宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第203話 待ち望んだ帰還

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 思えば、いったいいつから間違えていたのか。

 レティシアが生まれた時?
 メリッサが戦死したとき?
 姉上が殺された時?

 明確な答えは分からないけど、きっとあの邪神が生まれた時から歯車は既にずれていて、そしてそれは時と共に大きな崩壊を巻き起こしたんだろう。死後の世界で姉上もきっとそう思っているに違いない。

「何をしているのだろうな……」

 自分の屋敷の執務室。そこで椅子に座り、私は天井を見上げる。何をしているのかという呟きに対する答えは誰にも期待していない。この場には、誰もいないから。

 そしてその呟きに対する答えは私自身が持っている。何をしているのだろうか。
 答えは、何もしていないだ。

 ただ毎日を無為に過ごしているだけ。姉上の時代に所持していた領地は没収され、今は本当に小さな領地しかもらえていない。それゆえに領地の仕事はほとんどなく、本家の方からもらえる仕事もほんの一握り。いや、おそらく本家としては仕事を回さなくても問題ないのだろう。

 それでも耐えてきた。ただアークゲートという名に恥じないために、耐えてきた。
 だがその名すら、今はもうなくなろうとしている。

 きっとこのまま、私はアークゲートに飼い殺されるのだろう。

 こんな仕打ちをするあの邪神を恨めしく思う。殺したい程の怒りも抱いている。心の中で何度あの娘を八つ裂きにしたか、数えることも出来ない。

 だが、私は無力だ。力でも権力でも、今ではあの邪神に敵わない。いや何一つ敵わないだろう。考えても考えてもどうしようもないのだから、仕方ないのではないかと諦めてもいた。

「……いっそこのまま時が止まって……朽ちれたらどれだけ楽か……」

 そのようなこと、叶う筈がないのに自虐的に口にした。








「それは困る」

 声を……聞いた。聞き間違える筈のない声。生まれた時から敬愛していたと言っても過言では無い、至高なる姉君の声。
 ここにいる筈のない……もうこの世にいない人の声。

「……ついに姉上の幻聴まで聞こえて――」

 言葉が止まる。誰もいなかった執務室に、すっと姿が滑り込むように現れる。私の知っている姉上が、そこには立っていた。
 幻覚か、と一瞬思うも、まとう雰囲気と魔力には覚えがある。いや、覚えしかない。

「あ……ね……」

 言葉が、出ない。

「どうしたティアラ? 久しぶりに私に会ったのに、声も掛けてくれないのか? 私は私の誇りの妹に、何か悪い事をしただろうか?」

「姉上ぇ!!」

 椅子から崩れ落ちるように降り、姉上に近づく。居ても立っても居られなくて、縋りつくようにその腰に抱き着いた。

「姉上……姉上ぇ……」

「逆にここまで喜ばれるのも嬉しいものだな……ほら、立て。アークゲートとは最強の家系。それがそのように膝をつくな」

「も、申し訳ありません……」

「大丈夫だ。私はここにいるぞ、ティアラ」

 姉上の言葉に立ち上がろうとすると、優しい腕が私を支えてくれる。あぁ、以前の優しい姉上が帰ってきてくれたと、そう思った。

「あ、姉上……おかえりなさいませ。ですが……ですがどうして……あの邪神……いえレティシアに殺されたはずでは?」

 あの日、本家の姉妹や従妹が全員集まる場で、姉上の席に不遜にも腰を掛けたあの邪神はそう言っていた。あの余裕で圧倒的な力を発した邪神の言葉には嘘はなかったように思えたが。
 そう思い尋ねると、姉上は目に怒りを宿す。私の体に、震えが走った。

「殺されたさ……いや、殺したとあれは思っているのだろう。事実私はここから遠く離れたよく分からない場所まで飛ばされたからな。戻ってくるまでに、酷く月日を無駄にしたものだ」

「そのようなことが……ですがお戻りになられたようで何よりです」

「何よりなものかティアラ、しっかりしろ」

「は、はい……」

 肩を掴まれ、姉上と視点を合わせられる。私を案じ、励ますような言葉に胸の奥から熱いものが溢れてくる。

「私はこうして戻ってきた。その理由は分かるか?」

「そ、それ……は……」

 思い当たることは一つある。けれどそれが正解なのか分からなくて、私は声に出せなかった。
 そんな私の様子に姉上はため息を吐く。呆れられたかと思い、体の血液が凍る錯覚を覚えた。

「よく聞けティアラ」

 しかし姉上の声音はとても優しくて、心地よくて……私が敬愛した、いやそれ以上の姉上が目の前に居た。

「今アークゲートは誰の手にある? レティシア・アークゲートの手の中だ。だがそれは元々は私、エリザベート・アークゲートのものだ。そうだろう? つまりあれはただの簒奪者に過ぎない。そうだな?」

