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第2章 不器用なカップルとお節介な宿
第17話 しおれた花
「ささ、どうぞこちらへ。長旅でお疲れでしょう」
俺は、顔面に貼り付けた営業スマイルが引きつらないよう必死に堪えながら、雰囲気の悪いカップルを家の中へと招き入れた。
健太さんは、しきりに冷や汗を拭いながら、必死に会話を繋ごうとしている。
「す、素敵な古民家だね、沙耶! 空気が美味しいよ!」
「……別に」
沙耶さんの返事は、氷点下レベルに冷たい。彼女は、俺の足元で「ぷるん!」と歓迎の意を示しているプルや、玄関の隅でぺこりとお辞儀をしているゴブ吉の存在に、一瞬だけ「え?」という顔をしたが、すぐに興味を失ったようにぷいっとそっぽを向いてしまった。
(まずい、これはかなり重症だ……)
客室に案内する。
リサが「恋のムードを盛り上げましょう!」と息巻いて、テーブルの上にさりげなく飾ってくれた、庭の野花を使った小さなブーケ。それに気づいた健太さんが、空元気で叫んだ。
「わ、すごい! お花だ! 綺麗だね、沙耶!」
「……」
沙耶さんは、無言。ただ、じっとその花を見つめている。その沈黙が、あまりにも重い。
俺とリサは、「では、ごゆっくり……」と逃げるように部屋を後にし、台所の隅で緊急作戦会議を開くことにした。
その間にも、客室からは、俺たちの胃をキリキリさせるような会話が微かに聞こえてきていた。
「さ、沙耶! いつもありがとう! これ、プレゼント!」
どうやら健太さんが、サプライズの第一弾を仕掛けたらしい。
頼む、これで少しは空気が和らいでくれ!
「……別に、花なんていらなかったのに」
しかし、聞こえてきたのは、俺たちの淡い期待を打ち砕く、冷ややかな一言だった。
「どうして、こんな、しおれた花……。それより、もっと私たち、話さなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
「え……?」
しおれた花……? ああ、そうか。道中の車内で渡しそびれて、暑さでやられてしまったのか。健太さんの段取りの悪さが、見事に裏目に出ている。
「だめだこりゃー!」
リサが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「到着してたったの5分で、最終回級の険悪ムードじゃないですか! どうするんですか、ご主人!」
「俺に聞くな! というか、恋の応援とか言って煽ったのはお前だろ!」
俺たちのお節介心が、すでにして彼らの関係を悪化させている可能性がある。これは非常にまずい。
社畜時代に培ったリスクマネジメント能力が、今すぐ撤退せよと警報を鳴らしている。
だが、リサは違った。彼女は、こういう逆境でこそ燃えるタイプなのだ。
「こうなったら、私たちがキューピッドになって、二人の仲を全力で取り持つしかないですよ!」
その目は、なぜか使命感でギラギラと輝いていた。
「やめておけ。余計なお世話になって、さらに事態がこじれたらどうするんだ」
「大丈夫ですって! こういうのは、非日常のイベントで気分を変えるのが一番なんです! まずは、この宿の目玉、ダンジョン探検にご案内しましょう! いわゆる『吊り橋効果』ってやつで、ドキドキを恋のトキメキに錯覚させる作戦です!」
吊り橋効果……。
確かに、心理学でそんな話を聞いたことがあるような、ないような。
だが、あの二人に、そんな小手先のテクニックが通用するだろうか。
「いいですか、ご主人! 私たちは、お客様に最高の思い出を提供するプロ(仮)なんです! 目の前で沈みかけている恋の船を、見過ごすわけにはいかないでしょう!」
「プロ(仮)なのかよ……」
リサの勢いに、俺はぐうの音も出ない。
昔、理不尽なプロジェクトを「いいからやれ! 気持ちで乗り切れ!」と押し付けてきた部長の顔が、ふと頭をよぎった。どうやら俺は、こういう無茶振りに弱いらしい。
「……はぁ。分かったよ。だが、本当に慎重に行くぞ。空気を読み間違えたら、即撤退だ」
「了解です、キャプテン!」
俺は、重い足取りで客室の襖の前に立つと、深呼吸を一つして声をかけた。
「高橋さん、沙耶さん。少し、落ち着かれましたでしょうか。もしよろしければ、この宿の自慢のダンジョンへご案内しますが、いかがですか?」
シーン、と数秒の沈黙。
やがて、中から健太さんの焦ったような声が聞こえてきた。
「は、はい! い、行きます! 行かせていただきます!」
その声に重なるように、沙耶さんの全てを諦めきったような、深いため息も聞こえてきた。
こうして、史上最も気まずく、そして最も成功するビジョンが見えないダンジョン探検が、始まろうとしていた。
リサの言う「吊り橋効果大作戦」。
それが、二人の関係を繋ぐ奇跡の架け橋となるのか、それとも、奈落の底へと突き落とす腐った吊り橋となるのか。
