40 / 51
第5章 わんぱくキッズと、夏休みの自由研究
第40話 小さな博士の仮説
大輝くんによるゴブ吉襲撃事件という、波乱の幕開けから数時間。
民宿の中は、すっかり「夏休みの子供がいる家」の空気に満ちていた。縁側でスイカの種を飛ばし、畳の上でゴロゴロと漫画を読む少年たち。それを、微笑ましそうに見守る母親たち。
俺の静かだった「ゆうすけ荘」が、今までで一番、賑やかで生活感に溢れている。
「ねえ、おじさん! ダンジョンはまだ!?」
カレーの匂いが漂い始めた台所まで、大輝くんが待ちきれないといった様子で顔を出す。
「まあ、待てって。腹が減っては、冒険はできんぞ」
俺がそう言うと、彼は「えー!」と不満そうな声を上げながらも、素直に食卓に戻っていった。
夕食のカレーライスは大成功だった。
大輝くんは「うめー!」と叫びながら、あっという間におかわりを平らげ、翔太くんも、普段は食が細いらしいが、夢中になってスプーンを口に運んでいる。
子供たちが美味しそうにご飯を食べる姿は見ているだけで、こちらまで幸せな気分になる。
そして、いよいよ、お待ちかねの時間がやってきた。
俺は、子供たちに一人一つずつ、小さなLEDランタンを手渡した。
「いいか、二人とも。ダンジョンの中では、絶対に俺から離れるなよ。それからモンスターを見つけても、大輝くん、いきなり虫あみで襲いかかるのは禁止だぞ」
「へーい」
大輝くんの気の抜けた返事に少し不安を覚えつつも、俺たち「夏休みわんぱく探検隊」は、薄暗くなったダンジョンへと、いざ出発した。
洞窟の中へと足を踏み入れた瞬間、子供たちの反応は、実に対照的だった。
「うおおお! すげー! 探検だ、探検だー!」
大輝くんは、ランタンの光を振り回しながら、歓声を上げて奥へと駆け出そうとする。
一方、翔太くんは、入り口に立ち尽くしたまま、ゴクリと喉を鳴らした。
「……すごい。空気の密度が外とは全然違う。湿度が保たれていて、温度も一定だ。これが、ダンジョン特有の閉鎖的生態系……」
彼はランタンの光で壁の岩肌や床の土を照らしながら、大学ノートに何やら熱心にメモを取り始めた。完全にフィールドワークに来た学者の目である。将来、本当に学者さんに……。
通路を進むと、早速、人懐っこいスライムが姿を現した。
大輝くんは「スライムだ!」と喜んだが、翔太くんの制止を思い出したのか、虫あみを構えるのをぐっとこらえている。えらいぞ。
翔太くんは、スライムの前にそっとしゃがみ込むと、ノートを広げた。
「こんにちは、スライムさん。僕は翔太です」
彼は、まるで人間に話しかけるように、スライムに語りかける。
「あなたの体は、主に水分で構成されていると、本で読みました。このダンジョンの湿った場所を好むのは、乾燥を防ぐためですか?」
ぷるん、とスライムが揺れる。肯定しているのか、ただの反応なのかは分からない。
だが、翔太くんは、その僅かな反応も見逃さない。
「なるほど……。体の弾性を使って、わずかな振動で意思を伝えている可能性がある……」
その、あまりに専門的すぎる分析に、俺とリサは、ただただ感心するばかりだ。
母親の恵美さんは、そんな息子の姿をハラハラしながらも、どこか誇らしげに見守っている。
さらに奥へと進み、例の泉の広場へと到着した。
光る苔と、水底の小石が織りなす幻想的な光景に、さすがの大輝くんも「うわー……」と言葉を失って立ち尽くしている。
翔太くんは、その光景に感動しつつも、すぐに学者モードに切り替わった。
彼は泉のほとりにしゃがみ込むと、水の中にそっと指を入れた。
「水温は、思ったより低い。そして、この水……真水だけど、ほんのわずかに、鉄のような匂いがする。これが、水底の石が光る原因と、何か関係があるのかもしれない」
彼は持参した小さな水筒に、泉の水を少しだけ汲み上げると、「学校に持って帰って、理科の先生に成分を調べてもらおう」と呟いた。
自由研究への情熱が、とどまるところを知らない。
