公爵令嬢に転生した魔王様の平和を望むセカンドライフ

白波ハクア

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第36話 来店

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 後日、父親の方でも話が纏まったという知らせを受けた私は、ティアとティナの二人を連れて商店区にある小さなカフェを訪れていた。

 私はいつものドレスではなく、動きやすいワンピース。
 双子はまだベッケンの手の者が徘徊している可能性を考慮して、マントを着てもらっている。最初は動きづらいと文句を言っていた二人だったが、私の言うことならばと渋々我慢してくれた。

 扉を押して中に入ると、からんからんと扉に付けられていた鈴が鳴った。
 こういった場合は、新参者に視線が集中するものだが、幸いなことに今はまだ営業をする時間ではなく、外に立て掛けられていた看板にも『準備中』と書かれていた。

 店内は明るい雰囲気は一切感じられず、むしろ暗い。
 大人専用の場所と言えば表現は正しいのだろうか。決して怪しい雰囲気というわけではなく、どちらかと言えば派手なものを好まない紳士や夫人が寄り付きそうな感じだ。

 双子は暗い雰囲気は苦手なのか、それとも嫌な記憶を思い出しているのか。店の前に着いた時から固く口を閉ざし、それぞれが私の手をぎゅっと握りしめて離れようとしなかった。

「あら、可愛らしいお客様ね。……でもごめんね。今はまだ営業していないのよ」

 バーテンダーの格好をした女性の店員さんが歩み寄り、私に柔らかな微笑みで対応してくれた。

「…………ん、その子達は」

 店員の視線が私の後ろ、腕に掴まりながら私の影に隠れようと身を縮こまらせる双子に移る。
 対する双子は、初対面の相手はまだ怖いのか怯えた瞳で彼女を見つめ、こちらに助けを求めるように腕の締め付けを強くした。

「サイレスに用があって来たの。通してくれるかしら?」
「その名前……そう、あなたが……」

 店員の雰囲気が一変して鋭いものとなった。
 まるで蛇に睨まれているような感覚を覚えた私だが、まだ彼女のは優しい。本気で危害を加えようとするのではなく、こちらを試すための威圧。それを理解している私が怯むわけがない。
 ……まぁ、本気の殺気をぶつけて来た場合、うちの子の前で何しとるんじゃと『お仕置き』をしていたかもしれないが。

「これを受けて怯むどころか、むしろ笑うなんて……あの人が言っていた通りね」
「こんにちは。シェラローズよ」
「私はリッカ。よろしくね、シェラローズ様」

 スレイブ王国の商店区から少し外れた場所にひっそりと佇むカフェ。
 その正体は、殺しと情報収集の専門家が集う『暗殺ギルド』だ。

 暗殺者がどこに潜んでいるかの予想はいくつか見立てていたが、まさかカフェを営んでいるとは夢にも思っていなかったので、私も最初は驚いた。

「それで、サイレスは居るかしら?」
「ええ、奥の方に……案内するわ」

 リッカが「こっちよ」と歩き出し、私その背を追おうと足を踏み出し──不意に後ろへ引っ張られた。

「シェラローズ、さま」
「ごめん、なさい……そっち、行きたくない」

 双子は泣きそうな表情で、扉の先を見つめていた。
 不安が積み重なっているせいなのか、その小さな体は震えている。

 これは強引に連れて行くわけにはいかないか……。
 今後の予定のため、顔合わせくらいはさせておいた方がいいだろうと考えて連れてきたのだが、どうやら二人の不安を大きくさせてしまっただけのようだ。

 私は心の中で反省してから、店内を見回す。
 準備中ということもあって店員は少なかったが、何人かは店内の清掃をしている。

「誰か、この二人の面倒を見てくれる人は居るかしら?」
「……それならば、私が請け負いましょう」

 名乗りを上げたのは、細身の初老だ。
 彼もバーテンダーの格好をしていて、一見裏社会とは何の関係もないような雰囲気を纏っているが、彼の動作一つ一つが洗練された武人のそれと同じ……いやそれ以上。実力だけで言えばサイレスと同じだ。

 だが、あの日──サイレス達が屋敷に侵入してきた時には居なかった。彼の魔力に酷似しているものはあの場では感じなかった……ということは、残された者達を纏める役として残されたか?
 まだ出会って数秒の時間だが、彼はその大役を任されるに値する人物だと、私はそう判断した。

