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35.骨は拾って頂けますか?
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※男同士の会話が下品です。すみません。
アルフレッドは執務室で書類に判をつきながら、同じくテキパキと隣りで議事録を見て書類を作成しつつ処理している年若い宰相を盗み見た。
机に向かっている為に下を向いている彼のさらさらとした馴染みの金髪の下、これまた見慣れた整った顔が無表情のまま仕事をしている――と、見せかけて、常に無く上機嫌なことに、彼は気付いていた。
「……何ですか? さっきからチラチラと。人の顔を覗き見て……気持ち悪い」
「はっ。気持ち悪いとは何だ! それはこっちの台詞だ! 体調が悪そうだから帰らせてやったのに、休暇から帰って来てからエラく機嫌が良いのはどういう訳だ?」
相変わらず可愛げの無い憎まれ口を叩き、こちらをさも厭そうに見るレオンハルトに、ムスりとしながらアルフレッドが問う。
「……別に何にもありません。仕事して下さいよ」
「……はーん? 分かったぞ! お前、さては愛しのミヅキ殿と何かあったな?!」
したり顔で言うとアルフレッドは途端にニヤニヤと口元を緩め、堅物の腹心で幼馴染の宰相を見る。
「……何もありませんよ」
「嘘だな。今、一瞬間があったぞ。それに、お前は昔から嘘をつく時、必ず俺から一度目をそらしてから戻すんだ。その癖治せよ? いつか誰かに気付かれるぞ」
「…………」
「で? お前、ついにミヅキ殿とくっついたとかか?」
「…………」
「うわ。図星か。あの子、随分奥手な感じしたけど、美人だよなぁ……」
「…………」
「……睨むなよ……俺は他人の物に興味は無いんだ」
「どうですかね?」
「……ま、まぁ、確かにお前が興味持たなかったら、俺も粉かけるくらいはしたかもしれない……な?」
「…………」
「コホン……で?」
「……で? とは?」
「どうだったんだよ? あの子初そうだったよな。首尾はどうだったんだ? その様子だとあの子とヤリまくったんだろ?」
「下品ですよ。アル」
「淑やかで、奥床しくて、大人しそうな子だったが、こう……少しばかり華奢だが、いい身体してたよな。乳もでかそうだし。ありゃ、抱き心地は最高――イテッ」
言わせておけばどこまでも妄想する彼を、絶対零度の冷たい表情で無言で睨み付け、レオンハルトは重い文鎮と硯の入った箱をアルフレッドの足下にわざと落とした。
「――ッ何すんだ!?」
「貴方が僕の美月で下品な妄想するからです!」
『僕の美月』と言い放ったレオンハルトに目を丸くしながら、アルフレッドは呆然と口を開いた。
「……う、わ。お前、ついに本気出したのか。……そりゃあ……ミヅキ殿も気の毒だなぁ」
この男がこの年齢で宰相へと登り詰めたのには、家柄や父親の影響だけでは無い。時に策を弄して政を行う手腕あってのことだ。
アルフレッドが知っているだけでも、幾つかの脱税の検挙、納税時の数字改竄の不正、とある有力な貴族の女絡みのスキャンダルの裏にも彼の息がかかっている。この男はアルフレッド個人に忠誠を誓ってはいるが、敵に回すととんでもなく厄介だ。
彼がミヅキと言う『客人』に執心なのは知っていたが、いざ本人から聞いてみると彼がどれ程彼女に執着しているか分かる。
「……あんまりしつこくし過ぎて愛想尽かされないようにしろよ。『客人』は、それでなくとも孤独なんだ」
「……ええ。わかっています。大事にしますよ」
レオンハルトは、そう言って長年一緒にいる友でもある自分さえ見たこともないような優しい顔をして笑った。
「……そうか」
老婆心ながら口にした言葉は、レオンハルトには余計だったようだ。ミヅキと言う女性は、きちんと彼に愛されている。
「さ。無駄話はこれくらいにして、さっさと残りを片付けますよ。僕は彼女が待つ邸に一刻も早く帰らなければならないので、手早くお願いします」
「……お前、本当、性格変わったな」
早口で捲し立てるレオンハルトに、アルフレッドは口元を引き攣らせて、がくりと項垂れた。何故なら、目の前の書類の山は渦高く積み上げられたままレオンハルトの片手には新しい紙束が載せられていたからだ。
◇
「ケホッ……っ」
喉の痛みに眉根を寄せて、美月は目を覚ました。枕元に置いてある水差しを目の端に捉え、起き上がろうとして……固まった。
――腰が痛い。
朝のうちから貪られて、途中食事や休憩諸々を挟んで結局レオンハルトが美月をその腕から離したのは、彼の休暇が終わる日の朝だった。
(おかわりどころじゃない……)
腰だけでなく、身体中が痛い。
美月は画家である。そもそも、日常生活においてもレオンハルトのように鍛える必要も無く、あちらの世界でも座って絵を描く生活が多かった。
――従って、筋肉などは元々そんなについて無いのだ。
普段使わない筋肉を総動員したせいで、あちこちが筋肉痛。その上、あらぬところも痛い。目元は流し続けた涙でカピカピになって、その上、腫れぼったくなっているし、白い肌にはあちこちに虫刺されのような赤い痕が付いている。
……骨までしゃぶられた気がする。
心の中でハラハラと涙を流しながら、軋む身体を上半身だけ何とか起き上がらせると、サイドテーブルの上の水差しからカップに水を注ぎ、口に含んだ。
こくこく、と喉を鳴らして水を飲むと漸くひと心地がついたので、周囲を見渡す。
今は何時だろうか?
