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14章 目覚め
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病院内のカフェテラスに小雪さん、山吹さんと共にやって来た。空いている席に三人とも座り、三人とも頼んだ紅茶を飲んでふっと一息つく。
「あかねから何も連絡はないから……多分今日は目覚めないわね。」
「そうだな。」
未来視を使って、ということだろう。小雪さんは携帯を確認してそう言った。
「……私はこの一杯を飲んだらもう行く。」
「そうね、取ったのは午前休だったものね。」
「ああ。」
山吹さんはそう言ってぐっと紅茶を飲み干し、さっさとカフェテラスから出ていった。その歩き方を見ると相当忙しいのだろうことが伺える。
山吹さんは冷徹な人かと思っていたが、忙しい中でもお見舞いに来るくらいにはちゃんと息子を心配しているのが私にも分かった。
それなのに何故『ポンコツ』だの『使えない』だの言ってしまうのだろうか。私は山吹さんではないので真相は分からないが、それにしても言い方が悪いように思える。
山吹さんを見送った小雪さんはこちらを向く。
「私もこの一杯を飲んだら帰るわね。藍ちゃんはどうするの?」
「そうですね……もう少し病室にいようかと。」
「そう。……藍ちゃん、気負いすぎないでね。あなたは悪くないのだから。」
悪くない、か……。そうなのかな。自分の中で納得出来ず、小雪さんと視線を合わせられない。
「……はい。」
「ほら、そんな辛気臭い顔しないの。目覚めたりんが悲しむわよ。」
その声はどこか悲しそうで。ふっと視線を合わせると、小雪さんは少し無理をした笑顔を浮かべていた。
その顔を見てはっと気が付いた。竜胆さんが心配なのは私だけでは無いことに。
「そうですね。小雪さん、ありがとうございます。」
今私に出来る最高の笑顔を浮かべてお礼を言う。少しぎこちないかもしれないが、先程までよりはいいだろう。
「ええ、その調子よ。……じゃあそろそろ帰るわ。また家に遊びに来て頂戴ね。」
その言葉に私が頷くのを確認した小雪さんは『またね』とカフェテラスを出ていく。
一人になったことで周りに気を配れる余裕が出来た。優しくしてくれるとは言え、年上の方と話すのは少し気を張るからね。ふっと息を吐き、ぐるりと周りを見渡す。
カフェテラス内では私の他に二組程お茶を楽しんでいた。私はおかわりの紅茶を飲みながら、目に入ったテレビから流れるニュースを眺める。私達にも関係するあのテラス団のことだった。
『テラス団という団体は皆エートスであるとの情報が既に入っていますよね。そこでエートスを専門に研究している佐藤さんにお話をお聞きしたいと思います。』
『はい。まずエートスという化け物はですね、……』
なんとなく流し見をしていると、その専門家はエートスに否定的な人だった。エートスは化け物で、得体の知れない何かであると言っていた。
はて、何故この人はエートスの研究をしているのだろうか。専門家の癖にエートスに否定的って……どうなの?
