ほら、ホラーだよ

根津美也

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10.うわばみ

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「そうだな、まず、名前からだ。あんたの名前はなんていうんだ?」
 座敷オヤジがたずねた。
「え? あっしの名前ですか?・・・なんだっけ・・・」
 そいつはぼさぼさ頭をしていて、よれよれのレインコートを羽織り、首にはねじれたようなネクタイを締めていた。そして、先ほどの大演説はどこへやら、名前をきかれただけなのに、まるで算数の問題をあてられた時みたいに回答に苦しみ、ブツブツと口の中でなにやらつぶやいた。

「あいつ、ウワバミじゃねえ?」
「え?酔いどれ妖怪の? 」
周辺からざわめきが聞こえた。
ぼくの部屋にはオキビキ以下お化けは四匹いただけのはずだったのに、いつのまにやら、部屋中ぎっしりと化け物どもが湧いて出てきていた。
「そうか、ネクタイなんか締めてたからわかんなかったんだ」
「っていうか、人間の格好してたからわかんなかったんじゃねえ?」
「ネクタイだなんて、あいつの首、どっからどこまでが首なんだ?」

ぼくは小声で身近にいたオキビキに尋ねた。
「え? なに? みんななに言ってるの?」
「あいつの正体の話をしてるんでやすよ。ウワバミでやしょ、あいつの正体は蛇でやすよ。」
「え!? 蛇!?」

 すると、後ろのほうから誰かが口を挟んだ。
「あれだ。あいつはほら、新宿の裏どうりの、どぶ板横丁っていったかな、お稲荷さんのあるあたりのどぶ板の下にねぐらを持っているやつだろう?」
「あ、あいつか。たしか、ダボシャツに裁着(たっつけ)姿をしていたと思ったが」
「最近は背広にネクタイなんだ」
 すると、ウワバミが言ったんだ。
「今時、ダボシャツに裁着(たっつけ)じゃ、周りに溶け込めやしませんからね」
「で、背広にネクタイなら溶け込めるって?」
「へい。今、あそこらへんに飲みにくるのは、サラリーマンがほとんどでやす。どぶ板横丁の、どぶ板も今はありませんでね、ビルが建ってます。お稲荷さんは、ビルの屋上にありますし、あっしのねぐらは、マンホールの下でやんすよ」
「へ~! 豪勢だね。昔は背広にネクタイなんて、上流でさ、あんな裏路地なんかにやってこなかったのに、今じゃそれが主流だなんてね。」
「ビルにマンホールだとよ!」
「時代が変わったな」
 その時、後ろの方から声がした。

「そうだよ、時代は変わってるんだ」
 声の主の方を見ると、黒ずくめの奴が目に入った。
 顔は鼠に似ていて、マントのようなもので身体をくるんでいる。ドラキュラみたい? とも思ったが、映画などで見るドラキュラとはちょっと違っている。
 ぼくはまたオキビキをつついて小声で聞いた。
「あれ、誰?」
「さあ、あっしも初ですね。だいたい、あっしは引きこもりですからね、結構世間知らずなんですよね。ただスタイルからして、外来種だと思われますね」
とオキビキも小声でささやきかえした。
 黒ずくめのそいつは、立ち上がって身体をくるんでいたマントのようなものを広げた。その瞬間、ぼくはそいつがこうもり傘のお化けだと知れた。

 そいつが言うんだ。
「だいたいさあ、最近はお化けを怖がらないとかさ、お化けなんていないというやつが増えたとかさ、嘆いてるけどさ、やることが古臭いんだよね。だから受けないんだよ。まず、風体が古臭い。時代遅れのぼろ布なんて纏っていたりさ、せめてウワバミさんくらい時代に即応しなくっちゃ。なのに、なに? カラカサお化け? 古いっちゅうの。今どき、唐傘なんて使ってる人いる?」
「ちょっと、待て、待て、待て」
 野太い声がした。三つ目入道だ。
「なんだと! 時代遅れなボロギレまとってるとは、おれのことを言っておるのか? 場合によっちゃ、ただではおかんぞ!」
 三つ目入道は相変わらず定番の修行僧スタイルをしていて、その衣はところどころやぶれているんだ。
 カラカサお化けも憤慨してつめよった。
「そうよそうよ。なめた口きくんじゃないわよ!自分はこうもり傘お化けとかいって、しかもジャンプ傘だとかいって、あたしらカラカサお化けを馬鹿にしてさ。そうボロボロにならないうちから捨てられたり置忘れられたりして嘆いてるくせしてさ、ドラキュラのできそこないみたいな格好してさ!」
「なんだと!ボロボロカラカサ!」
「まあ、まあ、まあ、まあ」
 座敷オヤジが仲裁に入った。
「なに、時代遅れのボロギレといったら、わしの右に出るもはおらんじゃろう。わしのこの衣はな、糞掃衣(ふんぞうえ)といってな、仏教では徳の高い坊さんが着るのよ。位ではなくてな、徳をあらわしてるのよ。わかる? えっへん、これがわしの真の姿じゃ。
 それはともかくとして、他の妖怪たちもな、それぞれ自分がこうであると思う姿をしておるだけじゃ。さしずめ、このものは酒でうさをはらすサラリーマンをおのれの姿と思うているのじゃろう」

