週末、パパはダンジョンに潜る〜家族に内緒で健康のために始めたら、Sランク探索者になっていた案件~

いぬがみとうま🐾

文字の大きさ
2 / 26

Ep.2:健康診断と洗濯物(日常の絶望)2

しおりを挟む
 一人寂しく、レンジで温めた野菜炒めを食べる。肉はほとんど入っていない。
 友里は凛と明日の弁当の話をしており、俺は空気のように扱われている。この疎外感には慣れたつもりだったが、今日の医師の宣告がボディブローのように効いていた。

『このままだと、死にますよ』

 死んだら、凛は泣いてくれるだろうか。「やっと菌がいなくなった」とせいせいするだろうか。
 そんな自虐的な想像ばかりが膨らむ。飯が不味い。

 つけっぱなしのテレビからニュースキャスターの声が聞こえてきた。

『――続いてのニュースです。東京第3ダンジョンにて、スライムの異常発生が確認されました。これにより、スライムの核の市場価格が暴落しています』

 画面には、ゼリー状の魔物がダンジョンの通路を埋め尽くしている映像が流れていた。

 ダンジョン。
 四十年前、突如として世界各地に出現した異空間。当初は人類の脅威とされたが、今ではそこから産出される「魔石」や「素材」が現代社会を支えるエネルギー資源となっていた。
 俺たち一般市民にとっては、ガソリン価格の変動と同じくらい日常的なニュースだ。

『探索者ギルドは、初心者探索者による駆除を推奨していますが、買取価格が一個あたり五十円まで下落しており、採算が取れないとの声が上がっています』

 五十円。子供の駄賃にもなりゃしない。
 誰もが見向きもしないニュース。妻も娘も興味なさそうにスマホを見ている。
 だが、俺の脳みそが、奇妙な回路を繋ぎ合わせた。
 五十円。価値がないと切り捨てられるスライムの核。
 それはまるで、今の俺のようじゃないか。

 ……待てよ?

 医師は言った。「運動しろ」と。
 俺は考えた。「ジム代が高い」と。

 ダンジョンは、入場無料だ。国策として、資源確保のために一般開放されているエリアがある。
 そこに入り、ただ歩くだけでなく、モンスターを相手に体を動かせば、それは立派な有酸素運動になるのではないか?

 しかも、スライムなら初心者でも倒せる最弱モンスターだ。
 ジムに行けば、月一万円以上が消えていく。金持ちの道楽だ。
 だが、ダンジョンに行けば、入場料はゼロ。運動して痩せられる上に、スライムの核を拾えば、たとえ五十円でも収入になる。

(しかもダンジョンのドロップアイテムは非課税だ!)

 コストゼロ。リスク極小。リターンは健康と小銭。
 完璧だ。これしかない。

 俺は箸を止めた。
 目の前の冷めた野菜炒めが、急に輝いて見えたわけではない。だが、暗く淀んでいた俺の視界に、一筋の光明が差した気がした。
 誰にも迷惑をかけない。週末、家族が寝ている間や、買い物に行っている間にこっそりと行けばいい。

「パパ、キモい」と言われないためにも、この腹をどうにかしなければならない。
 痩せて、少しでもマシな見た目になれば、凛だって洗濯物を一緒にしてくれるかもしれない。いや、それは高望みか。せめて、「菌」扱いからは脱却したい。
 人間扱いされたい。ただ、それだけなんだ。

 俺は決意した。
 この週末、パパはダンジョンに潜る!

