37 / 46
第37話 誤算、ロメオの失敗
しおりを挟む
雨乞いの効果があってか、急な雨が降った事により委託販売していた傘が売り切れた。リタたちや木工職人たちの尽力のお陰で、グレゴリアス領から次々と届けられる雨傘は飲食店に補充されていく。
雨が降ると売上が上がるとの噂を聞いた飲食店の店主たちの問い合わせは毎日途切れない。
ロメオたちを敵情視察しに行ったシルビアが帰ってきた。
「あいつら、意外と苦戦してると思うわ。あーぁ、一日中卸先からヒヤリングして疲れちゃった」
ふくらはぎを自分で揉みながらシルビアが言う。
雨傘の売価はアニー・アンブレラと同じ一〇〇エウロ。日本でいう一万円ほどの傘だ。比較的裕福な人が多いヴァンドールの領民でも衝動買いで買おうとはならない。心のショッピングカートに入れておいて、給料が入ったら買おうという状態だろう。そして雨が降ると外出を控える為、必要な時に傘を買わないという現象が起きているそうだ。
それに引き換え、飲食店での委託販売は違う。雨に濡れて帰ると、帽子や外套の手入れは大変だし、カビが生えてしまえば仕立て屋で二〇〇エウロ以上かかる場合もある。それならば、一〇〇エウロで雨傘を買い相合い傘で帰ったほうがコストパフォーマンスが良いのだ。
「なるほど、まあ、そうなるわね」
予想通りだった。もし、あのまま私達もおんなじ戦略を取っていたらと考えると肝が冷える。それでも認知広告の効果があってか、予測通りとは言えないまでも、そこそこは売れているらしい。
その後、ちょくちょく雨の日があり、その度にアニー・アンブレラの補充要員が慌ただしく街中を走り回っている。
そんなある日のこと、意外な訪問客が現れた。
「アンタ、何しに来たの? ロメオ……」
ロメオと取り巻きが私を訪ねるために寿司ジョゼに現れた。
なに? いちゃもんでも付けに来たの? 上等じゃない。
「ア、アニエスカ……」
「なによ!」
ロメオはバツの悪そうな顔をしている。これは喧嘩を売りに来たわけではなさそうだ。
「アニエスカ! 頼む! 助けてくれ」
ロメオが頭を下げている。取り巻きたちもロメオに続き頭をさげる。あのプライドに手足が生えたようなロメオが頭を下げるなんて。予想だにしない行動に言葉が出てこない。
「一体どうしたのよ、気持ち悪いわ。頭を上げなさい」
ロメオが語りだす。
私達のアイデアは、木工職人の工房の家賃を上げると脅してパクったと白状した。同じような手口で私達の商品を取り扱わないように小売店に圧力を掛けたことも。
事業プランも息のかかった学院の教諭が作ったものであり、すべては学院生の間にヴァンドール経営サロンの会員になるため。どうしても領主である父親、ヴァンドール侯爵に認められたかったからだとか。
「ダサい。キモい。クズ。愚息。ボンクラ」
「なんだと! ロメオ様を侮辱しやがって、てめぇら図に乗るなよ!」
テレサのつぶやきに、ロメオの取り巻きがいきり立つ。
「だまれ! お前たち。こちらからお願いに来たんだ」
ロメオが制止する。コイツ、こんな一面もあるんだ。
「すまない、アニエスカ。非礼を詫びよう」
「うん、別に気にしてないわ。それより早く要件を言って。暇じゃないの」
「実はな、俺達の雨傘なんだが、購入した客からのクレームが凄くてな」
どうやら、ロメオのところの雨傘は雨が染みて、さらに使用後はすぐにカビてしまう。もはや傘の役割を果たしていない出来損ない商品なんだとか。
それもそのはず、木工部分と脂を染みさせた絹という、うわべだけのコピー商品なのだから。
「木工職人はどの絹を使ってる知らないもの。見た目だけのハリボテよね。貴方といっしょね」
「ぐうの音もでない。その罵倒、甘んじて受けるしか無いな」
随分殊勝な態度ね。
「で、私達に頼み事ってなに? わざと負けてくれなんて言ったらぶっ飛ばすわよ」
「いや、ちゃんとした商談がしたい」
「うん、聞くわ」
「お前たちのアニー・アンブレラを買って細かく見てみた。そもそも絹の目の細かさ、質が全然違う事に気づいた。」
「仕入先を教えろと?」
「違う。その絹、お前たちの利益を乗せてもいい。俺達に卸してくれ」
なるほど、サプライヤーになれと言うのね。
「少し考えさせて」
