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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから
第74話 圧倒的すぎる勝利
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実家の中庭にはあまりいい思い出がない。剣の修行で使った場所と言えば聞こえはいいけど、浮かんでくるのはゼロードの兄上に痛めつけられた記憶だけだからだ。
そんな苦い思い出の場所に、今立っている。
見届けてくれるのはシアで、観戦するのが父上とリーゼロッテの母様にカイラスの兄上。
そして対峙するのが、ゼロードの兄上だ。
「おいノヴァ、これは次期当主を決める戦いだ。当然、真剣での戦いだよなぁ?」
そう言って鞘から剣を抜き放つゼロードの兄上。
本気だ。兄上は本気で俺をこの場で今、殺すつもりなんだろう。
けど、すぐに父上からの待ったの声が響いた。
「ゼロード、それは許可できない。やるなら木刀だ。
もし真剣を使うなら、この勝負の結果がどうであれ私はどちらも認めん。おい、二人に木刀を」
「ちっ!」
舌打ちをして、兄上は抜身の剣を鞘に納めた。
走って届けに来たメイドに剣を預けて、代わりに木刀を受け取って、勢いよく振るっている。
俺もシアに剣を預けて、メイドから木刀を受け取った。
――おいおい
受け取ってすぐに俺は気づいた。手にした得物は年季が入っていてボロボロだ。一方でゼロードの兄上の木刀に目を向けてみれば新品同然。耐久力の差は歴然だった。
そこまでして俺に負けて欲しいのかとメイドを睨みつけたけど、彼女は何も言わずに立ち去った。
仕方がない。これでやるしかなさそうだ。
「思い出させてやるよ出来損ない。なんでてめぇが出来損ないなのかをなぁ!」
叫び、木刀を振るい、白い覇気を身に纏う兄上。肌で感じる威圧感に重々しい雰囲気。今まで俺をなんども折ってきた暴力をもって、兄上が本気を出した。
けど怖くはない。ゼロードの兄上には覇気がある。けど俺には頼れる人がいるから。
木刀を片手に構える。覇気も何もない、今までの戦いなら一瞬で決着がつく状態。
けど俺の体を風が貫いた。攻撃力のない魔力の風。シアがくれた、彼女の力。それを受けて体の奥底から力が次第に湧き上がってくる。最初は弱く、けど堰を切ったかのように急激に強く。
泉どころか間欠泉のごとく沸き上がった力は俺の内部に収まらずに外部にも表れる。シアの象徴たる金色の光。その光が俺の力の証。
神秘的な輝きと色の光は神が授けた力のようにも見えるかもしれない。実際、俺にとっては神様なんかよりも頼りになる人からの援護なわけだけど。
力は十分。この力、いや彼女の力は覇気すらも寄せ付けない。ゼロードの兄上が放出する覇気をあざ笑うほどに、暴力的なまでに眩い光が俺の体から放出されていた。
「……なるほどなぁ」
父上やリーゼロッテの母様が驚く一方で、ゼロードの兄上は少しだけ顔色を悪くしながらも、納得がいったように呟いた。
「……急にやる気になったから何かあるとは思っていたが、その女に支援魔法をかけてもらう知恵を付けたってわけだ。
だがよぉ? 支援魔法は自分の力を向上させるだけで、劇的には強くしねえってことを知らねえみたいだな」
「…………」
兄上が何かを言っているけど、俺は気にせずに睨み返す。言っていることは間違いだ。
これはシアと俺だけが使えるもので、支援魔法じゃない。けど、わざわざ間違いを訂正する必要だってないだろう。
「いいぜぇ? 覇気を使った俺とその女から支援魔法を受けたお前、どっちが強いのか」
言っていることは少し違っても内容には共感できた。俺と兄上で、互いの剣の腕がどれだけ差があるのか、正確には分からない。
けどこれはきっと、俺が借りたシアの魔法と、ゼロードの兄上の覇気の戦いだ。
ゼロードの兄上の表情が変わる。覇気をもって、そして気力をもって、不調を無視したようだった。
「雑魚の力をどんだけ引き出したところで意味はねえ。それに関係もねえ。正面から叩き潰せばいいだけだ。
やってやるよ。忌々しい呪いの力ごと、お前をぶった斬ってやる!
