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ミヤコ幼少期編
第11話:幻獣管理センターでの悔恨、大賢者の執務室
しおりを挟む幻管庁――幻獣管理庁の最上階。大賢者アルドス様の執務室は、燃えるような夕陽に包まれていた。
大きく取られた窓から差し込む斜光が、部屋の隅々を濃いオレンジ色に染め上げている。凪いだ空気の中、光の筋を躍る微細な埃たちが、まるで星屑のようにきらきらとまたたいていた。
私はデスクの上に、天秤亭の店主――バランおじ様から預かった角の破片と、厩舎で採取した「澱み」の小瓶を並べた。
透明なガラス越しに見える茶褐色の沈殿物は、この美しい夕暮れの中で、目を背けたくなるほど不潔な影を落としている。
「……これはまた、酷いな」
アルドス様は険しい顔でそれらを検分し、苦渋に満ちた声を漏らした。
普段は穏やかな賢者の瞳が、あまりの無作法な処置に鋭く細められる。
「穿孔の跡が歪だし、大きすぎる。これでは、ユニコリザードたちを壊しているも同然じゃないか。宮廷錬金術師どもがやったのか……それとも」
「アルドス様。私……この汚れを、ずっと前から知っていた気がするのです」
指先にはまだ、あの厩舎で触れた角の冷たさと、膿のねっとりとした粘り気が残っている感覚がある。その不快感が、私の記憶の底にある重い扉を叩いた。
意識が、数年前の『幻獣保護センター』地下三階へと引き戻される。
そこは、光の届かない世界の掃き溜め。湿った土の匂いと、どこか獣の脂が混じったような重苦しい匂いが立ち込める場所だ。
カビの生えた壁を、頼りない裸の魔導灯がオレンジ色に照らす、深くて暗い世界。
ガラガラと音を立てて運ばれてくる、重たくて冷たい黒いビニール袋。
中には廃棄物として処分される、ユニコリザードの骸が入っている。
(あの時、私のお仕事はただ袋を焼却炉へ運ぶことだった……)
当時の私は、ただ一心不乱に床を磨き、運ばれてくる廃棄物を火の中へ投じていた。
けれど……もし、あの時。
私が袋を開けて、中をしっかり洗って――検分してあげていれば。
もっと早く、あの子たちの苦しみの原因に気づけたはずなのに。
真っ赤な炎が渦を巻く焼却炉の前で、私は立ち尽くしていた。
投げ込まれる袋の隙間から、一瞬だけ覗いた折れた角の白い輝き。
あれは、汚れに追い詰められた命の、最後の悲鳴だったのだ。
(お掃除係を自称しておきながら、一番大切な汚れを見逃していたなんて。私、なんて不誠実な仕事をしていたの……)
喉の奥がキュッと熱くなる。
過去の自分の無知が、今の私を鋭い刃となって切り刻んでいく。
ふわりと、鼻先を優しい湯気がくすぐった。
ハーブの爽やかな香りが、冷え切っていた私の感覚を現実に呼び戻す。
「……ミヤコ。そんなに自分を責めるな」
アルドス様が、私の震える手の上に、自分の温かな手をそっと重ねた。
肉親のような安心感に満ちた掌。
「骸は袋に入っていたのだ。君の当時の仕事は、最後に心を込めて送ってあげることだった。気づかなくて当然だよ。君は、自分の領分を完璧に全うしていたじゃないか」
「けれど、アルドス様……。私は、かわいそうなあの子たちを……そのまま火の中に……」
「さあ、お茶を飲みなさい。少し、心が波立っている」
促されるまま一口すすったハーブティーの熱が、胸に溜まっていた悔し涙をゆっくりと押し流していく。
「ミヤコ、君は今、この瞬間に気づいた。……ならば、ここからが君の出番だろう?」
「……はい。ありがとうございます、アルドス様。少しだけ、視界の曇りが晴れました」
私は深く息を吐き、カップを置いた。
「……さて。現状を確認した以上、早急に手を打たねばならん。角折れの危険がある個体は、暴走の危険性があまりに高い」
アルドス様の声が、公的な冷徹さを帯びる。
「残念だが、すでに配備された五歳個体のうち、症状が出始めているものは……殺処分にするしかないだろう。騎士や民を守るためには、それが最も確実な解決法だ」
その言葉が執務室に響いた瞬間、私の心の中にあった凪が、パリンと音を立てて割れた。
殺処分。
それは、汚れを落とすことを諦め、汚れごと隠す行為。
「……いいえ、アルドス様」
私は椅子から立ち上がり、アルドス様を真っ直ぐに見据えた。
私の黄金色の瞳に、強い光のまたたきが宿る。
「殺処分なんて、ゴミを布で隠して見えないようにしているだけではありませんか。私、そんな不潔なやり方は許せません」
「ミヤコ……」
「汚れを落とすだけが、私のお仕事ではありません。穴を埋めて、あの子たちを本来の形に戻してあげる。……それこそが、私……飼育官としての私の使命です」
アルドス様は驚いたように目を見開き、それから私の覚悟を確かめるように沈黙した。
「欠けた場所の澱みを掻き出し、横穴を埋め、、もう一度輝かせる。修復まで含めて、私がやります。殺して解決するなんて……そんな幻獣飼育の歴史、私の代で終わりにしてみせます」
窓の外、夕闇が王都を包み込み始めていた。
私の心には、どんな暗闇にも負けない闘志の炎が激しく燃え上がっていた。
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