溺愛令嬢は死ねない魔術師に恋をする。

柚木音哉

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6.懐かしの熊さん

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 思わず、ぎゅっと眉間に皺を寄せてしまう。
 私は背の高いコーウェンを見上げるようにして、それから、狐につままれた気分になりながら訝しげに首を傾げた。

 ……おかしい。
 おかしいですとも。

 こうやって間近で真正面からじろじろと見ても、やはり妙だった。

 何故、十四年前から一切老いた様子も無く、あの頃のままの若い青年の姿をしているの?
 あの頃のこの人、二十五、六歳くらいの見た目だったわよ?
 今、目の前にいるこの人も、あの頃の記憶の中の彼と同じくらい……どう見ても二十五、六くらいの年齢にしか見えない。

 若作りしたって、あの頃から十四年だもの。本当の年齢は四十を超えてるはずなの。
 だけど、この人……皺も無ければ、褐色の肌もシミひとつ無いし、髪だって白髪の一つも無くフサフサなのよ。
 昔の記憶を私が美化して都合よく覚えているのだとして、それをし差し引いても年を重ねたようには見えない。

(……どう考えても、計算が合わないんだけど……)

「コーウェン?」

「……あー」

 何故か呆けた様子でこちらを見ていた彼は、私に問いかけられてたっぷり時間が経ってから、その琥珀色の瞳を揺らし、豪胆で白黒ハッキリつけたがるタイプの彼らしくない、煮え切らない言葉を漏らした。
 それは、何かに迷うような仕草でもあり、私はその様子に少しの違和感を持った。

「ねぇ。どうしてなの? ……それに、あなた今までどこに居たのよ」

 最後の方の言葉尻がきつく、詰るような調子になってしまったのは、言葉にしているうちに段々と彼が居なかった間のことが思い出されて来て、何となく腹が立ってしまったから。
 本当は、私に彼を詰る権利なんて無いのかもしれない。だって、勝手に私が置いていかれたような気持ちになって悲しい思いをしたと言うだけの話なのだ。それを頭では理解しているのに、私の唇は勝手に彼を詰るような言葉を選んで紡いでしまう。

 彼が次にやって来たなら、あれを言おう。これをしよう。などと、沢山考えていた。
 それなのに、実際に本人に再会したら、そんなの全部飛んでしまって、口を突いて出て来るのがこんなネガティブな言葉だなんて。
 情けないったら。

「なーんだ? アイリス……妙に突っかかるな。寂しかったのか? 悪かったよ。お前にも何も言わず、長い間旅に出てしまってよ」

「ち、ち、違うわよっ! 私はただ……」
「わかってるって。お前、素直じゃないとこあったもんな」

 ああ……そうだった。
 コーウェンは、昔からこうだ。

 快活で明るい彼は、少々意地っ張りな性格のせいで天邪鬼な所のある私にだって「まぁまぁ」って、優しく宥めて頭を撫でてくれるような人だった。
 幼い私が、父上と喧嘩しても、どんなに意地を張っても、彼だけは私の気持ちを察してくれた。もしも、私に兄が居たら、きっと彼みたいな感じだったかもしれない……そう思っていた。
 私は安心して、彼がアルディアに居る間中、ちょこちょことその後ろをヒヨコみたいにくっついていた。
 幼かった頃の記憶がじわじわと思い出される。

 こういう所、私は今も敵わない。

「……は、話を逸らさないでよ。そ、それに旅って……ど、どこ、行ってたのよ……」

(ずっと会いたかった! また会えて嬉しい、お帰りなさいって……)
 笑って、彼にぎゅっと抱き着きたかったな……なんて思っていたのに、私の口は勝手に天邪鬼な言葉を紡ぐ。

 背の高い青年は、そんな私の思いを知ってか知らずか……こちらを見て微笑むと、その温かくて大きな手は、着飾った私のまとめ髪を崩さないようにぽんぽんと遠慮がちに触れた。

「アイリス。それはまだ言えないんだ。ちょっと事情があってな。けど――」

「けど?」
「お前には、いつか話すよ」

 ――それは、今では無いけど。

「…………コーウェ――」
「コーウェン!!」

 遠くから、母の声が聞こえた。
 その声にはっとして振り向くと、人々の中にこちらへ小さく手招きをする母とその隣りで何やら紳士と談笑する王妃殿下の姿が見えた。
 意識をそちらへ捉われてしまったせいで途切れた話を思い出し、もう一度コーウェンの方へと顔を向けると、彼は笑顔で母上に手を振っている。

