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第4章 思い出は、ダンジョンの中に
第33話 秋風と静かな訪問者
賑やかだった夏が過ぎ、俺のダンジョン民宿にも、穏やかな秋の季節が訪れていた。
庭先の木々は少しずつ色づき始め、ダンジョンから吹き抜けてくる風は、ひんやりと肌に心地よい。
「うーん、このカボチャのポタージュ、もう少しコクが欲しいな。隠し味に味噌でも入れてみるか」
俺は台所で秋の新しいメニューを試作していた。庭で採れた大きなカボチャと、ゴブ吉がダンジョンで見つけてきてくれた、香りの良いキノコ。この土地の恵みを、どうすれば一番美味しく食べてもらえるか。そう考える時間は、俺にとって何よりの幸せだった。
縁側では、リサがノートパソコンと睨めっこしている。どうやら、大好評のピクニコ動画「ダンジョン民宿だより」の、次の企画を練っているらしい。キノコうさぎの親子は、すっかりこの民宿のマスコットとして定着し、時々ひょっこり現れては、俺たちの心を和ませてくれていた。
そんな、どこまでも平和な秋の昼下がり。
民宿の予約フォームに、一件の通知が届いた。
名前は「桜井 誠」。
メッセージ欄には、ただ一言、こう書かれていただけだった。
『静かに過ごしたいので、週末に一泊、お願いできますでしょうか』
その短い文章から、俺は、かつてこの場所を訪れた、アキラさんのことを思い出していた。楽しい観光を求める人とは違う、何かを心に抱え、癒やしを求めている人の気配。
「今度のお客さん、あまり騒がしいのは好きじゃないかもしれないな」
俺がリサにそう言うと、彼女も神妙な顔で頷いた。
「そうですね。派手な歓迎はやめて、そっと寄り添うような、静かなおもてなしを心がけましょう」
俺たちは、多くを語らずとも、目指すべき方向性は同じだった。
お客さんが来る当日、俺は客室となる和室を念入りに掃除し、床の間に、庭に咲いていたリンドウとワレモコウを、そっと一輪挿しに生けた。華やかさはないが、静かで凛とした秋の空気が部屋に満ちた気がした。
約束の時間。
一台の落ち着いた色合いのセダンが、ゆっくりと民宿の前に停まった。
運転席から降りてきたのは、40代半ばくらいの物静かな男性だった。すらりとした長身にシンプルだが清潔感のあるシャツを着こなしている。穏やかな顔立ちの、優しそうな人だ。
彼が桜井さんだった。
だが、その佇まいには、秋の空のように、どこか寂しげな影が落ちていた。
長く続いた心労を思わせる、かすかな疲労の色。そして何より、その瞳の奥に宿る、深い、深い哀しみの色。
俺は、ただ静かにお辞儀をした。
「ようこそお越しくださいました、桜井さん。お待ちしておりました」
「……どうも。お世話になります」
桜井さんは、とても丁寧に静かに一礼を返した。その声は、低く穏やかだったが、どこか現実感がなく、遠くで響いているように聞こえた。
リサも、いつものハイテンションは完全に封印し、穏やかな笑顔で「長旅、お疲れ様でした」と声をかける。
プルやゴブ吉も、何かを察したのか騒ぎ立てるでもなく、ただ静かにお客様の到着を見守っていた。
俺は、桜井さんの小さな荷物を一つ預かり、彼を客室へと案内する。
彼は部屋の真ん中に立つと、床の間に生けられたリンドウの花に、ふと目を留めた。
その瞬間、彼の瞳が、ほんの少しだけ揺らぐのを、俺は見逃さなかった。
まるで、愛おしい何かを思い出すかのように。そして、すぐに、その感情を押し殺すかのように、ふっと視線を逸らしてしまった。
この人は、ただ疲れているだけじゃない。
心の中に、どうしようもなく悲しいものを、ずっと抱え続けている。
俺は確信していた。
この静かな訪問者が、この民宿で少しでもその重荷を下ろし、心の深呼吸ができることを、ただ願うばかりだった。
優しい秋風が、風鈴でもないのに、どこかでちりん、と鳴ったような気がした。