          ◇

 深夜一時。
 家族が寝静まったのを確認して、俺は寝室を抜け出した。
 足音を忍ばせ、廊下の突き当たりにある納戸へ向かう。そこは、扇風機や雛人形と一緒に、俺の過去の遺物が眠る場所だ。

 埃っぽい匂いの中で、衣装ケースを漁る。
 出てきたのは、十年前の社内運動会で作らされた、スローガン入りのダサいジャージ。色は蛍光色の強い緑色。センスの欠片もないが、これを着て近所を走る勇気はない。だが、薄暗いダンジョンの中なら誰に見られることもないだろう。
 そして、数年前に「日曜大工でウッドデッキを作るぞ!」と意気込んで買ったものの、結局一度も使わずに封印されていた、新品の安全靴。
 さらに、防災リュックの中から懐中電灯と軍手を抜き取る。

 洗面所の鏡の前で、それらを装着してみる。
 蛍光グリーンのジャージは、腹の部分がパツパツに張り詰め、今にも弾け飛びそうだ。安全靴は無骨すぎて、全体のバランスを完全に崩している。
 頭には、会社支給の白いヘルメット(『安全第一』のシール付き)。

「……なんだこれ」

 鏡の中にいたのは、ヒーローでも冒険者でもない。
 どう見ても、深夜の工事現場から逃げ出してきた不審者だった。
 あまりの情けなさに乾いた笑いが出る。

 情けない。本当に情けない姿だ。それでも、不思議と嫌な気分ではなかった。
 スーツという名の拘束具を脱ぎ捨て、誰の目も気にしない格好で立つ。それは、会社や家庭という「組織」の歯車から、一時的にでも外れることを意味していた。

 俺は腹の肉を両手で掴み、ギュッと捻った。
 痛い。でも、この痛みは生きている証拠だ。
 この痛みを感じる限り、俺はまだ終わっちゃいない。

 四十二歳、二条賢志郎。厄年。
 役職・係長。家族内序列最下位。
 明日から、この脂肪を燃焼資源として、ダンジョンという名の未開拓市場へ飛び込む。

 鏡の中の自分に向けた決意表明を終えると、俺は現実に引き戻された。
 まず、このパツパツのジャージを脱がなければならない。
 腹に食い込んだゴムを引き剥がすのに一苦労だ。ブチッ、と糸が切れる音が静寂な深夜の洗面所に響き、俺は慌てて口元を押さえた。冷や汗が出る。スパイ映画の主人公にでもなった気分だが、やっていることはただのメタボ中年着替えだ。

 脱いだジャージと安全靴、ヘルメットを、用意していた大きめのボストンバッグに押し込む。これは以前、ゴルフを始めようとして三日で挫折した時のバッグだ。底の方には、一度も使われなかったゴルフボールが転がっている。
 このバッグの中身が、まさか「ダンジョン攻略セット」だとは、妻も娘も思うまい。

「……武器、がないな」

 ふと気づく。
 モンスターと戦うのだ。いくら最弱のスライムとはいえ、素手で触るのは危険すぎる。先ほどのニュース映像でも、スライムは消化液の塊だと言っていた。
 俺は再び納戸へ戻り、工具箱を漁った。

 錆びついた金槌かなづち、少し曲がったドライバー、そして、いつ、何のために買ったのかも覚えていない頑丈そうなモンキーレンチ(三十センチ)。
 手に持ってみる。ずっしりとした鉄の重み。
 RPGの剣や魔法の杖には程遠いが、これが今の俺に用意できる精一杯の武器だ。
 モンキーレンチをタオルで巻き、バッグの隙間にねじ込んだ。

 準備は整った。
 スマホのアラームを午前五時にセットする。
 家族が起きてくるのは七時過ぎだ。始発で向かい、昼過ぎには帰ってくる計画。
 最悪遅くなっても「急に呼び出されて休日出勤した」と言い訳を考えてある。これが一番自然だろう。……たぶん。

 寝室に戻る前、俺はふと足を止め、凛の部屋のドアを少しだけ開けた。
 隙間から差し込む廊下の明かりが、ベッドで眠る娘の顔を薄っすらと照らす。
 昼間の冷徹な表情とは違う、あどけない寝顔。
 昔は、雷が鳴ると俺の布団に潜り込んできたっけ。「パパ、守って」と言って。
 いつからだろう。俺が守ってくれる対象から、避けるべき対象に変わってしまったのは。

