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19.従兄弟様は俺様です。

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 レオンハルトによく似た容貌の、彼の従兄弟であるローウェルが、何故かこの邸で主人のようにメイドと侍従さん達にお茶の用意をさせているのを、美月は状況が飲み込めないまま、呆然と見ていた。

 百歩譲って彼がレオンハルトの居ないこの邸でルーデンボルグ家の使用人を好きに扱い、挙句の果てにまるで邸の主人のように好き勝手に指図をしているのは、貴族様――と、言うかルーデンボルグ家の中で何らかの事情があるのかもしれないから、まぁ……事情がわからない自分が何か言うのは変だし、一旦は良しとしよう。
 美月がそれとは別に腑に落ちないのは、何故に自分は初対面の彼と空腹とは程遠いお腹で、お茶を飲むことになったのか? と、言うことだ。

(…………解せぬ)

 さっきまで自分は、スケッチブックを片手に散策に行こうとルンルンでした。

 鉛筆を持って行くか、木炭でスケッチをするか考えてた位までは正直めちゃくちゃ楽しかった。
 だって、到着した時に初めて見たこの辺りの風景も、色合いもすごく素敵だったんだもの。
 そりゃあ……先程までレオンと一緒に行けると思っていて、それが出来なくて少し残念な気持ちもあったけれど。でも、それは仕方ないことだから、自分も楽しむつもりだった。自然豊かなここの空気を胸いっぱい吸いながら、美しい景色を堪能し、スケッチブックに収めようと気持ちが盛り上がり、鼻息を荒くしていた。



(……でもね、これって……私が流されやすいって言うか……この人が……)

「…………ナチュラルに俺様」
「ん? 何か言った?」
(しかも、地獄耳?!)
 どうやら、ローウェル様はレオンよりもずっと……俺様な性格をしているようです。

「さてと。ミヅキ殿、まずは自己紹介から始めよう」









 ◇







「……あれ? あの馬車は……」

 そんなふうにまず疑問に思ったのは、レオンハルトへの来客の予定が今日はもう無かったはずだからだ。
 馬舎へ馬を繋ぎながら、自らの予定を思い返す。
(手を付けた仕事は全て終わらせて来たはず。だとすれば、この時期に僕に用事があるのは――?)

 狩猟を終えて別荘に戻って来たのは、雲行きが怪しくなり始めた所為だ。午後からすっきりと晴れていたはずの空に薄く雲がかかり、風が出て来た。
 山の天気は変わりやすい。
 油断していると荒れる可能性もあるので、彼は鹿狩りに行っていた山を早めに降り、連れと共に狩猟を予定より早く切り上げた。
 案の定、東の空が暗くなって来ている。
 ひと雨来そうだ。

 馬から荷を降ろし、獲物を使用人に調理場へ運ぶように指示を出していると、何やら慌てた様子で美月の部屋付きのメイドであるリーリアと、彼の近習がやって来た。

「レオンハルト様!!」

「……どうした?」
「ローウェル様が!!」
 ローウェルの名を聞いた途端、レオンハルトは溜め息を吐いた。
「……もしかして、ローウェルが美月に会いに来ているのか?」
「はい。私どもは止めたのです。でも、その、美月様のお部屋に――」
「!? ……何? ローウェルが美月の部屋に入ったのか? 美月が招き入れたのか?」
 レオンハルトの様子が瞬時に変わった。リーリアがオロオロとした様子で、突然現れたローウェルについて語り始めると、レオンハルトは邸の方へと既に歩き出していた。
「ち、違うのです! ローウェル様は突然現れて……美月様は、レオンハルト様が出発された後、散策の準備をしておられ――えっ?! あのっ! レオンハルト様?!」
「美月の元へ行く」
 近習の状況説明を最後まで聞くまでも無く、レオンハルトは急ぎ足で邸の中へ入って行った。





 ――バタン!!