 すると、ウワバミは驚いたことにさめざめと泣き出した。
「そうなんでやすよ。こんな格好をしておりますのもね、自分はしがないサラリーマンのような気がするからなんでやんす。それもなんだか仕事に生きがいが見出せない、家に帰っても居場所がない、そんなサラリーマンのような気がするんでやんす。飲むほどに、酔うほどに、なんか侘しく、物悲しく……」
「こいつ、泣き上戸だったのかよ!」
 こうもり傘お化けがちゃかすと、まわりの連中がどっと笑った。
 が、ウワバミは泣きの表情を崩さず、
「いや、いや、いや、昔はこんなじゃなかった気がしやす。飲み屋から橙色の灯りがもれてきて、赤ちょうちんに灯が点る。焼いた魚や鶏の匂いがぷ~んと漂ってくる。ああ、一日の仕事が終わった、はやく一杯ひっかけて、一日の疲れを癒したいなって店に飛び込むと『へい、いらっしゃい!』ってね、店のオヤジやオカミが暖かく迎えてくれたんでやんす。あっしは粋な職人のいでたちで、腕に自信があったから仕事に生きがいも誇りも持ってやしたしね。」

 そこで外野からヤジがとんだ。
「で、今は誇りがないってか?」
「今はしがないサラリーマン?」
「でもお前はただのウワバミだろう? 昔も今も」
「そうだよ、サラリーマンになったこともないし、職人になったこともないじゃないか」
 するとウワバミはあわててあとずさり、
「そりゃそうなんでやすけどね、人に憑りついて酒を吞んでいると、その人の想念が伝わつてくるんでやんすよ。胃の腑ばかりでなく頭の中身までシンクロするというか、その人の思っていることに憑りつかれるんでやんす」
「やだな~、妖怪変化が憑りつかれてどうすんのよ、憑りつかなきゃだめでしょう」
「いや、酒を吞むことに関しては憑りつくんでやすよ。
 黄昏時になりますとね、ネオンが点ります。あれ、本当は目がちかちかして嫌なんですよね。赤提灯が懐かしなあ。それはともかくとして、その時分になると、どこからかやってくるんでやすよ、サラリーマンたちが。あっしは彼らについていきます。そして、憑りつきやすそうなやつを見つけるとそいつにシンクロするんでやんす。憑りつきやすそうなやつというのは、だいたい憂さを晴らしたいやつなんでやすね。それとね、なんかいいことがやってこないかな、と、運やお宝が転がり込んでくるのを待っているやつです。そういうやつらは愚痴っぽいっす。そしてピッチが速い。速いのも道理で、あっしが憑りついているからなんでやんすが、ただひたすらに呑みたいと思うあっしにあやつられて、どんどん呑んじゃう。
 こうして呑んだ場合、たいていそやつは呑んでいたときのことを憶えてやしません。逆に言うと酒を呑みすぎて何も憶えていないというときは、たいていあっしが憑いているんでやんすよ。
そして、そいつが酔いつぶれてもう呑めないとなれば、あっしは次にいきます。別の人に憑りつくんでやすね。そうして、夜も更けて店が閉まり、酒場からサラリーマンの皆さんがいなくなるころ、あっしもマンホールの下の塒(ねぐら)に帰るんでやんすが、まあ、その頃になると、シンクロの副作用といいますか、あっしはサラリーマンの皆様の愚痴にたっぷり侵されているというか、身体にしみこんでおりやして、あっしは誰だったのか思い出せなくなってきてるんでやんす。あっしは誰? しがないサラリーマン? いや、そんなはずは……とは思いつつも、何となく物悲しく、わびしい思いをしながら、暗いマンホールの下で眠るんでやすが……夕暮れの黄昏時になると、またぞろマンホールから這い出して、サラリーマンの皆様の後について酒場へと足を運ぶんでやんす」
 うわばみは一気にそこまでしゃべって再びうなだれた。

「さて、そこでお前さんに聞きたいのはだな」
 一呼吸おいて、座敷オヤジが言った。
「本来なら、そうしてエンドレスにただひたすら呑むことだけに夜をすごすおまえが、塒のマンホールの下に帰らず、なんでもう呑まなくなって酔いつぶれた人間にくっついてここまでやってきのか、ということじゃ」
「ふむふむ、そこだよな」と外野席がまたざわめいた。

うわばみは丸めていた背を伸ばし、まわりをぐるりと見渡した。膝を浮かせていたから、本当は逃げ出したかったのかもしれないが、これだけ取り囲まれていたら逃げ出すのはとうてい無理と悟ったのか、座りなおした。
「あっしにもよくわからないんでやんす。ただ、この家のご主人ですか? お連れのおひとり、その方と目が合ったんでやす。いや、目が合ったような気がしただけかな? まあ、そんな気がしたんで、ついて行きまして、一緒にタクシーに乗っちゃったわけです」
「それでここまで来たと」
「へえ。そして、ここまで来たら、今度は、その坊ちゃんと目があったんでやんすよね」
 え?ぼく?
 ぼくはおもわず自分の鼻を指差した
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