そんな翔太くんの隣で、大輝くんが水面を覗き込みながら、大きな声で言った。
「なあ、翔太! この泉、すっげー深いんじゃね? もしかしたら底の方に、でっけえ主みたいなモンスターがいるかもよ!」
その子供らしい無邪気な一言。
翔太くんは、その言葉に、ハッとしたように顔を上げた。
「……主。そうか、その可能性があったか!」
彼は、興奮した様子でノートに新たな仮説を書き殴り始めた。
『このダンジョンの生態系の頂点に君臨する、未確認の大型モンスター「ヌシ」の存在仮説。光る苔やスライム、ゴブリンは、その「ヌシ」と、何らかの共生関係にあるのではないか……?』
小さな博士の壮大すぎる仮説が、このダンジョンの静寂の中に産声を上げた瞬間だった。
俺は、この少年の自由研究が、もしかしたら本当にこのダンジョンの、誰も知らなかった真実を解き明かしてしまうのではないか、そんな、とんでもない予感にとらわれていた。
子供たちの夏休みは、まだ始まったばかりだ。
そして、このダンジョンもまた、彼らの純粋な探究心に応えるように、その奥深い秘密を少しずつ見せ始めてくれているのかもしれない。
民宿の中は、すっかり「夏休みの子供がいる家」の空気に満ちていた。縁側でスイカの種を飛ばし、畳の上でゴロゴロと漫画を読む少年たち。それを、微笑ましそうに見守る母親たち。
俺の静かだった「ゆうすけ荘」が、今までで一番、賑やかで生活感に溢れている。
「ねえ、おじさん! ダンジョンはまだ!?」
カレーの匂いが漂い始めた台所まで、大輝くんが待ちきれないといった様子で顔を出す。
「まあ、待てって。腹が減っては、冒険はできんぞ」
俺がそう言うと、彼は「えー!」と不満そうな声を上げながらも、素直に食卓に戻っていった。
夕食のカレーライスは大成功だった。
大輝くんは「うめー!」と叫びながら、あっという間におかわりを平らげ、翔太くんも、普段は食が細いらしいが、夢中になってスプーンを口に運んでいる。
子供たちが美味しそうにご飯を食べる姿は見ているだけで、こちらまで幸せな気分になる。
そして、いよいよ、お待ちかねの時間がやってきた。
俺は、子供たちに一人一つずつ、小さなLEDランタンを手渡した。
「いいか、二人とも。ダンジョンの中では、絶対に俺から離れるなよ。それからモンスターを見つけても、大輝くん、いきなり虫あみで襲いかかるのは禁止だぞ」
「へーい」
大輝くんの気の抜けた返事に少し不安を覚えつつも、俺たち「夏休みわんぱく探検隊」は、薄暗くなったダンジョンへと、いざ出発した。
洞窟の中へと足を踏み入れた瞬間、子供たちの反応は、実に対照的だった。
「うおおお! すげー! 探検だ、探検だー!」
大輝くんは、ランタンの光を振り回しながら、歓声を上げて奥へと駆け出そうとする。
一方、翔太くんは、入り口に立ち尽くしたまま、ゴクリと喉を鳴らした。
「……すごい。空気の密度が外とは全然違う。湿度が保たれていて、温度も一定だ。これが、ダンジョン特有の閉鎖的生態系……」
彼はランタンの光で壁の岩肌や床の土を照らしながら、大学ノートに何やら熱心にメモを取り始めた。完全にフィールドワークに来た学者の目である。将来、本当に学者さんに……。
通路を進むと、早速、人懐っこいスライムが姿を現した。
大輝くんは「スライムだ!」と喜んだが、翔太くんの制止を思い出したのか、虫あみを構えるのをぐっとこらえている。えらいぞ。
翔太くんは、スライムの前にそっとしゃがみ込むと、ノートを広げた。
「こんにちは、スライムさん。僕は翔太です」
彼は、まるで人間に話しかけるように、スライムに語りかける。
「あなたの体は、主に水分で構成されていると、本で読みました。このダンジョンの湿った場所を好むのは、乾燥を防ぐためですか?」
ぷるん、とスライムが揺れる。肯定しているのか、ただの反応なのかは分からない。
だが、翔太くんは、その僅かな反応も見逃さない。
「なるほど……。体の弾性を使って、わずかな振動で意思を伝えている可能性がある……」
