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第2章 不器用なカップルとお節介な宿
第18話 気まずい沈黙
「それでは、こちらへどうぞ。足元が暗いので、お気をつけください」
俺は、努めて事務的な口調で重苦しい空気をまとった二人をダンジョンへと誘った。
健太さんは、ぎこちない笑顔で「は、はい!」と返事をし、沙耶さんは相変わらず無言で、少しだけ不安そうな表情で、洞窟の入り口を見つめている。
リサは、俺の後ろで「さあ、ここからが腕の見せ所ですよ!」とばかりに、小型カメラを構え直し、無駄にやる気に満ち溢れていた。
洞窟の中へと足を踏み入れる。
ひんやりとした空気が、三人の間に流れる気まずさを少しだけ和らげてくれる……かと思いきや、そんなことは全くなかった。
むしろ、静寂がその気まずさをさらに際立たせている。
健太さんは、この状況を打開しようと必死だった。
「わ、すごい! 本当に洞窟なんだ! なんだか、涼しいね!」
「……うん」
「あ、見て、沙耶! スライムだよ! 動画で見たやつだ!」
通路の脇でぷるぷると震えているスライムを指さし、健太さんが声を上げる。沙耶さんは、一瞬だけそちらに目をやったが、すぐに興味を失ったように視線を前に戻してしまった。
スライムは、そんな空気を読んだのか、いつもより心なしか元気がなく、しょんぼりと震えているように見えた。
次に現れたのは、礼儀正しいゴブリンだ。
彼は、いつものように俺たちを見るなり、ぺこりと深々とお辞儀をした。
健太さんが、ここぞとばかりに食いつく。
「すごい! 本当にお辞儀してる! 面白いね、沙耶!」
「……なんでゴブリンがお辞儀するのよ。変なの」
沙耶さんの呟きは、面白いというより、不可解だというニュアンスが強かった。
ゴブリンは、その冷たい反応に傷ついたのか、持っていた木の棒をぽとりと落とし、シュンとした様子で岩陰に隠れてしまった。
ごめん、ゴブリン。
今日は君のせいじゃないんだ。
リサが言うところの「吊り橋効果」は、一体どこで発揮されるのだろうか。
モンスターとのふれあいが、ことごとく不発に終わっていく。ダンジョンの中は、ただただ気まずい沈黙と、健太さんの空回りする声だけが響いていた。
「どうするんですか、ご主人! 全然盛り上がらないじゃないですか!」
後ろから、リサがひそひそ声で俺をつついてくる。
「知るか! 俺のせいじゃないだろ!」
「ここはもう、最終兵器を投入するしかないですよ! あの泉の広場です! あの幻想的な光景を見れば、どんなに険悪な二人だって、ロマンチックな気分になるはずです!」
確かに、それしかもう残された手はない。
俺は、一行を例の泉の広場へと導いた。
天井の光る苔が放つ、神秘的な青白い光。水底で輝く小石が透明な泉の水を照らし出す、幻想的な光景。
静寂の中に、ぽちゃん、ぽちゃんと響き渡る、心地よい水音。
「……わあ」
さすがに、この景色には沙耶さんも心を動かされたようだった。彼女の口から、今日初めて純粋な感嘆の声が漏れた。
よし、いけるか!?
「き、綺麗だね、沙耶……」
健太さんが震える声で彼女の隣に並ぶ。
「ここなら、邪魔も入らないし……少し、話さないか?」
「……」
沙耶さんは答えない。
ただ、じっと泉の水面を見つめている。その横顔は何を考えているのか全く読めなかった。
健太さんは、意を決したように、言葉を続けた。
「俺、沙耶のために、この旅行を計画したんだ。喜んでくれるかなって……。最近、なんだか元気なかったから……。俺、何か悪いことしたかなって……」
その言葉に沙耶さんの肩が、ぴくりと震えた。
彼女は、ゆっくりと顔を上げると、健太さんの方を向いた。
「……健太は、何も分かってない」
その声は、静かだったが氷のように冷たい。
「私が元気なかった理由、本当に分かってないの? 私が、何に悩んでて、何を不安に思ってるか……」
「え、それは……仕事が、忙しいとか……?」
「違う!」
沙耶さんの、今まで押し殺していた感情が、ついに爆発した。
「そうやって、いつも肝心なことから目をそらす! 花をくれればいいとか、旅行に連れてくればいいとか、そういう問題じゃないの! 私は、健太と、私たちの将来の話がしたいのに!」
「将来の話……って……」
「もういい!」
沙耶さんは、そう叫ぶと、俺たちの方を振り返った。その目には涙が浮かんでいる。
「すみません、もう帰ります! 一人で外に出られますから」
そう言って、彼女は踵を返し、来た道を引き返そうと走り出してしまった。
「さ、沙耶! 待って!」
健太さんが慌てて後を追いかける。
リサの吊り橋効果大作戦は、大失敗に終わった。
吊り橋は、二人を繋ぐどころか、見事に崩落し、二人の関係は、最悪の形で奈落の底へと落ちていってしまったのだ。
「……」
「……」
静寂が戻った泉の広場に、俺とリサは、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
床に転がっていた小石を、プルが悲しそうに、つん、とつついている。
