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第3章 宿敵の家と宿敵でなくなってから
第223話 カイラスは道を決め、妻を説き伏せる
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しばらくして、手足の感覚が戻ってくる。先ほどの戦いで全力を、いやそれを越える程の力を行使したが、長年の訓練により鍛えられた体は回復も早いようだ。目を開けば、澄み渡る青空を今度はハッキリと見上げることが出来た。
「カイラスの兄上、大丈夫ですか?」
その青空にすっと現れたのは、ノヴァだった。
「……ああ、疲れているだけだ。……見事な戦いだった。あのような戦いに興じれたことを、私は誇りに思う」
「はい、俺もです。兄上との戦いは楽しくて、夢中で剣を振るっていました」
その言葉を聞いて胸が温かくなる。それはそうだろう、あれだけの戦いをしたのだ。あそこまで胸躍る戦いになったのだ。私がそう感じるならば、ノヴァも同じように感じるに決まっている。
「兄上、ありがとうございました。とても楽しく、胸を何度も震わせられる剣でした」
「それはこちらのセリフだ……おかげでもう動けないがな……」
「全力を尽くしましたからね」
その言葉にチラリと視線を向ける。ノヴァは立っているものの、やはり少し疲れている印象だった。それでも彼はしっかりと地面に立っていて、私はまだ地面から起き上がることは出来ない。どうやら私とノヴァの差はまだまだ大きいようだ。
「……またいつか、剣を合わせてくれるか?」
「はい……ぜひ……」
「そうか……」
短く、けれど静かに言葉を交わし合う。またあの剣と打ち合える、それだけで十分だった。
「……大丈夫ですか?」
不意に私とノヴァの体を光が包む。それと同時に少しだけ体が楽になった。視界を動かせば、歩いてきてくれたのかレティシア様が入り込んだ。
「一応魔法をかけましたが、疲労を全て回復するような魔法は残念ながらなく……」
「ううん、さっきよりも楽になったよ、ありがとうシア」
「いえ、当然の事をしたまでですから」
視界の隅で笑顔で会話を交わす二人を見て、私も口を開いた。
「ありがとうございます、レティシア様」
彼女は私の事を快く思っていなかった筈だ。それなのに魔法をかけてくれたことに、正直に感謝の意を告げた。
「いえ、先ほどの戦いを見て私も心を揺さぶられました。そのくらい素晴らしい戦いでした。今まで見た中で一二を争うと言っていいでしょう。そんな戦いを見せてくれた剣士達に敬意を払うのは当然ですから」
初めて、彼女の視線を正面から直視した。灰色の瞳は私をまっすぐに見ていて、表情はとても穏やかだ。今までは魔力の問題もあってなかなかまじまじと見ることは叶わなかったが、今なら分かる。今言ったことは彼女の本心であると。
「……感謝します」
むず痒くはあるけれど、先ほどの戦いを称賛してくれたことは、理解してくれたことは、嬉しく思ったために礼を述べた。
そうして私は目を瞑り、息を吐いて心を固め、再び開いた。
「……ノヴァ、話がある」
全てを、打ち明ける覚悟を。
「アークゲート家先代当主、エリザベート・アークゲートがレティシア様を狙っている」
その言葉に、ノヴァの目が見開かれた。
×××
伝えるべきことを伝え終えて私は本邸の屋敷の中へと戻る。ここから先は完全にエリザベートを騙す必要があるが、それは心配していない。おそらくは決行のその時まで彼女と会うことはないだろうからだ。
今回のノヴァとの一戦について報告する相手はライラックの伯父上であり、今の伯父上相手に露見する可能性はほぼゼロと考えていい。そのくらい、今の伯父上は周りが見えなくなっている。
「……ここか」
けれどもう一人、どうしても伝えなくてはならない相手がいる。私とて彼女の番。ならば彼女を守ることもまた、使命の一つだから。
扉をノックすれば、やけに緊張した声が返ってくる。それに返事をすると、声の緊張は消え、中に入っていい、という返事をもらった。扉を開けて中へ入れば、長椅子に腰かけたローズが少し疲れた表情をしていた。
「で? 当主様との模擬戦は終わったわけ?」
「ああ、そちらはゆっくりできたか?」
「出来たけど……懇切丁寧にされすぎて逆に少し疲れちゃったわよ……」
「そうか……ローズ、話がある」
「なに?」
ため息を吐いて私から視線を外すローズに、今の気持ちを正直に打ち明けた。
