宿敵の家の当主を妻に貰いました~妻は可憐で儚くて優しくて賢くて可愛くて最高です~

紗沙

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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから

第210話 少しだけ空いた距離

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 時は緩やかに過ぎ去っていった。シアのお腹の中の命は少しずつ、だが確実に育ち、今ではお腹もだいぶ大きくなった。耳を当ててみれば、そこに確かに居るのが音や動きで分かって、嬉しい気持ちになる。

「なんと言うか……これはこれで時間が余ると言いますか、申し訳ないと言いますか」

 そう言うのは長椅子でゆったりと寛いでいるシアだ。ここはアークゲート家のシアの執務室。しかし彼女の前のテーブルには少しの書類があるだけ。仕事の量は目に見えて減ってきていた。その一方で。

「こうなるのは決まっていた事です。諦めてください。……というよりも、申し訳なく感じる必要もありませんよ」

 机の上に大量の書類があるのはユティさんだ。正直大丈夫なのかと思うような仕事量になりつつあるけれど、本人はケロッとしている。ユティさんの普段の仕事量がどれくらいか知らないけど、このくらいなら余裕という事か。それはそれで心配になるけど。

「そうだよシア。今はユティさんや周りの人に甘えよう? 俺も頑張るからさ」

 俺はシアの隣に座り、彼女の左手を撫でながらそう伝える。すると俺の妻は困ったように苦笑いした。

「もちろんそれ自体はすごく嬉しいのですが……私普通に動けますし、仕事できますよ?」

 そう言うシアの表情からは無理を言っているのは感じられない。彼女が言うことには同意だし、ユティさんもそうだと思うけど、だからこそユティさんは深くため息を吐いて非難するような目を向けた。

「そうだろうなとは思います。当主様ならば今の体の状態でも問題なく普段通りに動けるでしょう。ですがこの後さらに時が進んで、出産の際になるとそうも行きません。それに念には念を入れるべきです」

 シアは小さくて可憐な見た目とは違って内部には驚くほどの元気があるらしい。それこそ一流の戦士すら裸足で逃げ出すほどの体の丈夫さらしく、それも相まって出産までは絶対に大丈夫と、お医者さんの先生からは太鼓判を押されるくらいだ。

 けどユティさんが言うように無理は厳禁。何があるのか分からないのだから、ゆっくりと出来るときはゆっくりとするべきだし、頼れる人が居るなら頼るべきだ。

「いろんな人が心配してくれているんだから……さ?」

「むぅ……ノヴァさんがそう言うなら……」

 俺とユティさんの説得にシアは渋々と言った形で了承してくれた。俺はそのことにとりあえず安堵してユティさんに視線を向ける。

「シアの分の仕事については大丈夫ですか? 一応こちらには余裕があるので、もう少し仕事を回してもらっても大丈夫ですが……」

「いえ、今の所は問題なく回せています。私の周りの方も手伝ってくれていますし……その……オーラも自分の屋敷で手伝ってくれているので……」

 最後の方はしどろもどろになるユティさんに、俺はじっと彼女を見て、おそるおそる声をかける。

「やっぱりオーロラちゃんは……」

 するとユティさんは仕事の手を止めて俺の方に目を向け、小さく控えめに頷いた。

「はい、ここ最近はこちらには顔を出していません。彼女の屋敷で出来る仕事を送って、代行してもらっています。仕事っぷりには文句はありませんし、本人からも大丈夫だと聞いていますが……少し心配です」

「「…………」」

 姉としての表情を見せるユティさん。それに対して、俺もシアも返事をすることは出来なかった。

 こうなった原因が何なのかを、俺達はよく知っている。オーロラちゃんの告白を断ってから、俺はシアにそのことを話した。シアは事前にオーロラちゃんの気持ちを聞いていたようで、特に驚いた様子はなかった。

 でも俺が断ったことを聞いて嬉しそうにしつつも少し寂しそうな表情をしていた。それが誰の事を思ってなのかは想像するまでもなかった。話を聞いてみたら、シアとしてはオーロラちゃんを側室に迎えても、それが俺の決めたことなら構わないという結論だったらしい。

 後からそんなシアの気持ちを知ったけど、それを知っても俺の気持ちは変わらないし、過去はもうやり直せない。やり直そうとも思っていない。ただオーロラちゃんとこうして距離が出来たのは寂しい事だし、それはシア自身も思っている事だった。

 目に見えて気持ちが沈んだ俺達を見て、ユティさんは小さくため息を吐く。その態度には、実の妹と義理の弟を心配する姉としての顔が現れていた。

「心配や不安を感じるのも無理はないと思いますが、時間が解決してくれると思います。少なくとも手紙からはオーラが当主様を……レティシアを案じているのが伝わってきました。今はまだ、オーラの心の整理がついていないだけです」

 ユティさんの言葉はその通りだと思う。実際に受けたから分かるけど、あの告白の言葉にはオーロラちゃんの気持ちが痛いほどに籠っていた。そんな強い気持ちを、感情を、彼女は真正面から俺にぶつけてくれた。それが受け入れられなかったのだから、ショックだって大きいだろうし、普段通りにすぐ戻るのは無理な話なのも分かる。

 オーロラちゃんが心優しく、シアを案じてくれているのも彼女らしいなと思うけれど、それでも不安や心配の感情は出て来てしまう。この状況を引き起こした張本人が何をと思うところもあるけど、それでも俺はオーロラちゃんが心配だ。そしてそれはシアも同じだろう。

「……きっとその内ひょっこりと姿を見せて、また太陽のような笑顔で皆を明るくしてくれますよ。オーラは……そういう子ですから」

「ユティさん……」

 なんだろう、昔からユティさんが言うと色々なことに説得力があった。けれど今のユティさんはそれが段違いだ。包容力というか、妹であるオーロラちゃんやシアの事を思っているからかもしれないが、姉としての温かさを感じる。現に俺やシアを見る目にも温かさが籠っているし。

「……本当、ユティには感謝ですね。仕事を始めとする身の回りの事のみならず、心の部分まで」

「私はあなた達のお姉さんですからね」

 その笑顔を見て、それがある日に見た実の母の……セリア・フォルスのものと被った。俺を……実の息子を案じて愛してくれた母の笑顔。それと同じだけの親愛の気持ちをユティさんから感じて胸が温かくなる。

 それはシアも同じようで、だから彼女は小さく、ポツリと呟いたんだろう。

「……ユティお姉様」

「ユティでお願いします」

 しかし呟きがどれだけ小さくても、その言葉をユティさんが聞き逃すことはなかった。即座に呼び方を否定するユティさんに、俺もシアも、少しおかしくて笑ってしまった。ユティさんもそれを受けて小さく笑う。

 時は確実に進んでいく。オーロラちゃんが心配ではあるけど、ユティさんは大丈夫だと言ってくれているし、俺もそうだと思う。
 シアが出産する時はゆっくりと、けれど確実に近づいてきていた。
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