公爵令嬢に転生した魔王様の平和を望むセカンドライフ

白波ハクア

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第5話 強行突破

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 その後も私は何度かアタックを仕掛けたが、どれも失敗に終わった。
 わかっていたことだが、メリダは手強い。どのような口論になっても一歩も譲らず、人目を避けて行動したい私がいつも引く形となっている。

 人目を避けたい理由は、父親にこのことを知られたくないからだ。
 十分に準備が整ってから話をしなければ、きっと私は母親から遠ざけられる。
 父はあれでも母を大切に想っている。今は完全な引き篭もりとなってしまった母なのに、関係が気まずくなっても屋敷から追い出さずに6年も面倒を見ているのがその証拠だ。

 母親がああなってしまった原因には私も含まれていると、父親も理解しているのだろう。
 もし使用人に私の行動が知られて父親に報告されたら、何らかの手段で母親から遠ざけようとするのではないか? と私は推測したのだ。

 だからこうして隠密に動いているのだが……

「流石に無理があるな」

 ただでさえ公爵家は広く、それに比例して使用人も多く雇っている。
 今は上手く隠れながら行動出来ているが、少しでも気を抜けばすぐに怪しい行動をしていると報告をされてしまう。
 実際、私がコソコソと何かをしているのを何となく察している者もいるようだ。

「やはり短期決戦しかない、か……」

 少々手荒なことをするが、ここは仕方ないと割り切ろう。

 そうと決まれば私の行動は早かった。
 すぐに立ち上がり、二本の針金を持った私は使用人の目を掻い潜りながら母親の部屋前まで移動した。

「……………………」

 私はそこでノックをするのではなく、あえて人目に付かない場所まで行って隠れ潜み、その時を待った。
 何処かで姿が見えなくなった私のことを探す声が聞こえたが、今私は忙しくて出ることが出来ない。許せ。

「──っ!」

 そして時は来た。
 メリダが部屋を出て、鍵を掛ける。
 この時間はメリダが母親のために昼食を作りに行くのだ。

 ──私はこの時を待っていた!

 十分にメリダの気配が離れたところで、私はダッ! と駆け出し、扉の前に着いた。
 こっそりと持ち出した二本の針金を取り出し、鍵穴をガチャガチャと弄る。一つ一つ鍵を解読して行くこの作業は『ピッキング』言われている。魔王時代の経験が役に立ったと私は喜び、しかし焦らずゆっくりと丁寧に針金を動かす。

 ここで誰かに見つかるのが一番危険だ。
 何も知らないはずのお嬢様(6歳)が母親の部屋の前で、盗賊がするような行為をしているのだ。
 普通に考えれば発狂ものだが、この時間にここを通る者はいないと調べ尽くしている。魔王をナメるではない。

「…………、…………よしっ」

 カチャリという音が鳴り、私は針金を放り投げてガッツポーズをとった。
 中にいる母親を驚かさないようにゆっくりと扉を開いて侵入に成功。ちゃんと扉も閉めておく。

「……しえら、ちゃん?」

 そんな時だ。
 か弱い声が私の鼓膜を震わせ、私はその声がした方向へ向いた。
 そこにはベッドの上で上半身のみを起き上がらせた母親が、目を丸くさせてこちらを見ていた。

「本当に、シエラちゃん、なの……?」
「はい、お母様。お久しぶりです」

 母親はその目元に涙を溜め、両手で口を覆い隠した。

 その反応を見た私は安心する。
 よかった。私は母親に嫌われていなかった、と。

「まずは勝手に中に入ったことを謝罪します。ですが、どうしてもお母様に会いたかったのです」
「それは構わないけれど、どうやって入ったの?」
「鍵が掛けられていなかったので」
「でも、メリダがそんなミスをするかしら?」
「掛けられていませんでした」
「そ、そう……? まぁ、そういう時もあるわよね」

 強引に言い訳をすると、母親はおっとりした様子で納得してくれた。

「…………シエラちゃん。いらっしゃい」

 そして昔に見せてくれたような優しい微笑みを、私に向けてくれた。
 私はそれを拒否するはずがなく、返事をして彼女の腕に抱かれる。

 その腕が驚くほど細いのは、ずっと部屋に籠って運動していなかったせいなのだろう。
 毎日ちゃんとした食べ物は食べているはずだが、それでも痩せ細っている。食べても戻しているか、そもそも食事が喉を通らず十分に食べられていないのか。

