週末、パパはダンジョンに潜る〜家族に内緒で健康のために始めたら、Sランク探索者になっていた案件~

いぬがみとうま🐾

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Ep.25:阿鼻叫喚の東京第3ダンジョン

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 東京第3ダンジョンの正面ゲート付近は、もはや無秩序な戦場と化していた。

 何重にも張り巡らされた規制線、絶え間なく明滅するパトカーの赤色灯、そして上空でホバリングを続ける報道ヘリの爆音が、夜の空気を重苦しく震わせている。ゲートの奥、暗い口を開けたダンジョンからは、時折、黄金色の魔力波が地鳴りのような轟音と共に噴出し、周囲のビルを激しく揺らしていた。

「早く、担架を! これ以上の侵入は死ぬぞ!」

 現場指揮官の絶叫が、避難を急ぐ野次馬たちの悲鳴に飲み込まれていく。
 その混乱の渦中から少し離れた地下駐車場の入り口で、タナカは震える手でスマートフォンのジンバルを握りしめていた。賢志郎からの「現地集合」という短い指示に従い、彼は命懸けの撮影準備を整えていた。

「賢志郎さん、遅いっす……。こんな場所で一人にされたら、心臓が保たない……」

 タナカが周囲をキョロキョロと見渡していたその時。
 音もなく、背後の暗闇から一人の「影」が姿を現した。

 全身をマットブラックの装甲で固め、光を一切反射しない漆黒のスーツ。腰には多数の工具ポーチが下げられ、右腕には無骨な大型ガントレットが装着されている。フルフェイスのバイザー越しに放たれる威圧感は、周囲の騒乱を瞬時に凍りつかせるほどに鋭かった。

「……ひ、ひぎぃっ!」

 タナカが短い悲鳴を上げて飛び退く。

「二条賢志郎には、別の任務を任せた。あいつはバックアップに回っている。……今日はお前と俺で行く。タナカといったな、よろしくな」

 喉に仕込んだボイスチェンジャーで加工された低く響くような声。
 タナカの瞳が、驚愕と、それを上回る熱狂によって大きく見開かれた。

「し、漆黒マン……! 本物だ、本物の漆黒マンだ! 賢志郎さんから話は聞いてたっすけど、まさか本当に会えるなんて……!」

 タナカは先ほどの恐怖をどこかへ放り投げ、狂喜乱舞しながらスマートフォンを漆黒の姿に向けた。
「もちろんです! 俺の命なんていくらでも使ってください! あなたの勇姿、一秒も逃さず世界中に届けてやるっす!」

(よく、こんなクラーク・ケントみたいな見え透いた嘘を信じてくれるものだな)

 フルフェイスのヘルメットの中で、賢志郎は内心で呆れ返っていた。
 稚拙でありきたりな言い訳だが、漆黒マンという存在に対するタナカの盲信が、そのガバガバな設定を奇跡的に補完している。賢志郎はバイザー越しに、混乱の極致にあるダンジョンゲートを睨み据えた。

 その時、ゲートの奥から悲痛な叫び声が上がった。
「退け! 道を開けろ! 『昇龍の牙』が……ギルドの精鋭パーティーが全滅したぞ!」

 血塗られた数人の男たちが、崩れ落ちるようにダンジョンから這い出してきた。
 彼らは国内でも屈指の実力を持つSランクに近いAランクの探索者たちだ。だが、その装備は飴細工のように無残にひしゃげ、全身には黄金の魔力が焦げ付いた凄惨な傷跡が刻まれている。レオの放った暴力が、高ランク探索者の防具ごと彼らの肉体を破壊したのだ。

「誰か、止血を! 魔力による壊死が始まってる! このままだと……!」

 救護班が駆け寄るが、特殊な黄金の魔力が傷口に残留し、通常の回復魔法も応急処置も受け付けない。傷口からはどす黒い血液が止まることなく溢れ出し、周囲は瞬く間に血の海へと変わっていく。

 賢志郎は無言で歩み寄ると、左腕のガントレットの側面にあるボタンを押し込んだ。

「下がっていろ」

 冷徹な一言と共に、ガントレットから黒い極薄の粘着フィルムが噴射された。
 それは賢志郎が修行期間中に習得したガントレットのスキル——『シャドー・サビオ(影の絆創膏)』。
 対象の傷口を覆った瞬間、黒いフィルムはレオの黄金魔力を中和しながら吸着し、物理的な圧迫と魔力的な封印を同時に行う。

「……嘘だろ。出血が、一瞬で止まった?」

 処置を受けた探索者が唖然とした声を漏らす。
 死を覚悟していた重傷者たちが、信じられないものを見るような目で漆黒の背中を見つめていた。

「凄いっす……! 今の! 視聴者の皆、見たか! これが漆黒マンの力だ!」

 タナカが興奮のあまり画面に向かって絶叫する。
 賢志郎はバイザー越しに患者の容態が安定したことを確認するとフルフェイスヘルメットの側面、もみあげにあたる部分を指先でポリポリと一回。



 ——同時刻。二条家のリビング。

 テレビに映し出された臨時ニュースの特番。
 画面いっぱいに映る、現場で救助活動を行う「黒い男」の姿を、凛は息を呑んで見つめていた。
 スマートフォンの小さな画面とは違い、大画面で映し出されるその一挙手一投足は、あまりにも鮮烈だった。

 そして、凛の動きがピタリと止まった。

 画面の中の男が、ヘルメット越しにもみあげのあたりをポリポリと掻く。
 その角度、指の動きの速さ、そして僅かに首を傾げる独特の間。

「……あれ。この仕草……」

 凛は思わずテレビの前に駆け寄った。
 いつもローンの返済表を眺めながら悩んでいた父親の姿が、画面の中の「謎のヒーロー」と重なる。

「……パパ?」

 彼女の呟きが、静かなリビングに響いた。
 疑惑という名の小さな火種が、凛の胸の中で静かに燃え上がり始めていた。



 ——場面は再び、東京第3ダンジョン。

「おい、待て! どこへ行くつもりだ! 中はもはや人間の行ける場所ではないぞ!」

 警備にあたっていたギルドの職員が、ゲートへ歩き出す二人を遮ろうとした。
 中から漏れ出す黄金の閃光はさらに激しさを増し、地鳴りはもはや止むことがない。中には狂い果てた、悪魔に等しい暴力を持った「重課金者」が待ち構えているのだ。

 だが、漆黒の男は歩みを止めなかった。
 背負った大型の工具袋を軽く揺らし、バイザーの光度を戦闘モードへと切り替える。

「ただの修理屋だ。……不良品の始末に来ただけだ」

 賢志郎はそのまま、暗い穴の奥へと足を踏み入れた。
 その後ろを、恐怖を克服したタナカが「最高の画」を撮るために追いかけていく。

 制止の声も、サイレンの音も、ゲートを潜った瞬間に遠ざかっていった。
 そこにあるのは、死を告げる黄金の輝きと、それを迎え撃つ漆黒の静寂だけだ。
 いよいよ、偽りの勇者と名もなき職人の、最終決戦が始まろうとしていた。

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