 ――汚い。臭い。ダサい。

 娘の言葉が、呪いのように脳裏をよぎる。
 だが、それは事実。否定できない自分が一番悔しい。
 俺はドアノブを握りしめ、心の中で呟いた。

(見てろよ、凛)

 今はまだ、ただの脂肪の塊だけど。
 会社でも家庭でも、不要な存在だけど。

 この脂肪を燃やし尽くし、何か一つでも――そうだ、たとえ五十円のスライムの核一つでもいい。自分の力で勝ち取って、胸を張って帰ってくる。
 それが、今の俺に残された唯一の父親としてのプライド回復策なのだ。

 静かにドアを閉め、寝室へ戻る。
 隣では友里が規則正しい寝息を立てていた。彼女もまた、家計とパートに追われ、疲れ果てている。

 もしダンジョンで稼げたら、彼女に何か……いや、捕らぬ狸の皮算用はやめよう。まずは五体満足で帰還することが最優先事項だ。

 布団に潜り込むと、緊張と興奮で心臓が早鐘を打っていた。
 遠足前の子供のような奇妙な高揚感。
 俺は天井を見上げ、大きく深呼吸をした。

 長い、長い週末が始まる。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

ハズレスキル【地図化(マッピング)】で追放された俺、実は未踏破ダンジョンの隠し通路やギミックを全て見通せる世界で唯一の『攻略神』でした

夏見ナイ
ファンタジー
勇者パーティの荷物持ちだったユキナガは、戦闘に役立たない【地図化】スキルを理由に「無能」と罵られ、追放された。 しかし、孤独の中で己のスキルと向き合った彼は、その真価に覚醒する。彼の脳内に広がるのは、モンスター、トラップ、隠し通路に至るまで、ダンジョンの全てを完璧に映し出す三次元マップだった。これは最強の『攻略神』の眼だ――。 彼はその圧倒的な情報力を武器に、同じく不遇なスキルを持つ仲間たちの才能を見出し、不可能と言われたダンジョンを次々と制覇していく。知略と分析で全てを先読みし、完璧な指示で仲間を導く『指揮官』の成り上がり譚。 一方、彼を失った勇者パーティは迷走を始める……。爽快なダンジョン攻略とカタルシス溢れる英雄譚が、今、始まる!

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

スキル【土いじり】でパーティを追放された俺、開墾した畑からダンジョンが生えてきた。

夏見ナイ
ファンタジー
「役立たず」の烙印を押され、パーティを追放されたアルフォンス。彼のスキルは戦闘に不向きな【土いじり】。失意の彼は都会を離れ、辺境の地で静かに農業を営むことを決意する。 しかし、彼が畑を耕すと、そこから不思議なダンジョンが生えてきた! ダンジョン内では、高級ポーションになる薬草や伝説の金属『オリハルコン』が野菜のように収穫できる。地味だと思われた【土いじり】は、実はこの『農園ダンジョン』を育てる唯一無二のチートスキルだったのだ。 噂を聞きつけ集まる仲間たち。エルフの美少女、ドワーフの天才鍛冶師……。気づけば彼の農園は豊かな村へ、そして難攻不落の要塞国家へと発展していく。 一方、彼を追放したパーティは没落の一途を辿り……。 これは、追放された男が最強の生産職として仲間と共に理想郷を築き上げる、農業スローライフ&建国ファンタジー!