 ──きっと、どちらもなのだろう。
 母親から感じられる生気はあまり感じられず、このままでは危険だと私は判断した。

 だが今は、数年ぶりの母と子の再会だ。
 そのような顔はせず、笑顔で母親を見つめ返す。

「見ない間に大きくなりましたね。口調も大人びて……母として嬉しいですよ」
「私も、お母様と会えて嬉しいです」

 恐ろしく痩せ細っている体だったが、父親に抱きしめられたときのような温もりが、確かにそこにはあった。

「そういえば、少し前に大怪我をしたと聞いたけど、大丈夫なの?」
「はい。三日ほど寝込んでいたようですが、今は完治しています」
「三日……本当に大怪我じゃないの。本当に大丈夫? 私に見せてみなさい?」

 母親は心配するように私の顔を覗き込み、本当に完治していることを確かめてホッと肩を撫で下ろした。

「ほんと、心臓に悪いから危ないことをしてはダメよ? あなたは大切な私の子供なのだから」

 その言葉を聞いて、私は鼻の辺りがジーンとなった。
 しかし、ここで泣くようなことはしない。そうすればもっと心配されるだろうから。

「心配をお掛けして申し訳ありません。今日は無事を知らせるために来たのです」
「そうなの? でも良かったわ。こうしてあなたの元気な姿を見ることが出来たのだから」

 母親が細い手を挙げ、私の頬に触れる。
 それを拒否することなく、私はそれを受け入れた。
 本当はこんなのキャラではないのだが、私の中のシェラローズがとても喜んでいる。それに呼応して私も嬉しいと感じてしまうのだから仕方ない。猫のように喉を鳴らすのも、仕方のないことなのだ。

「ふふっ、本当に私の子は可愛い……」

 母親はそれを見て、更に笑みを深くする。
 しかし、本当に一瞬だけ、その表情が曇った。

 私はそれを見逃さず、少し母親から離れて静かに口を開いた。

「お母様は、私を愛してくれていますか?」
「え? ええ、勿論よ。たった一人の我が子ですもの。愛するに決まっているわ」
「それは容姿が似ていなくとも、ですか?」
「…………シエラちゃん……?」
「あなたは優しい。でも、一度は思ったはずです。我が子がこんな姿でなければって……」

 『我』の器を宿さなければ、母親は今頃幸せに暮らしていただろう。
 こんな狭い部屋に篭ることなく、父親と『私』と微笑ましい生活を送っていただろう。

 母は優しい。
 だが一度は、その景色を望んだはずだ。

 私は、彼女の本意を聞きたかった。
 だから強引に侵入を決行したのだ。

「お母様は私を──憎んでいますか?」

 それは胸の裂ける言葉だった。
 自分で言っておいてなんだが、悲しくなって泣きそうになってしまう。
 目元にはすでに涙が溜まっていたが、それを決壊させるようなことはしない。

「…………そうね。一度は、そう思ったわ」

 長考の末に母から出た言葉は、予想通りの言葉だった。
 そして、出来るのなら聞きたくない言葉でもあった。

「そう思った瞬間に私は私が嫌になったの。シエラちゃんには何の罪も無いのに、そう思ってしまった自分が許せなかった。でも、またいつそのような感情が出るか。それが不安だったわ」

 しかし、それに続いた言葉は私の予想を超えるものとなった。
 私は間抜けな顔を晒していたのだろう。それを見た母親は微笑み、再び私をその腕で抱いてくれた。

「だから部屋に閉じこもってしまった。あの人に迷惑をかけるのは理解していたけれど、我が子を憎むことの方がもっと嫌だった」

 でも、と母は言葉を続ける。

「こうしてシエラちゃんの顔を見て確信したわ。あなたは私が愛する子供よ。もう絶対にそれを間違えないわ」
「お母、さま……ありがとうございます。それを聞けて、私は今日ここに来たことを幸せに思えました」

 まだだ。
 まだ、我慢だ。

「もっとこうしていたいですが、そろそろ時間が来てしまいました」

 母から距離を取り、私は微笑む。

「シエラちゃん……?」

 母は怪訝そうに私を見つめた。
 もっとこうして居たかったが、残念ながら時間切だ。

 まだ決行するには早い。
 準備がまだ整っていない。
 だから今は、我慢だ。

「また遊びに来ます。大好きなお母様」

 ドレスの裾を摘み、お辞儀をしてから部屋を出る。

 それと同時に私は自室に駆け込んだ。
 途中で使用人と何回かすれ違ったが、それに構っている余裕はなかった。
 あれを聞いてしまったら、我慢出来るわけがない。
 シェラローズの私は、大粒の涙がボロボロと流れるのを止められなかった。
 拒絶されなくて良かったと安心して、また母の愛を感じることが出来たと嬉しくなって……私はベッドの上で一人、泣き続けた。
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