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第5章 わんぱくキッズと、夏休みの自由研究
第41話 小さな勇者の涙
翔太くんの唱えた壮大な「ヌシ存在仮説」。
その言葉は、俺たち大人には微笑ましい子供の空想に聞こえたが、大輝くんの冒険心には、見事に火をつけてしまった。
「ヌシだって!? よっしゃー! 俺が、そのヌシを捕まえてやる!」
大輝くんは、再び虫あみを勇者の剣のように構え、泉の周りを走り回り始めた。
「おい、大輝くん、危ないから走るな!」
俺が注意するが、興奮状態の彼には届かない。
その時だった。
大輝くんが、苔で滑りやすくなっていた泉のほとりで、大きくバランスを崩した。
「うわっ!」
彼の小さな体は、為す術もなく、泉の中へと落ちていってしまった。
ザッバーン! という、大きな水音。
静寂の広場に母親二人の悲鳴に近い声が響き渡った。
「「大輝くん! / 大輝!」」
「大変だ!」
俺が慌てて泉に飛び込もうとした、その瞬間。今まで静かだった泉の水面が、にわかに、ごぼごぼと不気味に泡立ち始めたのだ。
そして、その中心から、ゆっくりと巨大な「何か」が姿を現した。
それは、黒くぬめりとした巨大な影。
大輝くんの「ヌシがいるかも」という予言が、最悪の形で的中してしまったのだ。
現れたのは、軽自動車ほどの大きさもある、巨大なナマズのようなモンスターだった。その頭には、ランタンの光を鈍く反射する、王冠のような形の岩が乗っている。
間違いない、この泉の「ヌシ」だ。
ヌシは、ゆっくりと大きな口を開け、パニックになって水面でもがいている大輝くんに狙いを定める。
「だ、大輝くん!」
翔太くんの母親、恵美さんが、その場で腰を抜かしてしまった。陽子さんも顔面蒼白で息子の名前を叫ぶことしかできない。
絶体絶命。
俺が覚悟を決めて飛び込もうとした、その時。俺よりも早く、動いた者がいた。
「大輝くん!!」
翔太くんだった。
彼は持っていた研究ノートを投げ捨てると、少しもためらうことなく、泉の中へと飛び込んだのだ。
そして、泳げない大輝くんの体を必死に捕まえると、岸に向かって引っ張り始めた。
だが、子供二人の力では、ヌシから逃れることはできない。
ヌシの巨大な口が、すぐそこまで迫る。
もう、だめか。誰もがそう思った、その瞬間。ダンジョンの奥から、今まで聞いたこともないような甲高い鳴き声が響き渡った。
「キィィーーーッ!!」
声の主はゴブ吉だった。
いや、彼だけじゃない。その声に応えるように通路の奥から十数匹ものゴブリンたちが、木の棒や石ころを手に一斉に飛び出してきたのだ。
さらに、壁からは無数のスライムたちが現れ、一斉にヌシに向かって、その体を弾丸のように飛ばし始めた。
ペチッ、ペチッ! と、スライムがヌシの硬い皮膚に当たるが、もちろん、たいしたダメージにはならない。
ゴブリンたちが投げる石ころも同様だ。
だが、彼らは怯まなかった。
自分たちよりも、何十倍も大きく、強い相手に対して、このダンジョンに住む、か弱いはずのモンスターたちが、総出で、たった二人の子供を守るために必死に戦っている。
「……すごい」
リサが呆然と呟いた。
「これが、翔太くんの言っていた……共存」
翔太くんは、モンスターたちが作ってくれた、ほんのわずかな隙を見逃さなかった。彼は最後の力を振り絞り、大輝くんを岸辺へと押しやる。
「……早く、逃げて!」
だが、その時、力尽きた翔太くんの体が水の中へと沈んでいってしまった。
「翔太くん!」
大輝くんが泣きながら叫ぶ。
その声にヌシが再び狙いを定める。
万事休す。
俺が今度こそ飛び込もうと地面を蹴った。
