元最強騎士とスライムのよろず屋経営

白波ハクア

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黒服の少女

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「──はぁ!」
「ぐあぁあああ!」

 レーナの一刀でまた一人、大量の血を噴き出しながら地に倒れた。

「これで、26人目……!」

 屋敷の中は、レーナの予想通り盗賊達で溢れかえっていた。
 まず、玄関を開けた時、一斉に十人くらいの男達が飛びかかった。

 魔力の反応を感じて事前に構えていたレーナだったが、想像していたより圧巻な光景に、少し困惑してしまった。

 だが、それも一瞬のこと。
 すぐに切り替えたレーナは、次々と盗賊達を無力化した。
 中には絡め手を何度か差し込んできた敵がいたが、どれも魔力で強化された鎧を傷付けることは出来なかった。

 中には、一本道で戦った男と同じような、様子のおかしい者が混ざっていた。
 最初は一つの団体に一人だったのだが、神器があるだろう場所に近づく度に、その者達に出会う頻度は高くなっていった。

 しかし、レーナの実力を考えれば、どっちが来ようと変わりはなかった。

 そうして油断をせずに階段を上がり、レーナはとある部屋の前で止まった。

「おそらく、この奥に神器がある……」

 そこは時々、領内で開催するパーティーの会場にもされる、屋敷で唯一の大広間だった。

 直視をすれば吐き気を催すほどの、濃厚な気配。
 神器という物を見たことがないレーナだったが、嫌でもこれは人間界にあってはならない物だと理解してしまうような不気味さが、壁越しに伝わってきた。

「……大丈夫だ。私はやれる」

 心を強く持ち、レーナはゆっくりと扉を開く。

「…………」

 総勢百人は入れる大広間に、たった一人、黒装束に身を包んだ小柄な人物が、部屋の中央に立っていた。

「貴様が盗賊の首りょ──っ!」

 レーナが言葉の途中で中断される。
 敵がレーナのことを認識した瞬間、全身を射抜くような殺気が彼女の身を襲ったのだ。

(なんだこの圧力は!?)

 到底、普通の人間が出せるようなものではない。
 例えるなら、レーナの師匠──シエラと対峙した時だ。
 フードの奥で見られているだけで、蛇に睨まれた蛙のように立ち尽くしてしまう。

「…………期待外れ」
「何? 今、なんと……」
「殺す」

 瞬きをした瞬間、黒装束がレーナの目の前に現れる。
 動いた様子はなかった。魔法を使った気配もしなかった。

 それなのに敵は、レーナとの距離を一瞬で詰めていたのだ。

「なっ、く!」

 敵は無言で、手に持っていた剣を振るう。

 レーナの必殺技のように、全身のバネを利用した攻撃ではない。
 適当に腕の力で振っただけだ。しかしその攻撃には、彼女のそれを遥かに凌駕する力が込められていた。

「ぐぅ……!」

 十分な構えを出来ない中で受け止めたせいで、耐え切れずにレーナは、地に膝を付いた。

「──チッ」
「か、はっ!」

 黒装束は不機嫌そうに舌打ちをし、必死に耐えるレーナの脇腹を蹴り飛ばした。
 それもほとんど力を入れていなかった。
 しかし、レーナの体は軽々と吹き飛び、勢いを殺すことも出来ないまま、壁に叩きつけられる。

「がはっ! く……けほっ、ごほっ! はぁ、はぁ……」

 肺に残っている全ての空気が吐き出され、何度も咳き込む。

「貴様何も──」

 敵の居た方向を睨み付けるが、もうそこに黒装束は居なかった。
 すぐに周囲を見渡しながら、同時に魔力を探って居場所を探る。魔力扱いがまだ十分ではないレーナでも、この大広間全体を探る程度のことは造作もない。
 だが、レーナがどんなに探っても、自分以外の反応は感じることが出来なかった。

「どこに!」
「教えて欲しい?」
「──っ!」
「おっと、危ない……」

 まだ幼い少女のような、それでいて聞く者を凍り付かせるような低い声が、レーナの耳元で囁かれた。
 瞬時に振り向き、剣を払う。
 敵は危ないと言いながらも、余裕を持って攻撃を避けた。
 そのまま宙を舞うように飛び退き、影に消えていく。

(影に消えるだと!? そんなの……もはや人間業ではない!)

