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1 出会いは突然に(後)
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日々が一変したのは、私が十一歳になったばかりの春のことだった。
その日、私は気が乗らないながらも、母に連れられて王宮への道を乗り物に揺られていた。王妃様のお庭で開かれる小さなお茶会に招かれたのだ。
「ルチア、お願い、そんな顔しないで」
「……お母様とお父様が、私の見聞を広げようとしてくださっているのはわかっています」
「そんな堅苦しく考えなくていいのよ。第一王女のシシリー様は、とっても可愛らしくお優しい方だと聞いているわ。たまに遊び相手を務めるだけよ」
ただでさえ同年代の子どもたちとは話が合わず、遠巻きにされているというのに、五歳も年下の子となにを話し、どんな遊びをすればいいのだろう。私はその話を持ちかけられたとき、途方に暮れてしまった。それ以来ずっと憂鬱な気持ちが続いている。その考えを見透かすように、母は続けた。
「あなたは頭が良すぎて、大抵の大人の相手でさえつまらなそうだから、かえって小さい子のほうがいいかもしれないと思ったのよ。シシリアーナ様のお勉強の復習に付き合って、教える側に回るのもいい経験になると思うわ」
「……そうですね」
これはきっと栄誉なことなのだろう。私の優秀さを耳にした王家の方が、私を王女の話し相手にと望む。父の出世にも有利に働くだろう。ただ、それだけではないこともわかっている。私の憂いをなんとかして晴らそうと、両親はこれまでもいろいろな手を打ってくれた。これもその一つ。両親の気持ちはありがたいと思っている。
そんな風にいろいろなことが理解できていても、なお、もやもやと割り切れない気持ちは拭えないのだ。
(せめて退屈しのぎになればいいのだけど……)
そんなことを考えているうちにも、馬車は進んでいった。
競い合うように花咲き乱れる庭園は、一瞬そのような憂いを忘れるほどの美しさだった。細心の注意を払って配置されているのだろう。これだけの色、形、大きさの花々があっても、それらは見事に調和している。さすが王宮の庭。花にはさほど興味のない私でも目を奪われるほどのそれに見惚れているうちに、母に促され挨拶に向かうことになった。
「ごきげんよう、フランシスカ様。本日はお招きいただきありがとう存じます。わたくしの娘、ルチアを連れてまいりました」
「はじめまして王妃様。ルチア・マリアンナ・デ・ラウレンティスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
たっぷり襞を取ったドレスのスカートを軽くつまみ、淑女の礼をする。
「まあまあ、本当に大人顔負けね。でも、そんなに固くならなくていいのよ。今日は内輪のお茶会ですもの」
優しげな王妃様が柔らかく微笑んで、少し緊張が解ける。確かに、思ったより人数は少ない。十人に満たない貴婦人が数卓のテーブルを囲み、優雅にお茶を喫している。その間を小さな子どもが駆け回ったり、もう少し大きい子だときちんと椅子に座って緊張の面持ちでカップを持ったりしている。私が子どもでは最年長かもしれない。
そんなことを考えていると、王妃様の椅子の後ろから、ひょっこり小さな女の子が顔を出した。
「お母さま、その方がわたくしの新しいお姉さま?」
淡いブロンドのふわふわとした巻き毛、鮮やかな緑色の瞳、まるで果実のように麗しい唇、それらが完璧に配置された小さな顔、六歳の子どもらしい白く瑞々しい肌。淡い新緑のドレスをふわりと纏い、妖精もかくやという可愛らしさの女の子……。
私の頭の中でなにかが弾けた。
「そうよ、今日からお友達になるルチアさんよ」
「ルチアお姉さま!」
シシリアーナ様が嬉しそうに顔を輝かせ、私の前に飛び出してくる。
「シシリアーナ……様?」
「まあまあ、お姉さまなんて言っていただけて光栄ね、ルチア」
「シシリーったら、お姉さまができると言って、このところずっと楽しみにしていたのよ。妹ができたと思って可愛がってくれればいいのだけど。気楽にね」
「ありがとう存じます。ねえ、ルチア。ルチア?」
「ルチアお姉さま、だいじょうぶ?」
そんな朗らかな会話が遠くに聞こえる。
ああ、そのヒロインそっくりのお顔で「お姉さま」とかまじ萌える。そういえば、皇太后様のお名前がヒロインと同じシルヴィア様だった。そうか、シシリー様はあのヒロインのお孫様か。