神のみぞ知る、である。
俺は、顔面に貼り付けた営業スマイルが引きつらないよう必死に堪えながら、雰囲気の悪いカップルを家の中へと招き入れた。
健太さんは、しきりに冷や汗を拭いながら、必死に会話を繋ごうとしている。
「す、素敵な古民家だね、沙耶! 空気が美味しいよ!」
「……別に」
沙耶さんの返事は、氷点下レベルに冷たい。彼女は、俺の足元で「ぷるん!」と歓迎の意を示しているプルや、玄関の隅でぺこりとお辞儀をしているゴブ吉の存在に、一瞬だけ「え?」という顔をしたが、すぐに興味を失ったようにぷいっとそっぽを向いてしまった。
(まずい、これはかなり重症だ……)
客室に案内する。
リサが「恋のムードを盛り上げましょう!」と息巻いて、テーブルの上にさりげなく飾ってくれた、庭の野花を使った小さなブーケ。それに気づいた健太さんが、空元気で叫んだ。
「わ、すごい! お花だ! 綺麗だね、沙耶!」
「……」
沙耶さんは、無言。ただ、じっとその花を見つめている。その沈黙が、あまりにも重い。
俺とリサは、「では、ごゆっくり……」と逃げるように部屋を後にし、台所の隅で緊急作戦会議を開くことにした。
その間にも、客室からは、俺たちの胃をキリキリさせるような会話が微かに聞こえてきていた。
「さ、沙耶! いつもありがとう! これ、プレゼント!」
どうやら健太さんが、サプライズの第一弾を仕掛けたらしい。
頼む、これで少しは空気が和らいでくれ!
「……別に、花なんていらなかったのに」
しかし、聞こえてきたのは、俺たちの淡い期待を打ち砕く、冷ややかな一言だった。
「どうして、こんな、しおれた花……。それより、もっと私たち、話さなきゃいけないことがあるんじゃないの?」
「え……?」
しおれた花……? ああ、そうか。道中の車内で渡しそびれて、暑さでやられてしまったのか。健太さんの段取りの悪さが、見事に裏目に出ている。
「だめだこりゃー!」
リサが頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「到着してたったの5分で、最終回級の険悪ムードじゃないですか! どうするんですか、ご主人!」
「俺に聞くな! というか、恋の応援とか言って煽ったのはお前だろ!」
俺たちのお節介心が、すでにして彼らの関係を悪化させている可能性がある。これは非常にまずい。
社畜時代に培ったリスクマネジメント能力が、今すぐ撤退せよと警報を鳴らしている。
だが、リサは違った。彼女は、こういう逆境でこそ燃えるタイプなのだ。
「こうなったら、私たちがキューピッドになって、二人の仲を全力で取り持つしかないですよ!」
その目は、なぜか使命感でギラギラと輝いていた。
「やめておけ。余計なお世話になって、さらに事態がこじれたらどうするんだ」
「大丈夫ですって! こういうのは、非日常のイベントで気分を変えるのが一番なんです! まずは、この宿の目玉、ダンジョン探検にご案内しましょう! いわゆる『吊り橋効果』ってやつで、ドキドキを恋のトキメキに錯覚させる作戦です!」
吊り橋効果……。
確かに、心理学でそんな話を聞いたことがあるような、ないような。
だが、あの二人に、そんな小手先のテクニックが通用するだろうか。
「いいですか、ご主人! 私たちは、お客様に最高の思い出を提供するプロ(仮)なんです! 目の前で沈みかけている恋の船を、見過ごすわけにはいかないでしょう!」
「プロ(仮)なのかよ……」
リサの勢いに、俺はぐうの音も出ない。
昔、理不尽なプロジェクトを「いいからやれ! 気持ちで乗り切れ!」と押し付けてきた部長の顔が、ふと頭をよぎった。どうやら俺は、こういう無茶振りに弱いらしい。
「……はぁ。分かったよ。だが、本当に慎重に行くぞ。空気を読み間違えたら、即撤退だ」
「了解です、キャプテン!」
俺は、重い足取りで客室の襖の前に立つと、深呼吸を一つして声をかけた。
「高橋さん、沙耶さん。少し、落ち着かれましたでしょうか。もしよろしければ、この宿の自慢のダンジョンへご案内しますが、いかがですか?」
シーン、と数秒の沈黙。
やがて、中から健太さんの焦ったような声が聞こえてきた。
「は、はい! い、行きます! 行かせていただきます!」
その声に重なるように、沙耶さんの全てを諦めきったような、深いため息も聞こえてきた。
こうして、史上最も気まずく、そして最も成功するビジョンが見えないダンジョン探検が、始まろうとしていた。
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それが、二人の関係を繋ぐ奇跡の架け橋となるのか、それとも、奈落の底へと突き落とす腐った吊り橋となるのか。
神のみぞ知る、である。
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