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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第58話 ユティの語るシア
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馬車がゆっくりと止まる。少し待ってみれば、外から声が聞こえた。
「旦那様、到着しました」
「ああ」
そう言って馬車の扉を開けて降りた。風と温かい日差しを感じて伸びをする。
久しぶりの長時間の馬車旅で体も固まっていたみたいだ。
「ありがとう」
「いえ、ではお帰りの際はこちらまでお越しください。お待ちしております」
ここまで馬車を操ってくれた御者の人に礼を言って別れ、目的地に向けて歩き始めた。
ここは王都。
数日前にナタさんの研究所に行ったから、ここ最近よく来る場所って言ってもいいかもしれない。
前回はシアと一緒にゲートで行ったけど、今回は馬車を使ったから彼女はここにはいない。それにナタさんの機器が出来たっていうわけでもなくて、今日は全くの別件で王都を訪れていた。
少しだけ王都を歩いて指定されたお店へと向かえば、店の入り口に彼女は立っていた。
「待たせちゃったみたいで……すみません、ユティさん」
「いえ、そこまで待っていないので大丈夫ですよ」
シアのお姉さんであるユティさん、今日は彼女に以前から誘われていたお茶の日だ。
ユティさんに指定された場所は王都でも中々に大きいカフェらしい。前回オーロラちゃんと一緒に行ったカフェとは違うけど、こっちもこっちで豪華そうで少し気後れする。
「中に入って、ゆっくりしましょう」
「はい」
ユティさんに続いてカフェの中へ。
いつかと同じように、すぐに店員さんが駆けつけてきて案内してくれた。
「こちらになります。そちら、段差になっていますのでご注意ください」
とても腰が低くて、言動に細心の注意を払っている店員さんに連れられてカフェの奥へ。オーロラちゃんとの時は外のテラスへと案内されたけど、今回案内されたのは古風な雰囲気の個室だった。
「事前に伺っていますが、ユースティティア様もノヴァ様も当店のオリジナルブレンドコーヒーでよろしいでしょうか?」
「はい、構いません」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。他にもご所望の場合は、遠慮なくお申し付けください」
丁寧な振る舞いの店員さんは深く頭を下げて、個室を静かに退出していった。オーロラちゃんの時も思ったけど、こうも畏まられると困惑するというか。
「なんだか慣れないなぁ……アークゲート家ってすごい家なんだなって、再認識します」
「家的にはフォルス家も同じですし、きっとノヴァさん一人で訪れても同じ対応をされると思いますよ?」
「……そうなんですかね?」
今までそういった経験がないから、あまり想像がつかない。サリアの街の人達とはこんな丁寧じゃなくて気安い関係だし、実家でなんて今回とは程遠い扱いだったから。
今の屋敷の使用人の人達に近いけど、彼らとは気安く話すこともあるからなぁ。
「なにか食べたりしますか?」
「いえ、俺は大丈夫です……むしろユティさんはいいんですか?」
「甘いものはそこまで好きではないんです。オーラは好物ですが」
「そうですね。この前案内されたカフェでも、ケーキを頼んでいましたから」
「……あの子らしいです」
呆れたようにそう言ったユティさん。時同じくして、店員さんが「失礼します」といって静かに入ってきて、コーヒーをテーブルの上に並べ始めた。
素早く、けれど丁寧さも兼ね備えた動きで配膳を終えて、音もたてずに去っていく店員さんからは職人としての色々なものを感じ取った。
じっとそちらを見ていたからか、ユティさんが静かに口を開く。
「ところで、本当に今日でよかったんですか? ゲートの機器が出来てからの方が来るのは楽だったのでは?」
「ああ、いえ、逆に良かったです。ゲートの機器が出来るとあまり馬車を使わなくなると思うので、馬車での移動を最後に味わっておきたかったなって」
「……なるほど?」
あまりしっくり来ていない様子のユティさん。けどそれ以上言及してくることはないから、今度は俺から話を振った。
「それにしてもとても良い雰囲気のカフェですね」
