ほら、ホラーだよ

根津美也

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57.ゲラ刷りができた

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 数日後、おばさんの担当さん町伏さんと、「お住まい拝見」の取材に来た早口の雑誌記者が連れ立ってやってきた。

 「ゲラが出たのでお見せしようと思って」

 まだ雑誌になる前の校正紙を持ってきたんだ。ゲラはグラビア4ページと、インタビュー記事3ページ分。

「ふーむ、どれどれ。あら、いいじゃない。すてきじゃない。写真にとると本物よりずっと渋みが増すのね」
「先生もすてきですわ。和服がよくお似合いです」

 早口さん(本名を知らないので、ぼくは心の中で勝手にそう呼んでいる)は例の早口でおばさんをさらりと持ち上げた。

 「お似合いだなんてそんな。雰囲気を盛り上げるために和風の家には着物と思って着たのよ。着慣れないものを着ちゃって、なんか変でしょう?」

「いえいえ、先生の作品が生まれたというこの家と、先生の和服姿はこれ以上ないというくらいにぴったりですわ。ムードを盛り上げていただいて、さすが優れたストーリーテーラー。サービス精神がおおせいだって感心しておりますの」

 これって褒めているのかな? 聞きようによってはおばさんが妖怪じみていると言っているようにも受け取れるけど、早口さんが早口なのでみんな深くは考えず、会話は先へ先へと進んでいく。

 ママがコーヒーを運んできた。
 おばさんがママに声をかけた。
「義姉さん、見て、この前の写真が出来上がったわ」
「まあ、私も見せていただいていいですか?」
 町伏さんと早口さんが声をそろえて言った。
「どうぞ、どうぞ」

 ママはコーヒーを出すと、おばさんの隣に座って、ゲラを手にとった。
「本当、実際より写真の方がすてきですわね。どこかの文化財を撮ったみたい」
 感心しながら見ていたがふと手が止まった。

「あら?」

「どうかしましたか?」

「あの、雑誌なんかに写真を載せるとき、編集部のほうで写真の修正ってするんでしょうか?」
 けげんな顔をしながらも早口さんが答えた。
「ええ、まあ、多少はいたします」
「ああ、やはり」

「わかります?さすがご自宅なのでわかってしまわれるのですね。まあ私どもとしましては、取り上げるテーマがありまして、それを強調するために手を加えるということは多々あります。例えば雰囲気を盛り上げるために色調をダークにするとか、テーマにそぐわないものが写っている場合はカットするとかはけっこうやります。はい。」
「ああ、それで、掛け軸の花鳥風月をCG処理かなにかで差し替えたんですね」

「え?」

 早口さんはゲラを覗き込んだ。
「ど、どれですか?」
「この掛け軸です」

「え?」

 おばさんも覗き込んだ。

「あっ・・・」

 気になってぼくも覗きこんだ。

「あっ・・・」

 しかし早口さんと町伏さんはまだ頭をひねっている。
「これのどこが差し替えですって?」

 今度はママが不思議そうな顔をして言った。
「だって、掛け軸の絵、こんな絵ではなかったと思いますけど」
「え?ではどんな絵でした?」
 ママは黙って隣の和室の掛け軸を指差した。

 掛け軸には花鳥風月。

 ところが、なんと!写真の掛け軸には、紋付羽織り袴を着た座敷オヤジが描かれていたのだ。

「あら、本当。でも奥様、撮影のとき確かにそこに掛かっている掛け軸でした?」
「はい。あれからずっと架け替えていませんけど」

「うそ!」

 町伏さんが信じられないと言うように叫んだ。

「あら、ハシくんがやったのかしら。私なんにもたのんでないのに。どうしたのかしら、なんか申し訳ないことを・・・」
 早口さんは狼狽してブツブツつぶやいている。

 おばさんとぼくは顔を見合わせた。
 言おうか言うまいか。

「あのう・・・」

 やっとおばさんが切り出した。
「これ、実は心霊写真なんですよ」
「え~!?」
「これうちの家神様なんです。俗にいう座敷わらし。うちのは座敷オヤジですけれど」

 町伏さんと早口さんとママは写真をじっとみつめたまま言葉もない。

「家の写真が雑誌に載るとあって、我が家の家神様が御挨拶に出てきたのでしょう。こうして雑誌に掲載されて全国展開されるとなれば、座敷オヤジも思い残すことはないでしょう」

 感慨深げにおばさんは言った。その言い方がすこし、芝居じみていたかもしれない。
 ややあって、クククククという不気味な笑い声がどこからともなくわいた。笑いの主の1人は町伏さんだった。

「いやだあ、先生、人が悪い」

 クククという笑い声がさらに高くなり、今度は早口さんが膝を打つようにして言った。

「まあ、そういうことですのね。さすが先生、ストーリーテラーでいらっしゃる。妖怪作家らしい、なんて鮮やかなストーリーメイキングでしょう!わかりました。おたくの家神様ですね。じゃあ、この写真はトップにもっていってキャプションは“家神様が御挨拶申し上げております”にしましょう。決まりましたね、先生!」

 そうしたらママがはじけたように笑っておばさんをペシペシたたきながら言った。
「やだ、ひかるちゃんの演出だったのね。あたしったらてっきり編集部の方のCG処理だと思ってしまいましたわ!」

 どういう納得の仕方をしているかはわからないんだけど、どうやらおばさんがいたずらをしたと3人は思ったらしい。
 そして3人は競うように笑いころげた。

「オホホホホホ」
「アハハハハハ」
「ゲラゲラゲラ」

 でも、考えてみたらおばさんが掛け軸を架け替える暇なんかなかったはずだ。だっておばさんは撮影が始まったとき、まだ2階で着物を着付けていたんだから。第一座敷オヤジの掛け軸なんてうちにあるのか? 編集部の人はともかく、ママは少なくとも無理があると感じてもよさそうなのだが、ママは信じられないことを認めるよりも,みんなが出した結論の方が受け入れやすかったのだろう。

「ま、いいか、これで座敷オヤジの花道ができた」おばさんはやれやれというようにつぶやいた。

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