公爵令嬢に転生した魔王様の平和を望むセカンドライフ

白波ハクア

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第1話 転生先は──

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 我は上質なベッドの上で横になっていた。
 瞼に光を感じたことで目を覚まし、目を開ける。

「…………ふむ……」

 ゆっくりと起き上がり、周囲を見渡す。

 そこは広い部屋だった。窓から差し込む木漏れ日、反射して輝く純白の壁。部屋の角に鎮座するのは、一人では余りある豪華なベッドだ。淡いピンク色の枕元にはいくつかのぬいぐるみが置かれている。白いレースの掛かった棚の上には、女物の可愛らしい小物や、鮮やかに彩られた花の添えられた花瓶が並べられていた。

「…………ふむふむ……」

 顎に手を当て、考える。

「……ふむふ…………ん?」

 そこで部屋に備え付けられている全身鏡を見つけた。
 その中には難しい顔で顎に手を置き、白髪紅目の可愛らしい少女がこちらを覗き込んでいた。

「……なるほど、なぁ……」

 納得したように頷き、大きく息を吸い込む。
 それを全て放出するように、我は────

「なぜだぁああああああああ!?」

 頭を抱え、絶叫した。



          ◆◇◆



 はっきり言ってしまえば我、魔王グラムヴァーダの『輪廻転生』は発動して失敗した。
 次の人生を得ることは出来た。しかし、次の転生先が問題だった。

「まさか、この我が女子に……しかも公爵令嬢だと……?」

 鈴のように可愛らしい細い声。
 しかしその口から出て来たのは、シェラローズが発したことのない低い唸り声だった。

「くそっ……あそこで噛んだのが痛手になったか……!」

 おかしくなったのは、きっとあそこだ。
 むしろ、あれ以外の何が問題だったのかがわからない。

「しかし、面倒なことになった……」

 混乱が一回りして逆に冷静になった我は、部屋に備え付けられている全身鏡の前に立ち、今わかっている状況を整理していた。

 我は魔王グラムヴァーダであり、私は公爵令嬢シェラローズである。
 我と私はどちらの記憶も持っているが、主体となるのはどうやら我のようだ。実際、我が動かそうと思った体はその通りに動く。
 しかしシェラローズが消えたわけではない。彼女の心は確かに我の中にある。

 我は…………いや、これからは『私』としよう。
 精神の主なるものはグラムヴァーダであっても、体の主なのはシェラローズなのだ。
 当然、この家では誰もが心身ともに私がシェラローズであると思っているだろう。
 自分を指す言葉を『我』のままにしていると、ふとした時に出てしまうような気がした。6歳の娘が急に「我は」と話すのだ。それはそれは怪しまれるだろう。混乱を避けるため、これから我は私と名乗ることにした。



 それで、まずは私のことを理解しよう。

 ここはあの時代から300年後のスレイブ王国。私はそこの公爵令嬢だ。
 本名はシェラローズ・ノーツ・アトラフィード。今年で6歳。
 アトラフィード公爵家の一人娘であり、小さき頃から庭に出て遊ぶのが大好きなお転婆娘。しかし蝶よ花よと育てられたため、一度も敷地内から出たことのない生粋の『箱入り娘』でもある。

 父親はヴィードノス・ノーツ・アトラフィード。公爵家の当主だ。
 母親はカナリア・ノーツ・アトラフィード。階級としては二つ下のハラル伯爵家から嫁いできた。

 ──とまぁ、これが身の回りの重要人物だ。


 次にアトラフィード家についてだ。
 我が家系の血筋はスレイブ王国建国時から続いているらしく、そのため国王のお膝元や秘書としての役割を担っている。歴代に渡って各地で活躍し、それなりに名を馳せているらしいが、まだシェラローズは6歳。それ以上詳しいことは記憶に無かった。

 今こうして身近なことを知ることが出来ているのも、メイド達が色々と話してくれていたおかげだ。逆を言ってしまえば、それ以外のことは何も知らない。


 最後に生活面。
 執事やメイドといった使用人を多く雇い、何不自由のない生活を送ることが出来ている。
 貴族、それも上位に位置する『公爵位』なだけあって金回りは良く、アトラフィード家の敷地は王国一を誇るほど広い。そのため、私は常に庭を駆け回っていたようだ。

 そして問題があったのは……おそらく三日前。
 私の不注意で巨木に頭からぶつかり、内に眠っていた魔王グラムヴァーダが覚醒した。
 それと同時に魔王の力の一部と記憶が流れ込んだ。しかし、まだ幼い体には厳しかったのだろう。私はその負荷に耐えられず、意識を失った。
 精神世界とも言える空間を漂っている間に、魔王の我と人間の私は上手く混ざり合い、こうして意識を戻すことに成功したのだ。

 ……もし上手く混ざり合わなかったらと思うと、私の背中に冷たいものが滴った。
 それにあの事件が起こらなければ、私は目覚めることがなかっただろう。その場合はいつ魔王の私が目覚めるのか、そんな疑問が頭をよぎる。

「だがまぁ、考えても仕方ないか」

 面倒なことを考えるのは昔から苦手だった。
 過去に起こらなかったことをああだこうだ考えるのが途端に馬鹿らしくなり、私は一先ずベッドに戻った。

 ──そんな時だ。


「お嬢様!」


 部屋の扉がバァンッ! と開かれ、一人のメイドが入って来た。
 青空のような髪色を後ろに大きく纏めたそのメイドの名はエルシア。私の専属メイドだ。

「今、お声が……っ、お目覚めになられたのですね!」

 心配したような鬼気迫る表情だったかと思えば、私の顔を見るなり泣きそうに目元をうるうるさせる。
 感情の変化が騒がしいエルシアだが、私は不思議とそれを煩わしいとは思わなかった。

「ええ、心配を掛けたわね。エルシア」

 私はニコリと、彼女に微笑んだ。
 彼女は私、シェラローズが物心つく頃から今までずっと一緒に居てくれたメイドで、公爵家に仕える使用人の中で一番信頼している人物だ。

「お嬢様……?」
「……? どうかした? 何か、私の顔に付いてる?」
「い、いいえ! ごめんなさい。一瞬、お嬢様がお嬢様ではないような気がして……」

 この娘、意外と鋭い。

「でもお嬢様に間違いはありませんよね! っと、失礼しました。すぐに旦那様をお呼びします!」

 しかし、その疑問も一瞬で去ったらしく、エルシアは一度深くお辞儀をしてから父親を呼びに部屋を出てしまった。

「はぁ……焦った」

 まさか一瞬で勘付かれるとは思っていなかった。
 …………やはり、以前の口調を真似した方がいいのだろうか?
 いや、それでも恥ずかしい。魔王であった時の私は、何百年の時を生きていた。精神年齢だけはめちゃくちゃ上をいっている私が、6歳の少女のちょっとお馬鹿が入っている口調を真似するだと?

「恥ずかしすぎて死んでしまうな──っと」

 不意に胸の奥底がざわついた。
 おそらくこれはシェラローズの主張なのだろう。

 ──私を馬鹿って言うな!
 そう言いたげな感じがした。
 だからって私の考えは変わらないが。

「ふむ、これから大変になりそうだ」

 予想外の転生先。
 そして予想外の地位。
 今後の困難を予想するのは容易だった。

「そして今は……」

 廊下をダダダダッ! と駆けるような足音が、遠くから聞こえてくる。
 おそらく父親が駆けつけて来てくれたのだろう。

 まずはこれを乗り切らねばと、私は深い溜め息をついたのだった。
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