 彼はもう、いつもの調子に戻ったようだ。

 ザワザワとざわめく会場の中で、私は一人、心の奥に引っかかる何かを抱えて、その人の渦の中に足を向けた。

(今日は何だかモヤモヤするわ)

 だって、何一つ、ハッキリとしたものは無い。
 クラウス様のことも、あの二人組のことも……そして、コーウェンのことも。










 ――旅装のまま会場に入ったコーウェンの存在感は、初めこそ、そのインパクトの大きさから目を引いた。けれど、その光景にも見慣れて来た頃、あれ程あったはずの舞踏会の招待客達による好奇の視線は、この大規模な社交の機会に忙しいのか、その注目は次第に分散されて少なくなったように思う。

 彼を見ていると、背の高い男なので人よりも頭一つ分飛び出ている分、目立ちはするが、その仕草は不思議と洗練されていて、言葉遣いは荒いのに粗野な印象が無い。

(元々はタイラントの宰相をしていたメルクリッド伯爵の孫なのだから、それ相応の教養や紳士の心得はあるのかも……彼、あまり貴族の生まれと言う感じがしないのだけれど)

 そして、私はと言うと、母上と合流した後、王妃殿下に挨拶をしてから紹介された貴族達と他愛ない話をしたりと、公爵令嬢としての役割を全うしている。漸くこちらでも、ひとしきり知り合いに挨拶を終えた所で、給仕の者が持って来てくれた果実水で喉を潤しながら、少し離れた場所に居るコーウェンを見ていた。

(コーウェンが、高名な『魔術師』ねぇ……)

 見れば見る程、魔術師と言うよりも戦士っぽい身なりの男である。
 しかし、彼が魔術師であることを、私はこの日、初めて知ったのだ。

 両親と共にファルマールの建国に深く関わっていたのが、このコーウェンだと、母上が王妃殿下に紹介しているのを聞いて驚いたわよ。

(母上も……何が「あら? アイリスにもまだ言っていなかったかしら?」よ。知らなかったわよ……そんなこと)

 おまけにコーウェンが母上を見る時の目付きも、ただの友達にしては優しい気がして、私は何だか一人で更にモヤモヤを抱えてしまった気がする。

(父上と母上とコーウェンって、昔何かあったのかしら?)
 こくり、とグラスに注がれた爽やかな酸味が広がる果実水を飲みながら、一人考えに耽る。

(昔……か。昔はもっと、巨人みたいに大きい人だと思っていたけどな……)

 筋骨隆々……とまでは行かないのだけれど、骨格はしっかりしているし、身体も大きい。手だって、さっきみたいにぽんぽんしたら、私の頭をすっぽりと片手で包んでしまいそうな大きさだった。
 その手が剣を握るのでは無く、もっと繊細なはずの魔術を扱うと言うのだから驚きだ。正直、意外なくらい。

 今でも充分大きな男だが、幼い頃は熊並みに大きな人と言う印象しかなかったのに、今は違う。

 寧ろ、大人になった自分が彼を見た時……胸が高鳴った。
 
 子供ながらに大好きだった人。
 今になって知る彼の様々な側面に、その都度、新鮮な驚きがある。
 彼はもっと複雑な秘密を抱えているらしい口振りだったけれど、それだって何だか如何にも彼らしい気がした。寧ろ、そんな彼だからこそ魅力的で、興味をそそられてしまうのでは無いかと思う。

 私は、この優しくて不思議な人に憧れていたのだから、乙女的には、ここは、ときめかない方がおかしいってところ……なのかもしれない。でも、そんな私が今、一つ言えること……それは、少なくとも今は、昔みたいにただ熊さんみたいに大きな人だなんて思っていないってこと。

 そう。もっと……魅力的かも。
 だけど、そんな私と来たら、不意打ちとは言え、久方ぶりの再会なのに……

(……素直には……なれなかったけど……)

「……ハァ」

 扇子で口元を隠し、そっと溜め息を吐く。

(私って何でこう、素直じゃないのかしら?)
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