出来損ないがどれだけ力を得ようとも、元が出来損ないだってことを思い知らせてやるよ!」
「ゼロード、お前は本当に凄い覇気使いだと思う。けどお前がフォルス家を背負うことだけは絶対に許さない」
「吠えてろ! 行くぞぉおおお!!!!」
咆哮し、ゼロードの兄上は前へ出る。いつもの俺では追えないほどの速さ。けどそれを冷静に観察できているのはシアの力のお陰だ。
見える。いつもはギリギリだったゼロードの兄上の動きが、剣筋が、見えすぎるくらいに。
空を斬る白の軌跡。ただそれを防ぐように剣を沿えればいいって、本能が教えてくれる。
「っ!」
材質は木……の筈だ。にもかかわらず、木と木がぶつかったとは思えない鈍い音を立てて、ゼロードの兄上の全力の一撃を防いだ。
初めて防いだ覇気の一撃。けど俺の心にあったのは喜びじゃなくて、別の感情。
――こんなもの、なのか?
あまりにも今までと違う重さに俺は唖然とする。いや、こんなの重いんじゃなくて、軽いって言えちゃうくらいだ。
弾く。
何の問題もないように、子供がふざけて振るってきた木刀を返すように、片手で軽く押し出すだけで、兄上は片手を上げる。上げさせられる。
――すごい
シアの力が凄いのもある。けど分かる。俺の体がシアの力と溶け合っているような感覚。まるで自分の力だと勘違いしそうなほどに馴染んだ感覚がある。従えるとか、制御するとか、そんなんじゃない。
ただ思ったように、いや思うまでもなく無意識に体を動かせば、全部ついてくる。
想像が、現実になる。
足を一歩だけ踏み出して、兄上の脇を駆け抜ける。瞬間、木刀を水平に薙いだ。動きとしてはやや複雑なものだけど、それをゼロードの兄上が剣を弾かれたまま何もできない間にやれた。
まるで世界が遅くて、その中で俺だけが普通に動けるかのようだった。
全てが終わった時には、目の前に誰もいない。
「ぐっ……」
声を聞いて振り返れば、胴体を片手で押さえて蹲るゼロードの兄上がいた。それを見て、咄嗟に急所を外すような打ち方を無意識にしたんだと分かった。
「なんだぁ……こりゃぁ……」
木刀を地面に置いた兄上が、地面の土を強く握った。
「認め……られるか……こんなもんが強化魔法の筈があるか!」
よろよろとした動きで立ち上がり、俺に木刀を向けるゼロードの兄上。その闘志は、まるで消えていなかった。
兄上の言うことは正しい。これは強化魔法なんかじゃない。
もっとすごい……いや、凄すぎる力だ。
先ほどの自分の動きを自覚して熱くなっていた頭が急速に冷めていく。
ふと、これまでのゼロードの兄上との木刀でのやり取りを振り返れば、どこか引っ掛かりを覚えた。それがなんなのかは、分からなかったけど。
「てめぇ……一体どんな手品を使いやがった!」
「…………」
自分の違和感が気になるものの、少なくとも兄上の言葉に答えるつもりなんて最初からない。
だから冷たく、蹲るゼロードの兄上を見下ろした。
「こんなんで勝ちなわけねえだろ! そうですよね父上ぇ!! こんな、こんな一撃……で……」
大声を上げて振り返ったゼロードの兄上は、父上に視線を向けて固まった。
視線の先を追ってみれば、父上は頭を押さえて俯いていた。兄上の声が一切響いていないのは明らかだった。
父上だけじゃない。リーゼロッテの母様もカイラスの兄上も、目を見開いてゼロードの兄上を見つめている。
勝敗の宣言はまだされていない。でも決着がついていると、場の雰囲気が物語っていた。それをゼロードの兄上も悟ったんだろう。
「っ! 認められるか、こんなもん!」
木刀を地面に叩きつけて、奥歯を噛みしめたままで去っていくゼロードの兄上。兄上はそのまま屋敷の中へと消えていってしまった。
「…………」
木刀を下ろして空を見上げる。青空は雲一つなく晴れ渡っていた。
――勝ったん……だな
いまいち実感が沸かない。これまで勝てるはずがないと思っていたゼロードの兄上に勝った。シアの力を借りたとはいえ、勝ったんだ。
