幻獣保護センター廃棄処理係の私、ボロ雑巾のような「ゴミ幻獣」をこっそり洗ってモフっていたら、実は世界を喰らう「終焉の獣」だった件について

いぬがみとうま🐾

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ミヤコ幼少期編

第10話:異常な空洞と、腐朽の予感

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 王都ノザリアの北端にそびえ立つ、白亜の石材で築かれた重厚な王立厩舎。
 そこは本来、騎士様の半身である使役幻獣たちが羽を休め、何よりも清潔に保たれるべき――聖域・・であるはずの場所だ。

 けれど、入り口に一歩足を踏み入れた瞬間。
 私の鼻腔を突いたのは、目を刺すような、ひりつくほどに強い消毒薬の匂いだった。
 あまりの鋭さに、喉の奥がキュッと熱くなるのを感じて、私は思わず清潔なハンカチで口元を押さえた。

「……グレン様。ここの空気、ひどく澱んでいますね」

 隣を歩く騎士団長、グレン様へと向けた私の声は静かだった。
 けれど、その奥底には、隠しきれない飼育官としての不快感が滲んでいた。
 汚れを取り除くべき消毒液が、汚れを無理やり覆い隠すために使われている……。その「不潔な意図」が、肌を粟立たせる。

「……気づきましたか。これを施した宮廷の錬金術師たちは『徹底した殺菌が必要だ』と胸を張っているが、私にはどうしても、何かの腐敗を無理やり閉じ込めているようにしか思えてならない」

 グレン様は苦渋に満ちた表情で、乱れた金髪をかき上げた。
 彼の身に纏う銀の鎧が、厩舎の冷たい空気の中で硬質な音を立てて鳴る。
 カシャン、と響くその音さえも、今の私には、助けを求める幻獣たちの悲鳴のように聞こえてならなかった。

 回廊を進む私たちの姿に、周囲に控える若手騎士たちがざわめき始める。
 清潔な白いエプロンを身に着け、トリミング道具が入った鞄を下げた私。
 その場違いな姿を「山奥の娘に何ができる」と嘲るような視線が投げかけられるのが、形として伝わってきた。

「グルル……」

 私の傍らを歩く銀色の巨獣――モップが、不快な視線を遮るように低く喉を鳴らした。
 白銀の毛並みから放たれる、圧倒的なオーラ。
 騎士たちはその神々しさに気圧され、言葉を失って道を開けてくれた。
 私はその脇を、ユニコリザードが休む厩舎だけを見据えて、ひたひたと進んでいく。



 案内されたのは、今年、最前線へと配備されたばかりの五歳になる個体たちが繋がれた房だった。
 ユニコリザード。
 本来ならば、三歳から五歳にかけて訓練され、最も鱗が瑞々しく輝き、希望に満ちた瞳をしているはずの若駒たちだ。

 けれど、目の前に並ぶあの子たちは、どの子も鱗の艶を失い、不自然に逆立っていた。
 私が近づくと、彼らは怯えたように身を竦ませ、次の瞬間には理性を欠いた攻撃的な色を瞳に宿して、激しく柵を叩いた。

(この子たち……みんな心がトゲトゲとしているわ。……まるで、洗っても落ちない汚れに、内側から追い詰められているみたい)

 胸の奥が締め付けられるような痛みを覚えて、私は迷わず、最も苛立っている一頭の元へと歩み寄った。
 周囲が止める間もなく、私はその小さな手のひらを、ユニコリザードの熱を持った首筋に添える。

「……静かに。もう大丈夫、いい子ね」

 私の指先から、淡い桃色の光がふわりと溢れ出した。
 生活魔法の応用による『鎮静の香りアロマ』。
 私の意識は、硬い鱗の表面を優しく通り抜け、その内側を流れる魔力の水路を、光の筋として捉えていく。