頭の中でシミュレーションしてみる。もし原材料の絹を競合であるロメオに卸したら、アニー・アンブレラが売れようが、ロメオの商品が売れようが、結局利益は私達に流れてくる。
「ロメオ……アンタ、それがどういうことかわかって言ってるの?」
「……ああ」
私達が絹を卸さなくてもロメオたちの事業は破綻する。絹を卸しても、利益が私達に流れるわけだから、経営術オリンピアでは勝てない。
「どちらにしろ負けるのよ? なんでわざわざ?」
「俺にも経営者としての捨ててはいけないプライドがある。誠実に勝負して負けたい」
シルビアが立ち上がりロメオを指差す。
「都合がいいわね! 絶対アンタなんかに卸さないわよ。ね? アニーちゃん」
「女癖のわるいタダのクズだと思ってたけど、経営者としての心構えは認めるわ」
「え? なんで? こんなクズほっときましょうよ」
どうやら、私以外の三人は反対らしい。
でも――
「いいわ! 絹を卸してあげる!」
雨が降ると売上が上がるとの噂を聞いた飲食店の店主たちの問い合わせは毎日途切れない。
ロメオたちを敵情視察しに行ったシルビアが帰ってきた。
「あいつら、意外と苦戦してると思うわ。あーぁ、一日中卸先からヒヤリングして疲れちゃった」
ふくらはぎを自分で揉みながらシルビアが言う。
雨傘の売価はアニー・アンブレラと同じ一〇〇エウロ。日本でいう一万円ほどの傘だ。比較的裕福な人が多いヴァンドールの領民でも衝動買いで買おうとはならない。心のショッピングカートに入れておいて、給料が入ったら買おうという状態だろう。そして雨が降ると外出を控える為、必要な時に傘を買わないという現象が起きているそうだ。
それに引き換え、飲食店での委託販売は違う。雨に濡れて帰ると、帽子や外套の手入れは大変だし、カビが生えてしまえば仕立て屋で二〇〇エウロ以上かかる場合もある。それならば、一〇〇エウロで雨傘を買い相合い傘で帰ったほうがコストパフォーマンスが良いのだ。
「なるほど、まあ、そうなるわね」
予想通りだった。もし、あのまま私達もおんなじ戦略を取っていたらと考えると肝が冷える。それでも認知広告の効果があってか、予測通りとは言えないまでも、そこそこは売れているらしい。
その後、ちょくちょく雨の日があり、その度にアニー・アンブレラの補充要員が慌ただしく街中を走り回っている。
そんなある日のこと、意外な訪問客が現れた。
「アンタ、何しに来たの? ロメオ……」
ロメオと取り巻きが私を訪ねるために寿司ジョゼに現れた。
なに? いちゃもんでも付けに来たの? 上等じゃない。
「ア、アニエスカ……」
「なによ!」
ロメオはバツの悪そうな顔をしている。これは喧嘩を売りに来たわけではなさそうだ。
「アニエスカ! 頼む! 助けてくれ」
ロメオが頭を下げている。取り巻きたちもロメオに続き頭をさげる。あのプライドに手足が生えたようなロメオが頭を下げるなんて。予想だにしない行動に言葉が出てこない。
「一体どうしたのよ、気持ち悪いわ。頭を上げなさい」
ロメオが語りだす。
私達のアイデアは、木工職人の工房の家賃を上げると脅してパクったと白状した。同じような手口で私達の商品を取り扱わないように小売店に圧力を掛けたことも。
事業プランも息のかかった学院の教諭が作ったものであり、すべては学院生の間にヴァンドール経営サロンの会員になるため。どうしても領主である父親、ヴァンドール侯爵に認められたかったからだとか。
「ダサい。キモい。クズ。愚息。ボンクラ」
「なんだと! ロメオ様を侮辱しやがって、てめぇら図に乗るなよ!」
テレサのつぶやきに、ロメオの取り巻きがいきり立つ。
「だまれ! お前たち。こちらからお願いに来たんだ」
ロメオが制止する。コイツ、こんな一面もあるんだ。
「すまない、アニエスカ。非礼を詫びよう」
「うん、別に気にしてないわ。それより早く要件を言って。暇じゃないの」
「実はな、俺達の雨傘なんだが、購入した客からのクレームが凄くてな」
どうやら、ロメオのところの雨傘は雨が染みて、さらに使用後はすぐにカビてしまう。もはや傘の役割を果たしていない出来損ない商品なんだとか。
それもそのはず、木工部分と脂を染みさせた絹という、うわべだけのコピー商品なのだから。
「木工職人はどの絹を使ってる知らないもの。見た目だけのハリボテよね。貴方といっしょね」
