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第4章 思い出は、ダンジョンの中に
第37話 思い出と共に、明日へ
あの奇跡のような夜が明け、翌朝。
俺の民宿は、まるで祝福するかのような、穏やかで澄み渡った秋晴れの光に包まれていた。
食卓に現れた桜井さんの姿に、俺とリサは思わず目を見開いた。
昨日まで、彼の全身を覆っていた、あの重く、暗い哀しみの影が嘘のように消え去っていたのだ。もちろん、その瞳の奥には、今も深い愛情と、ほんの少しの寂しさが宿っている。だが、それはもう、彼を苛む鎖ではなく、彼を支える礎となっているように見えた。
「おはようございます」
その声は、驚くほど穏やかで、そして力強かった。
俺が用意した、炊き立てのご飯と出汁の香りが立つお味噌汁、そして丁寧に焼いた卵焼き。 そんな、ごく普通の和朝食を、桜井さんは「いただきます」としっかりとした声で言うと、一品一品を、慈しむように、ゆっくりと味わい始めた。
「……本当に、おいしいですね」
彼は、ふわりと、心からの笑顔を見せた。
「なんだか、体中の細胞の一つ一つに温かいものが、じんわりと染み渡っていくようです」
食事をしながら、彼は、これからのことを穏やかに話し始めた。
「東京に戻ったら、まず妻が好きだった花をベランダで育ててみようと思うんです。今まで、そんな余裕もありませんでしたから」
その言葉は、もう過去への感傷ではなかった。未来へのささやかな希望に満ちていた。
「それから妻が行きたがっていた場所のリストも、まだたくさんあるんですよ。少しずつ時間をかけて巡ってみようかな、なんて考えています」
彼はもう一人ではない。
心の中にいる、明るく笑う美咲さんと一緒に新たな旅を始めようとしているのだ。
やがて、チェックアウトの時間がやってきた。荷物をまとめた桜井さんは、最後に改めて、俺とリサに向かって深々と頭を下げた。
「田中さん、リサさん。本当に、ありがとうございました。言葉では、とても言い尽くせないくらい感謝しています」
「いえいえ、俺たちは何も。桜井さんご自身の力と……奥様の想いの力ですよ」
俺がそう言うと、桜井さんは優しく微笑んで頷いた。
「ええ。でも、この場所がなければ、私はまだ暗闇の中に、一人で立ち尽くしたままだったと思います」
彼は民宿の玄関を出る前に、もう一度、俺たちの方を振り返った。
そして、少しだけ照れくさそうに、こう言ったのだ。
「あの……また、来ても、いいでしょうか」
「もちろんです。この場所は、いつでも桜井さんをお待ちしていますよ」
俺の言葉に、彼は心から安堵したような表情を見せた。
「ありがとうございます。次は、ちゃんと胸を張って妻を連れてきます」
そう言って、彼は自分の胸を、とん、と優しく叩いた。
そこにはもう、悲しみの影はない。温かくて、力強くて、そして永遠の愛情に満ちた、美咲さんの思い出が確かに生きている。
「では、また。二人で会いに来ます」
桜井さんは、俺がこの民宿で見た中で、一番穏やかで、優しい笑顔を残して車に乗り込み、故郷の秋空の下を走り去っていった。
彼を見送った後、俺とリサは、縁側で温かいお茶を飲んでいた。
リサが、どこまでも高く、青く澄み渡った空を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「……人の心って、すごいですね。あんなに哀しそうだったのに」
「ああ」
俺も空を見上げる。
「ここは、ただの宿じゃない。何かを失くした人が、もう一度、何かを……失くしたわけじゃないってことを確かめに來る場所なのかもしれないな」
このダンジョン民宿の物語は、また一つ、温かい奇跡を紡ぎ出した。
そして、また新たな物語を、新たな人生を迎え入れるために、この北の果ての町で静かに優しくあり続けるのだ。
俺の民宿は、まるで祝福するかのような、穏やかで澄み渡った秋晴れの光に包まれていた。
食卓に現れた桜井さんの姿に、俺とリサは思わず目を見開いた。
昨日まで、彼の全身を覆っていた、あの重く、暗い哀しみの影が嘘のように消え去っていたのだ。もちろん、その瞳の奥には、今も深い愛情と、ほんの少しの寂しさが宿っている。だが、それはもう、彼を苛む鎖ではなく、彼を支える礎となっているように見えた。
「おはようございます」
その声は、驚くほど穏やかで、そして力強かった。
俺が用意した、炊き立てのご飯と出汁の香りが立つお味噌汁、そして丁寧に焼いた卵焼き。 そんな、ごく普通の和朝食を、桜井さんは「いただきます」としっかりとした声で言うと、一品一品を、慈しむように、ゆっくりと味わい始めた。
「……本当に、おいしいですね」
彼は、ふわりと、心からの笑顔を見せた。
「なんだか、体中の細胞の一つ一つに温かいものが、じんわりと染み渡っていくようです」
食事をしながら、彼は、これからのことを穏やかに話し始めた。
「東京に戻ったら、まず妻が好きだった花をベランダで育ててみようと思うんです。今まで、そんな余裕もありませんでしたから」
その言葉は、もう過去への感傷ではなかった。未来へのささやかな希望に満ちていた。
「それから妻が行きたがっていた場所のリストも、まだたくさんあるんですよ。少しずつ時間をかけて巡ってみようかな、なんて考えています」
彼はもう一人ではない。
心の中にいる、明るく笑う美咲さんと一緒に新たな旅を始めようとしているのだ。
やがて、チェックアウトの時間がやってきた。荷物をまとめた桜井さんは、最後に改めて、俺とリサに向かって深々と頭を下げた。
「田中さん、リサさん。本当に、ありがとうございました。言葉では、とても言い尽くせないくらい感謝しています」
「いえいえ、俺たちは何も。桜井さんご自身の力と……奥様の想いの力ですよ」
俺がそう言うと、桜井さんは優しく微笑んで頷いた。
「ええ。でも、この場所がなければ、私はまだ暗闇の中に、一人で立ち尽くしたままだったと思います」
彼は民宿の玄関を出る前に、もう一度、俺たちの方を振り返った。
そして、少しだけ照れくさそうに、こう言ったのだ。
「あの……また、来ても、いいでしょうか」
「もちろんです。この場所は、いつでも桜井さんをお待ちしていますよ」
俺の言葉に、彼は心から安堵したような表情を見せた。
「ありがとうございます。次は、ちゃんと胸を張って妻を連れてきます」
そう言って、彼は自分の胸を、とん、と優しく叩いた。
そこにはもう、悲しみの影はない。温かくて、力強くて、そして永遠の愛情に満ちた、美咲さんの思い出が確かに生きている。
「では、また。二人で会いに来ます」
桜井さんは、俺がこの民宿で見た中で、一番穏やかで、優しい笑顔を残して車に乗り込み、故郷の秋空の下を走り去っていった。
彼を見送った後、俺とリサは、縁側で温かいお茶を飲んでいた。
リサが、どこまでも高く、青く澄み渡った空を見上げながら、ぽつりと呟いた。
「……人の心って、すごいですね。あんなに哀しそうだったのに」
「ああ」
俺も空を見上げる。
「ここは、ただの宿じゃない。何かを失くした人が、もう一度、何かを……失くしたわけじゃないってことを確かめに來る場所なのかもしれないな」
このダンジョン民宿の物語は、また一つ、温かい奇跡を紡ぎ出した。
そして、また新たな物語を、新たな人生を迎え入れるために、この北の果ての町で静かに優しくあり続けるのだ。
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