時間の感覚が麻痺してしまって、よく分からない。
周囲を見渡すと、寝室の窓の分厚いカーテンの隙間から、光が漏れている。
……どうやら日中ではあるようだ。
「……とりあえず……お風呂を借りよう……」
そう呟いて、痛む身体を起こして裸足のままの足を床に降ろそうと身体の向きを変えた瞬間――奥に注ぎ込まれていたレオンハルトの欲が溢れた。
「――ッ!!」
(……うう……恥ずかしい……)
何か大事なものを色々失った気がする。
顔を真っ赤にしながらシーツを身体に巻き直し、何とか床に片足を降ろしたものの、力が入らず――ズルリとシーツごと床に落ちてしまった。
「ッ、わわわっ!!」
お尻からずるりと滑り落ちてしまったせいで、只でさえ痛む腰と相まって、言葉にならない。
「……いっ――………ッたぁっ……」
涙目になりながら、腰を摩り起き上がろうと手をつくと、寝室の外から遠慮がちな声がかかった。
「――美月?」
アルフレッドは執務室で書類に判をつきながら、同じくテキパキと隣りで議事録を見て書類を作成しつつ処理している年若い宰相を盗み見た。
机に向かっている為に下を向いている彼のさらさらとした馴染みの金髪の下、これまた見慣れた整った顔が無表情のまま仕事をしている――と、見せかけて、常に無く上機嫌なことに、彼は気付いていた。
「……何ですか? さっきからチラチラと。人の顔を覗き見て……気持ち悪い」
「はっ。気持ち悪いとは何だ! それはこっちの台詞だ! 体調が悪そうだから帰らせてやったのに、休暇から帰って来てからエラく機嫌が良いのはどういう訳だ?」
相変わらず可愛げの無い憎まれ口を叩き、こちらをさも厭そうに見るレオンハルトに、ムスりとしながらアルフレッドが問う。
「……別に何にもありません。仕事して下さいよ」
「……はーん? 分かったぞ! お前、さては愛しのミヅキ殿と何かあったな?!」
したり顔で言うとアルフレッドは途端にニヤニヤと口元を緩め、堅物の腹心で幼馴染の宰相を見る。
「……何もありませんよ」
「嘘だな。今、一瞬間があったぞ。それに、お前は昔から嘘をつく時、必ず俺から一度目をそらしてから戻すんだ。その癖治せよ? いつか誰かに気付かれるぞ」
「…………」
「で? お前、ついにミヅキ殿とくっついたとかか?」
「…………」
「うわ。図星か。あの子、随分奥手な感じしたけど、美人だよなぁ……」
「…………」
「……睨むなよ……俺は他人の物に興味は無いんだ」
「どうですかね?」
「……ま、まぁ、確かにお前が興味持たなかったら、俺も粉かけるくらいはしたかもしれない……な?」
「…………」
「コホン……で?」
「……で? とは?」
「どうだったんだよ? あの子初そうだったよな。首尾はどうだったんだ? その様子だとあの子とヤリまくったんだろ?」
「下品ですよ。アル」
「淑やかで、奥床しくて、大人しそうな子だったが、こう……少しばかり華奢だが、いい身体してたよな。乳もでかそうだし。ありゃ、抱き心地は最高――イテッ」
言わせておけばどこまでも妄想する彼を、絶対零度の冷たい表情で無言で睨み付け、レオンハルトは重い文鎮と硯の入った箱をアルフレッドの足下にわざと落とした。
「――ッ何すんだ!?」
「貴方が僕の美月で下品な妄想するからです!」
『僕の美月』と言い放ったレオンハルトに目を丸くしながら、アルフレッドは呆然と口を開いた。
「……う、わ。お前、ついに本気出したのか。……そりゃあ……ミヅキ殿も気の毒だなぁ」
この男がこの年齢で宰相へと登り詰めたのには、家柄や父親の影響だけでは無い。時に策を弄して政を行う手腕あってのことだ。
