田舎おじさんのダンジョン民宿へようこそ!〜元社畜の俺は、民宿と配信で全国初のダンジョン観光地化を目指します!〜

咲月ねむと

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第5章 わんぱくキッズと、夏休みの自由研究

第40話 小さな博士の仮説

 大輝くんによるゴブ吉襲撃事件という、波乱の幕開けから数時間。
 民宿の中は、すっかり「夏休みの子供がいる家」の空気に満ちていた。縁側でスイカの種を飛ばし、畳の上でゴロゴロと漫画を読む少年たち。それを、微笑ましそうに見守る母親たち。

 俺の静かだった「ゆうすけ荘」が、今までで一番、賑やかで生活感に溢れている。

「ねえ、おじさん! ダンジョンはまだ!?」

 カレーの匂いが漂い始めた台所まで、大輝くんが待ちきれないといった様子で顔を出す。

「まあ、待てって。腹が減っては、冒険はできんぞ」

 俺がそう言うと、彼は「えー!」と不満そうな声を上げながらも、素直に食卓に戻っていった。

 夕食のカレーライスは大成功だった。
 大輝くんは「うめー!」と叫びながら、あっという間におかわりを平らげ、翔太くんも、普段は食が細いらしいが、夢中になってスプーンを口に運んでいる。
 子供たちが美味しそうにご飯を食べる姿は見ているだけで、こちらまで幸せな気分になる。

 そして、いよいよ、お待ちかねの時間がやってきた。
 俺は、子供たちに一人一つずつ、小さなLEDランタンを手渡した。

「いいか、二人とも。ダンジョンの中では、絶対に俺から離れるなよ。それからモンスターを見つけても、大輝くん、いきなり虫あみで襲いかかるのは禁止だぞ」

「へーい」

 大輝くんの気の抜けた返事に少し不安を覚えつつも、俺たち「夏休みわんぱく探検隊」は、薄暗くなったダンジョンへと、いざ出発した。
 洞窟の中へと足を踏み入れた瞬間、子供たちの反応は、実に対照的だった。

「うおおお! すげー! 探検だ、探検だー!」

 大輝くんは、ランタンの光を振り回しながら、歓声を上げて奥へと駆け出そうとする。

 一方、翔太くんは、入り口に立ち尽くしたまま、ゴクリと喉を鳴らした。

「……すごい。空気の密度が外とは全然違う。湿度が保たれていて、温度も一定だ。これが、ダンジョン特有の閉鎖的生態系……」

 彼はランタンの光で壁の岩肌や床の土を照らしながら、大学ノートに何やら熱心にメモを取り始めた。完全にフィールドワークに来た学者の目である。将来、本当に学者さんに……。

 通路を進むと、早速、人懐っこいスライムが姿を現した。
 大輝くんは「スライムだ!」と喜んだが、翔太くんの制止を思い出したのか、虫あみを構えるのをぐっとこらえている。えらいぞ。

 翔太くんは、スライムの前にそっとしゃがみ込むと、ノートを広げた。

「こんにちは、スライムさん。僕は翔太です」

 彼は、まるで人間に話しかけるように、スライムに語りかける。

「あなたの体は、主に水分で構成されていると、本で読みました。このダンジョンの湿った場所を好むのは、乾燥を防ぐためですか?」

 ぷるん、とスライムが揺れる。肯定しているのか、ただの反応なのかは分からない。
 だが、翔太くんは、その僅かな反応も見逃さない。

「なるほど……。体の弾性を使って、わずかな振動で意思を伝えている可能性がある……」

 その、あまりに専門的すぎる分析に、俺とリサは、ただただ感心するばかりだ。
 母親の恵美さんは、そんな息子の姿をハラハラしながらも、どこか誇らしげに見守っている。

 さらに奥へと進み、例の泉の広場へと到着した。
 光る苔と、水底の小石が織りなす幻想的な光景に、さすがの大輝くんも「うわー……」と言葉を失って立ち尽くしている。

 翔太くんは、その光景に感動しつつも、すぐに学者モードに切り替わった。
 彼は泉のほとりにしゃがみ込むと、水の中にそっと指を入れた。

「水温は、思ったより低い。そして、この水……真水だけど、ほんのわずかに、鉄のような匂いがする。これが、水底の石が光る原因と、何か関係があるのかもしれない」

 彼は持参した小さな水筒に、泉の水を少しだけ汲み上げると、「学校に持って帰って、理科の先生に成分を調べてもらおう」と呟いた。
 自由研究への情熱が、とどまるところを知らない。 

 そんな翔太くんの隣で、大輝くんが水面を覗き込みながら、大きな声で言った。

「なあ、翔太! この泉、すっげー深いんじゃね? もしかしたら底の方に、でっけえ主みたいなモンスターがいるかもよ!」

 その子供らしい無邪気な一言。
 翔太くんは、その言葉に、ハッとしたように顔を上げた。

「……主。そうか、その可能性があったか!」

 彼は、興奮した様子でノートに新たな仮説を書き殴り始めた。

『このダンジョンの生態系の頂点に君臨する、未確認の大型モンスター「ヌシ」の存在仮説。光る苔やスライム、ゴブリンは、その「ヌシ」と、何らかの共生関係にあるのではないか……?』

 小さな博士の壮大すぎる仮説が、このダンジョンの静寂の中に産声を上げた瞬間だった。

 俺は、この少年の自由研究が、もしかしたら本当にこのダンジョンの、誰も知らなかった真実を解き明かしてしまうのではないか、そんな、とんでもない予感にとらわれていた。

 子供たちの夏休みは、まだ始まったばかりだ。
 そして、このダンジョンもまた、彼らの純粋な探究心に応えるように、その奥深い秘密を少しずつ見せ始めてくれているのかもしれない。
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