その、あまりに専門的すぎる分析に、俺とリサは、ただただ感心するばかりだ。
母親の恵美さんは、そんな息子の姿をハラハラしながらも、どこか誇らしげに見守っている。
さらに奥へと進み、例の泉の広場へと到着した。
光る苔と、水底の小石が織りなす幻想的な光景に、さすがの大輝くんも「うわー……」と言葉を失って立ち尽くしている。
翔太くんは、その光景に感動しつつも、すぐに学者モードに切り替わった。
彼は泉のほとりにしゃがみ込むと、水の中にそっと指を入れた。
「水温は、思ったより低い。そして、この水……真水だけど、ほんのわずかに、鉄のような匂いがする。これが、水底の石が光る原因と、何か関係があるのかもしれない」
彼は持参した小さな水筒に、泉の水を少しだけ汲み上げると、「学校に持って帰って、理科の先生に成分を調べてもらおう」と呟いた。
自由研究への情熱が、とどまるところを知らない。
そんな翔太くんの隣で、大輝くんが水面を覗き込みながら、大きな声で言った。
「なあ、翔太! この泉、すっげー深いんじゃね? もしかしたら底の方に、でっけえ主みたいなモンスターがいるかもよ!」
その子供らしい無邪気な一言。
翔太くんは、その言葉に、ハッとしたように顔を上げた。
「……主。そうか、その可能性があったか!」
彼は、興奮した様子でノートに新たな仮説を書き殴り始めた。
『このダンジョンの生態系の頂点に君臨する、未確認の大型モンスター「ヌシ」の存在仮説。光る苔やスライム、ゴブリンは、その「ヌシ」と、何らかの共生関係にあるのではないか……?』
小さな博士の壮大すぎる仮説が、このダンジョンの静寂の中に産声を上げた瞬間だった。
俺は、この少年の自由研究が、もしかしたら本当にこのダンジョンの、誰も知らなかった真実を解き明かしてしまうのではないか、そんな、とんでもない予感にとらわれていた。
子供たちの夏休みは、まだ始まったばかりだ。
そして、このダンジョンもまた、彼らの純粋な探究心に応えるように、その奥深い秘密を少しずつ見せ始めてくれているのかもしれない。
あなたにおすすめの小説
貧乏冒険者で底辺配信者の生きる希望もないおっさんバズる~庭のFランク(実際はSSSランク)ダンジョンで活動すること15年、最強になりました~
喰寝丸太
ファンタジー
おっさんは経済的に、そして冒険者としても底辺だった。
庭にダンジョンができたが最初のザコがスライムということでFランクダンジョン認定された。
そして18年。
おっさんの実力が白日の下に。
FランクダンジョンはSSSランクだった。
最初のザコ敵はアイアンスライム。
特徴は大量の経験値を持っていて硬い、そして逃げる。
追い詰められると不壊と言われるダンジョンの壁すら溶かす酸を出す。
そんなダンジョンでの15年の月日はおっさんを最強にさせた。
世間から隠されていた最強の化け物がいま世に出る。
ダンジョンで有名モデルを助けたら公式配信に映っていたようでバズってしまいました。
夜兎ましろ
ファンタジー
高校を卒業したばかりの少年――夜見ユウは今まで鍛えてきた自分がダンジョンでも通用するのかを知るために、はじめてのダンジョンへと向かう。もし、上手くいけば冒険者にもなれるかもしれないと考えたからだ。
ダンジョンに足を踏み入れたユウはとある女性が魔物に襲われそうになっているところに遭遇し、魔法などを使って女性を助けたのだが、偶然にもその瞬間がダンジョンの公式配信に映ってしまっており、ユウはバズってしまうことになる。
バズってしまったならしょうがないと思い、ユウは配信活動をはじめることにするのだが、何故か助けた女性と共に配信を始めることになるのだった。
アイテムボックスの最も冴えた使い方~チュートリアル1億回で最強になったが、実力隠してアイテムボックス内でスローライフしつつ駄竜とたわむれる~
うみ
ファンタジー
「アイテムボックス発動 収納 自分自身!」
これしかないと思った!
