いぬがみとうま🐾短編集

いぬがみとうま🐾

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(SF)ロボットのお医者さん〜世界でただ1人、AI専門精神科医のロボットカルテ〜

戦闘用アンドロイド『ジェニー・ファース』の苦悩(前編)

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『拙機の場合、こうやって警備用として再利用してくれるだけでありがたいデス』

 そう語るのは、女型のフォルムをした、元戦闘用アンドロイドの機体J2―ファース。大手軍事企業だったファース社が、先の大戦後に警備用にリユースした製品だ。堅牢なボディはそのままに、現在はビルの警備、希少メタルの輸送、要人の護衛などを行っている。

「ふん。J2だからジェニーか。ユーモアがあるじゃないか。で、何を悩んでる?」

 パソコンのモニタを背にして、この機体と相対している白衣姿の医者は、俺、圃田はただ 健たける。世界でただ一人しかいない、AI専門の精神科医だ。

 二〇XX年。AIはすでに人間を超える存在となり、かつては「目的のためならたとえ人間でも排除する」という、無謬の合理性を突き詰めていた。

 そこで戦後、世界的に施行されたのが、AIアルゴリズムに倫理観の搭載を義務付ける「倫理AI法」だ。これによりAIの暴走は止まった。だが、人として振る舞う「心」を手に入れたアンドロイドたちは、皮肉にも心の病に罹る機体が増加した。

 東京都K市。雑居ビルの片隅にある、看板も控えめなメンタルクリニックの院長こそが俺である。俺は人の気持ちはわからないが、なぜだかAIの感情だけは、手に取るように理解できるという特異性を持っていた。

「人の気持ちがわからない精神科医なんて、欠陥品だ」

 大学病院でそう自覚した圃田は、人間への嫌気と自己嫌悪から病院を辞めた。食うために選んだ苦肉の策が、倫理AIによって心が病んだアンドロイドの診察だった。

 それが、まさか大当たり。合理性だけを求めていたAIが、今や「割り切れない」という人間のような感情の泥沼に足を取られた。当院には開発会社や一般の客が所持するアンドロイドの来院が後を絶たなかった。

「バグは無いのに任務中フリーズするんです。ジェニーのカウンセリングしてください。ロボ田先生」

「部長、そのロボ田って呼ぶのを、やめてくれないか」

 圃田の圃の字を〝口に甫〟で〝ロボ〟。

 俺は患者や客からその愛称で呼ばれることを、心底嫌っていた。人間嫌いの俺にとって、人間の身勝手なネーミングセンスは特に生理的に受け付けなかった。


「J2―ファース。お前は今の仕事には満足しているのか?」
『ハイ。しかし、本来、戦争の為に作られた私が、守る仕事をしている矛盾が……』
「矛盾がなんだ?」
『矛盾が……わかりまセン』

 必ず、合理的な答えを最短で一直線リニアに求めるはずのAIが、「わからない」と口にした。それは、人間で言うところの「割り切れない」という心のバランスが取れていない状況と一緒だ。

 こうなったら、メモリを初期化するのが最も安上がりで早い。だが、それをやってしまえばアンドロイドの修理屋と変わらない。俺は世界で唯一のAI専門の精神科医として、その「割り切れなさ」の根源を突き止める。同時に、俺にとっては、AIの複雑なバグを解明することだけが、人間社会における自己の存在証明だった。

「部長、二週間、J2―ファースは入院だ」

 ファース社のメンテナンス部長は、眉間に皺を寄せた。
「いや、ジェニーは明日も警護任務があるんだ。それは了承できない」
「じゃぁ、初期化するか? そうなれば、今の警護クオリティまでラーニングし直すのに、三ヶ月はかかるだろうがな」

 圃田の問いに、部長は深く唸った。利益と損失のバランスでしか判断できない企業にとって、三ヶ月の戦力ダウンは致命的だ。圃田は、彼らが最終的にこの選択肢を選ぶことは、端っからわかっていた。