 ――そして、私の指先が、ある一点で凍りついた。

「…………これは」

 ユニコリザードの誇り、その象徴である角の根元。
 制御用の蜥蜴手綱を通すために開けられた横穴。
 私は鞄から精密なノギス測定機を取り出し、その直径を測った。

「本来、この種の手綱穴は三センチ程度に収めるのが鉄則。それ以上は角の強度を著しく損なうから。……けれど、この子の穴は……」

 計測器が示した数字は、目を疑う大きさだった。

「六センチ。……本来の倍以上の空洞が、無理やり抉り広げられているわ」



 グレン様が息を呑み、房の中へと一歩踏み込んできた。

「普通の倍だって……? そんな馬鹿な。それでは角が折れて当然ではないか。なぜ、そんな無茶な処置を……」

「制御を容易にするためでしょうね。穴を広げれば、強い魔力伝導の手綱を何本も通せますから。……けれど、その代償はあまりにも残酷だわ」

 私は角の空洞の縁を、鋭い眼差しで覗き込んだ。
 そこには、通常の汚れとは異なる、茶褐色の不気味な沈着物がこびりついていた。

 私は清潔な白いハンカチを取り出すと、その沈殿物をそっと拭った。
 鼻を突いたのは、甘ったるいが不快感のある、死の予感を孕んだ腐敗臭。
 指先を通して、あの子の苦しみが、冷たい雫のように私の心に落ちてくる。

「しかも、穿孔した際の傷口が、適切に消毒されていません。……不衛生な器具を使い、命を道具としてしか見ていない者が、力任せに開けた穴だわ」

 私の指先が、深い憤りで微かに震えていた。
 使役幻獣を、より便利にするために。自分たちが、より楽をするために。
 誇り高き幻獣を、これほどまでに不潔に、雑に扱った誰か・・への怒りが、胸の内で波となって渦巻く。

「わかってて過ちを犯しておきながら、その上から薬を塗って誤魔化すなんて。……私、許せない」

 私は汚れの付着したハンカチを、冷徹なまでの手つきで透明な小瓶に封じ込めた。
 私の目には、それが何よりも醜いシミに見えてならなかった。



 厩舎の中に、氷のように冷たい空気が降りた。
 グレン様は、目の前にいる私の放つ気配に、言葉を失っているようだった。
 今の私は、単なる飼育官としてではなく、命の尊厳を守る人間として、この国の腐敗と向き合っている。

 私はゆっくりと顔を上げ、グレン様を真っ直ぐに見据えた。
 その黄金色の瞳には、もう迷いも、呑気な日常もない。

「グレン様。騎士団長としての貴方の権限で、今すぐ調べてほしいことがあります」

「……ああ。勿論。何をすれば」

「今年配備されたこの五歳の個体たち。その『仕入元』を、徹底的に全て洗ってください。どこで、誰の手によって、この不浄な処置が行われたのか……。一刻も早く突き止める必要があります」

 私の怒りに満ちた声は、王都の冷たい夜風のように、グレン様の心を射抜いたはずだ。

「これだけの個体が同じ状況にあるなら、これは事故やミスではありません。……命を不潔に扱う意図的な原因が、必ずどこかにあるはず」

 グレン様は私の言葉を受け、深く、力強く頷いてくれた。
 騎士団の未来、そしてこの国を支える幻獣たちの命。
 その運命が、今、一人の「お掃除係」の静かな怒りによって動き出そうとしていた。

「わかった。……必ず、全てを暴き出してみせる。ミヤコ殿、貴女はどうなされる?」

「この現状をアルドス様にお伝えしてきます」

「大賢者に……わかった。頼みます」

 厩舎の外では、夕闇が静かに都を呑み込もうとしていた。
 私の胸に灯った清浄への炎は、これからの激動を照らし出そうとしていた。

 私は小瓶を強く握りしめ、王宮へと向かうのだった。



――――――ଘ(੭ˊウ​ˋ)੭✧あとがき✧――――――

後々の展開を考え、どうしても幼少期編を書いておきたかったのです。
さぁ、新展開! ここからミヤコの大活躍が始まります!
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