「……オーラに教えてもらったんです。恥ずかしながら、私はあまり王都の街に詳しくないので」
「あぁ……えっと、実はそのことは知っていたと言いますか……」
「……え?」
目を丸くするユティさんに、ちょっと申し訳ない気持ちになりながら答えた。
「……その、オーロラちゃんとのやり取りで彼女に教えてもらいまして」
「…………」
「なんかすみません」
「……いえ、私としたことが、あの子を口止めしておくべきでしたね。そうなると、このお店についても?」
「はい……オーロラちゃん、ユティさんに教えたお店について、俺にも全部詳細に教えてくれて……」
桃色の便箋にびっしりと書かれた内容を思い出す。俺と話をするのが嬉しいのか、聞いてないことも詳しく教えてくれるから、彼女との文通はかなり時間がかかる。
俺にとっては楽しい時間だし、きっとオーロラちゃんにとってもそうなのは間違いない。
「……そうでしたか」
そう答えたユティさんは、オーロラちゃんに恨み言を言うわけでもなく、穏やかな雰囲気でそう言っただけだった。
「…………」
前から思っていたことだけど、シア達三姉妹は仲が良い。ユティさんもシアもオーロラちゃんの事を気にかけているし、オーロラちゃんはオーロラちゃんで二人をお姉様と慕っている。今回もシアにユティさんと会って話をすることを伝えたけど、ユティさんから事前に聞いていると言っていたから、シアとユティさんの二人も仲が良いんだろう。
「……少し羨ましいです。姉妹で仲が良いっていうのは」
俺は兄上との関係性が酷いものだった。俺と二人の兄上の間に、仲が良いなんて言葉は絶対に使えない。だから羨ましかった。
「……仲が良い……ですか?」
けどユティさんは驚いた様子だった。まるでそんなこと、自分では思ってもみなかったみたいに。
「いえ、でもそうですね。悪くないとは思います。当主様にオーラ、少なくとも今の私達はそうなのでしょう」
「三人には、これからも仲良しでいて欲しいですね」
「大丈夫ですよ。すでに喧嘩するような歳でもありませんし。ただ、それは別としてサリアの街を案内してくれる日は皆楽しみにしていますが」
「す、少しずつ期待が高まっちゃってますね……」
「いえ、ノヴァさんが案内してくれる場所ならきっとどこだってあの子達は喜びます。勿論私もです」
シアとの結婚式の関係でシアとオーロラちゃんとユティさんの三人にサリアの街を案内する予定があったんだけど、ちょっと予定が合わなくて先延ばしになっている。シアもユティさんも多忙だから、こればっかりは仕方がない。
こうやって一人一人と時間が合うことはあるんだけど、三人同時っていうのはなかなか難しい。けど近いうちに集められたらって思う。
会話が一段落したところで、今度は別の事を聞いてみようと思って考えた。せっかくユティさんと出会ったんだから、ユティさんに関することや、ユティさんしか知らないシアの事を聞きたいな。
そう思って至ったのは、アークゲートの屋敷でのオーロラちゃんの言葉だった。
「そういえば、シアの魔法の腕ってどのくらい凄いんですか?」
「当主様のですか?」
「はい、もちろんシアが凄いことは知っているんですけど、具体的にどのくらい凄いのかが分からなくてですね。オーロラちゃんに聞いてもいまいち要領を得ないというか」
「オーラはなんて?」
あの時のオーロラちゃんの言葉を思い返す。結構衝撃的な内容だったな、と思い出した。
「確か、自分の魔法や魔力を岩とするならシアのは大地くらいだって。ちょっと大げさですよね」
「……なるほど」
言い過ぎだと思って小さく笑ったけど、ユティさんは至極真面目な表情をしている。
「……えっと?」
「ノヴァさん、オーラの言うことはあながち間違っていません」
「……そうなんですか?」
ということは、シアはオーロラちゃんの言う通り考えられないほど大きな力を持っていることになる。
「ただ、まだ子供のオーラはもっと良い例を思いつかなかったのでしょう。知っていますかノヴァさん? 神話では、この世界の外にもいくつかの世界が広がっていることを」
「え?……聞いたことがあるような?」
本で読んだことがある気がする。とはいえ外の世界に行った人がいるわけでもないし、言ってしまえばおとぎ話だけど。
「大空の遥か上が世界の外側らしいですけど、私は当主様の魔法に関してはそっちだと思っています」
「……果ての見えない力ってことですか?」