アルフレッドが知っているだけでも、幾つかの脱税の検挙、納税時の数字改竄の不正、とある有力な貴族の女絡みのスキャンダルの裏にも彼の息がかかっている。この男はアルフレッド個人に忠誠を誓ってはいるが、敵に回すととんでもなく厄介だ。
彼がミヅキと言う『客人』に執心なのは知っていたが、いざ本人から聞いてみると彼がどれ程彼女に執着しているか分かる。
「……あんまりしつこくし過ぎて愛想尽かされないようにしろよ。『客人』は、それでなくとも孤独なんだ」
「……ええ。わかっています。大事にしますよ」
レオンハルトは、そう言って長年一緒にいる友でもある自分さえ見たこともないような優しい顔をして笑った。
「……そうか」
老婆心ながら口にした言葉は、レオンハルトには余計だったようだ。ミヅキと言う女性は、きちんと彼に愛されている。
「さ。無駄話はこれくらいにして、さっさと残りを片付けますよ。僕は彼女が待つ邸に一刻も早く帰らなければならないので、手早くお願いします」
「……お前、本当、性格変わったな」
早口で捲し立てるレオンハルトに、アルフレッドは口元を引き攣らせて、がくりと項垂れた。何故なら、目の前の書類の山は渦高く積み上げられたままレオンハルトの片手には新しい紙束が載せられていたからだ。
◇
「ケホッ……っ」
喉の痛みに眉根を寄せて、美月は目を覚ました。枕元に置いてある水差しを目の端に捉え、起き上がろうとして……固まった。
――腰が痛い。
朝のうちから貪られて、途中食事や休憩諸々を挟んで結局レオンハルトが美月をその腕から離したのは、彼の休暇が終わる日の朝だった。
(おかわりどころじゃない……)
腰だけでなく、身体中が痛い。
美月は画家である。そもそも、日常生活においてもレオンハルトのように鍛える必要も無く、あちらの世界でも座って絵を描く生活が多かった。
――従って、筋肉などは元々そんなについて無いのだ。
普段使わない筋肉を総動員したせいで、あちこちが筋肉痛。その上、あらぬところも痛い。目元は流し続けた涙でカピカピになって、その上、腫れぼったくなっているし、白い肌にはあちこちに虫刺されのような赤い痕が付いている。
……骨までしゃぶられた気がする。
心の中でハラハラと涙を流しながら、軋む身体を上半身だけ何とか起き上がらせると、サイドテーブルの上の水差しからカップに水を注ぎ、口に含んだ。
こくこく、と喉を鳴らして水を飲むと漸くひと心地がついたので、周囲を見渡す。
今は何時だろうか?
時間の感覚が麻痺してしまって、よく分からない。
周囲を見渡すと、寝室の窓の分厚いカーテンの隙間から、光が漏れている。
……どうやら日中ではあるようだ。
「……とりあえず……お風呂を借りよう……」
そう呟いて、痛む身体を起こして裸足のままの足を床に降ろそうと身体の向きを変えた瞬間――奥に注ぎ込まれていたレオンハルトの欲が溢れた。
「――ッ!!」
(……うう……恥ずかしい……)
何か大事なものを色々失った気がする。
顔を真っ赤にしながらシーツを身体に巻き直し、何とか床に片足を降ろしたものの、力が入らず――ズルリとシーツごと床に落ちてしまった。
「ッ、わわわっ!!」
お尻からずるりと滑り落ちてしまったせいで、只でさえ痛む腰と相まって、言葉にならない。
「……いっ――………ッたぁっ……」
涙目になりながら、腰を摩り起き上がろうと手をつくと、寝室の外から遠慮がちな声がかかった。
「――美月?」
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