アラフォーおっさんの週末ダンジョン探検記

ぽっちゃりおっさん
ファンタジー
 ある日、全世界の至る所にダンジョンと呼ばれる異空間が出現した。  そこには人外異形の生命体【魔物】が存在していた。  【魔物】を倒すと魔石を落とす。  魔石には膨大なエネルギーが秘められており、第五次産業革命が起こるほどの衝撃であった。  世は埋蔵金ならぬ、魔石を求めて日々各地のダンジョンを開発していった。

『おっさんの元勇者』~Sランクの冒険者はギルドから戦力外通告を言い渡される~

川嶋マサヒロ
ファンタジー
 ダンジョン攻略のために作られた冒険者の街、サン・サヴァン。  かつて勇者とも呼ばれたベテラン冒険者のベルナールは、ある日ギルドマスターから戦力外通告を言い渡される。  それはギルド上層部による改革――、方針転換であった。  現役のまま一生を終えようとしていた一人の男は途方にくれる。  引退後の予定は無し。備えて金を貯めていた訳でも無し。  あげく冒険者のヘルプとして、弟子を手伝いスライム退治や、食肉業者の狩りの手伝いなどに精をだしていた。  そして、昔の仲間との再会――。それは新たな戦いへの幕開けだった。 イラストは ジュエルセイバーFREE 様です。 URL:http://www.jewel-s.jp/

軽トラの荷台にダンジョンができました★車ごと【非破壊オブジェクト化】して移動要塞になったので快適探索者生活を始めたいと思います

こげ丸
ファンタジー
===運べるプライベートダンジョンで自由気ままな快適最強探索者生活!=== ダンジョンが出来て三〇年。平凡なエンジニアとして過ごしていた主人公だが、ある日突然軽トラの荷台にダンジョンゲートが発生したことをきっかけに、遅咲きながら探索者デビューすることを決意する。 でも別に最強なんて目指さない。 それなりに強くなって、それなりに稼げるようになれれば十分と思っていたのだが……。 フィールドボス化した愛犬(パグ)に非破壊オブジェクト化して移動要塞と化した軽トラ。ユニークスキル「ダンジョンアドミニストレーター」を得てダンジョンの管理者となった主人公が「それなり」ですむわけがなかった。 これは、プライベートダンジョンを利用した快適生活を送りつつ、最強探索者へと駆け上がっていく一人と一匹……とその他大勢の配下たちの物語。

追放された”お荷物”の俺がいないと、聖女も賢者も剣聖も役立たずらしい

夏見ナイ
ファンタジー
「お荷物」――それが、Sランク勇者パーティーで雑用係をするリアムへの評価だった。戦闘能力ゼロの彼は、ある日ついに追放を宣告される。 しかし、パーティーの誰も知らなかった。彼らの持つ強力なスキルには、使用者を蝕む”代償”が存在したことを。そして、リアムの持つ唯一のスキル【代償転嫁】が、その全てを人知れず引き受けていたことを。 リアムを失い、スキルの副作用に蝕まれ崩壊していく元仲間たち。 一方、辺境で「呪われた聖女」を救ったリアムは自らの力の真価を知る。魔剣に苦しむエルフ、竜の血に怯える少女――彼は行く先々で訳ありの美少女たちを救い、彼女たちと安住の地を築いていく。 これは、心優しき”お荷物”が最強の仲間と居場所を見つけ、やがて伝説となる物語。

Sランクパーティを追放されたヒーラーの俺、禁忌スキル【完全蘇生】に覚醒する。俺を捨てたパーティがボスに全滅させられ泣きついてきたが、もう遅い

夏見ナイ
ファンタジー
Sランクパーティ【熾天の剣】で《ヒール》しか使えないアレンは、「無能」と蔑まれ追放された。絶望の淵で彼が覚醒したのは、死者さえ完全に蘇らせる禁忌のユニークスキル【完全蘇生】だった。 故郷の辺境で、心に傷を負ったエルフの少女や元女騎士といった“真の仲間”と出会ったアレンは、新パーティ【黎明の翼】を結成。回復魔法の常識を覆す戦術で「死なないパーティ」として名を馳せていく。 一方、アレンを失った元パーティは急速に凋落し、高難易度ダンジョンで全滅。泣きながら戻ってきてくれと懇願する彼らに、アレンは冷たく言い放つ。 「もう遅い」と。 これは、無能と蔑まれたヒーラーが最強の英雄となる、痛快な逆転ファンタジー!

処理中です...