「そもそも、あの子がアークゲート家で才能がないと言われていたのは魔力の暴走が原因です。けれど通常時はそもそも魔力を感じられなかった。暴走状態でもそこまで魔力が多くないのに、それすら制御できないから、あの子にはアークゲート家の資格がないと言われていたんです」
「…………」
「すみません、あまり気持ちの良い話ではないと思いますが」
「いえ、聞かせてください」
思うところはあるし、心が少し苦しくなるけど、聞きたいと思った。
ユティさんは頷いて再び口を開く。
「でも実際は、暴走状態の魔力ですら当主様の持つ魔力のほんの少しに過ぎなかったんです。ほんの僅かな、それこそ欠片ほどしかないものを彼女の全力だと思っていたんですね」
「じゃあ幼い頃のシアは……恐ろしい程の量の魔力を抑え込んでいた?」
「正確には、体内の魔力が自らを抑制していたんだと思います。それでも時折、その枷が勝手に外れることがあった。その時の体への苦痛は、想像を絶する程でしょう」
あの雪の日、俺が初めて出会ったシアは魔力の暴走で苦しそうに顔を歪めていた。あの時シアの中では恐ろしい程の痛みが走っていて、それを彼女は声を必死に堪えて我慢していたのか。
「私がノヴァさんに感謝しているのは、もちろん当主様――いえ、あの子の魔力制御にきっかけを与えてくれたからです。でもそれ以上に、あなたがいたからあの子を失わなかったからでもあるんです」
「……え?」
「今だから分かることですが、あの子の持つ魔力量は尋常ではありません。ひょっとしたらあの子自身ですら、自分の持つ魔力の底が分かっていないのかもしれません。……もしもノヴァさんに会わなければ、あの子はきっと小さな頃に取り返しのつかない魔力の暴走を引き起こして、亡くなっていたでしょう」
「……そうだったんですね……あの日に出会えて、本当に良かったです」
今この世界にシアがいなかったらと考えるとぞっとする。
もしあの時家族から離れなければ、あの時路地裏に行かなければ、シアが路地裏で蹲っていなければ、魔力の暴走が起きてなかったら。
今の俺もシアも、なかったってことなのか。
「なので、私からすると当主様の力はこの世界の外全て、という感じですかね」
「……どっちにせよ、凄いってことですね」
「はい、ノヴァさんの奥様は凄いんですよ」
そう言って、ユティさんはコーヒーを一口飲んだ。
俺も同じように飲んで、また別の話題を彼女に投げた。
「旦那様、到着しました」
「ああ」
そう言って馬車の扉を開けて降りた。風と温かい日差しを感じて伸びをする。
久しぶりの長時間の馬車旅で体も固まっていたみたいだ。
「ありがとう」
「いえ、ではお帰りの際はこちらまでお越しください。お待ちしております」
ここまで馬車を操ってくれた御者の人に礼を言って別れ、目的地に向けて歩き始めた。
ここは王都。
数日前にナタさんの研究所に行ったから、ここ最近よく来る場所って言ってもいいかもしれない。
前回はシアと一緒にゲートで行ったけど、今回は馬車を使ったから彼女はここにはいない。それにナタさんの機器が出来たっていうわけでもなくて、今日は全くの別件で王都を訪れていた。
少しだけ王都を歩いて指定されたお店へと向かえば、店の入り口に彼女は立っていた。
「待たせちゃったみたいで……すみません、ユティさん」
「いえ、そこまで待っていないので大丈夫ですよ」
シアのお姉さんであるユティさん、今日は彼女に以前から誘われていたお茶の日だ。
ユティさんに指定された場所は王都でも中々に大きいカフェらしい。前回オーロラちゃんと一緒に行ったカフェとは違うけど、こっちもこっちで豪華そうで少し気後れする。
「中に入って、ゆっくりしましょう」
「はい」
ユティさんに続いてカフェの中へ。
いつかと同じように、すぐに店員さんが駆けつけてきて案内してくれた。
「こちらになります。そちら、段差になっていますのでご注意ください」
とても腰が低くて、言動に細心の注意を払っている店員さんに連れられてカフェの奥へ。オーロラちゃんとの時は外のテラスへと案内されたけど、今回案内されたのは古風な雰囲気の個室だった。
「事前に伺っていますが、ユースティティア様もノヴァ様も当店のオリジナルブレンドコーヒーでよろしいでしょうか?」
「はい、構いません」
「はい、大丈夫です」
「ありがとうございます。他にもご所望の場合は、遠慮なくお申し付けください」