俺たちの、お節介で、おめでたい計画は、ここで完全に座礁してしまったのだった。
俺は、努めて事務的な口調で重苦しい空気をまとった二人をダンジョンへと誘った。
健太さんは、ぎこちない笑顔で「は、はい!」と返事をし、沙耶さんは相変わらず無言で、少しだけ不安そうな表情で、洞窟の入り口を見つめている。
リサは、俺の後ろで「さあ、ここからが腕の見せ所ですよ!」とばかりに、小型カメラを構え直し、無駄にやる気に満ち溢れていた。
洞窟の中へと足を踏み入れる。
ひんやりとした空気が、三人の間に流れる気まずさを少しだけ和らげてくれる……かと思いきや、そんなことは全くなかった。
むしろ、静寂がその気まずさをさらに際立たせている。
健太さんは、この状況を打開しようと必死だった。
「わ、すごい! 本当に洞窟なんだ! なんだか、涼しいね!」
「……うん」
「あ、見て、沙耶! スライムだよ! 動画で見たやつだ!」
通路の脇でぷるぷると震えているスライムを指さし、健太さんが声を上げる。沙耶さんは、一瞬だけそちらに目をやったが、すぐに興味を失ったように視線を前に戻してしまった。
スライムは、そんな空気を読んだのか、いつもより心なしか元気がなく、しょんぼりと震えているように見えた。
次に現れたのは、礼儀正しいゴブリンだ。
彼は、いつものように俺たちを見るなり、ぺこりと深々とお辞儀をした。
健太さんが、ここぞとばかりに食いつく。
「すごい! 本当にお辞儀してる! 面白いね、沙耶!」
「……なんでゴブリンがお辞儀するのよ。変なの」
沙耶さんの呟きは、面白いというより、不可解だというニュアンスが強かった。
ゴブリンは、その冷たい反応に傷ついたのか、持っていた木の棒をぽとりと落とし、シュンとした様子で岩陰に隠れてしまった。
ごめん、ゴブリン。
今日は君のせいじゃないんだ。
リサが言うところの「吊り橋効果」は、一体どこで発揮されるのだろうか。
モンスターとのふれあいが、ことごとく不発に終わっていく。ダンジョンの中は、ただただ気まずい沈黙と、健太さんの空回りする声だけが響いていた。
「どうするんですか、ご主人! 全然盛り上がらないじゃないですか!」
後ろから、リサがひそひそ声で俺をつついてくる。
「知るか! 俺のせいじゃないだろ!」
「ここはもう、最終兵器を投入するしかないですよ! あの泉の広場です! あの幻想的な光景を見れば、どんなに険悪な二人だって、ロマンチックな気分になるはずです!」
確かに、それしかもう残された手はない。
俺は、一行を例の泉の広場へと導いた。
天井の光る苔が放つ、神秘的な青白い光。水底で輝く小石が透明な泉の水を照らし出す、幻想的な光景。
静寂の中に、ぽちゃん、ぽちゃんと響き渡る、心地よい水音。
「……わあ」
さすがに、この景色には沙耶さんも心を動かされたようだった。彼女の口から、今日初めて純粋な感嘆の声が漏れた。
よし、いけるか!?
「き、綺麗だね、沙耶……」
健太さんが震える声で彼女の隣に並ぶ。
「ここなら、邪魔も入らないし……少し、話さないか?」
「……」
沙耶さんは答えない。
ただ、じっと泉の水面を見つめている。その横顔は何を考えているのか全く読めなかった。
健太さんは、意を決したように、言葉を続けた。
「俺、沙耶のために、この旅行を計画したんだ。喜んでくれるかなって……。最近、なんだか元気なかったから……。俺、何か悪いことしたかなって……」
その言葉に沙耶さんの肩が、ぴくりと震えた。
彼女は、ゆっくりと顔を上げると、健太さんの方を向いた。
「……健太は、何も分かってない」
その声は、静かだったが氷のように冷たい。
「私が元気なかった理由、本当に分かってないの? 私が、何に悩んでて、何を不安に思ってるか……」
「え、それは……仕事が、忙しいとか……?」
「違う!」
沙耶さんの、今まで押し殺していた感情が、ついに爆発した。
「そうやって、いつも肝心なことから目をそらす! 花をくれればいいとか、旅行に連れてくればいいとか、そういう問題じゃないの! 私は、健太と、私たちの将来の話がしたいのに!」
「将来の話……って……」
「もういい!」
沙耶さんは、そう叫ぶと、俺たちの方を振り返った。その目には涙が浮かんでいる。
「すみません、もう帰ります! 一人で外に出られますから」
そう言って、彼女は踵を返し、来た道を引き返そうと走り出してしまった。
「さ、沙耶! 待って!」
健太さんが慌てて後を追いかける。
リサの吊り橋効果大作戦は、大失敗に終わった。
吊り橋は、二人を繋ぐどころか、見事に崩落し、二人の関係は、最悪の形で奈落の底へと落ちていってしまったのだ。
「……」
「……」
静寂が戻った泉の広場に、俺とリサは、ただただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
床に転がっていた小石を、プルが悲しそうに、つん、とつついている。
俺たちの、お節介で、おめでたい計画は、ここで完全に座礁してしまったのだった。
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