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25.私も……魔が差しました。

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「あ……」
 レオンハルトの瞳が微かに揺れた気がして、美月が目を瞬かせると、それはもう見えなくなっていた。

「美月?」
「え? あ、うん……その……わざわざ呼びに来てくれて、ありがとう」
 咄嗟に何を言って良いのか分からなくなり、気付けばそんなことを言っていた。
「今更何を言ってるんです? さぁ、食事が冷めてしまいます。行きましょう」
 そう言いながら、レオンハルトが一度離した手をそっと取った。
(気を遣ってくれてる?)

 美月の指先を彼の指が触れた。
 右手の中指をつ、と掠めるようにに触れられた。予想外の刺激に、思わず美月の身体がぴくん、と跳ねた。
「……っ?!」
(え? 何今の……? 気のせい?)
 中指の裏側を撫でられた?
「ふふふっ……お姫様、参りましょう」
 戸惑っている美月の手を取り、そっとそのまま彼女と手を繋ぐと、レオンは微笑んだ。
「……っ」
(か……確信犯?)

 からかわれたのだと気付いた美月が、レオンに抗議の視線を送ったが、レオンハルトは悪戯が成功した子供のように笑っていた。




「レオン、きちんと休めてるの?」
「何です? 急に」
 あれから急に互いに対しての奇妙な緊張感が消え、ぎこちなさは無くなって来たものの、二人の間は変わらずだ。
 ポルトレバースに着いて、早七日経った。
 何故か到着してから、次々と予想外に色んなことが起こるので、レオンハルトのせっかくの休暇がきちんとした休みとして取れているのかを、美月は心配していた。

 今日は二人で邸の近くを散策中だ。
 邸の中で絵を描くのも嫌いでは無いが、折角こんな景色の良い場所なのだから、外出しなければ勿体無い。
 そんなわけで今日は、別荘の邸から見える湖まで二人で行ってみようと、美月が彼を誘ったのだ。
 レオンハルトの右手には軽食の入ったバスケットが揺れている。中身は美月が作ったサンドイッチだ。
 こうしていると、ピクニックみたいで楽しいし、なんだか、終始落ち着いた様子で話す彼とこんな静かな自然が美しい場所で散策などしていると、気分が安らいだ。
「空気は美味しいし、自然は豊かだし、ここ……私はとても好きな場所だなぁ」
「僕もこの別荘地は気に入りましたよ」
「……とか言って、私、ローウェルさんが来てからレオンが夜中まで起きてるの知ってるよ?」
「おや? ……気付かれていましたか」
 カサ、カサ、と歩く度に枯葉が音を立てる。二人の歩みは止まらない。

「レオン、折角の休暇なんだから、好きなことしたら?」
「……好きなこと、ねぇ……僕は、仕事が嫌いではありませんから、これでいいんですよ。ベルンシュタインからリンメルに夜中に呼び出されることも、今は有りませんし」

 そんな答えを返され、美月はドン引きした。
(どんだけ仕事人間なのかしら?)

「……仕事以外は? 仕事以外でレオンがしたいことって無いの?」
 突然、ピタリとレオンハルトの歩みが止まった。
「そうですねぇ……だったら……」


 邸から少し下った場所にある湖までやって来ると、バスケットの中に入っていた敷物を拡げ、二人で湖の近くに腰を下ろす。持って来たバスケットからサンドイッチを取り出して二人で食べていると、レオンハルトが美月の作ったサンドイッチを褒めてくれる。
 ゆで卵やハム、野菜やチーズと言った具材をパンに挟むだけなのだから、複雑なことはしていない。それでも、美味しいと嬉しそうに食べてくれる彼を見ていると、また何か作ってみようかと、思ってしまうのだった。

 お腹が膨れてひと心地着くと、座った美月の太腿の上にレオンが頭を載せて来た。
 人の重さとぬくもりが、布越しに感じられたかと思うと、サラサラとした柔らかい金の髪のが、美月の若草色のドレスに広がった。

「……ッ!」
「美月が言ったんですよ? 仕事以外でやってみたいこと」
 確かに。確かにそう言った。
(でも、誰が仕事以外にやりたい事を聞かれて膝枕なんて答えますかね?)
 斜め上過ぎて、まさかそう来るとは思いもしなかった。そして、さっきは何となく答えただけだと思っていたのに、まさか本当に今やるとは思わなかった。

(レオンて、やっぱり読めない……)

 美月の心中を察していたのか、レオンハルトは少しおかしそうに笑った。膝の上で笑われると振動が美月にも伝わるので、少々くすぐったい。
「美月は表情がくるくる変わるから、見ていて飽きませんね」
 レオンが膝の上から見上げて来る。
(最近レオンの瞳を見ることが多い気がする……視線が絡むと言うか……)
 いつも真っ直ぐに美月を見つめる青い双眸。その瞳に引力があるみたいに、引き寄せられて。

 こんな風に下から見上げられるのって、距離がいつもより近いのも相まってドキドキする。
 意識すると途端に顔が赤くなっていくのが分かる。じわじわと耳が熱くなり、頰が紅潮して行くのが自分でも分かった。
 レオンハルトがそんな美月を知ってかしらずか、自分の方に垂れて来ていた彼女の黒髪を一房自分の手に絡める。ぼんやりとした頭で、彼の手の中で弄ばれる自分の髪を見ていると、くんっと頭を引き寄せられた。

「……っ!」
 そのまま引き寄せられて、唇が触れた。
 キス。
 もう、何度目のキスだろう?
 柔らかな感触を確かめる間も無く、その余韻に浸るでも無く、すぐに離れていく唇に少しの名残り惜しささえある。
「ごちそうさま」
 ふっと小さく笑って、膝の上のレオンハルトは瞳を閉じた。

 その時、何故そうしたのかは分からない。

 美月は、レオンが瞳を閉じた後、自分から彼の唇に自分の唇を押し付けていた。

「……あ」
「……美月、煽ってるの?」
 彼女の膝の上に居たはずのレオンハルトが、美月の上に居る。
 景色が反転し、いつの間にか自分がレオンハルトを見上げる形で組み敷かれていることに気付いた。
「……っ、待っ……」
「待たない……」
 柔らかな口付けだったそれが、その感触を確かめるように深くなる。唇の粘膜越しに、互いの熱さを感じて、目の前が真っ白になった。更に歯列を割って、ぬるりと滑り込むレオンハルトの舌が、奥で萎縮したように縮こまる美月の舌を見つけ、そのまま絡め取ってしまうと、美月の背中をむず痒いような快楽が走っていく。
 柔らかさを確かめるような、いつもの甘さだけを感じる口付けでは無く、もっと奥深くに触れられているような、明らかに熱を伴った口付けに胸が早鐘を打ち、息が苦しくなってきた。
「美月……」
 極め付けのように熱い吐息と共に、耳にそろりと囁かれた低く掠れたレオンの声に、美月の身体はぴくりと跳ねる。



 
 
 
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