「は、はい……その通りです」

 言われるままに私は頷く。邪神に対する恐怖はあるけれど、それよりも目の前の姉上の方が甘美で、まるで極上の美酒のように思えて、私はただただ頷いた。あぁ、姉上の瞳がとても綺麗だと、そう思ってしまう。

 もっと彼女の話を聞かないといけないのに。もっと聞かなきゃ。もっと。

「あれのせいで私は遠くに飛ばされ、お前はこんな辛い思いを強いられている。私の娘、メリッサはあれに殺され、メリッサを支え続けたお前の二人の娘、アイギスとレインは心を完全に折られて使い物にならなくなった。挙げるだけでこれだけある。全てはあれのせいだ」

 姉上の目が、まっすぐに私を捉える。灰色の瞳が鈍く輝いて見えた。

「ならば私の使命はたった一つ……あれを消すことだ」

「あ……れ……レティシアを……消す……?」

「そうだ。それこそが私がここに戻ってきた理由だ」

「……出来る……のですか?」

 心の中に再び恐怖が湧き出てくる。あの邪神を消す? 真っ先に出てくるのはどうやって? という方法に対する疑問だった。
 けれどそれを口に出してすぐに、私の頬に温かい姉上の手のひらが触れた。

「お前は難しいことは考えなくていい。昔からずっとそうだろう? 私の言う通りに動けば全ては上手く行く。それを誰よりも知っているのはティアラ、お前だ」

「はい……姉上……」

「やり方は私に任せろ……だがなティアラ、私には相棒が必要だ。共にあれを打倒してくれる相棒が」

「相棒……そ、それほどのものに……私が……」

 姉上の手のひらが、私の頬を撫でるにつれて顔が熱くなるのを感じる。

「私と同じ血が流れ、そして最も近い妹。そして私が最も信頼する家族。お前以上に私の相棒に相応しい人物はいない……お前は、違うのか?」

 少し寂しそうな姉上の表情を見て、私はすぐに頬に添えられた姉上の手のひらを両手で握った。

「違いません! 遥か昔から今まで、それこそ姉上がなくなったと聞かされてからですら、私は姉上を敬愛していました! 今もこれからも、私は姉上のために!」

「ああ、それを聞けてとても嬉しく思うぞ、ティアラ」

 姉上の手のひらが頬から離れる。名残惜しいものの温かさが、なくなった。

「ティアラ、時は必ず来る。それまで私は姿を隠すつもりだ。仲間の招集や実行の際どうするかはすべて私に任せろ。だからもう少し耐えてくれ。決して私の事があれに露見しないように……できるな?」

「もちろんです……全ては、姉上のために……」

 胸に拳を当ててそう答える。姉上とこうして出会う前の不安も恐怖も何もかも、どこかに行っていた。



 ×××



 ティアラに全てを話した後、エリザベート・アークゲートは見すぼらしい小屋へと魔法で帰還した。先ほどまで甘い言葉をティアラに話していた彼女は、今はひどく感情の読み取れない顔で壁に近づき、貼り付けられていたティアラの名前が黒く書かれた紙に指を伸ばす。

 瞬間、ティアラの名が書かれた紙は燃えたかと思いきや、どういった仕組みなのか灰になることはなく、炎が消えた後には文字が赤く染まっていた。

「まず一人」

 壁には何枚かの紙が貼ってあって、それらは矢印で結ばれている。どういった関係かは書かれていないものの、エリザがこれまでで把握した主要な人物たちの相互関係なのは明らかだった。

 ノヴァ、ユースティティア、ノクターン、システィ、そういったレティシアに近い人物には×を。
 トラヴィス、アイギス、レインといったもう使えない者達にも×がついている。
 一方でオズワルドやティアラは印がついていないものの、赤文字になっていた。

 他に印がついていないものは、残り三人。
 ライラック、カイラス、そしてオーロラの文字が書かれた紙だ。

「……ティアラは私の駒になった。だが、オーロラ……」

 一枚の紙を無表情で見て、エリザは呟いた。その指先が伸びて、紙に触れる。瞬間その紙を炎が包み、それが消えたときには、オーロラの文字の上に×印がついていた。

「駒には出来るだろう。だがあれに近すぎる」

 エリザにはオーロラを支配できるだけの自信があったが、レティシアに近すぎるために却下した。
 同様の理由でノクターンなど、却下した人物は多い。そのくらい、エリザはレティシアを警戒していた。

 戦力よりも、使える駒の数よりも、レティシアに知覚されないことを絶対とした。
 そうなると、自然と残るのはレティシアから遠い人物になる。

 ライラック、カイラス、二枚の紙が残った。

「近いうちにこの二つを取りに行くか。運命の時は……確実に迫っているのだから」

 そう呟いたエリザは、先ほどティアラに見せたものとは違う、他者を下にしか見ていない冷たい表情をしていた。それもそのはずで、彼女が先ほどティアラに見せた態度は嘘ばかり。
 エリザが他者を自分と同列とみなしたことなど、過去に一度しかない。

 そしてそれ以外の人物は、全てが自分の手の平の上で踊る駒に過ぎないのだから。
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