20 / 51
第2章 不器用なカップルとお節介な宿
第20話 不格好なハンバーグ
しん、と静まり返った客室。
リサが差し出したハーブティーのカップから、カモミールの甘く優しい香りが立ち上っていた。沙耶さんは、泣きはらして赤くなった目で、ただ黙ってその湯気を見つめている。
リサは、何も言わずに自分のカップを一口すすった。急かさない。急かした結果、ダンジョンで大失敗したことを、彼女は痛いほど学んでいた。
今はただ、このハーブティーが持つリラックスの魔法が、彼女のささくれだった心を少しでも癒やしてくれるのを待つだけだ。
やがて、沙耶さんが、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「……私、わがままですよね」
その声は後悔の色に染まっている。
「せっかく健太が、私のために色々考えて、連れてきてくれたのに……。あんな、ひどい態度とって……」
「そんなことないですよ」
リサは、静かに首を振った。
「将来のこと、不安になる気持ち、すごく分かります。私も、考えますもん。女の子だったら、誰だってそうですよ」
リサの優しい共感に、沙耶さんの心の壁がまた一つ、音を立てて崩れた。
「健太のこと、好きなんです。本当に……。好きだから、ちゃんと向き合ってほしかった。サプライズとか、旅行とか、そういうイベントで誤魔化されるんじゃなくて……」
堰を切ったように、沙耶さんの本音が溢れ出す。
「でも、いざ本人を目の前にすると、全然、素直になれない。可愛いげのないことばっかり言っちゃうんです。本当は、花だって嬉しかったのに……」
そう言って、彼女は部屋の隅に置かれた、あのしおれた花束に目をやった。よく見ると、花瓶代わりに使われた湯呑みの中で、少しだけ元気を取り戻している。
彼女がこっそり、水を入れてあげたのだろう。
リサは、にっこりと微笑んだ。
「健太さん、すっごい頑張ってましたよ」
彼女は、健太がいかに沙耶さんを喜ばせようと必死だったかを、見たままに伝えた。
「あのしおれた花も、ずっと車の中で『いつ渡そう、いつ渡そう』ってソワソワしてたからなんですよ。タイミングが全然つかめなくて。ダンジョンでも、沙耶さんの前でいいとこ見せようとして、スライムにビビって、ゴブリンに先を越されて……まあ、全部裏目に出てましたけど」
リサのユーモアを交えた言葉に、沙耶さんが、ふふっ、と小さく笑った。
今日、初めて見せた、心からの笑顔だった。
***
一方、その頃。台所では、不器用な男たちの静かな戦いが始まっていた。
「とりあえず、高橋さん。これをみじん切りにしてください」
俺は健太さんに玉ねぎと包丁を手渡した。
「涙が出ますけど、男の涙は、玉ねぎのせいにしとけばいいんです」
我ながら、渋いジョークだ。健太さんは、きょとんとしていたが、素直に頷いて玉ねぎに向き合い始めた。
ザク、ザク、と覚束ない手つきで包丁が動く。
彼の目からは、案の定、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。それが玉ねぎのせいなのか、自分の不甲斐なさへの涙なのかは、誰にも分からない。
だが、無心で手を動かすうちに、彼のこわばっていた肩の力が、少しずつ抜けていくのが見て取れた。
俺は、隣でひき肉をボウルに入れ、黙々とこね始める。
作るものは、健太さんが最初に口にしていた、「ハート型のハンバーグ」だ。
「高橋さん。好きな子の前では、カッコ悪いところ、見せたくないですか」
俺の問いに健太さんは、玉ねぎと格闘しながら、しゃくりあげるように答えた。
「……はい。カッコいいって、思われたくて……でも、結局、情けないところばかり見せてしまって……」
「俺も、昔はそうでしたよ」
俺は、自分の社畜時代の話を語り始めた。見栄を張って、できない仕事も「できます」と答えて、結局大失敗したこと。
背伸びして、分厚い専門書を読んでるフリをして、会議で何も答えられなかったこと。
「でも、歳とって分かったんです。カッコつけるより、泥だらけでも、一生懸命な方が、よっぽどカッコいいって」
俺は健太さんの手元を覗き込んだ。
「料理も、同じですよ。形が不恰好でも、心がこもってりゃ、それが一番うまいんです。ハートの形がいびつになったっていい。大事なのは、どういう気持ちで、それをこねるか、ですよ」
俺の言葉に、健太さんは、ハッとしたように顔を上げた。
彼は、沙耶さんを「喜ばせる」という結果ばかりを追い求め、一番大事な、自分の「好きだ」という純粋な「気持ちを伝える」ことを忘れてしまっていたのかもしれない。
「……田中さん」
健太さんは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま言った。
「俺、こねます。沙耶のために、世界一、心のこもったハンバーグを、作ります」
その手つきは、まだ不器用で頼りない。
だが、その目には、先ほどまでの弱々しさはもうなかった。
今頃、客室では、一人の女性が自分の素直な心と向き合っているだろう。
台所では、一人の男が、本当に伝えるべきことに気づき、行動を始めていた。
それぞれの場所で、それぞれの「心」が、温かい料理のように、ゆっくりと確実に形になろうとしている。
この長い夜は、まだ終わらない。
リサが差し出したハーブティーのカップから、カモミールの甘く優しい香りが立ち上っていた。沙耶さんは、泣きはらして赤くなった目で、ただ黙ってその湯気を見つめている。
リサは、何も言わずに自分のカップを一口すすった。急かさない。急かした結果、ダンジョンで大失敗したことを、彼女は痛いほど学んでいた。
今はただ、このハーブティーが持つリラックスの魔法が、彼女のささくれだった心を少しでも癒やしてくれるのを待つだけだ。
やがて、沙耶さんが、ぽつり、ぽつりと話し始めた。
「……私、わがままですよね」
その声は後悔の色に染まっている。
「せっかく健太が、私のために色々考えて、連れてきてくれたのに……。あんな、ひどい態度とって……」
「そんなことないですよ」
リサは、静かに首を振った。
「将来のこと、不安になる気持ち、すごく分かります。私も、考えますもん。女の子だったら、誰だってそうですよ」
リサの優しい共感に、沙耶さんの心の壁がまた一つ、音を立てて崩れた。
「健太のこと、好きなんです。本当に……。好きだから、ちゃんと向き合ってほしかった。サプライズとか、旅行とか、そういうイベントで誤魔化されるんじゃなくて……」
堰を切ったように、沙耶さんの本音が溢れ出す。
「でも、いざ本人を目の前にすると、全然、素直になれない。可愛いげのないことばっかり言っちゃうんです。本当は、花だって嬉しかったのに……」
そう言って、彼女は部屋の隅に置かれた、あのしおれた花束に目をやった。よく見ると、花瓶代わりに使われた湯呑みの中で、少しだけ元気を取り戻している。
彼女がこっそり、水を入れてあげたのだろう。
リサは、にっこりと微笑んだ。
「健太さん、すっごい頑張ってましたよ」
彼女は、健太がいかに沙耶さんを喜ばせようと必死だったかを、見たままに伝えた。
「あのしおれた花も、ずっと車の中で『いつ渡そう、いつ渡そう』ってソワソワしてたからなんですよ。タイミングが全然つかめなくて。ダンジョンでも、沙耶さんの前でいいとこ見せようとして、スライムにビビって、ゴブリンに先を越されて……まあ、全部裏目に出てましたけど」
リサのユーモアを交えた言葉に、沙耶さんが、ふふっ、と小さく笑った。
今日、初めて見せた、心からの笑顔だった。
***
一方、その頃。台所では、不器用な男たちの静かな戦いが始まっていた。
「とりあえず、高橋さん。これをみじん切りにしてください」
俺は健太さんに玉ねぎと包丁を手渡した。
「涙が出ますけど、男の涙は、玉ねぎのせいにしとけばいいんです」
我ながら、渋いジョークだ。健太さんは、きょとんとしていたが、素直に頷いて玉ねぎに向き合い始めた。
ザク、ザク、と覚束ない手つきで包丁が動く。
彼の目からは、案の定、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。それが玉ねぎのせいなのか、自分の不甲斐なさへの涙なのかは、誰にも分からない。
だが、無心で手を動かすうちに、彼のこわばっていた肩の力が、少しずつ抜けていくのが見て取れた。
俺は、隣でひき肉をボウルに入れ、黙々とこね始める。
作るものは、健太さんが最初に口にしていた、「ハート型のハンバーグ」だ。
「高橋さん。好きな子の前では、カッコ悪いところ、見せたくないですか」
俺の問いに健太さんは、玉ねぎと格闘しながら、しゃくりあげるように答えた。
「……はい。カッコいいって、思われたくて……でも、結局、情けないところばかり見せてしまって……」
「俺も、昔はそうでしたよ」
俺は、自分の社畜時代の話を語り始めた。見栄を張って、できない仕事も「できます」と答えて、結局大失敗したこと。
背伸びして、分厚い専門書を読んでるフリをして、会議で何も答えられなかったこと。
「でも、歳とって分かったんです。カッコつけるより、泥だらけでも、一生懸命な方が、よっぽどカッコいいって」
俺は健太さんの手元を覗き込んだ。
「料理も、同じですよ。形が不恰好でも、心がこもってりゃ、それが一番うまいんです。ハートの形がいびつになったっていい。大事なのは、どういう気持ちで、それをこねるか、ですよ」
俺の言葉に、健太さんは、ハッとしたように顔を上げた。
彼は、沙耶さんを「喜ばせる」という結果ばかりを追い求め、一番大事な、自分の「好きだ」という純粋な「気持ちを伝える」ことを忘れてしまっていたのかもしれない。
「……田中さん」
健太さんは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま言った。
「俺、こねます。沙耶のために、世界一、心のこもったハンバーグを、作ります」
その手つきは、まだ不器用で頼りない。
だが、その目には、先ほどまでの弱々しさはもうなかった。
今頃、客室では、一人の女性が自分の素直な心と向き合っているだろう。
台所では、一人の男が、本当に伝えるべきことに気づき、行動を始めていた。
それぞれの場所で、それぞれの「心」が、温かい料理のように、ゆっくりと確実に形になろうとしている。
この長い夜は、まだ終わらない。
あなたにおすすめの小説
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~
荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。
それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。
「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」
『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。
しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。