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第6章 老紳士とギャルと、時を超えた約束
第49話 雪解けの涙
閉ざされた玄関のドアの向こう側。
俺とアカリさんは、車の中から、ただじっと、その家の様子をうかがっていた。
秋の日は短く、空はすでに、優しい茜色に染まり始めている。
「……じいじ、ちゃんと、謝れんのかな」
アカリさんが、そわそわと落ち着かない様子で、膝の上で指を組んだり、ほどいたりしている。
「てか、今更会って、どうすんのかな……。なんか、気まずいだけじゃない?」
その軽口は、彼女なりの、精一杯の心配の裏返しなのだろう。
「大丈夫ですよ。篠田さんなら」
俺は静かにそう言った。
なぜだか、確信があった。あの上品で誠実な老紳士なら、きっと一番良い形で、この長い物語にピリオドを打つだろうと。
俺たちの視線は、自然と小夜子さんの家の庭へと注がれていた。
色とりどりの花々が潮風に優しく揺れている。そのどれもが、丁寧に愛情を込めて育てられているのが、素人の俺にも分かった。
彼女は、ここで幸せな人生を歩んできたのだろう。
どれくらいの時間が経っただろうか。
一時間ほどだったかもしれないし、もっとずっと長かったかもしれない。
やがて、玄関のドアが、再び静かに開いた。
中から篠田さんが出てくる。その後ろから、小夜子さんが、穏やかな笑顔で彼を見送っていた。二人は最後に何か言葉を交わし、そして、小夜子さんは、深々と美しいお辞儀をした。
車へと戻ってきた篠田さんの表情は、驚くほど晴れやかだった。
まるで、長い間、肩にのしかかっていた重い荷物を、ようやく下ろすことができたかのように清々しい顔つきをしている。
「……どう、だったの?」
アカリさんが、心配そうに少しだけ好奇心を滲ませて尋ねた。
篠田さんは、後部座席に深く腰掛けると、窓の外に流れる夕暮れの景色を眺めながら、静かに語り始めた。
「……お茶を、ご馳走になったよ」
家の中で二人は、お互いの五十年を、ぽつり、ぽつりと語り合ったのだという。
小夜子さんは、篠田さんと別れた後、この町で実直な漁師の男性と出会い、結婚したこと。 二人の子供に恵まれ、今では可愛い孫もいること。数年前に、ご主人を病気で亡くされたが、子供や孫たちが、頻繁に顔を見せに来てくれること。
彼女は、写真を見せながら、少し照れくさそうに、自分の幸せな人生を語ってくれたらしい。
「わしは、彼女が幸せに暮らしていると聞いて、心の底から、安堵したよ」
そして篠田さんは、あの日の約束を果たせなかったことを、テーブルに手をついて、深々と頭を下げて謝罪したのだという。
小夜子さんは、そんな彼を見て困ったように、でも優しく微笑んだ。
「『もう、いいのよ、幸太郎さん』と、彼女は言ってくれた」
篠田さんの声が少しだけ震える。
「『あなたも、あなたの人生を東京で、一生懸命に生きてこられたんでしょう? 私も、ここで本当に幸せな人生を送ることができたわ。だから、もう、ご自分を責めないでちょうだい』と……。彼女は、すべてを、許してくれたんじゃよ」
篠田さんの目的は、ヨリを戻すことではなかった。ただ、一目会って、彼女の幸せを確認し、そして一言謝りたい。
その五十年間抱き続けた願いは、今日、最高の形で果たされたのだ。
「最後に、彼女、こう言っていたよ」
篠田さんは嬉しそうに、でも少し寂しそうに笑った。
「『あなたと過ごした、あの岬での数年間は、私の人生の、大切な、大切な宝物よ。ありがとう』と。……わしには、それだけで、もう十分すぎるほどの言葉じゃった」
篠田さんの話を聞き終えたアカリさんは、何も言わなかった。
ただ、その大きな瞳から、ぽろぽろと、大粒の涙をこぼし、腕で、ごしごしと乱暴にそれを拭っていた。
「……よかったじゃん、じいじ。本当によかった……」
彼女もまた自分のことのように、篠田さんの心の解放を喜んでいたのだ。
篠田さんは、そんなアカリさんの金色の頭を大きな節くれだった手で優しく撫でた。
「アカリちゃん。わがままに付き合わせて、すまなかったな。お前さんのおかげだ。本当にありがとう」
そして彼は、俺の方を見て穏やかに言った。
「さあ、ご主人。帰ろうか。わしらの宿へ」
その口から、ごく自然に出た「わしらの宿」という言葉。
このダンジョン民宿は、いつの間にか、彼らにとっても、かけがえのない心の拠り所になっていた。
俺は静かに頷くと、アクセルを、ゆっくりと踏み込んだ。