嬉しくはある。喜びもある。これでゼロードの兄上が当主にならないんだから、達成感だってある。
けど、素直には何故か喜べなかった。勝ったのに、これで良いのは間違いないのに。それがどうしてなのか、やっぱりよく分からない。
そんな俺のことを、目じりを下げてシアが見つめていることには最後まで気づかなかった。
そんな苦い思い出の場所に、今立っている。
見届けてくれるのはシアで、観戦するのが父上とリーゼロッテの母様にカイラスの兄上。
そして対峙するのが、ゼロードの兄上だ。
「おいノヴァ、これは次期当主を決める戦いだ。当然、真剣での戦いだよなぁ?」
そう言って鞘から剣を抜き放つゼロードの兄上。
本気だ。兄上は本気で俺をこの場で今、殺すつもりなんだろう。
けど、すぐに父上からの待ったの声が響いた。
「ゼロード、それは許可できない。やるなら木刀だ。
もし真剣を使うなら、この勝負の結果がどうであれ私はどちらも認めん。おい、二人に木刀を」
「ちっ!」
舌打ちをして、兄上は抜身の剣を鞘に納めた。
走って届けに来たメイドに剣を預けて、代わりに木刀を受け取って、勢いよく振るっている。
俺もシアに剣を預けて、メイドから木刀を受け取った。
――おいおい
受け取ってすぐに俺は気づいた。手にした得物は年季が入っていてボロボロだ。一方でゼロードの兄上の木刀に目を向けてみれば新品同然。耐久力の差は歴然だった。
そこまでして俺に負けて欲しいのかとメイドを睨みつけたけど、彼女は何も言わずに立ち去った。
仕方がない。これでやるしかなさそうだ。
「思い出させてやるよ出来損ない。なんでてめぇが出来損ないなのかをなぁ!」
叫び、木刀を振るい、白い覇気を身に纏う兄上。肌で感じる威圧感に重々しい雰囲気。今まで俺をなんども折ってきた暴力をもって、兄上が本気を出した。
けど怖くはない。ゼロードの兄上には覇気がある。けど俺には頼れる人がいるから。
木刀を片手に構える。覇気も何もない、今までの戦いなら一瞬で決着がつく状態。
けど俺の体を風が貫いた。攻撃力のない魔力の風。シアがくれた、彼女の力。それを受けて体の奥底から力が次第に湧き上がってくる。最初は弱く、けど堰を切ったかのように急激に強く。
泉どころか間欠泉のごとく沸き上がった力は俺の内部に収まらずに外部にも表れる。シアの象徴たる金色の光。その光が俺の力の証。
神秘的な輝きと色の光は神が授けた力のようにも見えるかもしれない。実際、俺にとっては神様なんかよりも頼りになる人からの援護なわけだけど。
力は十分。この力、いや彼女の力は覇気すらも寄せ付けない。ゼロードの兄上が放出する覇気をあざ笑うほどに、暴力的なまでに眩い光が俺の体から放出されていた。
「……なるほどなぁ」
父上やリーゼロッテの母様が驚く一方で、ゼロードの兄上は少しだけ顔色を悪くしながらも、納得がいったように呟いた。
「……急にやる気になったから何かあるとは思っていたが、その女に支援魔法をかけてもらう知恵を付けたってわけだ。
だがよぉ? 支援魔法は自分の力を向上させるだけで、劇的には強くしねえってことを知らねえみたいだな」
「…………」
兄上が何かを言っているけど、俺は気にせずに睨み返す。言っていることは間違いだ。
これはシアと俺だけが使えるもので、支援魔法じゃない。けど、わざわざ間違いを訂正する必要だってないだろう。
「いいぜぇ? 覇気を使った俺とその女から支援魔法を受けたお前、どっちが強いのか」
言っていることは少し違っても内容には共感できた。俺と兄上で、互いの剣の腕がどれだけ差があるのか、正確には分からない。
けどこれはきっと、俺が借りたシアの魔法と、ゼロードの兄上の覇気の戦いだ。
ゼロードの兄上の表情が変わる。覇気をもって、そして気力をもって、不調を無視したようだった。
「雑魚の力をどんだけ引き出したところで意味はねえ。それに関係もねえ。正面から叩き潰せばいいだけだ。
やってやるよ。忌々しい呪いの力ごと、お前をぶった斬ってやる!
