灰の傭兵と光の園~人型巨大兵器が灰の戦場を駆ける。守ったのは誰だ。生き残ったのは誰だ。

青羽イオ

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第二章 守る者たち

第5話 VOLK隊の帰艦

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 夜の甲板に並ぶ灯りが艦の縁まで届き、舞い上がった細かな灰がその光を受けてかすかに光った。

 後部の着艦ハッチが重い音を立てて上下に割れ、開ききった瞬間、誘導灯が一度だけ強く点滅した。

〈着艦管制〉「受け入れ順――VOLK-4、VOLK-5、VOLK-6。……VOLK-4、進入許可」
〈ガンモ〉「VOLK-4、了解」

 後方250メートルから、VOLK-4が強めに噴射を重ねて灰霧の層を押し上げ、そのまま着艦ハッチ内へ入ってくる。高温の噴流で照明が揺れ、床に映った光も細かく震えた。

 停止マークの手前でもう一度噴射し、速度を一気に落とす。脚柱が深く沈んで低いきしみ音が走り、甲板に振動が伝わったあと、誘導員の発光誘導棒が交差し、VOLK-4の停止完了が示された。

〈整備班(ハッチ)〉「ばっかやろー、甲板が泣くぞ! もっとやさしく置け!」
〈整備班(ハッチ)〉「床を焼くな、塗り直しは誰がすると思ってる!」

〈着艦管制〉「VOLK-4、停止良し。……VOLK-5、入れ」
〈ポチ〉「VOLK-5、了解」

 続いてVOLK-5が進入する。さっきより噴射は抑え気味で、姿勢も大きくは揺れない。停止マークの上で一度だけ小さく上下し、そのまま膝を沈めて止まった。

〈整備班(ハッチ)〉「おい、関節部が摩耗するだろうが! もっと機体を丁寧に扱え!」

〈着艦管制〉「VOLK-5、良し。……VOLK-6、進入許可」

〈ヒロ〉「VOLK-6、入る」

 最後にVOLK-6が、後方200メートルの位置から噴射を弱めて進入した。
 余計な出力の変化を混ぜず、機体は夜光のラインに沿って一定の速度を保つ。
 短い噴射でそっと速度を殺し、膝関節を静かに沈める。
 甲板に伝わる衝撃は、ほとんど揺れを感じない程度だった。

〈整備班(ハッチ)〉「他の連中もVOLK-6を見習え!」

〈整備班(ハッチ)〉「いい着き方は音で分かるんだよ、分かったか!」

〈着艦管制〉「3機、着艦完了。係止確認、即座に実行」

〈着艦管制〉「外部冷却・電源の接続はハンガーにて実施。各機は誘導に従い、直ちに指定ラックへ向かえ」

 係止表示が緑に変わると、甲板員の発光誘導棒が進行方向を指し、床の誘導線が淡く点灯した。

 VOLK-4とVOLK-5は、熱の残る装甲をきしませながら前へ進む。
 梁が重さに反応してかすかに鳴り、最後尾のVOLK-6だけが、ほとんど音も立てずについていった。

 3機は甲板の灯りを受けながらゆっくりと格納区へ向かい、やがて着艦デッキから姿を消した。

 着艦デッキから格納区へ続く防爆シャッターが上がり、移送通路の奥から重い足音が近づいてきた。
 その振動に合わせて、格納区のざわめきが一段と大きくなり、梁の照明がかすかに揺れる。

 油と灰に濡れた床の上を導光ラインが伸び、避難列と整備用の通路を静かに分けていく。

 黄色いラインの内側では、誘導員が棒灯を振り、巨体を一機ずつハンガーの枠へと導いていた。

「係留ライン、急げ!」

 咳き込みながらも、手は止めなかった。
 白枠に脚を合わせるたび、デッキがわずかに沈み、鈍く重たい振動が足裏を打った。

 先頭で戻ってきた兄機、RF-08GD《バッド・バンカー》が梁の下をくぐり、指定番号のハンガーベイへと身を滑り込ませる。
 前面には牛を捕まえる車両みたいな突起バンパーに蜂の巣模様のデカール、膝には斜めの注意マーク。工事車両をそのまま戦場に持ってきたような、ごつい外見だ。