民宿では、リサが温かい夕食を用意して、きっと待ってくれているはずだ。
俺とアカリさんは、車の中から、ただじっと、その家の様子をうかがっていた。
秋の日は短く、空はすでに、優しい茜色に染まり始めている。
「……じいじ、ちゃんと、謝れんのかな」
アカリさんが、そわそわと落ち着かない様子で、膝の上で指を組んだり、ほどいたりしている。
「てか、今更会って、どうすんのかな……。なんか、気まずいだけじゃない?」
その軽口は、彼女なりの、精一杯の心配の裏返しなのだろう。
「大丈夫ですよ。篠田さんなら」
俺は静かにそう言った。
なぜだか、確信があった。あの上品で誠実な老紳士なら、きっと一番良い形で、この長い物語にピリオドを打つだろうと。
俺たちの視線は、自然と小夜子さんの家の庭へと注がれていた。
色とりどりの花々が潮風に優しく揺れている。そのどれもが、丁寧に愛情を込めて育てられているのが、素人の俺にも分かった。
彼女は、ここで幸せな人生を歩んできたのだろう。
どれくらいの時間が経っただろうか。
一時間ほどだったかもしれないし、もっとずっと長かったかもしれない。
やがて、玄関のドアが、再び静かに開いた。
中から篠田さんが出てくる。その後ろから、小夜子さんが、穏やかな笑顔で彼を見送っていた。二人は最後に何か言葉を交わし、そして、小夜子さんは、深々と美しいお辞儀をした。
車へと戻ってきた篠田さんの表情は、驚くほど晴れやかだった。
まるで、長い間、肩にのしかかっていた重い荷物を、ようやく下ろすことができたかのように清々しい顔つきをしている。
「……どう、だったの?」
アカリさんが、心配そうに少しだけ好奇心を滲ませて尋ねた。
篠田さんは、後部座席に深く腰掛けると、窓の外に流れる夕暮れの景色を眺めながら、静かに語り始めた。
「……お茶を、ご馳走になったよ」
家の中で二人は、お互いの五十年を、ぽつり、ぽつりと語り合ったのだという。
小夜子さんは、篠田さんと別れた後、この町で実直な漁師の男性と出会い、結婚したこと。 二人の子供に恵まれ、今では可愛い孫もいること。数年前に、ご主人を病気で亡くされたが、子供や孫たちが、頻繁に顔を見せに来てくれること。
彼女は、写真を見せながら、少し照れくさそうに、自分の幸せな人生を語ってくれたらしい。
「わしは、彼女が幸せに暮らしていると聞いて、心の底から、安堵したよ」
そして篠田さんは、あの日の約束を果たせなかったことを、テーブルに手をついて、深々と頭を下げて謝罪したのだという。
小夜子さんは、そんな彼を見て困ったように、でも優しく微笑んだ。
「『もう、いいのよ、幸太郎さん』と、彼女は言ってくれた」
篠田さんの声が少しだけ震える。
「『あなたも、あなたの人生を東京で、一生懸命に生きてこられたんでしょう? 私も、ここで本当に幸せな人生を送ることができたわ。だから、もう、ご自分を責めないでちょうだい』と……。彼女は、すべてを、許してくれたんじゃよ」
篠田さんの目的は、ヨリを戻すことではなかった。ただ、一目会って、彼女の幸せを確認し、そして一言謝りたい。
その五十年間抱き続けた願いは、今日、最高の形で果たされたのだ。
「最後に、彼女、こう言っていたよ」
篠田さんは嬉しそうに、でも少し寂しそうに笑った。
「『あなたと過ごした、あの岬での数年間は、私の人生の、大切な、大切な宝物よ。ありがとう』と。……わしには、それだけで、もう十分すぎるほどの言葉じゃった」
篠田さんの話を聞き終えたアカリさんは、何も言わなかった。
ただ、その大きな瞳から、ぽろぽろと、大粒の涙をこぼし、腕で、ごしごしと乱暴にそれを拭っていた。
「……よかったじゃん、じいじ。本当によかった……」
彼女もまた自分のことのように、篠田さんの心の解放を喜んでいたのだ。
篠田さんは、そんなアカリさんの金色の頭を大きな節くれだった手で優しく撫でた。
「アカリちゃん。わがままに付き合わせて、すまなかったな。お前さんのおかげだ。本当にありがとう」
そして彼は、俺の方を見て穏やかに言った。
「さあ、ご主人。帰ろうか。わしらの宿へ」
その口から、ごく自然に出た「わしらの宿」という言葉。
このダンジョン民宿は、いつの間にか、彼らにとっても、かけがえのない心の拠り所になっていた。
俺は静かに頷くと、アクセルを、ゆっくりと踏み込んだ。
民宿では、リサが温かい夕食を用意して、きっと待ってくれているはずだ。
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