静かで、少しだけ切ない物語が、今、始まろうとしていた。
庭先の木々は少しずつ色づき始め、ダンジョンから吹き抜けてくる風は、ひんやりと肌に心地よい。
「うーん、このカボチャのポタージュ、もう少しコクが欲しいな。隠し味に味噌でも入れてみるか」
俺は台所で秋の新しいメニューを試作していた。庭で採れた大きなカボチャと、ゴブ吉がダンジョンで見つけてきてくれた、香りの良いキノコ。この土地の恵みを、どうすれば一番美味しく食べてもらえるか。そう考える時間は、俺にとって何よりの幸せだった。
縁側では、リサがノートパソコンと睨めっこしている。どうやら、大好評のピクニコ動画「ダンジョン民宿だより」の、次の企画を練っているらしい。キノコうさぎの親子は、すっかりこの民宿のマスコットとして定着し、時々ひょっこり現れては、俺たちの心を和ませてくれていた。
そんな、どこまでも平和な秋の昼下がり。
民宿の予約フォームに、一件の通知が届いた。
名前は「桜井 誠」。
メッセージ欄には、ただ一言、こう書かれていただけだった。
『静かに過ごしたいので、週末に一泊、お願いできますでしょうか』
その短い文章から、俺は、かつてこの場所を訪れた、アキラさんのことを思い出していた。楽しい観光を求める人とは違う、何かを心に抱え、癒やしを求めている人の気配。
「今度のお客さん、あまり騒がしいのは好きじゃないかもしれないな」
俺がリサにそう言うと、彼女も神妙な顔で頷いた。
「そうですね。派手な歓迎はやめて、そっと寄り添うような、静かなおもてなしを心がけましょう」
俺たちは、多くを語らずとも、目指すべき方向性は同じだった。
お客さんが来る当日、俺は客室となる和室を念入りに掃除し、床の間に、庭に咲いていたリンドウとワレモコウを、そっと一輪挿しに生けた。華やかさはないが、静かで凛とした秋の空気が部屋に満ちた気がした。
約束の時間。
一台の落ち着いた色合いのセダンが、ゆっくりと民宿の前に停まった。
運転席から降りてきたのは、40代半ばくらいの物静かな男性だった。すらりとした長身にシンプルだが清潔感のあるシャツを着こなしている。穏やかな顔立ちの、優しそうな人だ。
彼が桜井さんだった。
だが、その佇まいには、秋の空のように、どこか寂しげな影が落ちていた。
長く続いた心労を思わせる、かすかな疲労の色。そして何より、その瞳の奥に宿る、深い、深い哀しみの色。
俺は、ただ静かにお辞儀をした。
「ようこそお越しくださいました、桜井さん。お待ちしておりました」
「……どうも。お世話になります」
桜井さんは、とても丁寧に静かに一礼を返した。その声は、低く穏やかだったが、どこか現実感がなく、遠くで響いているように聞こえた。
リサも、いつものハイテンションは完全に封印し、穏やかな笑顔で「長旅、お疲れ様でした」と声をかける。
プルやゴブ吉も、何かを察したのか騒ぎ立てるでもなく、ただ静かにお客様の到着を見守っていた。
俺は、桜井さんの小さな荷物を一つ預かり、彼を客室へと案内する。
彼は部屋の真ん中に立つと、床の間に生けられたリンドウの花に、ふと目を留めた。
その瞬間、彼の瞳が、ほんの少しだけ揺らぐのを、俺は見逃さなかった。
まるで、愛おしい何かを思い出すかのように。そして、すぐに、その感情を押し殺すかのように、ふっと視線を逸らしてしまった。
この人は、ただ疲れているだけじゃない。
心の中に、どうしようもなく悲しいものを、ずっと抱え続けている。
俺は確信していた。
この静かな訪問者が、この民宿で少しでもその重荷を下ろし、心の深呼吸ができることを、ただ願うばかりだった。
優しい秋風が、風鈴でもないのに、どこかでちりん、と鳴ったような気がした。
静かで、少しだけ切ない物語が、今、始まろうとしていた。
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