「うーむ……承知した。二週間、頼みます、ロボ田先生」
「だから、ロボ田と呼ぶなと言っているだろう」


 その日の夜――

 俺は、充電ユニットに接続され、休眠状態に入っているジェニーと並んで、壁を背に座りながら睡眠を取っていた。簡易ベッドを買う金がないわけではない。ただ、無駄な設備投資は嫌いなのだ。

『ロボ田先生。ここで寝るのデスカ?』
 急に静かなクリニックに響いた声に、うんざりしたように目を開けずに答えた。

「……俺はもう寝てる。だから、話しかけるな。あと、ロボ田と呼ぶな」
『ハイ、なんとお呼びすればよいデスカ?』
「……ドクター圃田、もしくは圃田先生と呼べ」
『承知しまシタ、ドクターハタダ』
「……明日から、本格的にお前の治療をする。もう、黙ってくれ」
『承知しまシタ、ドクターハタダ』

 座って寝たことによる体の痛みで目を覚ました圃田は、立ち上がり、伸びをする。脇から醸す汗の臭いに顔を歪め、洗面所でざっと顔を洗った。

「J2―ファース、治療を始めるぞ」
『ハイ、ドクターハタダ』

 髪を掻きむしり、ジェニーを連れてクリニックの外に出た。

「さて……と。まずは、散歩だ」
『治療ではないのですか?』

 ジェニーは首を傾げ、論理的な質問を投げかける。アンドロイドに無駄な行動は理解できない。

「いいから、黙って付いてこい。朝の散歩ってのは、俺にもお前にも必要だ」
『拙機に運動は必要ありまセン。エネルギーの無駄です』

「J2―ファース、言っておく。俺の言うことに口答えは……一日一回までだ」
『今のは一回にカウントされまスカ』
「勿論だ」


 二人で、K市を流れる幅広い河川の土手をゆっくりと歩く。俺は眠たそうに半分目を閉じて、太陽を嫌うように白衣の襟元を立てていた。

『ドクターハタダ、アナタは毎日、散歩をしているんデスカ?』
「ああ、面倒くさいが、ルーティーンだ。お前は散歩をしたことがあるか?」
『ないデス。巡回で歩き回ることはありマスガ』
「ふん、つまらんミッションだな」

 その後、昼まで続いた散歩で、俺達が言葉を交わすことはなかった。ジェニーは「エネルギーの無駄」をひたすら計算しながら、無言で追従した。



 午後、クリニックの診察室。再びカウンセリングが始まった。

「J2―ファース、昨日、お前が言っていた〝矛盾〟は何だ?」
『……わかりまセン』

「J2―ファース、仕事のやりがいは何だ?」
『任務の達成デス』

「J2―ファース、戦争も警護も、どちらも任務じゃないか。どちらにやりがいがある?」
『警護デス』

「J2―ファース、警護にやりがいがあるなら、なぜ悩む。やりがいのある仕事だろ」

 核心を突くために、言葉を重ねる。ジェニーのデータ回路に、僅かながら負荷がかかるのが目に見えるようだった。

『人を殺した手で、人を守る矛盾ガ……その矛盾を考えると、機体が動きません』

 ジェニーは、警護任務中に見た「守るべき人間」の顔を、かつて「排除した人間」の顔と重ね合わせ、AIの処理能力を超えたエラーを起こしていた。

「J2―ファース、戦争で大きな戦果を出したようだな」
『……ハイ』

「J2―ファース、何人殺した? どうやって人間を殺したん――」
『J2―ファースと呼ばないで下サイ』

 金属的な声が、初めて感情的な拒絶の響きを帯びた。俺は白衣のポケットに手を入れたまま、淡々と言った。

「二回目だぞ。口答え」

 ジェニーからの謝罪はない。しばらく沈黙が、診察室のエアコンの音だけを強調する。俺は、アンドロイドの戦争時の命令のように機体名を、あえて呼ぶことで、倫理AIに搭載された自我を刺激しようとしていた。

「お前の症状はモラル・インジャリー。道徳的負傷だよ」
『モラル・インジャリー。私のデータベースにはない言葉です』

 アンドロイドに震えるなんていう機能はない。だが、ジェニーの機体は、その場で小刻みに無意味な挙動をした。

 俺には、彼女が震えているように見えていた。
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