そう、ここは私が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界。そして、シナリオがとっくに終わった、お孫様と同世代に私は生まれたのだ。
その日、私は気が乗らないながらも、母に連れられて王宮への道を乗り物に揺られていた。王妃様のお庭で開かれる小さなお茶会に招かれたのだ。
「ルチア、お願い、そんな顔しないで」
「……お母様とお父様が、私の見聞を広げようとしてくださっているのはわかっています」
「そんな堅苦しく考えなくていいのよ。第一王女のシシリー様は、とっても可愛らしくお優しい方だと聞いているわ。たまに遊び相手を務めるだけよ」
ただでさえ同年代の子どもたちとは話が合わず、遠巻きにされているというのに、五歳も年下の子となにを話し、どんな遊びをすればいいのだろう。私はその話を持ちかけられたとき、途方に暮れてしまった。それ以来ずっと憂鬱な気持ちが続いている。その考えを見透かすように、母は続けた。
「あなたは頭が良すぎて、大抵の大人の相手でさえつまらなそうだから、かえって小さい子のほうがいいかもしれないと思ったのよ。シシリアーナ様のお勉強の復習に付き合って、教える側に回るのもいい経験になると思うわ」
「……そうですね」
これはきっと栄誉なことなのだろう。私の優秀さを耳にした王家の方が、私を王女の話し相手にと望む。父の出世にも有利に働くだろう。ただ、それだけではないこともわかっている。私の憂いをなんとかして晴らそうと、両親はこれまでもいろいろな手を打ってくれた。これもその一つ。両親の気持ちはありがたいと思っている。
そんな風にいろいろなことが理解できていても、なお、もやもやと割り切れない気持ちは拭えないのだ。
(せめて退屈しのぎになればいいのだけど……)
そんなことを考えているうちにも、馬車は進んでいった。
競い合うように花咲き乱れる庭園は、一瞬そのような憂いを忘れるほどの美しさだった。細心の注意を払って配置されているのだろう。これだけの色、形、大きさの花々があっても、それらは見事に調和している。さすが王宮の庭。花にはさほど興味のない私でも目を奪われるほどのそれに見惚れているうちに、母に促され挨拶に向かうことになった。
「ごきげんよう、フランシスカ様。本日はお招きいただきありがとう存じます。わたくしの娘、ルチアを連れてまいりました」
「はじめまして王妃様。ルチア・マリアンナ・デ・ラウレンティスと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
たっぷり襞を取ったドレスのスカートを軽くつまみ、淑女の礼をする。
「まあまあ、本当に大人顔負けね。でも、そんなに固くならなくていいのよ。今日は内輪のお茶会ですもの」
優しげな王妃様が柔らかく微笑んで、少し緊張が解ける。確かに、思ったより人数は少ない。十人に満たない貴婦人が数卓のテーブルを囲み、優雅にお茶を喫している。その間を小さな子どもが駆け回ったり、もう少し大きい子だときちんと椅子に座って緊張の面持ちでカップを持ったりしている。私が子どもでは最年長かもしれない。
そんなことを考えていると、王妃様の椅子の後ろから、ひょっこり小さな女の子が顔を出した。
「お母さま、その方がわたくしの新しいお姉さま?」
淡いブロンドのふわふわとした巻き毛、鮮やかな緑色の瞳、まるで果実のように麗しい唇、それらが完璧に配置された小さな顔、六歳の子どもらしい白く瑞々しい肌。淡い新緑のドレスをふわりと纏い、妖精もかくやという可愛らしさの女の子……。
私の頭の中でなにかが弾けた。
「そうよ、今日からお友達になるルチアさんよ」
「ルチアお姉さま!」
シシリアーナ様が嬉しそうに顔を輝かせ、私の前に飛び出してくる。
「シシリアーナ……様?」
「まあまあ、お姉さまなんて言っていただけて光栄ね、ルチア」
「シシリーったら、お姉さまができると言って、このところずっと楽しみにしていたのよ。妹ができたと思って可愛がってくれればいいのだけど。気楽にね」
「ありがとう存じます。ねえ、ルチア。ルチア?」
「ルチアお姉さま、だいじょうぶ?」
そんな朗らかな会話が遠くに聞こえる。
ああ、そのヒロインそっくりのお顔で「お姉さま」とかまじ萌える。そういえば、皇太后様のお名前がヒロインと同じシルヴィア様だった。そうか、シシリー様はあのヒロインのお孫様か。
そう、ここは私が前世でプレイしていた乙女ゲームの世界。そして、シナリオがとっくに終わった、お孫様と同世代に私は生まれたのだ。
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