田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと

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第3章 おじさん、配信サイトにデビューさせられる!?

第30話 ありのままのディナー

 日が落ち、ダンジョンから吹き抜ける風が少しだけ肌寒くなってきた頃。
 斉藤さんは、ようやく満足したのか、カメラを首から下げて家の中に戻ってきた。その表情は、撮れ高に満足した猟師のように、清々しい疲労感に満ちている。

「ご主人、夕食どうします?」

 リサが、俺にそっと耳打ちする。

「斉藤さん、食べることにあまり興味なさそうですよね……。でも、だからこそ、何か心に残るようなものをお出ししたいです!」

「そうだな」

 俺は頷いた。

「派手さや豪華さじゃない。彼女の心に響くのは、きっと『素材のディテール』そのものだろう」

 俺たちの間で、目指すべき方向性がピタリと一致した。

 今日のテーマは「留咲萌町の、ありのままを味わう」。俺はエプロンを締め直し、最高の食材を求めて、自転車を走らせた。

「おう、雄介! あの嬢ちゃん、どうだ?」

 魚屋の店先で、大将がニヤリと笑いながら迎えてくれた。

「職人さんには、これだ」

 そう言って大将が見せてくれたのは、まな板の上に横たわる、一匹の大きなニシンだった。夕日を浴びて、銀色に輝く鱗の一枚一枚が、まるで芸術品のように完璧に残っている。

「この鱗の輝きが、俺の仕事の証よ。これ以上ねえ、極上の“ディテール”だ。美味しく食わせてやれよ」

 次に訪れた八百屋では、おばちゃんが泥のついたままの人参を差し出してくれた。

「見てくれは悪いけどねぇ。太陽の光をいっぱい浴びて、土の栄養をぜーんぶ吸い込んで育ったんだ。この泥こそが、勲章みたいなもんさね」

 俺はただの食材じゃない、作り手の魂が宿った「作品」たちを、大切にカゴに乗せて民宿へと戻った。
 台所に立つ俺の姿は、いつもの「まかない飯を作るおじさん」ではなかった。

 リサが、記録用に回し始めたカメラの前で、俺は一人の料理人として、食材と向き合う。
 大将自慢のニシンは、あえて鱗を取らず、その上から熱した油をかけ、パリパリの食感に焼き上げる。

 おばちゃんの人参は、皮も剥かずに、泥だけを丁寧に、しかし優しく洗い落とす。そして、野菜本来の甘みを引き出すため、丸ごと低温でじっくりと蒸し焼きにした。

 庭で採れた完熟トマトは、ヘタの鮮やかな緑もデザインの一部と考え、そのまま温かいスープに浮かべる。

「今日の主役は、俺の料理の腕じゃない」

 俺はカメラを意識せずに自然と口にしていた。

「この食材たち自身だ。俺はその魅力を最大限に引き出してやるだけだ」

 その言葉に、レンズの向こうのリサが、深く頷いたのが見えた。

 やがて、夕食の時間がやってきた。
 一日中歩き回って、さすがにお腹が空いていたのだろう。斉藤さんは、黙って食卓の席についた。
 そして、目の前に並べられた料理を見て、彼女の目が、またしても「ハッ!」と大きく見開かれた。

 彼女が最初に注目したのは、味でも、香りでもなかった。

 その圧倒的なまでの「ディテール」。

 パリッと焼き上げられ、一枚一枚が銀の甲冑のように輝くニシンの鱗。

 土の力がみなぎるような、ごつごつとした人参の皮の質感。

 鮮やかな赤色のスープの中で、宝石のように浮かぶ、トマトの瑞々しいヘタ。

 俺は、一品一品、その食材がどこで、誰によって、どんな想いで育てられ、獲られたのかを静かに語り始めた。大将のこだわり、おばちゃんの愛情、この町の太陽と土と潮風の話。

 斉藤さんは何も言わない。
 ただ、深く、深く頷きながら、まるで一枚の写真を鑑賞するかのように、じっくりと料理を眺めている。そして、おもむろにフォークを手に取ると、ニシンを一口食べた。
 また、何も言わない。ただ、目を閉じ、その味を、食感を、物語を全身で味わっている。

 次に人参を一口。
 そして、また深く、深く頷いた。
 言葉はなかった。

 だが、その表情には、どんな賛辞の言葉よりも雄弁な最高の敬意と感謝が溢れていた。
 作り手への、食材への、そして、この土地そのものへの深いリスペクトが。

 食事が静かに終わる。
 斉藤さんは、しばらくの間、空になった皿の余韻に浸っているようだった。
 やがて、彼女はいつも肌身離さず持っているカメラを、そっとテーブルに置くと、初めてまっすぐに俺の目を見て口を開いた。

「田中さん。少しだけ、あなたの話を聞かせてもらえませんか」

 彼女の興味のレンズは、今、初めて「モノ」ではなく、その背景にいる「ヒト」へと確かなピントを合わせたのだった。
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