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第3章 おじさん、配信サイトにデビューさせられる!?
第31話 嘘のない味と、正直な涙
食事が終わり、すっかり夜の帳が下りた縁側。
リサが気を利かせて、温かいほうじ茶と、八百屋のおばちゃんが作ってくれたラベンダーの匂い袋を置いていってくれた。優しい香りが、静かな夜の空気と混じり合う。
俺と斉藤さんは、どちらからともなく、そこに腰を下ろした。
虫の声だけが響く、静かな時間。
やがて、斉藤さんが、いつもの早口ではない、口ごもりながら話し始めた。
「すみません、私……人と話すのが、あまり得意じゃなくて……」
意外な言葉だった。あれだけ情熱的に、モノへの愛を語れる彼女が。
「私、もともとは、東京でポートレート……人物を専門に撮るカメラマンを目指していたんです」
彼女は、遠い目をして、過去を語り始めた。雑誌の専属カメラマンになることを夢見て、アシスタントとして働いていた日々。
だが、そこで彼女が目の当たりにしたのは、あまりにも複雑で、嘘に満ちた人間の世界だったという。
「クライアントは無理な要求ばかり。『もっと、幸せそうな感じで!』って言うんです。でも、レンズの向こうにいるモデルさんは、疲れていて、少しも幸せそうじゃない……。だから、私は『笑ってください』ってお願いする。彼女たちは、プロだから、完璧な笑顔を作ってくれる。でも……その笑顔は、作り物なんです。心から笑ってないのが、ファインダー越しに、痛いほど伝わってくる」
レンズを通して、人の嘘や建前、隠された感情が普通の人以上に流れ込んでくる。
それに彼女の繊細な心は、耐えられなくなってしまったのだという。
「人を撮るのが、怖くなっちゃったんです。だから、私は、被写体を『モノ』に変えました。モノは、嘘をつきませんから。文句も言わない。ただ、そこにあるがままの、正直な姿を私に見せてくれる。そこに、救われたんです」
だから、と彼女は続けた。
「田中さんの看板や、この家の柱を見た時、すごく安心したんです。正直で、嘘がなくて。長い時間をかけて刻まれた、本物の美しさがあったから……」
彼女の話を聞きながら、俺は強く共感していた。
「……分かります。俺も東京で会社員をしていた頃、毎日、心にもないお世辞を言って、頭を下げ続けて……気づいたら、自分が一体何者なのか、分からなくなっていましたから」
嘘や建前に疲れた者同士。
俺と斉藤さんの間に、言葉にはならない、静かな絆のようなものが生まれた気がした。
話を聞き終えた斉藤さんは、ハッとしたように顔を上げた。
「田中さんの料理も……今日のニシンや人参も、正直な味がしました。作り手である魚屋さんや、お百姓さんの顔が見えるような、嘘のない味が」
彼女は、自分の膝の上のカメラに愛おしそうに手を置いた。
「そして……田中さん自身も、嘘のない人だと思いました。だから、あなたの話を聞いてみたくなったんです。私……」
彼女は少しだけ言いよどんだ。
「私、もしかしたら……もう一度、人を撮れるかもしれない……。田中さん、モデルになってもらえませんか……なんて……」
そこまで言って、彼女は自分の言葉に驚いたように慌てて付け足した。
「あ、い、いえ! 今のはナシで! すみません、調子に乗りました!」
彼女は、耳まで真っ赤にして、ぶんぶんと首を横に振っている。
俺は、その不器用な姿に思わず笑ってしまった。
「いやいや、俺なんかモデルにしても、絵になりませんよ。ただのおじさんですから」
俺がそう言って笑った、その時だった。
物音に気づいたのか、縁側のすぐそばまで、プルとゴブ吉、キノコうさぎの親子が、ひょっこりと集まってきていた。彼らは、俺たちの様子を不思議そうに見上げている。
斉藤さんは、その光景を目にした瞬間、我を忘れたように、そっとカメラを構えた。
彼女のレンズは、俺と足元に自然と集まってきた、小さな家族たちに向けられていた。
彼女はファインダー越しに呟いた。
その声は、震えていた。
「……やっぱり、いい顔、してますよ。あなたも、この子たちも」
彼女は、この北の果ての、小さなダンジョン民宿で、再び「心から笑っている被写体」を見つけたのかもしれない。