「私はノヴァの提案を受け入れようと思う。アークゲートとフォルス、二つの家を一つにする提案を」
「……はぁ!?」
私の言葉にローズは反応し、長椅子から立ち上がる。イライラした様子で私に近づいて、噛みつくように声を荒げてきた。
「本気で言っているの!? 私イヤよ!? あんたは本当にそれでいいの!?」
「ああ、それでいい。そう決めた」
「……っ、決めたって……」
まっすぐにローズを見つめ、口を開く。
「ノヴァの剣に、明日を見た。私が付くべきはこちらだと、はっきりと分かった」
「分かったって、いやいやそんなの――」
「ローズ」
例え彼女になにを言われたとしても、もうこの気持ちは変わることはない。強い視線で彼女を見て、一歩、また一歩と歩みを進める。ローズはそれに合わせておずおずと一歩、また一歩と後退した。
「私はノヴァと本気で打ち合い、ノヴァの心に剣で触れた。その心の先に、選び取るべき未来を見た。例えフォルス家の名前が変わろうとも、フォルス家が消えようとも、元からあったものが無くなるわけではないと知った」
「ちょ……分かった……分かったから……近いって!」
「そして私達夫婦について考えたときにも、これこそが最善だと、そう確信している」
「な、なんで今日はこんなに強気なの……」
逸る気持ちのままに歩みを進めれば、ローズと私は近くの壁に移動していた。ローズは壁際まで追いつめられ、私が迫っているような構図。しかしそんなことはどうでも良かった。
「これからお前には、私が選んだ明日のために協力してもらいたい。成功させるにはお前の力が必要だ」
「……ふ、ふーん、私の力が必要なんだ……で、でもどうしようか――」
「ローズ!」
「ひゃ、ひゃい!」
どうして伝わらないんだともどかしい気持ちになり、思わずローズの顔の横の壁を軽く叩いた。気持ちが抑えられなくなってしまったようで、大きな音が響いた。
「私はお前と夫婦になった。私にはお前を守る使命がある。選んだ明日にお前を連れて行けるなら、連れていくつもりだ」
全員を連れていくことは出来なくても、妻であるローズを連れていくことは出来ると、そう思っているからこそ彼女を全力で説得する。彼女の肩に手を触れ、思いが伝わるように強く、強く念じる。
「私についてこい。今回ばかりはそれが正解だ。いや、それを正解にする」
「……つ、ついて……いきます……」
「本当か!? 協力してくれるんだな!?」
ローズの両肩に手を置いくと、彼女はぼーっとした様子で私を見上げた。少し顔が赤いものの、私の言葉が心に届いているようだった。
「……うん……でも、もっと強く言って欲しい」
「強く?」
「うん……もっと強く言って?」
「……?」
いまいちよく分からないが、さらに確信が欲しいという事かもしれない。それなら、彼女を安心させなくてはならない。不安など消えるくらい、この大きな気持ちをぶつけた。
「協力しろローズ、私の決定に従え」
「……うん……うんっ」
どうやら確実に伝わったらしい。ローズは満足そうな顔で頷いている。彼女にも私の気持ちが分かってくれたようで嬉しく思う。最初は伝わらないかもしれないと思ったが、意外と話せば分かってくれるものなのかもしれない。こんなことならもっと会話をすればよかったなと、そう思ってしまった。
「よし、それじゃあ今後について話をしよう。こっちへ来てくれ」
立ったままでは難だろうと思い、私はローズを長椅子へと導く。
「……はい」
その際に、やけに素直に返事をするものだと少しだけ思ったりしたが、私の気持ちが伝わったからだろうと思い直した。
私は長椅子に腰かけ、そして。
「ローズ?」
珍しく、ローズは私のすぐ隣に腰を下ろした。結婚してから、いや結婚する前も隣に座ることなどあっただろうかと思ってしまうくらい、それは珍しい光景だった。
「だ、大事な話なんでしょ? だったら近い方がいいかなって……」
「ローズ……その通りだ」
「う、うん……」
どうやらローズもローズで話の重要性を分かってくれているようだ。彼女に気遣いをさせて申し訳なく思うと同時に、嬉しくも感じた。
「まず現状だが、私はアークゲート家の先代当主エリザベート・アークゲートに勧誘を受けている。レティシア・アークゲートを消さないかという勧誘だ。これに関して、表面上は受け入れている」
「うん……うん……」
「だが、今日ノヴァと剣を交えて心を決めた。私はエリザベートを裏切り、ノヴァ側につく。すでに先ほどノヴァとレティシア様にはエリザベートが狙っていることを告げた。あとは我らがいかにしてエリザベート側に露見されずに時を過ごせるかだ。これは私とお前にかかっている」
