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第5章 わんぱくキッズと、夏休みの自由研究
第39話 虫あみヒーローと観察ノートの博士
「ま、待てーーーっ! 大輝くーーん!」
俺の悲痛な叫びも、探究心と冒険心で最高潮に達している少年の耳には届かない。
大輝くんは、さながら伝説の剣を振り回す勇者のごとく、巨大な虫あみをぶんぶん振り回しながら、庭中を逃げ惑うゴブ吉を追いかけ回していた。
「キィィッ! ギャァァッ!」
ゴブ吉の人生において、これほどの恐怖を味わったことはないだろう。彼は必死の形相で、俺が育てている家庭菜園のトマトの影や、縁の下に逃げ込もうとする。
その姿は、哀れとしか言いようがない。
「だ、大輝! だめじゃない、いじめちゃ!」
母親の陽子さんが、おっとりとした口調で注意するが、興奮状態の大輝くんには効果なし。
一方、もう一人の母親である恵美さんは、顔を真っ青にして、息子の翔太くんを背中に隠した。
「ほら、翔太! 危ないから、こっちにいなさい!」
過保護っぷりをいかんなく発揮していた。
「リサ! なんとかしろ!」
「む、無茶言わないでくださいよ!」
俺とリサが、このカオスな状況をどう収拾すべきか頭を悩ませていた、その時だった。
「――大輝くん、待って」
凛とした静かな声が響いた。
声の主は、今までお母さんの後ろで静観していた、翔太くんだった。彼は小脇に抱えていた分厚い本――『モンスター生態図鑑(入門編)』を地面に置くと、まっすぐに大輝くんの方へと歩み寄った。
「ゴブリンは臆病で温厚な性格なんだ。いきなり追いかけたら、びっくりして心臓が止まっちゃうかもしれないよ」
「えー、でも、捕まえないと観察できないじゃん!」
不満そうな大輝くんに、翔太くんは、まるで学校の先生のように落ち着いた口調で諭した。
「観察っていうのはね、相手の世界にお邪魔させてもらうことなんだ。僕たちが、彼らのルールに合わせなくちゃ。それによく見て。あのゴブリンさん、僕たちが来る前から、ずっとあそこで箒を持って、葉っぱを集めてた。あれは、縄張りを綺麗に保つための、彼の『お仕事』なんだよ」
翔太くんの言葉に大輝くんは、ピタリと動きを止めた。そして、改めてゴブ吉の方を見る。
茂みの影で、まだ小刻みに震えているゴブ吉。その足元には、彼が集めたであろう、小さな落ち葉の山ができていた。
「……仕事?」
「そう。僕たちが、彼の仕事の邪魔をしちゃったんだ。まずは、ちゃんと謝らなくちゃ」
翔太くんはそう言うと、震えるゴブ吉に向かって、ゆっくりと近づき深々と頭を下げた。
「ゴブリンさん、ごめんなさい。僕の友達がびっくりさせちゃって」
その真摯な態度に、ゴブ吉の震えが少しだけ収まった。
翔太くんの姿を見て、さすがに反省したのだろう。大輝くんも、しぶしぶといった様子で虫あみを下ろすと、もごもごと口ごもりながら、
「……ご、ごめん」
そう、小さな声で謝った。
その瞬間、俺とリサは顔を見合わせた。
なんと、このわんぱくコンビ、暴走しがちな行動派の大輝くんを、冷静沈着な頭脳派の翔太くんが見事にコントロールするという、完璧なバランスで成り立っていたのだ。
「翔太くん、すごいな……。まるで博士みたいだ」
俺が感心して呟くと、母親の恵美さんが少し困ったように、しかし誇らしげに言った。
「あの子、昔から本ばっかり読んでて……。特にモンスターのことが大好きなんです。お友達と外で遊ぶより、図鑑を眺めてる方が楽しいみたいで……」
騒動が一段落し、俺たちはようやく改めて自己紹介をすることができた。
翔太くんが取り出した、一冊の大学ノート。それが彼の「自由研究ノート」だった。
表紙には、几帳面な文字で『ダンジョンモンスターの生態と、人間との共存の可能性について』という、小学4年生が書いたとは思えない壮大なテーマが掲げられていた。
ノートの中には、リサの動画から描き起こしたであろう、プルやゴブ吉の驚くほど精巧なスケッチと、びっしりと書き込まれた考察が並んでいる。
『スライムは、水分を求めて行動するのではないか?』
『ゴブリンの社会性と思考能力について』
その内容は、もはや自由研究のレベルを遥かに超えていた。
「すごいじゃないか、翔太くん!」
俺が心から褒めると、彼は照れて嬉しそうに言った。
「僕、将来は、モンスターの博士になりたいんです。だから本物のモンスターに会って、たくさんお話ししてみたい」
一方、大輝くんは、そんな翔太くんの隣で少しだけつまらなそうだ。
「俺は博士より、勇者の方がいいな! モンスター、捕まえたい!」
対照的な二人の少年。
これから始まるダンジョン探検で、彼らは一体、何を見つけ、何を感じるのだろうか。
俺は、この小さな勇者と、小さな博士の夏休みが最高にエキサイティングで、かけがえのないものになるように、全力でサポートしてやろうと、心に誓ったのだった。
