元最強騎士とスライムのよろず屋経営

白波ハクア

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気配の殺し方

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「三回と二十七回。これが何の数字かわかるか?」
「はい? どうしました急に」

 食器を洗いながら、シエラは顔を上げる。
 その向かい側には、目のハイライトが消え失せたレーナが座っていた。

「ふむ…………すいません。何の数字かわからないです」
「三回は、私の攻撃がシエラに届いた数だ。二十七回は、攻撃する前に反撃された数だ」

 その三回も攻撃が届いただけで、シエラを傷つけることは叶わなかった。
 どの攻撃にも全力を出した。だが、それが当たらない。当たったとしても、シエラの口から出る言葉はいつも「わぁ、びっくりしたぁ」だ。

 微妙に棒読みなところが、逆にレーナの精神を傷付けた。
 だが、結局はやらなければ終わらないと自分を奮い立たせ、結果シエラの反撃にあって半殺しにされるのを繰り返していた。

「始まる前は、もしかしたら私もどうにか出来るのではないか。と軽く見ていた。だって、こんなに厳しいとは思わないじゃないか」

 あの地獄のような特訓を耐え抜き、最初とは比べ物にならないほど強くなったのだから、もしかしたらあっさり卒業試験をクリア出来るのではないか? と、少し本気で考えていた昔の自分をぶん殴りたい衝動に駆られるレーナ。

 それをシエラは「仕方ないです」と言った。

「レーナさんは攻撃の時に気持ちを乗せすぎなんですよ。あなたが攻撃しやすいよう、なるべく気を抜いて生活するようにしていますが……流石にそれでも主張しすぎです」
「攻撃に気持ちを乗せすぎか……しかし、そう言われても気にしたことがなかったから、どうすればいいのかわからない」

 相手に気付かれないようにと普段から気を付けているのは、殺しに特化した暗殺者くらいだ。
 普通なら攻撃する時、いちいち気持ちがどうとか考えるものではない。

「ふむ、確かにそれは難しいかもしれませんね。相手に気取られない。一番わかりやすいのは、会話の間にさり気なくやる。ということでしょうか。例えばこのような感じで」
「え、あれ──ヒッ」

 気が付いたら、レーナは床に転がっていた。
 横には包丁が突き刺さっている。もう少し横にズレていたら、その店には悲惨な殺人現場が広がっていただろう。
 その被害者は私だったかもしれないと、レーナは短い悲鳴を上げた。

「とまぁ、このように何もない会話の中でやるとバレないです。傷付けられるかは保証しませんが、当たりはすると思いますよ」
「ちなみに聞くが、私はどうしてこうなっているのだろうか」
「空気を魔法で湾曲させてレーナさんを転がし、持っていた包丁を見えないように投げました。ね? 簡単でしょう?」

 空気を魔法で湾曲。
 レーナが見たことも聞いたこともない魔法だ。

 ──ということは、無属性魔法か。

 先日、レーナが無理矢理習得させられた無属性魔法。
 それは想像力さえあれば、どんな事象も起こせるという規格外な魔法だ。

 しかし、シエラのいたカウンターの奥からは、レーナの下半身は見えていないはずだった。
 それなのに、レーナの足元だけを湾曲させたシエラの正確さは驚くものだった。

「いや……やはり私には難しいな」
「そうですか? まぁ……やっていれば慣れますよ。要は、意識して意識しないように攻撃しましょうということです…………さて、と。レーナさん、今日は予定空いていますか?」
「え? ああ、特に予定は入っていないが……」
「なら良かった。ちょっとある場所に用事が出来てしまって、店番をお願いしてもいいですか?」

 さらっと、とんでもないことをお願いしてきたシエラに、レーナは一瞬何を言われたのか理解出来なかった。

「えっ! 待て、私が店番だと!?」
「はい、どうやら緊急の用事らしくて、相手が相手なので無視する訳にもいきませんし、だからって店をスラだけにするのも心配です。なので、レーナさんにお願いしたいなと」
「だが、私は接客なんてしたこと……」
「レーナさんはお会計と、お客さん同士のいざこざを止めていただくだけで大丈夫です。後はスラだけでやれると思うので」
「それ、私いるのか?」
「……うーん、何もなければ問題ないんですけど……時々いるんですよ。相手がスライムだからって態度悪くしてくる客が」

 会計もわからないだろうと金を少なく渡してくる客や、スライムが弱いと思って高圧的にいちゃもんを付けてくる客相手に対して、やはり言葉を交わせないのは厳しい。
 その時のために、誰かが必要なのだ。それも、客である冒険者相手に引けを取らないような強い人が。

「だから私なのか……」
「ええ、スラはレーナさんに懐いていますし、私も安心して店番を任せられます。お昼までには戻れると思うのですが……どうでしょうか?」
「…………わかった。そこまで頼まれては、断れないな。私もシエラには恩がある。出掛けている間、店のことは任せてくれ!」
「ありがとうございます。本当にどうしようもなくなった時は、これを使ってください」

 シエラは棚に手を突っ込み、ガサゴソと何かを探り始めた。

「お、あったあった」

 そう言って取り出したのは、小さな機械のような部品だった。
 それをレーナに渡す。

「これは、なんだ? 見たことがない機械だが」
「通信機です。手に持って魔力を流せば、私の持っている通信機に繋がるようになっています。本当は同僚の間だけで使うようにしていたのですが、レーナさんならば他に漏らすこともしないでしょう」
「……ちなみに聞くが、もし情報が漏洩してしまった場合、私はどうなるのだろうか?」
「え……それ聞きたいですか?」

 初めて困惑したようなシエラの表情を見て、何故か凄い嫌な予感を察したレーナ。
 やはり聞きたくないと、ブンブンと首を振った。

「そろそろ、お前の同僚の正体がわからなくなってきた。だが、シエラに似て規格外なのだろうな」
「そうなんですかね。……まぁ、それぞれの道で、それぞれのことを極めている人達です。一言で言い表すなら『変態』でしょうか?」
「変態か……そうだな。今はそう思っておくことにしよう」
「ま、レーナさんにもそのうち紹介することになるでしょうから、楽しみにしていてください」

 では、行ってきますね。とシエラは店を出て行く。

 外は明るくなったばかりの早朝だ。
 流石にその時間から店は開いていない。

 そんな早くから来ているレーナもレーナだが、こうして鍛えてもらっている内に、この時間に来るのが日課になっていたのだ。

「ぴゅぁああ……」

 と、そこで眠そうな声で鳴きながら、スライムが二階から降りて来た。
 動きもいつもより遅く見える。まだ寝ぼけているような仕草に、レーナは微かに笑った。

「おはよう、スラ。今起きたのか?」
「ぴゅい。……ぴゅ…………ぴゅい?」

 スライムは返事をしながら、いつも先に起きているはずの主人が見えないと辺りを見渡す。

「お前の主人か? どうやら、何か緊急の用事が出来たとかで出て行ってしまった。その代わりで私が店番をするように頼まれてしまってな。……今日は、よろしく頼む」
「ぴゅい!」

 スライムは触手を伸ばす。

 最初のレーナだったら、どうしていいのかわからずに戸惑っていただろう。
 だが、もう一ヶ月くらいはここに居るのだ。魔物が相手だろうと、何を求めているのかわかるようになっていた。

 レーナは手を伸ばし、触手の先端を掴んだ。

「ああ、今日は頑張ろう」
「ぴゅい!」
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