生徒から恐れられる『青薔薇』の彼女は根暗ボッチな俺の嫁

白波ハクア

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二人の距離

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 久しぶりに充実した昼休みを終え、四、五限目を終えると残りはホームルームのみ。
 担任の間宮先生が連絡事項を言っているのを右から左に聞き流し、俺は今日あったことを、ぼーっと思い返していた。

 席替えをしたことで、許嫁の柊小雪と隣の席になってしまった。

 朝のこともあって俺と柊の注目度は急上昇。
 これだけを見ると、今日の出来事は素直に喜べるものではない。

 今はまだ不良の竜胆と、青薔薇の噂のおかげで誰も接して来ない。
 だが、いつ蛮勇を以って話しかけてくる輩が出てきてもおかしくない状況だ。

 ──それまでに、俺と柊の関係をどうにかするしかない。

 急に仲良くなるのは、昨晩言った通り危険だ。主に俺が。
『青薔薇』として生徒達から恐れられている柊だが、未だに彼女を求める男子は少なくない。むしろ、以前に増して増えている印象だ。

 ゆっくりと、周囲が困惑しないように関係を深めていく。

 そのやり方を悩んでいるところだ。
 …………本当に、どうしようか。

「────ん?」

 今後のことをぼんやりと考えていたところで、机の上にあるスマホにメッセージが届いた。連絡用アプリ『RIME』の通知だ。

 俺の連絡先を知っているのは、家族と竜胆、昔の知人くらいだ。
 このタイミングで来るってことは、竜胆か?
 どうせ『放課後にどこか遊びに行こう』と連絡でもして来たのだろう。今日は色々とやることがあるし、何より面倒だから適当な理由で断ろう。

「ぁん?」

 通知のメッセージを見て、思わず変な声が出る。

『暇そうですね』

 それはとても簡潔な文章。
 差出人は柊小雪──って、待て待て。

 いつの間に俺の連絡先を?
 昨日は忙しくて連絡先の交換をしている場合じゃなかったから、柊が俺のアカウントを知っているはずがないのに。

 と、また通知が届いた。

『クラスのグループから竜胆さんとお話しして、お聞きしました』

 いや、何してんの?
 本人のいないところで何をしていらっしゃるの?

『ご迷惑でしたか?』

 咄嗟に横を振り向けば、申し訳なさそうに柊がこちらを見つめていた。
 ……その顔には弱いんだよなぁ。

『いや、いつかは交換するべきだった。むしろ昨日のうちに交換出来なくてすまない』

 今まで家族や親しい人以外とは交換していなかったせいで、そのことを完全に失念していた。

 柊は、俺の許嫁だ。いつかは家族になる関係だ。
 連絡先を交換しなければ、この先不自由だろう。

『それで、何の用だ?』
『……その、足りない食材があったのを思い出して』

 つまり、買い出しのお願いか。
 断る理由はない。二人で決めた役割で、買い出しは俺の担当だからな。

『わかった。必要な物をメモしてくれるか? 帰り道に買っておくよ』

 柊は夕食の準備や他の家事で忙しいだろうから、当然俺が買ってくるべきだろう。

『一緒に行きたいです』

 そのメッセージを見て、頭を抱える。
 一緒に買い物が出来れば、それは仲睦まじい夫婦のような光景だと言えるだろう。

『二人で買い物をしているところを見られたらマズイだろ』

「むぅ……」

 今度は現実のほうで柊の声が届いた。
 次は顔を見なくてもわかる。絶対に納得していない。

『どうしても一緒に行きたいのか?』
『はい』

 即答かよ。

『わかった。だが、近くのスーパーには行けない。確か、学校と反対側のほうにもスーパーがあったよな? そこでも良いなら一緒に行こう』
『それで構いません』

 いいのかよ。

『では、家で合流したほうがいいですね。楽しみにしています』

 楽しみ、って。ただスーパーで買い出しするだけだろ。
 ……だがまぁ、柊がそれでいいなら、いいか。



 放課後になり、俺達は別々の道を通って帰宅した。
 合流してすぐに出る予定だったので、まだ着替えなくてもいいだろう。

 ついでだから色々な物を買い揃えておきたいと、柊は言っていた。
 帰りの荷物の量を考えて、手持ちは必要最低限の物だけを持つ。

「それじゃ、行くか」
「はい。誠也さん」

 少しだけ休憩してから、玄関を出る。

「それほど遠くないとは言え、隣町だ。疲れたら遠慮なく言ってくれ。……柊?」

 返事がないのを不思議に思って振り向くと、柊は玄関で立ち止まり、手をもじもじを動かしながら顔を下に俯かせていた。

「どうした。何か忘れ物か?」
「……ぇと、違うんです。その、手……を……」

 柊の視線は、俺の手に注がれている。
 もしかして……。

「ほら、これでいいか?」

 間違っていたら恥ずかしいなと思いつつ、右手を差し出す。
 だが、それは杞憂だったようだ。

「っ、はい……!」

 柊は嬉しそうに顔を綻ばせて、手を握り返してきた。
 その可憐さに一瞬目を奪われ、咄嗟に彼女から目を逸らす。

「……行くぞ」

 ぶっきらぼうな言い方になってしまったが、これは単に、こちらの羞恥心を悟られないようにと誤魔化しているだけだ。
 許嫁と手を繋ぐ。
 それは、まだ俺には早すぎる行為だったのかもしれない。
 一日程度の付き合いとはいえ……いや、まだ一日だから恥ずかしいのか?

 ──世の中のカップルは凄いな。
 彼らが当たり前のようにやっている『手を繋ぐ』という行為が、まさかこんなにも気恥ずかしいものだとは思わなかった。

 いつか俺達も、当たり前のように手を繋げる日がくるのだろうか。
 その時がやってくることを切に願う。この気持ちが毎回続くのは心臓に悪い。

「嫌だったら言ってくれよ」
「……嫌じゃありません。嬉しいです」
「……そうか」

 それっきり、言葉を交わすことはなかった。
 二人で手を繋いで歩き、たまにお互いの視線が重なる。そこにカップル、ましてや夫婦となる者達のようなスキンシップはない。

 だが、不思議と居心地は悪くなかった。
 二人だけの空間を、俺は好ましいと思っているのかもしれない。

 このまま帰るのは勿体ない。
 ふとそう思い、スーパーで買い物を終えた俺達は途中寄り道をしながら、手に伝わる感触を楽しみつつ、帰路に着くのだった。
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