思わずローズの肩に手を置いてしまう。しかしローズは嫌がるそぶりは一切見せなかった。
「お前に伝えないことも出来たが、私はそれを選ばなかった。夫婦としてお前には打ち明けねばなるまいと考えたからだ」
「…………」
こくりと頷くローズ。というよりも先ほどから顔が赤く目が蕩けているが、大丈夫だろうか。ひょっとしたら本邸の方に足を運んだことで慣れないことをして疲れてしまったのかもしれないな。
とはいえローズにこのことを打ち明けられるのは今しかない。レティシア様がここに居る今だけが、エリザベートの監視がない時だ。だからこの場で、ローズを味方に引き入れなければならない。
「隠し通せるか? ローズ」
「…………」
「ローズ?」
ローズは答えない。ただじっと、私を見上げるだけ。しかし少しして、その口がゆっくりと開いた。
「……命令してほしい」
「命令?」
「強く言って欲しい。そうすれば、きっと出来るから……出来ますから」
「……???」
よく分からないが、ローズがそれを望むなら、それで選んだ明日が掴み取れるなら、と考えて私は頷いた。
「隠し通せローズ。私達の明日のために……これは命令だ」
あまり慣れないものの、そう心を込めて力強く告げると。
「は、はいっ!」
ローズは何度も頷いた。伝わっているのは間違いないし、隠してくれるのも疑いようはないが、何だろうか? これでいいのかと私の心が尋ねている。いや、これでいい事はいいのだが、なんというか、言葉にしにくいというか。
「……よ、よし、では屋敷へと戻るぞ。時が来るまで、いつも通りに過ごしてくれ」
「うん……分かった」
「…………」
やけに素直なローズにこちらも少し困惑してしまうが、この部屋に来た目的は達せられた。あとは屋敷に帰り、ライラックの伯父上に連絡をして偽の情報をエリザベート側に流すだけだ。そう思い、私は力強く拳を握った。
ちなみにローズはこの後、これまでとまるで同じように過ごしてくれたおかげでエリザベートの計画実行時まで全く警戒されることはなかった。初めからエリザベート側はローズの事を警戒していなかったのかもしれないが、いずれにせよ助かった。
ただ、この日を境にローズとの距離はかなり縮まることになる。それに対して私も最初は戸惑っていたが、全面に好意を押し出してくる妻に対して私の態度もどう変わっていったかは恥ずかしいので説明しないこととする。
「カイラスの兄上、大丈夫ですか?」
その青空にすっと現れたのは、ノヴァだった。
「……ああ、疲れているだけだ。……見事な戦いだった。あのような戦いに興じれたことを、私は誇りに思う」
「はい、俺もです。兄上との戦いは楽しくて、夢中で剣を振るっていました」
その言葉を聞いて胸が温かくなる。それはそうだろう、あれだけの戦いをしたのだ。あそこまで胸躍る戦いになったのだ。私がそう感じるならば、ノヴァも同じように感じるに決まっている。
「兄上、ありがとうございました。とても楽しく、胸を何度も震わせられる剣でした」
「それはこちらのセリフだ……おかげでもう動けないがな……」
「全力を尽くしましたからね」
その言葉にチラリと視線を向ける。ノヴァは立っているものの、やはり少し疲れている印象だった。それでも彼はしっかりと地面に立っていて、私はまだ地面から起き上がることは出来ない。どうやら私とノヴァの差はまだまだ大きいようだ。
「……またいつか、剣を合わせてくれるか?」
「はい……ぜひ……」
「そうか……」
短く、けれど静かに言葉を交わし合う。またあの剣と打ち合える、それだけで十分だった。
「……大丈夫ですか?」
不意に私とノヴァの体を光が包む。それと同時に少しだけ体が楽になった。視界を動かせば、歩いてきてくれたのかレティシア様が入り込んだ。
「一応魔法をかけましたが、疲労を全て回復するような魔法は残念ながらなく……」
「ううん、さっきよりも楽になったよ、ありがとうシア」
「いえ、当然の事をしたまでですから」
視界の隅で笑顔で会話を交わす二人を見て、私も口を開いた。
「ありがとうございます、レティシア様」
彼女は私の事を快く思っていなかった筈だ。それなのに魔法をかけてくれたことに、正直に感謝の意を告げた。
「いえ、先ほどの戦いを見て私も心を揺さぶられました。そのくらい素晴らしい戦いでした。今まで見た中で一二を争うと言っていいでしょう。そんな戦いを見せてくれた剣士達に敬意を払うのは当然ですから」
