宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第2章 宿敵の家の当主を妻に貰ってから

第76話 トラヴィスは答えを出す

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 ハッとして意識を取り戻した。いつの間にか窓から差し込む光の色は黄色から橙色に変わっていて、長い時間が経ったことを教えてくれた。

「……私は……なにを……」

 自室でもある執務室の椅子に座って特に何もするでもなく、茫然自失になっていた。
 そのことに気づいても、心の中は大きな穴が空いているようで。
 もうどれだけ時間が経ったのか分からない。けれど、あの光景が頭から離れなかった。
 あのあと何もしていなかったというのもあるかもしれないが、それを差し引いても鮮明に今も思い描ける瞬間。

 ノヴァの木刀がゼロードの体を捉えた瞬間が脳裏にこびりついて離れない。考えないようにしなければならないと思えば思うほどに、あの決着の瞬間がどうしようもないほどの輝きを発して私に語り掛けてくる。

 ふと、部屋にノックの音が響き渡った。ゆっくりと扉の方を向くけれど、開く様子は一切ない。
 あぁ、返事をしていなかったな、と思ったとき。

「ライラックだ。入るぞ」

 そう言って扉を開けて入ってくるライラックの兄上。彼に目を向けてみれば、兄上も兄上で茫然自失のような状態だった。

「兄上……遅かったな」

「……すまない……気持ちの整理に、時間がかかった」

「……見てくれたんだな。ゼロードとノヴァの戦いを」

 両手を握り締めて俯く兄上の態度が答えだった。ライラックの兄上は次期当主にゼロードを推すと表明していた一人。さらには私の兄で、今のフォルス家の中核にいる人。
 そんな彼に言葉だけで説明するよりも、今回起こるであろう一件を実際に見てもらった方が早いと思って事前に声をかけていたが、そうしておいて正解だった。
 少なくとも言葉だけでは、今の私の結論を否定するのは目に見えていたから。

「結果はノヴァの勝ち……次期当主はノヴァだ」

「……いや……だが……」

 否定の言葉を紡ごうとした兄上は、結局首を横に振った。

「そう……だな……」

 あの頑固な兄上でも、あれは受け入れざるを得ない光景だったということだろう。
 兄上は息を大きく吐いて、ノヴァの次期当主就任を受け入れた。

「……結局、アークゲート家に全て持っていかれるか……まあ滅ぶか、あるいは傀儡になるかの違い、ということだな」

「……兄上から見ても、今のノヴァに勝つのは厳しいか?」

 滅ぶという言葉を聞いて、聞き返す。以前ライラックの兄上はアークゲートの当主様の恐ろしさを知らなかったようだが。

「無理だろうな。お前が以前言っていた言葉がよく分かる。アークゲートの当主と戦争をしてもいいとこれまでは思っていたが、あれでは戦争ではなく虐殺になる。本人がではなく、力を貸すだけであれほどとはな。あれでは本人など、我々は足元にも及ばないだろう」

 一族の中では私に準ずる力をもつ兄上もアークゲート家と事を構えるのは絶対に避けるべきという同じ結論に至ったようだ。
 兄上は乾いた笑みを浮かべて、続いて力なく言葉を紡いだ。

「だが、ノヴァが当主になるということはフォルスとアークゲートの両当主が結ばれるということだ。そうなれば他の貴族や王族だって何かしてくるだろう。ただの三男だった時でさえ、噂話になる程だったんだからな。
 だから今から無理やりゼロードを当主に据えて、一族ごと滅びるか?」

「…………」

「冗談だ」

 黙った私を見て兄上は訂正したが、自暴自棄になりそうなくらいには私も兄上もこの状況に辟易していた。加えて、この状況をなんともできないくらいに無力だった。

「お前はこの後どうするつもりだ?」

「……ノヴァに引き継いだ後は隠居でもするつもりだ。少し……疲れた……」

「そうか……」

 最近は体調も調子も悪い。考えも上手くまとまらないことがある。丁度潮時だと思っていたくらいだ。

「最後に聞かせてくれ。お前から見て、ノヴァは当主たる器か?」

 その質問に、私はゆっくりと口を開く。頭に思い浮かんだのは、三人の息子達。

「……ゼロードは実力こそ十分だが、粗暴だ」

 だからこそ惜しいと感じていた。誠実さがあれば、あれは当主として相応しい器になった。今回の親睦会を任せることで、少しはマシになってきていたが。
 だがあれは禁忌を犯している。守り神を害した段階で、あれが当主になったところでフォルス家の未来は無いも同然だ。
 それでも、無いにもかかわらず可能性を信じていたから、いや無いものに縋っていたから、ノヴァとの戦いを認めた。

 結果はノヴァの勝利で、ゼロードが当主になる未来は完全になくなったが。
 頭の中で浮かんでいた長男の姿が、消える。

「カイラスは冷静に一歩引いて物事を見れるが、頭が固く融通が利かん」

 彼もまた惜しいと感じていた。彼にゼロードのような強気なところがあれば、あるいは相応しい器になったかもしれない。
 強気すぎてもダメだが、慎重すぎても人はついてこない。カイラスにカリスマがあれば、それで解決していたのかもしれないな。

 いずれにせよ彼は降りた。その段階で、彼が当主になる未来はなくなった。
 あるいは初めから、そんな未来は無かったのかもしれない。
 頭の中で浮かんでいた次男の姿も、消えた。

「そしてノヴァは人格者だが、覇気が使えなかった」

 もしもノヴァが覇気を使えれば、と考えたことはある。それは夢物語に過ぎないが、人としてはゼロードやカイラスよりも好ましいと考えていた。だが覇気を持たなければ、力がなければ武家では話にならない。
 そう思っていたのに。

 最後に残った三男……ノヴァの姿が大きくなり、光を放つ。

「……ノヴァはその欠点を克服した。アークゲートの力を借りるという手段をもって。それもまたノヴァの力だ」

 ノヴァがゼロードに勝利した後、彼は素直に喜んでいなかった。おそらくは自分の力ではないと考えているのだろうが、私に言わせてみれば、それもれっきとした力だ。
 人の力を借りることもまた、その人の持った魅力や人格という『力』なのだから。

「だからこそ、ノヴァは当主の器を持っていると判断する……いや、そもそも」

 よくよく考えてみれば、そんな風に私がノヴァを評価すること自体が間違いなのだろう。

「これまで見捨てていた息子に今更なにを言っているのか、という感じだがな」

「……トラヴィス」

 名前を呼ばれて私は兄上に微笑みかける。上手く笑えなかったような気もするが、構わなかった。
 背もたれに寄りかかって体を預ける。

「あの絶対的な力を見ていると、私達が代々受け継いできたものは何だったのかという気持ちになる。いったい私達はなんのために、と……」

 それはこの部屋に戻ってきてからずっと考えてきたことだった。けれどそれに、一つの答えが出ていた。だから私は首を動かして窓の外を見た。山の影に消えようとしている夕日を見た。

「だが、そういうふうに思うのは、実は世の中にありふれているのかもしれないな」

 例えどうしようもない運命だと受け入れても、あきらめに似た何かだとしても、それは答えだった。出したことで少しだけ心が軽くなるような答えだった。

 視線の先で、夕日がいつもと同じように山の影に消えた。
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