シャッター音が静かな夜に優しく響いた。
リサが気を利かせて、温かいほうじ茶と、八百屋のおばちゃんが作ってくれたラベンダーの匂い袋を置いていってくれた。優しい香りが、静かな夜の空気と混じり合う。
俺と斉藤さんは、どちらからともなく、そこに腰を下ろした。
虫の声だけが響く、静かな時間。
やがて、斉藤さんが、いつもの早口ではない、口ごもりながら話し始めた。
「すみません、私……人と話すのが、あまり得意じゃなくて……」
意外な言葉だった。あれだけ情熱的に、モノへの愛を語れる彼女が。
「私、もともとは、東京でポートレート……人物を専門に撮るカメラマンを目指していたんです」
彼女は、遠い目をして、過去を語り始めた。雑誌の専属カメラマンになることを夢見て、アシスタントとして働いていた日々。
だが、そこで彼女が目の当たりにしたのは、あまりにも複雑で、嘘に満ちた人間の世界だったという。
「クライアントは無理な要求ばかり。『もっと、幸せそうな感じで!』って言うんです。でも、レンズの向こうにいるモデルさんは、疲れていて、少しも幸せそうじゃない……。だから、私は『笑ってください』ってお願いする。彼女たちは、プロだから、完璧な笑顔を作ってくれる。でも……その笑顔は、作り物なんです。心から笑ってないのが、ファインダー越しに、痛いほど伝わってくる」
レンズを通して、人の嘘や建前、隠された感情が普通の人以上に流れ込んでくる。
それに彼女の繊細な心は、耐えられなくなってしまったのだという。
「人を撮るのが、怖くなっちゃったんです。だから、私は、被写体を『モノ』に変えました。モノは、嘘をつきませんから。文句も言わない。ただ、そこにあるがままの、正直な姿を私に見せてくれる。そこに、救われたんです」
だから、と彼女は続けた。
「田中さんの看板や、この家の柱を見た時、すごく安心したんです。正直で、嘘がなくて。長い時間をかけて刻まれた、本物の美しさがあったから……」
彼女の話を聞きながら、俺は強く共感していた。
「……分かります。俺も東京で会社員をしていた頃、毎日、心にもないお世辞を言って、頭を下げ続けて……気づいたら、自分が一体何者なのか、分からなくなっていましたから」
嘘や建前に疲れた者同士。
俺と斉藤さんの間に、言葉にはならない、静かな絆のようなものが生まれた気がした。
話を聞き終えた斉藤さんは、ハッとしたように顔を上げた。
「田中さんの料理も……今日のニシンや人参も、正直な味がしました。作り手である魚屋さんや、お百姓さんの顔が見えるような、嘘のない味が」
彼女は、自分の膝の上のカメラに愛おしそうに手を置いた。
「そして……田中さん自身も、嘘のない人だと思いました。だから、あなたの話を聞いてみたくなったんです。私……」
彼女は少しだけ言いよどんだ。
「私、もしかしたら……もう一度、人を撮れるかもしれない……。田中さん、モデルになってもらえませんか……なんて……」
そこまで言って、彼女は自分の言葉に驚いたように慌てて付け足した。
「あ、い、いえ! 今のはナシで! すみません、調子に乗りました!」
彼女は、耳まで真っ赤にして、ぶんぶんと首を横に振っている。
俺は、その不器用な姿に思わず笑ってしまった。
「いやいや、俺なんかモデルにしても、絵になりませんよ。ただのおじさんですから」
俺がそう言って笑った、その時だった。
物音に気づいたのか、縁側のすぐそばまで、プルとゴブ吉、キノコうさぎの親子が、ひょっこりと集まってきていた。彼らは、俺たちの様子を不思議そうに見上げている。
斉藤さんは、その光景を目にした瞬間、我を忘れたように、そっとカメラを構えた。
彼女のレンズは、俺と足元に自然と集まってきた、小さな家族たちに向けられていた。
彼女はファインダー越しに呟いた。
その声は、震えていた。
「……やっぱり、いい顔、してますよ。あなたも、この子たちも」
彼女は、この北の果ての、小さなダンジョン民宿で、再び「心から笑っている被写体」を見つけたのかもしれない。
シャッター音が静かな夜に優しく響いた。
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