 膝を落とした瞬間、側面の係留アームが横からせり出し、腰と肩を挟み込む。ロックピンが噛み、固定ランプが静かに点灯した。

 その後ろから、弟機RF-12AP《ブレイン・モール》が回頭しながら別の枠に収まっていく。
 束ねたサーチライトに、重ね貼りされたステッカーがにぎやかすぎる。
 整備班の美意識を逆なでするデザインなのに、なぜか笑えてくる。

 足裏の駆動音が短く響き、機体が所定位置で静止する。
 直後、天井のモノレールクレーンがフックを下ろし、背部のハードポイントに正確に噛み合った。

「お~、久しぶりの我が家だぜ!」
「配線いじってねぇだろうな!」

 いつもの軽口に、整備兵たちからどっと笑いがこぼれた。
 誰かが冗談半分でケーブルを放り投げ、その音にまた笑い声が重なる。
 さっきまで硬くなっていた空気が、少しずつハンガーらしいざわめきに戻っていった。

 その後方から、VOLK-6、RF-17C《ヴァルケン・ストーム》がゆっくりと進入してくる。
 側面ハッチを抜けるところでスラスター出力を落とし、白枠で囲まれた着艦位置の中央へ、慎重に脚を運んでいった。

 背面では、まだ冷めきらない排熱が白く揺れている。
 脚部シリンダーが低くうなり、機体が膝を落としたところへ、左右から伸びた固定アームが胸と腰を抱えるように回り込む。
 ロックランプが順番に点灯していき、そのたびに小さな機械音が重なった。

 最後の固定が入ると、金属音が短く響き、床がわずかに震える。
 揺れが落ち着くころ、コクピットハッチが外側へ開いた。

 ふちに片手をかけて姿を現したのは、VOLK隊の隊長ヒロ・ヴェルナーだ。
 いつもどおりの動きで身を乗り出し、梯子をリズム良く降りてくる。

 厚手の戦闘服に、首もとのヘッドセット。
 肩にうっすら残った砂埃のせいで、服の色が少しだけくすんで見える。
 飾り気はないのに、足を甲板に下ろしただけで、近くにいた整備兵たちの視線が自然とそちらへ向いた。

 ヒロはいつもの調子で周囲を見回し、顔ぶれをざっと確認していく。
 袖口の油じみには何も言わず、差し出された手を順番に取って、短く握手を交わしていった。

 握手は一つひとつがあっさりしているのに、手の温度だけは、指先にちゃんと残る。

 手首からのぞいた黒いタグが、頭上の灯りを受けて、一度だけかすかに光った。

「おつかれさーん、隊長。10日も缶詰にされてこれかよ、って感じの戦闘だったなー」

 機体から降りてきたガンモ(兄)が、肩をすくめながら笑う。

「腹減ったー。まずは飯だろ?」

 ポチ(弟)も、足もとの装甲に付いた灰を払いながら、いつもの調子で続けた。
 兄弟の声が並ぶだけで、ハンガーの空気が一気にVOLKらしいものになっていく。

「整備に顔出して、それからだ」

 ヒロは軽く言い返し、数歩進んで整備班の方へ手を挙げた。

「脚の動きが少し重かった」

「了解、見ておきます。他に気になったところは?」

「今のところはそれだけだな」

 やりとりは短いが、必要なことは全部伝えている。
 整備兵が「任せてくださいよ」と苦笑まじりに答え、工具箱を持ち上げた。

 ヒロはそれにうなずき、ザクレロ兄弟と並んでハンガーの出口へ向かう。
 その背中を見送りながら、残ったクルーたちも、それぞれ自分の持ち場へ散っていった。

 生活区の食堂は、今夜だけ避難民用に一部が区切られ、簡易テーブルが隙間なく並べられていた。
光の園の子どもたちも、その一角でスープとパンを食べ終えたところだ。

 医務室の看護師に「付き添いの人も倒れられたら困りますから」と、ほとんど押し出されるように言われて、サキも短い休憩としてここまで来ている。

 食堂の扉が開いた。

 さきほどハンガーから上がってきたばかりのヒロが入ってきた。通路を歩いてきた足音が、やわらかい床に吸い込まれるように小さくなり、入口あたりで止まる。

 ヒロは一歩だけ中へ入り、静かに視線を巡らせて、食堂の様子をひと通り確認した。
 大人たちの列、紙椀を抱えた子どもたち、その合間を動き回るクルーたち――どこかお祭りの後みたいに、疲れとにぎやかさがまざった空気だった。