 となると、考えられるのは──神器の存在だ。

 だが、あの黒装束からは、不気味な気配は感じなかった。
 それを感じるのは、もっと奥の、大広間を抜けた先のところにあるような気がするレーナ。

(いや、考えるのは後だ。まずは、目の前の敵をどうにかしなくては……!)

 そう気持ちを切り替えるレーナだったが、残念ながらもう遅い。
 敵は、誰にも捉えられない場所に潜み、今もその影からレーナの喉元に噛み付こうと狙いを定めている。

 唯一レーナが勝てる方法は、敵が出てきた瞬間に最大化力を叩き込む。

 相当危険な綱渡りだ。
 しかし、レーナは辛い特訓を耐え抜いて、ようやくここまで来たのだ。もう少しで大切な人達を助けることが出来る。勝てないからって、こんな簡単に諦められる訳がない。

「…………すぅ、はぁ……」

 目を閉じる。
 どうせ見えないのだ。
 目に頼るのではなく、全ての音と一瞬の魔力反応を逃さないように、全神経を研ぎ澄ませる。

 永遠にも感じる静寂な時間。

 そして──

「そこだっ!」

 正面に微かな足音。
 それをいち早く感じ取ったレーナは、シエラとの特訓で培った技、あの時放った必殺技とは比べ物にならない、秘奥義とも呼べる、レーナの本当の奥の手。

『レーナさんは、正直を超えた馬鹿正直です』
『あなたに絡め手は無理です。剣の一つ一つに騙す気が全くないんですもの』
『なので、そのまま馬鹿正直で行きましょう』 
『一点集中です。全ての威力を、ただ一つに。相手が絶対の隙を見せた時、叩き込む』
『これに名前を付けるなら、ですか? うーん、そうですねぇ……あ、こういうのはどうです?』
『名付けて────』

 鞘から、眩い光が迸る。
 レーナが持てる魔力の全てを剣に込め、ただ一撃で敵を斬り伏せる。

 剣が鞘から放たれた瞬間に、その技は終わっている。
 残るのは剣の軌道をなぞった残光のみ。
 敵は斬られたことに気付かず、生命活動を停止した時初めて、そのことを理解する。

 神速を誇る秘奥義。

光牙一閃こうがいっせん!」

 何かを斬った感触を、レーナは確かに感じた。
 しかし、それは人を斬るには、あまりにも軽すぎた。

 不思議に思ったレーナは、そこで初めて目を開く。

「服、だと……?」

 レーナの目の端に映ったのは、ヒラヒラと舞う布の切れ端だった。
 地面には、真っ二つに斬られた黒装束が落ちていた。

「今のは驚いた」

 後ろから聞こえた無機質な声。

「でも、残念」

 レーナは後ろを振り向く。
 そこには青い髪を一つに纏めた、仏頂面の少女が立っていた。

 もう何一つ魔力は残っていない。
 神速の剣技も躱された。

 ──ありえない。

 呆然と見つめるレーナに、少女は静かに宣言した。

「終わり」

 剣を振り下ろされる。
 もう、腕を上げる力もない。

 妙にゆっくりと迫る剣を、レーナはただ見ていた。

「ああ、皆」

 レーナは死ぬ気で頑張った。
 文句を言いながらも、しっかりと地獄のような特訓を乗り越えた。

 だが、それでも届かなかった。

「……すまない」

 思い浮かぶのは、家族の笑顔。

 その笑顔をもう見ることが出来ない。
 それに謝罪をしながら、レーナは目を閉じ────

「コラッ、何しているんですか」

 少女が振り下ろした剣が、横から伸びた漆黒の剣に弾かれた。
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