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第2章 不器用なカップルとお節介な宿
第21話 世界で一番、心のこもったハンバーグ
フライパンの上でハンバーグが焼ける音が、静まり返った台所に響いていた。
ソースの焦げる香ばしい匂いが、俺と健太さんの緊張を少しだけほぐしてくれる。
健太さんの作ったハンバーグは、お世辞にも上手とは言えなかった。俺が手伝ったとはいえ、彼が必死にこねたタネは、焼き上げると少しだけ形が崩れ、ハートというよりは、なんだか歪んだジャガイモのようになってしまった。
だが、それでいい。
いや、それがいいのだ。
俺は、皿にその不格好なハンバーグを乗せ、デミグラスソースをかけた。付け合わせは、この町で採れた新鮮な野菜のソテーだ。
「さあ、できましたよ」
俺が声をかけると、健太さんはゴクリと喉を鳴らし、緊張した面持ちでその皿を見つめている。自分の気持ちのすべてを、この一皿に込めた。そんな気迫さえ感じられた。
「あとは、これを、本人に届けるだけです」
俺が健太さんの背中をポンと叩くと、彼は決意を固めたように、こくりと頷いた。
ちょうどその時だった。
客室の襖が静かに開いたのだ。出てきたのは、リサと、そして沙耶さんだった。
沙耶さんの目は、少しだけ潤んで赤いが、ダンジョンで見たような氷のような冷たさは、もうどこにもなかった。むしろ、何かから解放されたような、穏やかで、少しだけ気まずそうな表情をしていた。
俺は食卓を指さしながら言った。
「夕食の、準備ができました。簡単なものですが」
沙耶さんは、こくりと頷き、食卓の席についた。健太さんも、おそるおそる、その向かいの席に座る。二人の視線が一瞬だけ交差し、そして、すぐに気まずそうに逸らされた。
まだ、二人の間の空気はぎこちない。
俺は、健太さんが作ったハンバーグの皿を沙耶さんの前に、そっと置いた。
「……!」
沙耶さんは、目の前に置かれた、いびつなハート型のハンバーグを見て、息をのんだ。その視線は、皿の上の一点に釘付けになっている。
健太さんは、自分の作品の出来栄えに羞恥心が限界に達したのか、顔を真っ赤にして、テーブルの下に潜ってしまいそうなほど縮こまっていた。
重い沈黙。
沙耶さんが、ゆっくりとナイフとフォークを手に取った。
その瞬間、今まで黙り込んでいた健太さんが、意を決したように、か細い、しかしはっきりとした声で言った。
「――沙耶。ごめん」
健太さんは、俯いたまま、言葉を続けた。
それは、誰かにやらされているような謝罪ではない。彼自身の心からの誠実な言葉だった。
「俺、全然、分かってなかった。沙耶が何で悩んでるのか、本当の気持ちを、ちゃんと見ようとしてなかった。サプライズとか、旅行とか、そういうことで誤魔化そうとしてた。本当にごめん」
彼の声が震える。
「俺、カッコつけようとしてたんだ。でも、結局、何一つカッコいいところなんてなくて……。このハンバーグみたいに不格好で頼りないかもしれないけど……」
そこで彼は顔を上げた。
その目は、涙でいっぱいだった。
「でも、これだけは、信じてほしい。俺の気持ち、全部ここに込めたんだ。だから……受け取って、ほしい」
見栄も、体裁も、すべてを脱ぎ捨てた言葉だった。その言葉は、まっすぐに沙耶さんの心へと届いた、はずだ。
沙耶さんの大きな瞳から、ぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちた。その表情は、悲しんでいるのではない。怒っているのでもない。
彼女は、泣きながら、ふわりと花が咲くように優しく微笑んだ。
「……うん。ありがとう、健太」
そして、彼女はその不格好なハンバーグをナイフで切り分けると、小さな一切れを口へと運んだ。
ゆっくりと味わうように口を動かす。
やがて、彼女は顔を上げると、最高の笑顔で言った。
「……今まで食べた中で、一番おいしい」
その一言がすべての答えだった。
二人の間にそびえ立っていた、分厚く、冷たい氷の壁が完全に溶けてなくなった瞬間を、俺は確かに見た。
台所の入り口からリサが顔を覗かせ、俺に向かって、泣き笑いの顔で親指を立てて見せた。