 足もとで、使用済みの紙コップがひとつ転がる。
 ヒロは反射的にそれを拾い上げ、持ち主に渡そうとして顔を上げたところで、一瞬だけ動きを止めた。

 子どもを抱き上げていたのは、光の園の子どもたちとの食事を終えたばかりのサキだった。
 サキは「え?」というように目を瞬かせ、それからすぐに状況をのみこみ、小さく笑みを作って会釈する。

 抱いている子どもの体温と、目の前の男の戦場帰りの気配とが、一度に近づいてきた。

「あ、ありがとうございます」

 差し出された紙コップを受け取ろうとして、サキの指先がヒロの手にふれた。
 少し冷えた手と、外から戻ったばかりのあたたかい指が、コップ越しに触れ合う。

 近くで見ると、軍服の袖口には灰がこびりつき、手の甲には細かい傷がいくつも走っていた。
 汗とオイルと、外気のにおい。さっきまでどこか白帯の外側にいた人の気配が、指先から伝わってくる。

 ヒロは何も言わず、握っていない方の手で親指を立てて見せた。
 大丈夫だ、とか、なんでもない、とか、そういう言葉を全部まとめて、短い仕草ひとつに押し込んだみたいな動きだった。

(この人も、さっき外で見た“ロボット”に乗るんだろうか)

 そう思った瞬間、子どもの頃に白帯の外側で見上げた機体の影と、目の前の横顔が、少しだけ重なる。サキはあわてて視線を子どもに戻した。

 肩に寄せた小さな背中を抱え直し、腕に少しだけ力をこめる。
 泣き疲れて眠ってしまった子どもの息が、自分の胸元にあたっていた。
 さっきまで医務室で見ていた数字や、看護師の表情が頭のすみに残ったままだが、今はとにかくこの体を落ち着かせておきたいと思った。

 壁の向こうでは導光ラインが規則正しく点滅し、グレイランスの排気が一度だけ食堂の空気を押し流す。灰と油とスープの匂いが薄く混じり合い、ここが一晩限りの避難所なのだとあらためて感じさせた。

 ヒロはサキの様子と、彼女の腕の中で眠る子どもを目で追い、その場で小さく息を止める。

 白帯の上で見た列と、さっきまで自分が乗っていた機体の振動とが、一瞬だけ同じところで重なった。

 それから視線をもう一度食堂全体と通路のほうへ戻した。
 灰と金属とスープの匂いが、少しずつ「いつもの艦内の匂い」に戻っていくような感覚がした。

 天井のスピーカーが小さく鳴り、観測席の声が流れる。

〈観測〉『ハンドレール灯、照度プラス1』

 白帯沿いの手すり灯の明るさを、ほんの少し上げたという報告だ。グレイランスの低い唸りは変わらないが、どこか遠くで、白い道がもう少しだけはっきり見えるようになったのだろうと想像する。

 ヒロは胸元の小さな金属片――かつてホイッスルだった「鳴らさない記念品」に指を触れた。
 触れるだけで、あの日から続いている線を確かめるみたいに、指先で縁をなぞる。

 そこへジルが歩み寄ってくる。グレイランスの通信長であり主計長でもある、ジル・ハートマンだ。
 いつもの仕事用の無表情をしているが、目の奥にはブリッジで数字とにらめっこしていた時間の長さがにじんでいた。