 彼が二人の面倒を見てくれるというのならば、こちらも安心して自分の用事に集中出来る。

「あなたは……」
「ガランド、と申します」
「そう、じゃあお願いするわ。代金はこちらがちゃんと出すから、好きな物を食べさせてあげてくれるかしら?」

 初老、ガランドと名乗った男の細い瞳が、スゥッと開かれる。

「自分で言うのも何ですが、よろしいのですか?」
「あら? じゃあ何かしら? 私の大切な子供達に、あなたは何かするわけ?」

 私の黒い魔力を具現化させてオーラのように纏い、威圧的に話す。

 ──もし二人に何かがあったら、ただじゃ済まさない。
 そのような思いが伝わったのだろう。ガランドは一瞬目を見開き、即座に無礼を詫びた。

「二人とも。私は今から大切なお話をしてくるから、あそこのお爺ちゃんと一緒に遊んでいてくれるかしら?」
「シェラローズさまも、いっちゃうの?」
「やだ……。いっしょにいて」
「…………ごめんね。今後私と二人が幸せに暮らして行くためには必要なことなの。だから我慢して、ね?」

 二人は泣き出しそうな表情になったものの、静かに手を放してくれた。
 私は最後にガランドを一瞥し、視線のみで念押しした。彼が頷くのを見届けてから、私は最初の女性店員リッカと共に店の奥へと入っていく。

「暗殺ギルドの人達は、全員がここで働いているの?」
「全員じゃないわ。中にはまだ幼くて教養が十分じゃない子も居るから……」

 子供達はサイレスが時々連れて来るらしい。
 勿論、誘拐ではなく、裏路地で死にそうになっている可哀想な子供……その中でも生きる意志が強い者を運んで来るのだ。そして将来自分で生きていくために戦う術を教え込み、立派な戦士になるまで面倒を見る。
 ちゃんと巣立って行く子供達も居れば、恩を返したいと残り、資金集めをしてくれる子も居るらしい。ちなみにこのリッカも過去に拾われた子供の一人らしく、他に行く宛ても無いからと残り続けているのだとか。

 しかし、こうして大人達が稼いでいるのも限界はある。
 暗殺は命を賭ける仕事だ。任務に失敗すれば拷問の末に処刑。私のように拾ってもらえるなんて、まずあり得ない。

「だからこうして他でも稼がないと食っていけないのよ」

 人を殺すのも楽じゃない。
 だから副業としてカフェを営んでいるということか。
 にしても暗殺者が営むカフェとは……公言は出来ないが、したら面白い反響が返ってきそうだな。店の雰囲気も悪くはない。むしろ私は好みの方だ。これからもちょくちょくお邪魔させてもらうとしよう。

 ここまで情報漏洩を気にしなくていい場所は他にないと思うので、私としてもありがたい場所ではある。
 利用した分の代金は払うから彼らのプラスにもなるし、公爵令嬢が頻繁に出入りしているカフェと噂が立てば、ちょっとした宣伝にもなるだろう。

「全員を養って行くには厳しかった。そこでシェラローズ様が手を差し伸べてくれたのは、私達にとってまさに奇跡だったの」

 私が脳内で様々な考えを巡らせていると、不意にリッカは立ち止まりこちらに振り向いた。

「だからお礼を言わせて──本当にありがとう」

 腰を直角に折り曲げ、深々と頭を下げる。

「あなたに救われたこの恩。生涯を尽くして返すわ。だから必要な時は遠慮なく私達を頼ってちょうだい。文字通り何でもしてあげるから!」

 彼女は胸を張り、力強く叩く。
 その衝撃で大きな乳房がバインッと揺れたことで、私の中の何かがスッと冷めたような気がした。



 ──まぁ、その……なんだ。
 まだ私達は6歳ではないか。まだ胸が成長する歳でもないし、ここで落ち込む必要はないのだぞ?



 …………シェラローズからの返事はない。

 どうやら完全に閉じ籠ってしまったらしい。
 女心というのは難しくてよくわからんな。

「頼りにしているわ。依頼通りに動いてくれたら、それ相応の報酬を与える。こちらとしても、長く良い関係を築けるように願っているわ」

 折角手に入れた優秀な人材を、そう簡単に手放すつもりはない。
 彼らにはこれから色々と動いてもらうことになる。その分、報酬に見合った報酬を渡す。ついでに衣食住を確立し、不満のない生活を与えるのだ。

 普通の仕事以上に優遇されていることは確かだ。
 これを突っぱねる者は本物の無能か、自分しか信じない傲慢か。

 幸いなことに、ここの組織にはそういう残念な奴は存在しないようだ。
 むしろそうでないと困るのだが、今は全てが上手くいっていることを素直に嬉しく思うとしよう。
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