初めて、彼女の視線を正面から直視した。灰色の瞳は私をまっすぐに見ていて、表情はとても穏やかだ。今までは魔力の問題もあってなかなかまじまじと見ることは叶わなかったが、今なら分かる。今言ったことは彼女の本心であると。
「……感謝します」
むず痒くはあるけれど、先ほどの戦いを称賛してくれたことは、理解してくれたことは、嬉しく思ったために礼を述べた。
そうして私は目を瞑り、息を吐いて心を固め、再び開いた。
「……ノヴァ、話がある」
全てを、打ち明ける覚悟を。
「アークゲート家先代当主、エリザベート・アークゲートがレティシア様を狙っている」
その言葉に、ノヴァの目が見開かれた。
×××
伝えるべきことを伝え終えて私は本邸の屋敷の中へと戻る。ここから先は完全にエリザベートを騙す必要があるが、それは心配していない。おそらくは決行のその時まで彼女と会うことはないだろうからだ。
今回のノヴァとの一戦について報告する相手はライラックの伯父上であり、今の伯父上相手に露見する可能性はほぼゼロと考えていい。そのくらい、今の伯父上は周りが見えなくなっている。
「……ここか」
けれどもう一人、どうしても伝えなくてはならない相手がいる。私とて彼女の番。ならば彼女を守ることもまた、使命の一つだから。
扉をノックすれば、やけに緊張した声が返ってくる。それに返事をすると、声の緊張は消え、中に入っていい、という返事をもらった。扉を開けて中へ入れば、長椅子に腰かけたローズが少し疲れた表情をしていた。
「で? 当主様との模擬戦は終わったわけ?」
「ああ、そちらはゆっくりできたか?」
「出来たけど……懇切丁寧にされすぎて逆に少し疲れちゃったわよ……」
「そうか……ローズ、話がある」
「なに?」
ため息を吐いて私から視線を外すローズに、今の気持ちを正直に打ち明けた。
「私はノヴァの提案を受け入れようと思う。アークゲートとフォルス、二つの家を一つにする提案を」
「……はぁ!?」
私の言葉にローズは反応し、長椅子から立ち上がる。イライラした様子で私に近づいて、噛みつくように声を荒げてきた。
「本気で言っているの!? 私イヤよ!? あんたは本当にそれでいいの!?」
「ああ、それでいい。そう決めた」
「……っ、決めたって……」
まっすぐにローズを見つめ、口を開く。
「ノヴァの剣に、明日を見た。私が付くべきはこちらだと、はっきりと分かった」
「分かったって、いやいやそんなの――」
「ローズ」
例え彼女になにを言われたとしても、もうこの気持ちは変わることはない。強い視線で彼女を見て、一歩、また一歩と歩みを進める。ローズはそれに合わせておずおずと一歩、また一歩と後退した。
「私はノヴァと本気で打ち合い、ノヴァの心に剣で触れた。その心の先に、選び取るべき未来を見た。例えフォルス家の名前が変わろうとも、フォルス家が消えようとも、元からあったものが無くなるわけではないと知った」
「ちょ……分かった……分かったから……近いって!」
「そして私達夫婦について考えたときにも、これこそが最善だと、そう確信している」
「な、なんで今日はこんなに強気なの……」
逸る気持ちのままに歩みを進めれば、ローズと私は近くの壁に移動していた。ローズは壁際まで追いつめられ、私が迫っているような構図。しかしそんなことはどうでも良かった。
「これからお前には、私が選んだ明日のために協力してもらいたい。成功させるにはお前の力が必要だ」
「……ふ、ふーん、私の力が必要なんだ……で、でもどうしようか――」
「ローズ!」
「ひゃ、ひゃい!」
どうして伝わらないんだともどかしい気持ちになり、思わずローズの顔の横の壁を軽く叩いた。気持ちが抑えられなくなってしまったようで、大きな音が響いた。
「私はお前と夫婦になった。私にはお前を守る使命がある。選んだ明日にお前を連れて行けるなら、連れていくつもりだ」
全員を連れていくことは出来なくても、妻であるローズを連れていくことは出来ると、そう思っているからこそ彼女を全力で説得する。彼女の肩に手を触れ、思いが伝わるように強く、強く念じる。
「私についてこい。今回ばかりはそれが正解だ。いや、それを正解にする」
「……つ、ついて……いきます……」
「本当か!? 協力してくれるんだな!?」
ローズの両肩に手を置いくと、彼女はぼーっとした様子で私を見上げた。少し顔が赤いものの、私の言葉が心に届いているようだった。
「……うん……でも、もっと強く言って欲しい」
「強く?」