丁寧な振る舞いの店員さんは深く頭を下げて、個室を静かに退出していった。オーロラちゃんの時も思ったけど、こうも畏まられると困惑するというか。
「なんだか慣れないなぁ……アークゲート家ってすごい家なんだなって、再認識します」
「家的にはフォルス家も同じですし、きっとノヴァさん一人で訪れても同じ対応をされると思いますよ?」
「……そうなんですかね?」
今までそういった経験がないから、あまり想像がつかない。サリアの街の人達とはこんな丁寧じゃなくて気安い関係だし、実家でなんて今回とは程遠い扱いだったから。
今の屋敷の使用人の人達に近いけど、彼らとは気安く話すこともあるからなぁ。
「なにか食べたりしますか?」
「いえ、俺は大丈夫です……むしろユティさんはいいんですか?」
「甘いものはそこまで好きではないんです。オーラは好物ですが」
「そうですね。この前案内されたカフェでも、ケーキを頼んでいましたから」
「……あの子らしいです」
呆れたようにそう言ったユティさん。時同じくして、店員さんが「失礼します」といって静かに入ってきて、コーヒーをテーブルの上に並べ始めた。
素早く、けれど丁寧さも兼ね備えた動きで配膳を終えて、音もたてずに去っていく店員さんからは職人としての色々なものを感じ取った。
じっとそちらを見ていたからか、ユティさんが静かに口を開く。
「ところで、本当に今日でよかったんですか? ゲートの機器が出来てからの方が来るのは楽だったのでは?」
「ああ、いえ、逆に良かったです。ゲートの機器が出来るとあまり馬車を使わなくなると思うので、馬車での移動を最後に味わっておきたかったなって」
「……なるほど?」
あまりしっくり来ていない様子のユティさん。けどそれ以上言及してくることはないから、今度は俺から話を振った。
「それにしてもとても良い雰囲気のカフェですね」
「……オーラに教えてもらったんです。恥ずかしながら、私はあまり王都の街に詳しくないので」
「あぁ……えっと、実はそのことは知っていたと言いますか……」
「……え?」
目を丸くするユティさんに、ちょっと申し訳ない気持ちになりながら答えた。
「……その、オーロラちゃんとのやり取りで彼女に教えてもらいまして」
「…………」
「なんかすみません」
「……いえ、私としたことが、あの子を口止めしておくべきでしたね。そうなると、このお店についても?」
「はい……オーロラちゃん、ユティさんに教えたお店について、俺にも全部詳細に教えてくれて……」
桃色の便箋にびっしりと書かれた内容を思い出す。俺と話をするのが嬉しいのか、聞いてないことも詳しく教えてくれるから、彼女との文通はかなり時間がかかる。
俺にとっては楽しい時間だし、きっとオーロラちゃんにとってもそうなのは間違いない。
「……そうでしたか」
そう答えたユティさんは、オーロラちゃんに恨み言を言うわけでもなく、穏やかな雰囲気でそう言っただけだった。
「…………」
前から思っていたことだけど、シア達三姉妹は仲が良い。ユティさんもシアもオーロラちゃんの事を気にかけているし、オーロラちゃんはオーロラちゃんで二人をお姉様と慕っている。今回もシアにユティさんと会って話をすることを伝えたけど、ユティさんから事前に聞いていると言っていたから、シアとユティさんの二人も仲が良いんだろう。
「……少し羨ましいです。姉妹で仲が良いっていうのは」
俺は兄上との関係性が酷いものだった。俺と二人の兄上の間に、仲が良いなんて言葉は絶対に使えない。だから羨ましかった。
「……仲が良い……ですか?」
けどユティさんは驚いた様子だった。まるでそんなこと、自分では思ってもみなかったみたいに。
「いえ、でもそうですね。悪くないとは思います。当主様にオーラ、少なくとも今の私達はそうなのでしょう」
「三人には、これからも仲良しでいて欲しいですね」
「大丈夫ですよ。すでに喧嘩するような歳でもありませんし。ただ、それは別としてサリアの街を案内してくれる日は皆楽しみにしていますが」
「す、少しずつ期待が高まっちゃってますね……」
「いえ、ノヴァさんが案内してくれる場所ならきっとどこだってあの子達は喜びます。勿論私もです」
シアとの結婚式の関係でシアとオーロラちゃんとユティさんの三人にサリアの街を案内する予定があったんだけど、ちょっと予定が合わなくて先延ばしになっている。シアもユティさんも多忙だから、こればっかりは仕方がない。