「ぐうの音もでない。その罵倒、甘んじて受けるしか無いな」
随分殊勝な態度ね。
「で、私達に頼み事ってなに? わざと負けてくれなんて言ったらぶっ飛ばすわよ」
「いや、ちゃんとした商談がしたい」
「うん、聞くわ」
「お前たちのアニー・アンブレラを買って細かく見てみた。そもそも絹の目の細かさ、質が全然違う事に気づいた。」
「仕入先を教えろと?」
「違う。その絹、お前たちの利益を乗せてもいい。俺達に卸してくれ」
なるほど、サプライヤーになれと言うのね。
「少し考えさせて」
頭の中でシミュレーションしてみる。もし原材料の絹を競合であるロメオに卸したら、アニー・アンブレラが売れようが、ロメオの商品が売れようが、結局利益は私達に流れてくる。
「ロメオ……アンタ、それがどういうことかわかって言ってるの?」
「……ああ」
私達が絹を卸さなくてもロメオたちの事業は破綻する。絹を卸しても、利益が私達に流れるわけだから、経営術オリンピアでは勝てない。
「どちらにしろ負けるのよ? なんでわざわざ?」
「俺にも経営者としての捨ててはいけないプライドがある。誠実に勝負して負けたい」
シルビアが立ち上がりロメオを指差す。
「都合がいいわね! 絶対アンタなんかに卸さないわよ。ね? アニーちゃん」
「女癖のわるいタダのクズだと思ってたけど、経営者としての心構えは認めるわ」
「え? なんで? こんなクズほっときましょうよ」
どうやら、私以外の三人は反対らしい。
でも――
「いいわ! 絹を卸してあげる!」
509
あなたにおすすめの小説
伯爵令嬢の秘密の知識
シマセイ
ファンタジー
16歳の女子高生 佐藤美咲は、神のミスで交通事故に巻き込まれて死んでしまう。異世界のグランディア王国ルナリス伯爵家のミアとして転生し、前世の記憶と知識チートを授かる。魔法と魔道具を秘密裏に研究しつつ、科学と魔法を融合させた夢を追い、小さな一歩を踏み出す。
悪役令嬢扱いで国外追放?なら辺境で自由に生きます
タマ マコト
ファンタジー
王太子の婚約者として正しさを求め続けた侯爵令嬢セラフィナ・アルヴェインは、
妹と王太子の“真実の愛”を妨げた悪役令嬢として国外追放される。
家族にも見捨てられ、たった一人の侍女アイリスと共に辿り着いたのは、
何もなく、誰にも期待されない北方辺境。
そこで彼女は初めて、役割でも評価でもない「自分の人生」を生き直す決意をする。
毒を盛られて生死を彷徨い前世の記憶を取り戻しました。小説の悪役令嬢などやってられません。
克全
ファンタジー
公爵令嬢エマは、アバコーン王国の王太子チャーリーの婚約者だった。だがステュワート教団の孤児院で性技を仕込まれたイザベラに籠絡されていた。王太子達に無実の罪をなすりつけられエマは、修道院に送られた。王太子達は執拗で、本来なら侯爵一族とは認められない妾腹の叔父を操り、父親と母嫌を殺させ公爵家を乗っ取ってしまった。母の父親であるブラウン侯爵が最後まで護ろうとしてくれるも、王国とステュワート教団が協力し、イザベラが直接新種の空気感染する毒薬まで使った事で、毒殺されそうになった。だがこれをきっかけに、異世界で暴漢に腹を刺された女性、美咲の魂が憑依同居する事になった。その女性の話しでは、自分の住んでいる世界の話が、異世界では小説になって多くの人が知っているという。エマと美咲は協力して王国と教団に復讐する事にした。
「君は悪役令嬢だ」と離婚されたけど、追放先で伝説の力をゲット!最強の女王になって国を建てたら、後悔した元夫が求婚してきました
黒崎隼人
ファンタジー
「君は悪役令嬢だ」――冷酷な皇太子だった夫から一方的に離婚を告げられ、すべての地位と財産を奪われたアリシア。悪役の汚名を着せられ、魔物がはびこる辺境の地へ追放された彼女が見つけたのは、古代文明の遺跡と自らが「失われた王家の末裔」であるという衝撃の真実だった。
古代魔法の力に覚醒し、心優しき領民たちと共に荒れ地を切り拓くアリシア。
一方、彼女を陥れた偽りの聖女の陰謀に気づき始めた元夫は、後悔と焦燥に駆られていく。
追放された令嬢が運命に抗い、最強の女王へと成り上がる。
愛と裏切り、そして再生の痛快逆転ファンタジー、ここに開幕!
