの冗談だったのだ。
 だが、スライムは俺の言葉を理解したかのように、「ぷるん!」と一声鳴くと、ぴょんぴょんと跳ねて俺の足元にすり寄ってきた。そして、俺が歩き出すと、その後を健気についてくるではないか。

「え、マジで?」

 何度か立ち止まったり、角を曲がったりしてみたが、スライムは律儀に後をついてくる。その姿は、まるで初めて主人を見つけた子犬のようだ。

「……分かったよ。お前、今日からうちの子だ」

 俺は覚悟を決め、奇妙なペットを連れて実家へと帰った。
 家に入ると、スライムは興味深そうにリビングを探検し始めた。そして、俺が驚いたのはその後のことだ。

 スライムは、ほこりが溜まった床の上を、ゆっくりと滑り始めた。すると、その半透明の体の中に、面白いようにほこりが吸着されていくではないか。あっという間に、リビングの床は雑巾がけをしたようにピカピカになってしまった。

「お前……もしかして、お掃除ロボットの代わりになるのか?」

 俺が問いかけると、スライムは得意げに「ぷるん!」と胸らしき部分を張った。
 名前が必要だな。安直だが、今日からお前の名前は「プル」だ。

「よろしくな、プル」

「ぷるるー!」

 プルは嬉しそうに俺の足元で跳ねた。
 こうして、俺の新しい生活に、奇妙で、しかし驚くほど有能な同居人……いや、同居スライムが加わった。

 役場の視察という第一関門、そしてペットスライムのプルという仲間。
 少しずつだが確実に、俺の「ダンジョン民宿」計画は現実味を帯び始めていた。

「よし、民宿の名前、そろそろ真剣に考えるか」

 プルを撫でながら、俺はノートにいくつかの候補を書き出した。

 そして、ふと思いつく。
 まずは、この計画を誰かに知ってもらうことから始めてみようか、と。

 俺はスマホを取り出し、新しいSNSアカウントを作成した。そして、こう打ち込んだ。

『【世界初?】ダンジョンに民宿作ります【北海道の片田舎より】』

 誰が見るかも分からない、小さな呟きだった。
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