 突然、大きな音を立てて開いた客間の扉から、レオンハルトが血相を変えて入って来た。
「?! ……え、レオン?」
「おお。お帰りー。レオン君、久しぶりだねぇ」
 茶器と摘まめる程度の小さな可愛らしいお菓子が載ったティースタンド……白いテーブルの前で、静かにお茶を飲んでいた二人が驚いた様子で彼を見ていた。何事かと目を見開いてこちらを見つめる美月とレオンハルトの目が合う。
 目を合わせたまま、つかつかと近づいて来たレオンハルトが更に距離を縮め、彼の髪が頬を掠めたかと思うと――
「――え、な、何っ?! どどどど、どうしたの?」
 身体がふわりと温かくなった。
(ええええええ?!)
 そっと優しく肩を抱くようにして椅子に座っている美月を抱きしめ、レオンハルトは溜め息を吐く。
(何これ? 近い! 近過ぎる! 近過ぎるから! レオンの吐息が肩口にっ――)
 それどころか、美月の顔の横にはレオンハルトの美しい顔がある。
「美月、ローウェルに何もされてないですか?」
「ぅ、ええっ?」
 急に現れた外出していたはずのレオンハルトにも驚いたが、数刻も経たぬうちにその腕に抱きしめられて安否確認されるって、一体?!
 パニックになりつつ、レオンハルトを引き剥がそうと藻搔くと、その腕は更に力強く美月を抱きしめた。
「な、何もって何を?! お茶を飲んでただけだよっ? は、離して」
 動揺しつつも答えながら、その腕を外して貰おうとしても彼の腕はビクともしない。
「離しません」
(……外れない。ローウェルさんの前なのに、急にどうして? て、言うか……どうしよう。なんだか恥ずかしくて、顔が熱くなってきたし……)
「本当に? 何もされませんでしたか?」
「なっ? だから、何もって何ですか?! 本当にお茶飲んでお話してただけですからっ」


「っ、あははははっ!」
 ふたりのやりとりを見ていたローウェルが堪え切れなくなったのか、急に笑い出した。おかしくて堪らないという様子で身体を震わせている。
「……何がおかしいんです?」
 美月が聞いた事もないような、地を這うように低い声が、レオンハルトの唇から漏れた。
「っ……くくくっ。いやぁ、ごめん、ごめん。ほら、君の大事なお姫様が驚いてるよ。そう睨まないで」
「…………」
 その言葉には答えず、ムスりとした様子で無言のまま彼はローウェルを睨みつけた。
「おー……怖い怖い。そんなに睨むなよ。お前が俺に手紙寄越したんだろうが」
「わざわざ休暇中の別荘まで来て欲しいとは書いた覚えが無いですよ?」
 不機嫌そうに答えるレオンハルトに、ローウェルはニヤニヤしながら口を開いた。
「はー、折角上手く行ったって話を聞いて飛んで来たのに。……まぁ、成功したみたいだし? そちらの可愛いお嬢さんもまんざらでも無いみたいだし? 俺は用無しかな?」

「…………」
「成功?」
 やっと緩められた腕の中からそっと抜け出しつつ、美月が急に黙りこんだレオンハルトを不思議に思いながら尋ねると、ローウェルは我が意を得たりとニヤニヤした顔のまま、口の端を更に面白そうに吊り上げた。

「ミヅキって言う客人まれびとが元の世界に帰還してしまった、どうしても再び会いたい。会いたくて堪らないから、再召喚する方法は無いのかってさ。何度か相談されてたんだよねぇ……」
「ローウェル!!!」
 急に声を荒げられて思わずビクリとしながら恐る恐る顔を向けると、レオンハルトが珍しく焦った様子でローウェルの言葉を制しながら、耳までどころか首まで真っ赤に染まっていた。

(嘘でしょ!?)

レオンが顔を真っ赤にしてる……)
 仕事中はポーカーフェイス。時々笑うと可愛らしいけれど、普段は冷静で年下ながら余裕すら感じられる彼が、こんなに顔を真っ赤にしている所は未だ嘗て見た事が無い。

(え。かっ…………)

 可愛い。
 正直、可愛い。

(何、この可愛いらしい生きものは……っ)
 自らも顔を赤らめながら、美月は気まずげに黙り込んだレオンハルトの横顔を見つめた。


 実はレオンハルトが帰って来る前のつい先程まで、美月はローウェルに彼女が召喚された時の話を根掘り葉掘り聞かれていたのだ。
 初めは傍若無人で俺様気質の怪しさ満点の彼にやや警戒していたが、話してみると意外にも聞き上手で、気付けば彼に問われた質問には素直に答えていた。

 ローウェルの職業は、この世界で言う召喚師だった。
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