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第7章 縁側と石狩鍋、とある一日
第51話 冬支度
賑やかだった夏と、実りの秋が過ぎ去り、俺のダンジョン民宿にも、いよいよ本格的な冬の足音が聞こえ始めていた。
ぱら、ぱらぱら……。
朝、目を覚ますと、窓の外では、今年初めての雪が、綿のように静かに舞い落ちていた。
「うわ、もう雪か。こりゃ、冬支度を急がないとな」
俺は、吐く息の白さにて季節の移ろいを感じながら、納屋から大きな斧を持ち出し、庭の隅に積んであった丸太と向き合っていた。
この古民家の冬は、薪ストーブがなければ越せない。自分の家の分だけでなく、予備も含めて、今のうちにたっぷりと薪を作っておく必要があった。
部屋の中では、リサがすっかり彼女の定位置となった年代物のこたつに、猫のように丸くなっている。その膝の上では、プルが気持ちよさそうに溶けていた。
ゴブ吉は、寒さが苦手なのか、ダンジョンの入り口付近で、仲間たちと身を寄せ合っているらしい。
どこまでも平和で、穏やかな、冬の始まりの朝だった。
キン、キン、と。
斧を振り下ろす、小気味よい音が静かな空気に響き渡る。
額に汗が滲み始めた頃、母屋の方から、ゆっくりとした足取りで、一人の人物がこちらへやってくるのが見えた。
「おや、雄介。精が出るのう」
隣に住む、鈴木さんだった。
だが、その表情は、どこか晴れない。いつもより腰が曲がっているように見えるし、歩き方もおぼつかない。
「鈴木さん、どうしたんですか? 顔色、良くないですよ」
俺が心配して声をかけると、鈴木さんは、腰に手を当てながら情けない顔で笑った。
「いやあ、すまんのう。歳は、とりたくないもんでな。昨日、庭の柿を取ろうと、ちょっと無理な体勢をしたら、ぐきっ、と……。まあ、いわゆる、ぎっくり腰というやつじゃよ」
それは、大変だ。
「それで、家の薪割りが、どうにもこうにも、できんくなってしまってな。このままじゃ、冬を越せんわい」
そう言って、鈴木さんは、はっはっは、と笑うが、その目は少しも笑っていなかった。
この町で、冬に薪がないというのは、死活問題だ。
俺は額の汗を腕で拭うと、にっと笑って自分の胸を叩いた。
「なんだ、そんなことですか。大丈夫ですよ、鈴木さん!」
俺は何のてらいもなく言った。
「任せてください! うちの分と一緒に、鈴木さんの家の分の薪も、俺が、責任もって全部割っておきますから! 心配しないで、ゆっくり休んでてください」
「おお……! 雄介……!」
鈴木さんの顔が、ぱあっと明るくなる。
「すまんのう、本当にすまんのう……! この御恩は、一生忘れんぞ!」
大げさな感謝の言葉を残して、鈴木さんは、再びゆっくりとした足取りで、自分の家へと戻っていった。
俺は目の前の丸太の山に、もう一度向き直った。さっきよりも、ずっと、やる気がみなぎっている。
東京で、会社のために、数字のために、ただただ心をすり減らしながら働いていた頃。
誰かのために、こんなに晴れやかな気持ちで、汗を流すことがあっただろうか。
自分のためだけじゃない。
この町で、隣で暮らす、大切な誰かのために自分ができることをする。
その当たり前で、温かい喜び。
俺は、この町に帰ってきて本当に良かったと、心の底から思った。
薪を割る小気味よい音が、冬の訪れを告げる静かな町に、再び響き渡る。
その心地よい音に、そして薪ストーブの煙突から立ち上る、温かい煙の匂いに誘われるように、またお客がやってくるかもしれない。
ぱら、ぱらぱら……。
朝、目を覚ますと、窓の外では、今年初めての雪が、綿のように静かに舞い落ちていた。
「うわ、もう雪か。こりゃ、冬支度を急がないとな」
俺は、吐く息の白さにて季節の移ろいを感じながら、納屋から大きな斧を持ち出し、庭の隅に積んであった丸太と向き合っていた。
この古民家の冬は、薪ストーブがなければ越せない。自分の家の分だけでなく、予備も含めて、今のうちにたっぷりと薪を作っておく必要があった。
部屋の中では、リサがすっかり彼女の定位置となった年代物のこたつに、猫のように丸くなっている。その膝の上では、プルが気持ちよさそうに溶けていた。
ゴブ吉は、寒さが苦手なのか、ダンジョンの入り口付近で、仲間たちと身を寄せ合っているらしい。
どこまでも平和で、穏やかな、冬の始まりの朝だった。
キン、キン、と。
斧を振り下ろす、小気味よい音が静かな空気に響き渡る。
額に汗が滲み始めた頃、母屋の方から、ゆっくりとした足取りで、一人の人物がこちらへやってくるのが見えた。
「おや、雄介。精が出るのう」
隣に住む、鈴木さんだった。
だが、その表情は、どこか晴れない。いつもより腰が曲がっているように見えるし、歩き方もおぼつかない。
「鈴木さん、どうしたんですか? 顔色、良くないですよ」
俺が心配して声をかけると、鈴木さんは、腰に手を当てながら情けない顔で笑った。
「いやあ、すまんのう。歳は、とりたくないもんでな。昨日、庭の柿を取ろうと、ちょっと無理な体勢をしたら、ぐきっ、と……。まあ、いわゆる、ぎっくり腰というやつじゃよ」
それは、大変だ。
「それで、家の薪割りが、どうにもこうにも、できんくなってしまってな。このままじゃ、冬を越せんわい」
そう言って、鈴木さんは、はっはっは、と笑うが、その目は少しも笑っていなかった。
この町で、冬に薪がないというのは、死活問題だ。
俺は額の汗を腕で拭うと、にっと笑って自分の胸を叩いた。
「なんだ、そんなことですか。大丈夫ですよ、鈴木さん!」
俺は何のてらいもなく言った。
「任せてください! うちの分と一緒に、鈴木さんの家の分の薪も、俺が、責任もって全部割っておきますから! 心配しないで、ゆっくり休んでてください」
「おお……! 雄介……!」
鈴木さんの顔が、ぱあっと明るくなる。
「すまんのう、本当にすまんのう……! この御恩は、一生忘れんぞ!」
大げさな感謝の言葉を残して、鈴木さんは、再びゆっくりとした足取りで、自分の家へと戻っていった。
俺は目の前の丸太の山に、もう一度向き直った。さっきよりも、ずっと、やる気がみなぎっている。
東京で、会社のために、数字のために、ただただ心をすり減らしながら働いていた頃。
誰かのために、こんなに晴れやかな気持ちで、汗を流すことがあっただろうか。
自分のためだけじゃない。
この町で、隣で暮らす、大切な誰かのために自分ができることをする。
その当たり前で、温かい喜び。
俺は、この町に帰ってきて本当に良かったと、心の底から思った。
薪を割る小気味よい音が、冬の訪れを告げる静かな町に、再び響き渡る。
その心地よい音に、そして薪ストーブの煙突から立ち上る、温かい煙の匂いに誘われるように、またお客がやってくるかもしれない。
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