JKは女社長に拾われました

白波ハクア

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9. 未知の世界だった

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 次にデートで訪れたのは、マンション街に並ぶこれまたお洒落な店。
 ここは先程の喫茶店とは違って高そうな外見で、大人な女性が利用するような雰囲気がある洋服店だ。

「梓ちゃんは普段着をあまり持っていないでしょう?」
「……はい。服にお金を回す余裕がなかったので、家にいる時や外出時は学校のジャージを。他は制服で過ごしていました」

 以前に住んでいたアパートから私物が運ばれても、私の服は何一つも増えることはない。そう思うと本当に最低限の生活をしていたんだなと、今更になって自覚した。

「そう思ったから、今日はこの店で好きなだけ洋服を買っていいわよ。……ああ、お金の心配はしないで。私が全部出してあげるから」
「そういうわけにはいきませんよ。私には百万円がありますから、それを」
「百万円程度、三着くらいで全部なくなると思うけれど?」

 冗談を言っているのだと願いつつ、身近にあった値札に目を──。

「ヒエッ」

 我ながら情けない声が出た。
 桁がおかしい。0の個数を数えたくない。洋服ってこんなに高いっけ? ……あれ、薄着だけで何日ぶんの食費になるかな。一ヶ月? それ以上だよね。うっわぁ。

「その百万円は別のことに使いなさい」
「…………はい」

 折角貰った百万円を、洋服のためだけに使いたくない。
 その分、料金は朝比奈さんが負担することになるけれど、この時の私は、そんな簡単なことすら考えられなくなっていた。

「この子に似合うものを何着か選んでくれる? 支払いは全てカードで。洋服は外の車に運んでちょうだい」
「かしこまりました。いつもご利用いただき、ありがとうございます。お嬢様、こちらへどうぞ」

 それから私は、着せ替え人形に転職したのかと思うくらいに、延々と様々な服を試着させられた。

 一つ一つ意見を求められたけれど、今までお洒落になんて気を遣ったこともない私がわかるはずもなく、朝比奈さんに似合うか質問しながら、その反応によって購入するか否かを決めた。

 最終的に選ばれた洋服の数は十着。
 その合計金額は……怖くて見られなかった。


「……疲れました」

 店を出て紫乃さんの車に乗り、ムスッとした態度で私はそう言った。

 洋服を買ってくれたことには感謝しているけれど、それ以上に疲れた。私は着せ替え人形じゃないと、何回心の中で叫んだことか……。

 もちろん、朝比奈さんには感謝している。
 洋服をほとんど持っていなかった私に、何てことないとプレゼントしてくれた恩はこの先も忘れることはない。それでも、文句の一つくらいは言わせてほしかった。

「ごめんってば。梓ちゃんは何でも似合うから、つい色々と着せたくなっちゃって……気が付いたら、手が止まらなくなっていたのよ」

 朝比奈さんは両手を合わせ、言い訳がましい言葉を並べる。

 最後の方は朝比奈さんも店員さんに混ざって服を選び始め、ああでもないこうでもないと店中の洋服をひっくり返すように議論を繰り広げていた。
 その迫力と言ったら……もう別人かと思うくらいに必死で、逆らったらヤバいと本能が警鐘を鳴らす程度には『マジ』だった。

「私の恋人はこんなに可愛いって思うと、とても嬉しくなって……本当にごめんね」

 ……そう言われると、弱い。

 本音を言えば、私はあまり怒っていない。もう少しゆっくり楽しみたかった。朝比奈さんと一緒に選びたかった。大勢の店員がいる前でベタ褒めされて恥ずかしかった。

 その気持ちを素直に言えなくて、面倒臭くなっているだけだ。

 いつか、そういうこともちゃんと言えるようになりたい。変に遠慮することなく、言いたいことを素直に言い合う。それが対等な恋人同士の関係だと思うから。

 ──そこまで考えて、気付いた。
 朝比奈さんの『恋人』という立場を受け入れ始めている、『私』がいることに。

「梓ちゃん? 急に黙ってどうしたの……まさか、具合でも悪くなった?」

 気が付けば朝比奈さんの顔が間近にあって、思わず上半身を仰け反らせる。
 どうやら随分と考え込んでしまっていたようだ。心配させちゃったことに申し訳ないと思いつつ、何でもないと誤魔化す。これは私の気持ちの問題だから、まだ朝比奈さんには知られたくない。

 でも、聡い朝比奈さんのことだ。何かを悩んでいたことには気付かれている。

 彼女は何かを言いたげにはしていたものの、「無理はしないでね」とだけ言って、それ以上は何も言ってこなかった。私が何も話そうとしないから、余計な詮索はしないようにと気を遣ってくれたのかもしれない。

「──大丈夫よ」

 温かくて柔らかい手が、私の手をそっと握ってきた。

「急ぐ必要はない。ゆっくりと考えて、貴女なりの『答え』を見つけてくれたらいい。私はそれまで待っているから焦らないで、ね?」

 ……ああ、優しいな。

 自分のペースでガツガツ迫ってくるのではなく、私の歩く速度に合わせて歩み寄ってくれる。
 好きだと言いながら、無理のない距離を保とうとしてくれる彼女の気遣いは嬉しい。

 そして、同時に申し訳ないと思う。

 私が、私なりの答えを見つけない限り、朝比奈さんの想いが報われることはない。一方的な『好き』だという気持ちは、きっと寂しくてもどかしいものだ。想いが絶対に報われるともわからないのに、朝比奈さんは赤の他人であるはずの私を、どこまでも受け入れようとしてくれている。

 だから、申し訳ない。
 一度だけでいい。一度、朝比奈さんを受け入れればいいだけの話なのに、これ以上、彼女と深く関わってしまうことを、私は恐れている。

 両親が死んで、私は誰からも愛されなくなった。
 朝比奈さんが私を愛してくれていることは理解している。でも、心のどこかで『嘘なんじゃないか』って疑っている私もいて……。

 ──本当に、面倒臭い女だな。
 私はこんなに優柔不断だったのかと、自嘲気味に笑った。


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