出来損ないがどれだけ力を得ようとも、元が出来損ないだってことを思い知らせてやるよ!」
「ゼロード、お前は本当に凄い覇気使いだと思う。けどお前がフォルス家を背負うことだけは絶対に許さない」
「吠えてろ! 行くぞぉおおお!!!!」
咆哮し、ゼロードの兄上は前へ出る。いつもの俺では追えないほどの速さ。けどそれを冷静に観察できているのはシアの力のお陰だ。
見える。いつもはギリギリだったゼロードの兄上の動きが、剣筋が、見えすぎるくらいに。
空を斬る白の軌跡。ただそれを防ぐように剣を沿えればいいって、本能が教えてくれる。
「っ!」
材質は木……の筈だ。にもかかわらず、木と木がぶつかったとは思えない鈍い音を立てて、ゼロードの兄上の全力の一撃を防いだ。
初めて防いだ覇気の一撃。けど俺の心にあったのは喜びじゃなくて、別の感情。
――こんなもの、なのか?
あまりにも今までと違う重さに俺は唖然とする。いや、こんなの重いんじゃなくて、軽いって言えちゃうくらいだ。
弾く。
何の問題もないように、子供がふざけて振るってきた木刀を返すように、片手で軽く押し出すだけで、兄上は片手を上げる。上げさせられる。
――すごい
シアの力が凄いのもある。けど分かる。俺の体がシアの力と溶け合っているような感覚。まるで自分の力だと勘違いしそうなほどに馴染んだ感覚がある。従えるとか、制御するとか、そんなんじゃない。
ただ思ったように、いや思うまでもなく無意識に体を動かせば、全部ついてくる。
想像が、現実になる。
足を一歩だけ踏み出して、兄上の脇を駆け抜ける。瞬間、木刀を水平に薙いだ。動きとしてはやや複雑なものだけど、それをゼロードの兄上が剣を弾かれたまま何もできない間にやれた。
まるで世界が遅くて、その中で俺だけが普通に動けるかのようだった。
全てが終わった時には、目の前に誰もいない。
「ぐっ……」
声を聞いて振り返れば、胴体を片手で押さえて蹲るゼロードの兄上がいた。それを見て、咄嗟に急所を外すような打ち方を無意識にしたんだと分かった。
「なんだぁ……こりゃぁ……」
木刀を地面に置いた兄上が、地面の土を強く握った。
「認め……られるか……こんなもんが強化魔法の筈があるか!」
よろよろとした動きで立ち上がり、俺に木刀を向けるゼロードの兄上。その闘志は、まるで消えていなかった。
兄上の言うことは正しい。これは強化魔法なんかじゃない。
もっとすごい……いや、凄すぎる力だ。
先ほどの自分の動きを自覚して熱くなっていた頭が急速に冷めていく。
ふと、これまでのゼロードの兄上との木刀でのやり取りを振り返れば、どこか引っ掛かりを覚えた。それがなんなのかは、分からなかったけど。
「てめぇ……一体どんな手品を使いやがった!」
「…………」
自分の違和感が気になるものの、少なくとも兄上の言葉に答えるつもりなんて最初からない。
だから冷たく、蹲るゼロードの兄上を見下ろした。
「こんなんで勝ちなわけねえだろ! そうですよね父上ぇ!! こんな、こんな一撃……で……」
大声を上げて振り返ったゼロードの兄上は、父上に視線を向けて固まった。
視線の先を追ってみれば、父上は頭を押さえて俯いていた。兄上の声が一切響いていないのは明らかだった。
父上だけじゃない。リーゼロッテの母様もカイラスの兄上も、目を見開いてゼロードの兄上を見つめている。
勝敗の宣言はまだされていない。でも決着がついていると、場の雰囲気が物語っていた。それをゼロードの兄上も悟ったんだろう。
「っ! 認められるか、こんなもん!」
木刀を地面に叩きつけて、奥歯を噛みしめたままで去っていくゼロードの兄上。兄上はそのまま屋敷の中へと消えていってしまった。
「…………」
木刀を下ろして空を見上げる。青空は雲一つなく晴れ渡っていた。
――勝ったん……だな
いまいち実感が沸かない。これまで勝てるはずがないと思っていたゼロードの兄上に勝った。シアの力を借りたとはいえ、勝ったんだ。
嬉しくはある。喜びもある。これでゼロードの兄上が当主にならないんだから、達成感だってある。
けど、素直には何故か喜べなかった。勝ったのに、これで良いのは間違いないのに。それがどうしてなのか、やっぱりよく分からない。
そんな俺のことを、目じりを下げてシアが見つめていることには最後まで気づかなかった。
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