やっぱり一般人には理解しかねる存在なのかな。くっと眉間に皺を寄せる。
「エートスって現実にいるんだべか。」
「さあ……知らねぇな。んでも知らねっつうことは隠してるってことでねぇか?」
「ほぅー、んだばエートスって生き辛ぇもんなんでねぇのか?」
「んだなぁ……」
テレビの近くに座るお年寄り二人の声が大きくてここまで聞こえてきた。エートスに否定的ではない雰囲気があることにほっと一息つく。
「この専門家はエートス研究してるって言ってるけんども、なしてあんな貶すような言葉並べんだかなぁ……」
「んだんだ。エートスって言ったって同じ人間だべよ。なしてこんな言い方すんだべか……」
「……。」
私はエートスという化け物なんだと自分にも言い聞かせてきた。だから独りなのだ、と。そう無理にでも納得させないと孤独感に押し潰されそうだった。
だから同じ人間だと言ってくれる人もいることに嬉しさを感じるが、今は一人なので頬が緩まないように顔に力を入れて俯く。
一人でニヤニヤしてたらただの変な人だもの。でもきっとその頑張りも含めて変な顔になっていることだろう。
「ありがとう、ございます……」
俯いたまま名も知らないお年寄り二人には届かないだろう小さい声でお礼をし、カフェテラスを出るのだった。
午後も竜胆さんの病室でぼーっとしていた。竜胆さんが起きる気配はない。小雪さんが言った通り茜さんからの連絡もないのできっと今日は目覚めないのだろう。
何時間か経ち日が傾いてきた頃、静かな病室にガラリと扉が開く音が響く。
「……あーちゃん、まだここにいたか。」
「つーくん。」
私服姿のつーくんが病室に入ってきた。
「……そろそろ帰らないと夕飯食べ損ねる。」
「そうだね。帰りましょ。……また明日来ますね。」
未だに眠り続ける竜胆さんに一言告げ、後ろ髪引かれながらもつーくんと共に病室を出る。
「……明日は休みだ。皆で来よう。」
「そうだね。」
私、ちゃんと笑えているかな。つーくんの眉間に新たな皺は出来ていないので大丈夫だろう。と、信じたい。
「……そうだ、一箇所寄り道してもいいか?」
「……? いいよ?」
私の了承を聞いたつーくんは、私の手を掴んで外に連れ出した。その手は冷たく、震えていた。
寒いのかな。ぎゅっとつーくんの手を握り返してみると、一度ピクリと大きく手が震えた。
寄り道の行先は病院内の庭園のような場所だった。
息を吐く度白い息が出る中、ピンク色の花が咲いた低木の近くでつーくんは立ち止まり、ゆっくりとこちらを向く。
「……今言うことでもないかもしれない。だが、今言わなければいけない気もする。だから……」
そう言ってつーくんは右に左に視線を彷徨わせ、一度深呼吸する。私はつーくんの次の言葉を静かに待つ。
「……俺は親から愛されなかった。だから愛なんて本でしか知らないし、『控えめな愛』しかあげられないだろう。」
そこでもう一度深呼吸し、気合いを入れたようだった。
「だが、それでもあーちゃんが……す、好きだ。」
最後はとても小さな声だったが、しんと静まるこの場所ではきちんと私の耳にも入った。
────
ツバキ
「控えめな愛」
「あかねから何も連絡はないから……多分今日は目覚めないわね。」
「そうだな。」
未来視を使って、ということだろう。小雪さんは携帯を確認してそう言った。
「……私はこの一杯を飲んだらもう行く。」
「そうね、取ったのは午前休だったものね。」
「ああ。」
山吹さんはそう言ってぐっと紅茶を飲み干し、さっさとカフェテラスから出ていった。その歩き方を見ると相当忙しいのだろうことが伺える。
山吹さんは冷徹な人かと思っていたが、忙しい中でもお見舞いに来るくらいにはちゃんと息子を心配しているのが私にも分かった。
それなのに何故『ポンコツ』だの『使えない』だの言ってしまうのだろうか。私は山吹さんではないので真相は分からないが、それにしても言い方が悪いように思える。
山吹さんを見送った小雪さんはこちらを向く。
「私もこの一杯を飲んだら帰るわね。藍ちゃんはどうするの?」
「そうですね……もう少し病室にいようかと。」
「そう。……藍ちゃん、気負いすぎないでね。あなたは悪くないのだから。」
悪くない、か……。そうなのかな。自分の中で納得出来ず、小雪さんと視線を合わせられない。
「……はい。」
「ほら、そんな辛気臭い顔しないの。目覚めたりんが悲しむわよ。」
その声はどこか悲しそうで。ふっと視線を合わせると、小雪さんは少し無理をした笑顔を浮かべていた。
その顔を見てはっと気が付いた。竜胆さんが心配なのは私だけでは無いことに。
「そうですね。小雪さん、ありがとうございます。」
今私に出来る最高の笑顔を浮かべてお礼を言う。少しぎこちないかもしれないが、先程までよりはいいだろう。
「ええ、その調子よ。……じゃあそろそろ帰るわ。また家に遊びに来て頂戴ね。」
その言葉に私が頷くのを確認した小雪さんは『またね』とカフェテラスを出ていく。
一人になったことで周りに気を配れる余裕が出来た。優しくしてくれるとは言え、年上の方と話すのは少し気を張るからね。ふっと息を吐き、ぐるりと周りを見渡す。
カフェテラス内では私の他に二組程お茶を楽しんでいた。私はおかわりの紅茶を飲みながら、目に入ったテレビから流れるニュースを眺める。私達にも関係するあのテラス団のことだった。
『テラス団という団体は皆エートスであるとの情報が既に入っていますよね。そこでエートスを専門に研究している佐藤さんにお話をお聞きしたいと思います。』
『はい。まずエートスという化け物はですね、……』
なんとなく流し見をしていると、その専門家はエートスに否定的な人だった。エートスは化け物で、得体の知れない何かであると言っていた。
はて、何故この人はエートスの研究をしているのだろうか。専門家の癖にエートスに否定的って……どうなの?