俺の悲痛な叫びも、探究心と冒険心で最高潮に達している少年の耳には届かない。
大輝くんは、さながら伝説の剣を振り回す勇者のごとく、巨大な虫あみをぶんぶん振り回しながら、庭中を逃げ惑うゴブ吉を追いかけ回していた。
「キィィッ! ギャァァッ!」
ゴブ吉の人生において、これほどの恐怖を味わったことはないだろう。彼は必死の形相で、俺が育てている家庭菜園のトマトの影や、縁の下に逃げ込もうとする。
その姿は、哀れとしか言いようがない。
「だ、大輝! だめじゃない、いじめちゃ!」
母親の陽子さんが、おっとりとした口調で注意するが、興奮状態の大輝くんには効果なし。
一方、もう一人の母親である恵美さんは、顔を真っ青にして、息子の翔太くんを背中に隠した。
「ほら、翔太! 危ないから、こっちにいなさい!」
過保護っぷりをいかんなく発揮していた。
「リサ! なんとかしろ!」
「む、無茶言わないでくださいよ!」
俺とリサが、このカオスな状況をどう収拾すべきか頭を悩ませていた、その時だった。
「――大輝くん、待って」
凛とした静かな声が響いた。
声の主は、今までお母さんの後ろで静観していた、翔太くんだった。彼は小脇に抱えていた分厚い本――『モンスター生態図鑑(入門編)』を地面に置くと、まっすぐに大輝くんの方へと歩み寄った。
「ゴブリンは臆病で温厚な性格なんだ。いきなり追いかけたら、びっくりして心臓が止まっちゃうかもしれないよ」
「えー、でも、捕まえないと観察できないじゃん!」
不満そうな大輝くんに、翔太くんは、まるで学校の先生のように落ち着いた口調で諭した。
「観察っていうのはね、相手の世界にお邪魔させてもらうことなんだ。僕たちが、彼らのルールに合わせなくちゃ。それによく見て。あのゴブリンさん、僕たちが来る前から、ずっとあそこで箒を持って、葉っぱを集めてた。あれは、縄張りを綺麗に保つための、彼の『お仕事』なんだよ」
翔太くんの言葉に大輝くんは、ピタリと動きを止めた。そして、改めてゴブ吉の方を見る。
茂みの影で、まだ小刻みに震えているゴブ吉。その足元には、彼が集めたであろう、小さな落ち葉の山ができていた。
「……仕事?」
「そう。僕たちが、彼の仕事の邪魔をしちゃったんだ。まずは、ちゃんと謝らなくちゃ」
翔太くんはそう言うと、震えるゴブ吉に向かって、ゆっくりと近づき深々と頭を下げた。
「ゴブリンさん、ごめんなさい。僕の友達がびっくりさせちゃって」
その真摯な態度に、ゴブ吉の震えが少しだけ収まった。
翔太くんの姿を見て、さすがに反省したのだろう。大輝くんも、しぶしぶといった様子で虫あみを下ろすと、もごもごと口ごもりながら、
「……ご、ごめん」
そう、小さな声で謝った。
その瞬間、俺とリサは顔を見合わせた。
なんと、このわんぱくコンビ、暴走しがちな行動派の大輝くんを、冷静沈着な頭脳派の翔太くんが見事にコントロールするという、完璧なバランスで成り立っていたのだ。
「翔太くん、すごいな……。まるで博士みたいだ」
俺が感心して呟くと、母親の恵美さんが少し困ったように、しかし誇らしげに言った。
「あの子、昔から本ばっかり読んでて……。特にモンスターのことが大好きなんです。お友達と外で遊ぶより、図鑑を眺めてる方が楽しいみたいで……」
騒動が一段落し、俺たちはようやく改めて自己紹介をすることができた。
翔太くんが取り出した、一冊の大学ノート。それが彼の「自由研究ノート」だった。
表紙には、几帳面な文字で『ダンジョンモンスターの生態と、人間との共存の可能性について』という、小学4年生が書いたとは思えない壮大なテーマが掲げられていた。
ノートの中には、リサの動画から描き起こしたであろう、プルやゴブ吉の驚くほど精巧なスケッチと、びっしりと書き込まれた考察が並んでいる。
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その内容は、もはや自由研究のレベルを遥かに超えていた。
「すごいじゃないか、翔太くん!」
俺が心から褒めると、彼は照れて嬉しそうに言った。
「僕、将来は、モンスターの博士になりたいんです。だから本物のモンスターに会って、たくさんお話ししてみたい」
一方、大輝くんは、そんな翔太くんの隣で少しだけつまらなそうだ。
「俺は博士より、勇者の方がいいな! モンスター、捕まえたい!」
対照的な二人の少年。
これから始まるダンジョン探検で、彼らは一体、何を見つけ、何を感じるのだろうか。
俺は、この小さな勇者と、小さな博士の夏休みが最高にエキサイティングで、かけがえのないものになるように、全力でサポートしてやろうと、心に誓ったのだった。
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