「うん……もっと強く言って?」
「……?」
いまいちよく分からないが、さらに確信が欲しいという事かもしれない。それなら、彼女を安心させなくてはならない。不安など消えるくらい、この大きな気持ちをぶつけた。
「協力しろローズ、私の決定に従え」
「……うん……うんっ」
どうやら確実に伝わったらしい。ローズは満足そうな顔で頷いている。彼女にも私の気持ちが分かってくれたようで嬉しく思う。最初は伝わらないかもしれないと思ったが、意外と話せば分かってくれるものなのかもしれない。こんなことならもっと会話をすればよかったなと、そう思ってしまった。
「よし、それじゃあ今後について話をしよう。こっちへ来てくれ」
立ったままでは難だろうと思い、私はローズを長椅子へと導く。
「……はい」
その際に、やけに素直に返事をするものだと少しだけ思ったりしたが、私の気持ちが伝わったからだろうと思い直した。
私は長椅子に腰かけ、そして。
「ローズ?」
珍しく、ローズは私のすぐ隣に腰を下ろした。結婚してから、いや結婚する前も隣に座ることなどあっただろうかと思ってしまうくらい、それは珍しい光景だった。
「だ、大事な話なんでしょ? だったら近い方がいいかなって……」
「ローズ……その通りだ」
「う、うん……」
どうやらローズもローズで話の重要性を分かってくれているようだ。彼女に気遣いをさせて申し訳なく思うと同時に、嬉しくも感じた。
「まず現状だが、私はアークゲート家の先代当主エリザベート・アークゲートに勧誘を受けている。レティシア・アークゲートを消さないかという勧誘だ。これに関して、表面上は受け入れている」
「うん……うん……」
「だが、今日ノヴァと剣を交えて心を決めた。私はエリザベートを裏切り、ノヴァ側につく。すでに先ほどノヴァとレティシア様にはエリザベートが狙っていることを告げた。あとは我らがいかにしてエリザベート側に露見されずに時を過ごせるかだ。これは私とお前にかかっている」
思わずローズの肩に手を置いてしまう。しかしローズは嫌がるそぶりは一切見せなかった。
「お前に伝えないことも出来たが、私はそれを選ばなかった。夫婦としてお前には打ち明けねばなるまいと考えたからだ」
「…………」
こくりと頷くローズ。というよりも先ほどから顔が赤く目が蕩けているが、大丈夫だろうか。ひょっとしたら本邸の方に足を運んだことで慣れないことをして疲れてしまったのかもしれないな。
とはいえローズにこのことを打ち明けられるのは今しかない。レティシア様がここに居る今だけが、エリザベートの監視がない時だ。だからこの場で、ローズを味方に引き入れなければならない。
「隠し通せるか? ローズ」
「…………」
「ローズ?」
ローズは答えない。ただじっと、私を見上げるだけ。しかし少しして、その口がゆっくりと開いた。
「……命令してほしい」
「命令?」
「強く言って欲しい。そうすれば、きっと出来るから……出来ますから」
「……???」
よく分からないが、ローズがそれを望むなら、それで選んだ明日が掴み取れるなら、と考えて私は頷いた。
「隠し通せローズ。私達の明日のために……これは命令だ」
あまり慣れないものの、そう心を込めて力強く告げると。
「は、はいっ!」
ローズは何度も頷いた。伝わっているのは間違いないし、隠してくれるのも疑いようはないが、何だろうか? これでいいのかと私の心が尋ねている。いや、これでいい事はいいのだが、なんというか、言葉にしにくいというか。
「……よ、よし、では屋敷へと戻るぞ。時が来るまで、いつも通りに過ごしてくれ」
「うん……分かった」
「…………」
やけに素直なローズにこちらも少し困惑してしまうが、この部屋に来た目的は達せられた。あとは屋敷に帰り、ライラックの伯父上に連絡をして偽の情報をエリザベート側に流すだけだ。そう思い、私は力強く拳を握った。
ちなみにローズはこの後、これまでとまるで同じように過ごしてくれたおかげでエリザベートの計画実行時まで全く警戒されることはなかった。初めからエリザベート側はローズの事を警戒していなかったのかもしれないが、いずれにせよ助かった。
ただ、この日を境にローズとの距離はかなり縮まることになる。それに対して私も最初は戸惑っていたが、全面に好意を押し出してくる妻に対して私の態度もどう変わっていったかは恥ずかしいので説明しないこととする。
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