やっぱり一般人には理解しかねる存在なのかな。くっと眉間に皺を寄せる。
「エートスって現実にいるんだべか。」
「さあ……知らねぇな。んでも知らねっつうことは隠してるってことでねぇか?」
「ほぅー、んだばエートスって生き辛ぇもんなんでねぇのか?」
「んだなぁ……」
テレビの近くに座るお年寄り二人の声が大きくてここまで聞こえてきた。エートスに否定的ではない雰囲気があることにほっと一息つく。
「この専門家はエートス研究してるって言ってるけんども、なしてあんな貶すような言葉並べんだかなぁ……」
「んだんだ。エートスって言ったって同じ人間だべよ。なしてこんな言い方すんだべか……」
「……。」
私はエートスという化け物なんだと自分にも言い聞かせてきた。だから独りなのだ、と。そう無理にでも納得させないと孤独感に押し潰されそうだった。
だから同じ人間だと言ってくれる人もいることに嬉しさを感じるが、今は一人なので頬が緩まないように顔に力を入れて俯く。
一人でニヤニヤしてたらただの変な人だもの。でもきっとその頑張りも含めて変な顔になっていることだろう。
「ありがとう、ございます……」
俯いたまま名も知らないお年寄り二人には届かないだろう小さい声でお礼をし、カフェテラスを出るのだった。
午後も竜胆さんの病室でぼーっとしていた。竜胆さんが起きる気配はない。小雪さんが言った通り茜さんからの連絡もないのできっと今日は目覚めないのだろう。
何時間か経ち日が傾いてきた頃、静かな病室にガラリと扉が開く音が響く。
「……あーちゃん、まだここにいたか。」
「つーくん。」
私服姿のつーくんが病室に入ってきた。
「……そろそろ帰らないと夕飯食べ損ねる。」
「そうだね。帰りましょ。……また明日来ますね。」
未だに眠り続ける竜胆さんに一言告げ、後ろ髪引かれながらもつーくんと共に病室を出る。
「……明日は休みだ。皆で来よう。」
「そうだね。」
私、ちゃんと笑えているかな。つーくんの眉間に新たな皺は出来ていないので大丈夫だろう。と、信じたい。
「……そうだ、一箇所寄り道してもいいか?」
「……? いいよ?」
私の了承を聞いたつーくんは、私の手を掴んで外に連れ出した。その手は冷たく、震えていた。
寒いのかな。ぎゅっとつーくんの手を握り返してみると、一度ピクリと大きく手が震えた。
寄り道の行先は病院内の庭園のような場所だった。
息を吐く度白い息が出る中、ピンク色の花が咲いた低木の近くでつーくんは立ち止まり、ゆっくりとこちらを向く。
「……今言うことでもないかもしれない。だが、今言わなければいけない気もする。だから……」
そう言ってつーくんは右に左に視線を彷徨わせ、一度深呼吸する。私はつーくんの次の言葉を静かに待つ。
「……俺は親から愛されなかった。だから愛なんて本でしか知らないし、『控えめな愛』しかあげられないだろう。」
そこでもう一度深呼吸し、気合いを入れたようだった。
「だが、それでもあーちゃんが……す、好きだ。」
最後はとても小さな声だったが、しんと静まるこの場所ではきちんと私の耳にも入った。
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ツバキ
「控えめな愛」
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