しかし、それよりも、ほんの少しだけ早く、一人の少年がヌシの前に立ちはだかった。
大輝くんだった。
彼は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、震える足で、それでもヌシと沈んでいく親友の間に立っていた。
手には、あの巨大な虫あみ。
「……翔太に、手を出すなーーーっ!!」
それは勇者でもヒーローでもない。
たった一人の友達を守りたいという、純粋な想いだけで、巨大な恐怖に立ち向かう、小さな、小さな男の子の魂の叫びだった。
彼は虫あみをがむしゃらに振り回した。
もちろん、ヌシに届きはしない。
だが、その時、信じられない奇跡が起きた。
大輝くんの虫あみが、彼自身の勇気に呼応するようにまばゆい光を放ち始めたのだ。
そして、その光は、ヌシの巨大な体を優しく、力強く包み込んでいく。
ヌシの動きが、ぴたりと止まった。
その凶暴だった目に、穏やかな光が宿っていく。まるで戦う意思を失ったかのように。
その隙に、俺は泉に飛び込み、沈んでいた翔太くんを抱きかかえ、岸へと引き上げた。
「翔太くん! しっかりしろ!」
幸い、水を少し飲んだだけで意識ははっきりしている。
光が収まった時。
ヌシはゆっくりと、俺たちに一礼するように巨大な頭を下げた。そして、静かに泉の奥深くへと、その姿を消していった。
静寂が戻った広場に、大輝くんのしゃくりあげるような泣き声だけが響いていた。
彼は、助け出された翔太くんに、何度も、何度も、「ごめん、ごめん」と繰り返しながら、しがみついていた。
勇者になりたかった少年は、生まれて初めて本当の恐怖を知り、そして誰かを守ることの本当の意味を知ったのだ。
この夏の日の、忘れられない大冒険。
二人の少年の間には、どんな困難にも負けない本物の友情が確かに生まれていた。
そして、彼らの自由研究のノートには、また一つ、忘れられない最高のページが書き加えられることになるのだった。
その言葉は、俺たち大人には微笑ましい子供の空想に聞こえたが、大輝くんの冒険心には、見事に火をつけてしまった。
「ヌシだって!? よっしゃー! 俺が、そのヌシを捕まえてやる!」
大輝くんは、再び虫あみを勇者の剣のように構え、泉の周りを走り回り始めた。
「おい、大輝くん、危ないから走るな!」
俺が注意するが、興奮状態の彼には届かない。
その時だった。
大輝くんが、苔で滑りやすくなっていた泉のほとりで、大きくバランスを崩した。
「うわっ!」
彼の小さな体は、為す術もなく、泉の中へと落ちていってしまった。
ザッバーン! という、大きな水音。
静寂の広場に母親二人の悲鳴に近い声が響き渡った。
「「大輝くん! / 大輝!」」
「大変だ!」
俺が慌てて泉に飛び込もうとした、その瞬間。今まで静かだった泉の水面が、にわかに、ごぼごぼと不気味に泡立ち始めたのだ。
そして、その中心から、ゆっくりと巨大な「何か」が姿を現した。
それは、黒くぬめりとした巨大な影。
大輝くんの「ヌシがいるかも」という予言が、最悪の形で的中してしまったのだ。
現れたのは、軽自動車ほどの大きさもある、巨大なナマズのようなモンスターだった。その頭には、ランタンの光を鈍く反射する、王冠のような形の岩が乗っている。
間違いない、この泉の「ヌシ」だ。
ヌシは、ゆっくりと大きな口を開け、パニックになって水面でもがいている大輝くんに狙いを定める。
「だ、大輝くん!」
翔太くんの母親、恵美さんが、その場で腰を抜かしてしまった。陽子さんも顔面蒼白で息子の名前を叫ぶことしかできない。
絶体絶命。
俺が覚悟を決めて飛び込もうとした、その時。俺よりも早く、動いた者がいた。
「大輝くん!!」
翔太くんだった。
彼は持っていた研究ノートを投げ捨てると、少しもためらうことなく、泉の中へと飛び込んだのだ。