自宅で休んでいたら突然異世界に拉致され、邪蒼竜と名乗る強大なドラゴンを前にして絶対絶命のピンチに陥っていたのだから。
奴に言われるがままステータスと叫んだら、アイテムボックスというスキルを持っていることが分かった。
得た能力を使って何とかピンチを逃れようとし、思いついたアイデアを咄嗟に実行に移したんだ。
直後、俺の体はアイテムボックスの中に入り、難を逃れることができた。
このまま戻っても捻りつぶされるだけだ。
そこで、アイテムボックスの中は時間が流れないことを利用し、チュートリアルバトルを繰り返すこと1億回。ついにレベルがカンストする。
アイテムボックスの外に出た俺はドラゴンの角を折り、危機を脱する。
助けた竜の巫女と共に彼女の村へ向かうことになった俺だったが――。
40歳のおじさん 旅行に行ったら異世界でした どうやら私はスキル習得が早いようです
カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
部長に傷つけられ続けた私
とうとうキレてしまいました
なんで旅行ということで大型連休を取ったのですが
飛行機に乗って寝て起きたら異世界でした……
スキルが簡単に得られるようなので頑張っていきます
レベルを上げて通販で殴る~囮にされて落とし穴に落とされたが大幅レベルアップしてざまぁする。危険な封印ダンジョンも俺にかかればちょろいもんさ~
喰寝丸太
ファンタジー
異世界に転移した山田(やまだ) 無二(むに)はポーターの仕事をして早6年。
おっさんになってからも、冒険者になれずくすぶっていた。
ある日、モンスター無限増殖装置を誤って作動させたパーティは無二を囮にして逃げ出す。
落とし穴にも落とされ絶体絶命の無二。
機転を利かせ助かるも、そこはダンジョンボスの扉の前。
覚悟を決めてボスに挑む無二。
通販能力でからくも勝利する。
そして、ダンジョンコアの魔力を吸出し大幅レベルアップ。
アンデッドには聖水代わりに殺菌剤、光魔法代わりに紫外線ライト。
霧のモンスターには掃除機が大活躍。
異世界モンスターを現代製品の通販で殴る快進撃が始まった。
カクヨム、小説家になろう、アルファポリスに掲載しております。
【完結】スーパーの店長・結城偉介 〜異世界でスーパーの売れ残りを在庫処分〜
かの
ファンタジー
世界一周旅行を夢見てコツコツ貯金してきたスーパーの店長、結城偉介32歳。
スーパーのバックヤードで、うたた寝をしていた偉介は、何故か異世界に転移してしまう。
偉介が転移したのは、スーパーでバイトするハル君こと、青柳ハル26歳が書いたファンタジー小説の世界の中。
スーパーの過剰商品(売れ残り)を捌きながら、微妙にズレた世界線で、偉介の異世界一周旅行が始まる!
冒険者じゃない! 勇者じゃない! 俺は商人だーーー! だからハル君、お願い! 俺を戦わせないでください!
クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~
いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。
他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。
「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。
しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。
1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化!
自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働!
「転移者が世界を良くする?」
「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」
追放された少年の第2の人生が、始まる――!
※本作品は他サイト様でも掲載中です。
捨てられた貴族六男、ハズレギフト『家電量販店』で僻地を悠々開拓する。~魔改造し放題の家電を使って、廃れた土地で建国目指します~
荒井竜馬@書籍発売中
ファンタジー
ある日、主人公は前世の記憶を思いだし、自分が転生者であることに気がつく。転生先は、悪役貴族と名高いアストロメア家の六男だった。しかし、メビウスは前世でアニメやラノベに触れていたので、悪役転生した場合の身の振り方を知っていた。『悪役転生ものということは、死ぬ気で努力すれば最強になれるパターンだ!』そう考えて死ぬ気で努力をするが、チート級の力を身につけることができなかった。
それどころか、授かったギフトが『家電量販店』という理解されないギフトだったせいで、一族から追放されてしまい『死地』と呼ばれる場所に捨てられてしまう。
「……普通、十歳の子供をこんな場所に捨てるか?」
『死地』と呼ばれる何もない場所で、メビウスは『家電量販店』のスキルを使って生き延びることを決意する。
しかし、そこでメビウスは自分のギフトが『死地』で生きていくのに適していたことに気がつく。
家電を自在に魔改造して『家電量販店』で過ごしていくうちに、メビウスは周りから天才発明家として扱われ、やがて小国の長として建国を目指すことになるのだった。
メビウスは知るはずがなかった。いずれ、自分が『機械仕掛けの大魔導士』と呼ばれ存在になるなんて。
努力しても最強になれず、追放先に師範も元冒険者メイドもついてこず、領地どころかどの国も管理していない僻地に捨てられる……そんな踏んだり蹴ったりから始まる領地(国家)経営物語。
『ノベマ! 異世界ファンタジー:8位(2025/04/22)』
※別サイトにも掲載しています。