「FDCから通達。避難ハブNo.7は、今夜ぶんで満杯だ」

 そう告げる声には、事務的な響きと、言葉にしない苛立ちが少しだけ混ざっていた。

 ジルが端末を掲げ、画面を全員にも見える角度に傾けた。

「UDFの軍用トラックも、カルディアの列車も到着は明朝。それまでの間はグレイランスで民間人を一時収容。子ども優先の専用区画も作れ、ってさ」

 その一言で、集まっていた視線が一斉に端末へ向く。
 さっきまで整備の話や戦闘の反省でざわついていた空気が、ぴたりと静かになった。

「はい出たよ、思いつきの丸投げ」

 ガンモが背もたれに体を預け、わざとらしく椅子をきしませる。

「こっちはさっきまで外で命張ってたってのに、今度は保育所ごっこか? 整備も当直も組み直しだろ。どこにそんな余裕が――」

「余裕がないから、うちに飛んでくるんだろ」

 ポチが腕を組んだまま、ジルの端末をじっと睨んだ。ため息混じりだが、言っていることは本気だ。

「で、そのぶんのお代は? 追加契約、ちゃんと取るんだろーな? スープもベッドもタダじゃないんだぞ」

「だから腹が立ってる」

 ジルは肩をすくめ、短く息を吐いた。
 冗談に乗る余裕はあるが、目の奥にはしっかり苛立ちが残っている。

「契約書のどこをひっくり返しても、今夜ぶんの避難民保護の料金は出てこない。こっちで計上はするが、実際に払わせるまでが仕事だ。……その間、艦内の運用は丸ごと組み替えになる」

 兄ザクレロが、ふんと鼻で笑った。

「子ども専用の区画? なんでそんな面倒くせぇことするんだよ」

「子どもはもう、“資源”として数えられてる。だからこそ、最優先なんだ」

 ジルは今度は真面目な声で答える。
 兄ザクレロは肩を大きく鳴らし、「やってらんねぇな」とでも言いたげに天井を見上げた。

「へっ……金と契約で守られる命ってのも、ずいぶんと妙な話だな」

 その言葉に、場の空気が少しだけ重くなる。
 ヒロは黙ったまま、それぞれの顔を順に見ていたが、やがて椅子から立ち上がった。

「だが、その命があるから“次”が続く」

 短くそう言って、全員の視線を受け止める。
 戦場帰りの声は疲れているのに、その一言だけははっきりしていた。

「決まったことなら、やるしかない。白帯に子どもを置いたまま夜を越すわけにはいかないからな。専用区画は生活と一緒に詰めろ。警備はVOLKで持ち回りにする」

「え、俺たちも見張りコース?」

 ガンモが思いきり顔をしかめる。

「休暇って言葉、知らない? 隊長」

「休むのは、子どもを寝かせてからだ」

 ヒロは淡々と返したが、その言い方には冗談半分の色も少し混じっていた。

「お前らはローテの一枠だ。文句は、朝になって全員生きてたら、いくらでも言え」

「……はいはい。生きてから文句、ね」

 ガンモが頭をかきながら苦笑する。
 文句は言うが、やることは分かっている顔だった。

「ジル」

 ポチは肩をすくめ、少しだけ口元をゆがめて笑う。

「ま、せめて“保育料”は請求しといてくれよ。俺たちの弾と飯がかかってんだからな」

「わかってる」

 ジルは端末に指を滑らせ、作業フラグをひとつ立てた。

「今夜の分は全部、“FDC要請による契約外作業”にまとめてやる。スープ一杯の粉まで、明細に乗せてやるさ」

 言葉は冷静だが、その実、これが彼女なりの抵抗だと全員が知っている。

 ヒロはそれを横からのぞき込み、うなずくと、扉の方へ体を向けた。

「じゃあ決まりだ。ザクレロ兄弟は、まず整備と飯。そのあと避難区画の見回り。……子どもの前では、いつもの3割増しで優しくしろよ」

「え、割増請求は?」

 ポチのぼやきに、ガンモの笑い声が重なる。
 ジルは小さく肩を揺らしながら、主計用の画面を開いた。

 払うのは向こう。運用を回すのは、こっち。
 今夜も、そういうふうに世界は回っている――ジルはそんなことを考えながら、入力すべき項目をひとつずつ埋めていった。
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