そして、泳げない大輝くんの体を必死に捕まえると、岸に向かって引っ張り始めた。
だが、子供二人の力では、ヌシから逃れることはできない。
ヌシの巨大な口が、すぐそこまで迫る。
もう、だめか。誰もがそう思った、その瞬間。ダンジョンの奥から、今まで聞いたこともないような甲高い鳴き声が響き渡った。
「キィィーーーッ!!」
声の主はゴブ吉だった。
いや、彼だけじゃない。その声に応えるように通路の奥から十数匹ものゴブリンたちが、木の棒や石ころを手に一斉に飛び出してきたのだ。
さらに、壁からは無数のスライムたちが現れ、一斉にヌシに向かって、その体を弾丸のように飛ばし始めた。
ペチッ、ペチッ! と、スライムがヌシの硬い皮膚に当たるが、もちろん、たいしたダメージにはならない。
ゴブリンたちが投げる石ころも同様だ。
だが、彼らは怯まなかった。
自分たちよりも、何十倍も大きく、強い相手に対して、このダンジョンに住む、か弱いはずのモンスターたちが、総出で、たった二人の子供を守るために必死に戦っている。
「……すごい」
リサが呆然と呟いた。
「これが、翔太くんの言っていた……共存」
翔太くんは、モンスターたちが作ってくれた、ほんのわずかな隙を見逃さなかった。彼は最後の力を振り絞り、大輝くんを岸辺へと押しやる。
「……早く、逃げて!」
だが、その時、力尽きた翔太くんの体が水の中へと沈んでいってしまった。
「翔太くん!」
大輝くんが泣きながら叫ぶ。
その声にヌシが再び狙いを定める。
万事休す。
俺が今度こそ飛び込もうと地面を蹴った。
しかし、それよりも、ほんの少しだけ早く、一人の少年がヌシの前に立ちはだかった。
大輝くんだった。
彼は涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔で、震える足で、それでもヌシと沈んでいく親友の間に立っていた。
手には、あの巨大な虫あみ。
「……翔太に、手を出すなーーーっ!!」
それは勇者でもヒーローでもない。
たった一人の友達を守りたいという、純粋な想いだけで、巨大な恐怖に立ち向かう、小さな、小さな男の子の魂の叫びだった。
彼は虫あみをがむしゃらに振り回した。
もちろん、ヌシに届きはしない。
だが、その時、信じられない奇跡が起きた。
大輝くんの虫あみが、彼自身の勇気に呼応するようにまばゆい光を放ち始めたのだ。
そして、その光は、ヌシの巨大な体を優しく、力強く包み込んでいく。
ヌシの動きが、ぴたりと止まった。
その凶暴だった目に、穏やかな光が宿っていく。まるで戦う意思を失ったかのように。
その隙に、俺は泉に飛び込み、沈んでいた翔太くんを抱きかかえ、岸へと引き上げた。
「翔太くん! しっかりしろ!」
幸い、水を少し飲んだだけで意識ははっきりしている。
光が収まった時。
ヌシはゆっくりと、俺たちに一礼するように巨大な頭を下げた。そして、静かに泉の奥深くへと、その姿を消していった。
静寂が戻った広場に、大輝くんのしゃくりあげるような泣き声だけが響いていた。
彼は、助け出された翔太くんに、何度も、何度も、「ごめん、ごめん」と繰り返しながら、しがみついていた。
勇者になりたかった少年は、生まれて初めて本当の恐怖を知り、そして誰かを守ることの本当の意味を知ったのだ。
この夏の日の、忘れられない大冒険。
二人の少年の間には、どんな困難にも負けない本物の友情が確かに生まれていた。
そして、彼らの自由研究のノートには、また一つ、忘れられない最高のページが書き加えられることになるのだった。
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