役立たずと追放された辺境令嬢、前世の民俗学知識で忘れられた神々を祀り上げたら、いつの間にか『神託の巫女』と呼ばれ救国の英雄になっていました
☆ほしい
ファンタジー
貧しい辺境伯の三女として生まれたリゼット。魔力も持たず、華やかさもない彼女は、王都の社交界で「出来損ない」と嘲笑われ、挙句の果てには食い扶持減らしのために辺境のさらに奥地、忘れられた土地へと追いやられてしまう。
しかし、彼女には秘密があった。前世は、地方の伝承や風習を研究する地味な民俗学者だったのだ。
誰も見向きもしない古びた祠、意味不明とされる奇妙な祭り、ガラクタ扱いの古文書。それらが、失われた古代の技術や強力な神々の加護を得るための重要な儀式であることを、リゼットの知識は見抜いてしまう。
「この石ころ、古代の神様への捧げものだったんだ。あっちの変な踊りは、雨乞いの儀式の簡略化された形……!」
ただ、前世の知識欲と少しでもマシな食生活への渇望から、忘れられた神々を祀り、古の儀式を復活させていくだけだったのに。寂れた土地はみるみる豊かになり、枯れた泉からは水が湧き、なぜかリゼットの言葉は神託として扱われるようになってしまった。
本人は美味しい干し肉と温かいスープが手に入れば満足なのに、周囲の勘違いは加速していく。
どうやらお前、死んだらしいぞ? ~変わり者令嬢は父親に報復する~
野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
「ビクティー・シークランドは、どうやら死んでしまったらしいぞ?」
「はぁ? 殿下、アンタついに頭沸いた?」
私は思わずそう言った。
だって仕方がないじゃない、普通にビックリしたんだから。
***
私、ビクティー・シークランドは少し変わった令嬢だ。
お世辞にも淑女然としているとは言えず、男が好む政治事に興味を持ってる。
だから父からも煙たがられているのは自覚があった。
しかしある日、殺されそうになった事で彼女は決める。
「必ず仕返ししてやろう」って。
そんな令嬢の人望と理性に支えられた大勝負をご覧あれ。
田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛
タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】
田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。
婚約破棄で追放された悪役令嬢、前世の便利屋スキルで辺境開拓はじめました~王太子が後悔してももう遅い。私は私のやり方で幸せになります~
黒崎隼人
ファンタジー
名門公爵令嬢クラリスは、王太子の身勝手な断罪により“悪役令嬢”の濡れ衣を着せられ、すべてを失い辺境へ追放された。
――だが、彼女は絶望しなかった。
なぜなら彼女には、前世で「何でも屋」として培った万能スキルと不屈の心があったから!
「王妃にはなれなかったけど、便利屋にはなれるわ」
これは、一人の追放令嬢が、その手腕ひとつで人々の信頼を勝ち取り、仲間と出会い、やがて国さえも動かしていく、痛快で心温まる逆転お仕事ファンタジー。
さあ、便利屋クラリスの最初の依頼は、一体なんだろうか?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる