田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと

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第2章 不器用なカップルとお節介な宿

第20話 不格好なハンバーグ

 しん、と静まり返った客室。
 リサが差し出したハーブティーのカップから、カモミールの甘く優しい香りが立ち上っていた。沙耶さんは、泣きはらして赤くなった目で、ただ黙ってその湯気を見つめている。

 リサは、何も言わずに自分のカップを一口すすった。急かさない。急かした結果、ダンジョンで大失敗したことを、彼女は痛いほど学んでいた。
 今はただ、このハーブティーが持つリラックスの魔法が、彼女のささくれだった心を少しでも癒やしてくれるのを待つだけだ。
 やがて、沙耶さんが、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

「……私、わがままですよね」

 その声は後悔の色に染まっている。

「せっかく健太が、私のために色々考えて、連れてきてくれたのに……。あんな、ひどい態度とって……」

「そんなことないですよ」

 リサは、静かに首を振った。

「将来のこと、不安になる気持ち、すごく分かります。私も、考えますもん。女の子だったら、誰だってそうですよ」

 リサの優しい共感に、沙耶さんの心の壁がまた一つ、音を立てて崩れた。

「健太のこと、好きなんです。本当に……。好きだから、ちゃんと向き合ってほしかった。サプライズとか、旅行とか、そういうイベントで誤魔化されるんじゃなくて……」

 堰を切ったように、沙耶さんの本音が溢れ出す。

「でも、いざ本人を目の前にすると、全然、素直になれない。可愛いげのないことばっかり言っちゃうんです。本当は、花だって嬉しかったのに……」

 そう言って、彼女は部屋の隅に置かれた、あのしおれた花束に目をやった。よく見ると、花瓶代わりに使われた湯呑みの中で、少しだけ元気を取り戻している。
 彼女がこっそり、水を入れてあげたのだろう。

 リサは、にっこりと微笑んだ。

「健太さん、すっごい頑張ってましたよ」

 彼女は、健太がいかに沙耶さんを喜ばせようと必死だったかを、見たままに伝えた。

「あのしおれた花も、ずっと車の中で『いつ渡そう、いつ渡そう』ってソワソワしてたからなんですよ。タイミングが全然つかめなくて。ダンジョンでも、沙耶さんの前でいいとこ見せようとして、スライムにビビって、ゴブリンに先を越されて……まあ、全部裏目に出てましたけど」

 リサのユーモアを交えた言葉に、沙耶さんが、ふふっ、と小さく笑った。
 今日、初めて見せた、心からの笑顔だった。

***

 一方、その頃。台所では、不器用な男たちの静かな戦いが始まっていた。

「とりあえず、高橋さん。これをみじん切りにしてください」

 俺は健太さんに玉ねぎと包丁を手渡した。

「涙が出ますけど、男の涙は、玉ねぎのせいにしとけばいいんです」

 我ながら、渋いジョークだ。健太さんは、きょとんとしていたが、素直に頷いて玉ねぎに向き合い始めた。
 ザク、ザク、と覚束ない手つきで包丁が動く。

 彼の目からは、案の定、ぼろぼろと涙がこぼれ落ちた。それが玉ねぎのせいなのか、自分の不甲斐なさへの涙なのかは、誰にも分からない。
 だが、無心で手を動かすうちに、彼のこわばっていた肩の力が、少しずつ抜けていくのが見て取れた。

 俺は、隣でひき肉をボウルに入れ、黙々とこね始める。
 作るものは、健太さんが最初に口にしていた、「ハート型のハンバーグ」だ。

「高橋さん。好きな子の前では、カッコ悪いところ、見せたくないですか」

 俺の問いに健太さんは、玉ねぎと格闘しながら、しゃくりあげるように答えた。

「……はい。カッコいいって、思われたくて……でも、結局、情けないところばかり見せてしまって……」

「俺も、昔はそうでしたよ」

 俺は、自分の社畜時代の話を語り始めた。見栄を張って、できない仕事も「できます」と答えて、結局大失敗したこと。
 背伸びして、分厚い専門書を読んでるフリをして、会議で何も答えられなかったこと。

「でも、歳とって分かったんです。カッコつけるより、泥だらけでも、一生懸命な方が、よっぽどカッコいいって」

 俺は健太さんの手元を覗き込んだ。

「料理も、同じですよ。形が不恰好でも、心がこもってりゃ、それが一番うまいんです。ハートの形がいびつになったっていい。大事なのは、どういう気持ちで、それをこねるか、ですよ」

 俺の言葉に、健太さんは、ハッとしたように顔を上げた。
 彼は、沙耶さんを「喜ばせる」という結果ばかりを追い求め、一番大事な、自分の「好きだ」という純粋な「気持ちを伝える」ことを忘れてしまっていたのかもしれない。

「……田中さん」

 健太さんは涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔のまま言った。

「俺、こねます。沙耶のために、世界一、心のこもったハンバーグを、作ります」

 その手つきは、まだ不器用で頼りない。
 だが、その目には、先ほどまでの弱々しさはもうなかった。

 今頃、客室では、一人の女性が自分の素直な心と向き合っているだろう。

 台所では、一人の男が、本当に伝えるべきことに気づき、行動を始めていた。

 それぞれの場所で、それぞれの「心」が、温かい料理のように、ゆっくりと確実に形になろうとしている。
 この長い夜は、まだ終わらない。
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