俺も静かに頷き返す。
ああ、本当にこの仕事を始めてよかった。
心からそう思った瞬間だった。
ソースの焦げる香ばしい匂いが、俺と健太さんの緊張を少しだけほぐしてくれる。
健太さんの作ったハンバーグは、お世辞にも上手とは言えなかった。俺が手伝ったとはいえ、彼が必死にこねたタネは、焼き上げると少しだけ形が崩れ、ハートというよりは、なんだか歪んだジャガイモのようになってしまった。
だが、それでいい。
いや、それがいいのだ。
俺は、皿にその不格好なハンバーグを乗せ、デミグラスソースをかけた。付け合わせは、この町で採れた新鮮な野菜のソテーだ。
「さあ、できましたよ」
俺が声をかけると、健太さんはゴクリと喉を鳴らし、緊張した面持ちでその皿を見つめている。自分の気持ちのすべてを、この一皿に込めた。そんな気迫さえ感じられた。
「あとは、これを、本人に届けるだけです」
俺が健太さんの背中をポンと叩くと、彼は決意を固めたように、こくりと頷いた。
ちょうどその時だった。
客室の襖が静かに開いたのだ。出てきたのは、リサと、そして沙耶さんだった。
沙耶さんの目は、少しだけ潤んで赤いが、ダンジョンで見たような氷のような冷たさは、もうどこにもなかった。むしろ、何かから解放されたような、穏やかで、少しだけ気まずそうな表情をしていた。
俺は食卓を指さしながら言った。
「夕食の、準備ができました。簡単なものですが」
沙耶さんは、こくりと頷き、食卓の席についた。健太さんも、おそるおそる、その向かいの席に座る。二人の視線が一瞬だけ交差し、そして、すぐに気まずそうに逸らされた。
まだ、二人の間の空気はぎこちない。
俺は、健太さんが作ったハンバーグの皿を沙耶さんの前に、そっと置いた。
「……!」
沙耶さんは、目の前に置かれた、いびつなハート型のハンバーグを見て、息をのんだ。その視線は、皿の上の一点に釘付けになっている。
健太さんは、自分の作品の出来栄えに羞恥心が限界に達したのか、顔を真っ赤にして、テーブルの下に潜ってしまいそうなほど縮こまっていた。
重い沈黙。
沙耶さんが、ゆっくりとナイフとフォークを手に取った。
その瞬間、今まで黙り込んでいた健太さんが、意を決したように、か細い、しかしはっきりとした声で言った。
「――沙耶。ごめん」
健太さんは、俯いたまま、言葉を続けた。
それは、誰かにやらされているような謝罪ではない。彼自身の心からの誠実な言葉だった。
「俺、全然、分かってなかった。沙耶が何で悩んでるのか、本当の気持ちを、ちゃんと見ようとしてなかった。サプライズとか、旅行とか、そういうことで誤魔化そうとしてた。本当にごめん」
彼の声が震える。
「俺、カッコつけようとしてたんだ。でも、結局、何一つカッコいいところなんてなくて……。このハンバーグみたいに不格好で頼りないかもしれないけど……」
そこで彼は顔を上げた。
その目は、涙でいっぱいだった。
「でも、これだけは、信じてほしい。俺の気持ち、全部ここに込めたんだ。だから……受け取って、ほしい」
見栄も、体裁も、すべてを脱ぎ捨てた言葉だった。その言葉は、まっすぐに沙耶さんの心へと届いた、はずだ。
沙耶さんの大きな瞳から、ぽろり、と一筋の涙がこぼれ落ちた。その表情は、悲しんでいるのではない。怒っているのでもない。
彼女は、泣きながら、ふわりと花が咲くように優しく微笑んだ。
「……うん。ありがとう、健太」
そして、彼女はその不格好なハンバーグをナイフで切り分けると、小さな一切れを口へと運んだ。
ゆっくりと味わうように口を動かす。
やがて、彼女は顔を上げると、最高の笑顔で言った。
「……今まで食べた中で、一番おいしい」
その一言がすべての答えだった。
二人の間にそびえ立っていた、分厚く、冷たい氷の壁が完全に溶けてなくなった瞬間を、俺は確かに見た。
台所の入り口からリサが顔を覗かせ、俺に向かって、泣き笑いの顔で親指を立てて見せた。
俺も静かに頷き返す。
ああ、本当にこの仕事を始めてよかった。
心からそう思った瞬間だった。
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