こうやって一人一人と時間が合うことはあるんだけど、三人同時っていうのはなかなか難しい。けど近いうちに集められたらって思う。
会話が一段落したところで、今度は別の事を聞いてみようと思って考えた。せっかくユティさんと出会ったんだから、ユティさんに関することや、ユティさんしか知らないシアの事を聞きたいな。
そう思って至ったのは、アークゲートの屋敷でのオーロラちゃんの言葉だった。
「そういえば、シアの魔法の腕ってどのくらい凄いんですか?」
「当主様のですか?」
「はい、もちろんシアが凄いことは知っているんですけど、具体的にどのくらい凄いのかが分からなくてですね。オーロラちゃんに聞いてもいまいち要領を得ないというか」
「オーラはなんて?」
あの時のオーロラちゃんの言葉を思い返す。結構衝撃的な内容だったな、と思い出した。
「確か、自分の魔法や魔力を岩とするならシアのは大地くらいだって。ちょっと大げさですよね」
「……なるほど」
言い過ぎだと思って小さく笑ったけど、ユティさんは至極真面目な表情をしている。
「……えっと?」
「ノヴァさん、オーラの言うことはあながち間違っていません」
「……そうなんですか?」
ということは、シアはオーロラちゃんの言う通り考えられないほど大きな力を持っていることになる。
「ただ、まだ子供のオーラはもっと良い例を思いつかなかったのでしょう。知っていますかノヴァさん? 神話では、この世界の外にもいくつかの世界が広がっていることを」
「え?……聞いたことがあるような?」
本で読んだことがある気がする。とはいえ外の世界に行った人がいるわけでもないし、言ってしまえばおとぎ話だけど。
「大空の遥か上が世界の外側らしいですけど、私は当主様の魔法に関してはそっちだと思っています」
「……果ての見えない力ってことですか?」
「そもそも、あの子がアークゲート家で才能がないと言われていたのは魔力の暴走が原因です。けれど通常時はそもそも魔力を感じられなかった。暴走状態でもそこまで魔力が多くないのに、それすら制御できないから、あの子にはアークゲート家の資格がないと言われていたんです」
「…………」
「すみません、あまり気持ちの良い話ではないと思いますが」
「いえ、聞かせてください」
思うところはあるし、心が少し苦しくなるけど、聞きたいと思った。
ユティさんは頷いて再び口を開く。
「でも実際は、暴走状態の魔力ですら当主様の持つ魔力のほんの少しに過ぎなかったんです。ほんの僅かな、それこそ欠片ほどしかないものを彼女の全力だと思っていたんですね」
「じゃあ幼い頃のシアは……恐ろしい程の量の魔力を抑え込んでいた?」
「正確には、体内の魔力が自らを抑制していたんだと思います。それでも時折、その枷が勝手に外れることがあった。その時の体への苦痛は、想像を絶する程でしょう」
あの雪の日、俺が初めて出会ったシアは魔力の暴走で苦しそうに顔を歪めていた。あの時シアの中では恐ろしい程の痛みが走っていて、それを彼女は声を必死に堪えて我慢していたのか。
「私がノヴァさんに感謝しているのは、もちろん当主様――いえ、あの子の魔力制御にきっかけを与えてくれたからです。でもそれ以上に、あなたがいたからあの子を失わなかったからでもあるんです」
「……え?」
「今だから分かることですが、あの子の持つ魔力量は尋常ではありません。ひょっとしたらあの子自身ですら、自分の持つ魔力の底が分かっていないのかもしれません。……もしもノヴァさんに会わなければ、あの子はきっと小さな頃に取り返しのつかない魔力の暴走を引き起こして、亡くなっていたでしょう」
「……そうだったんですね……あの日に出会えて、本当に良かったです」
今この世界にシアがいなかったらと考えるとぞっとする。
もしあの時家族から離れなければ、あの時路地裏に行かなければ、シアが路地裏で蹲っていなければ、魔力の暴走が起きてなかったら。
今の俺もシアも、なかったってことなのか。
「なので、私からすると当主様の力はこの世界の外全て、という感じですかね」
「……どっちにせよ、凄いってことですね」
「はい、ノヴァさんの奥様は凄いんですよ」
そう言って、ユティさんはコーヒーを一口飲んだ。
俺も同じように飲んで、また別の話題を彼女に投げた。
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