公爵令嬢に転生した魔王様の平和を望むセカンドライフ

白波ハクア

文字の大きさ
45 / 78

第44話 盗み聞き

しおりを挟む


 組織の中は、思っていた以上に質素だった。

 家具や機器は必要最低限の物しか置いてない。全体的に寂しい雰囲気が漂う地下の通路にはいくつもの扉が並んでおり、その部屋の中からは数人分の魔力反応を感知した。

 一部屋に大体五人という割合だ。隣の部屋との距離を考えると、小さな部屋だと予想される。そこに五人で生活するのは狭いのではないかと思うが、そこで私は一つの考えに至る。

 もしかすると、ここは彼らの休憩スペースなだけで、生活する場所は他にある。またはゆっくりと生活する暇が無いほど動いているのではないか? と。

 ここは最低限の暮らしが出来れば良いという考えなのだろう。食事は王都に建ち並ぶ店を利用すれば問題ないだろうし、汚れを落とすのはそこらに流れる川を使えばいい。……中には汚れを落とさない者も居るのだろう。汗臭い男達の臭いが、鼻を刺激する。

 まだ血の臭いならば嗅ぎ慣れているので、そこまで文句を言うことはない。だが、汗臭い男の臭いはダメだ。まだ数日ならば仕方ないと許せるが、何日も洗っていない男の側には近寄りたくもない。それは私が女に生まれ変わってから、より強く思うようになっていた。



「さ、中に入れ」


 と、そう考えを巡らせているうちに、目的の部屋に到着したらしい。
 サイレスは一瞬だけ後方……私の居るであろう方向に視線を向け、ゆっくりと扉を開ける。私は取り残されないようにピタリと彼にくっつき、部屋の中に侵入することに成功した。

 そして、私は入ってすぐに顔を顰めることになる。

『…………っ、…………』

 部屋に充満していたのは、刺激の強い葉巻の臭い。

 ここは地下なので、換気は十分ではない。そのせいで部屋中に臭いがこびり付き、私は声が出そうになるのを必死に押し殺しながら、流石に我慢出来ないと鼻を摘まんだ。

 部屋の奥で椅子にどっしりと腰掛け、偉そうに踏ん反り返って葉巻を吸っている丸い男が、おそらくベッケン。……なるほど。サイレスの言う通り、確かに頭部が寂しい。


「──で、進捗はどうなっている?」

 ろくな挨拶もなく、ベッケンが口を開き本題に入った。

 サイレスも無駄な会話はしたくないのだろう。そのことに機嫌を悪くさせるような雰囲気はなく、ただ平坦に得た情報を説明し始めた。

「双子の居場所が判明した」
「──なんだとっ!?」

 これは事前に私が言ってもいいと許可していた情報だ。

 どうやらサイレスを取り込んだ後、こうしてベッケンと会うことが無かったらしく、この情報は奴にとって初耳だったのだろう。ベッケンはガタッ! と立ち上がり、早く教えろと催促する。

「白狼族の双子を匿っているのは、公爵家。アトラフィード家だ」
「アトラフィード家……厄介なことになった。まさか、国王のお膝元が関わっているとは……くそっ、面倒なことをしてくれる!」

 ベッケンは先程の嬉しそうな表情から一変、顔を歪めて机に拳を振り下ろし、憎々しげに呻いた。

「調べた情報によると……公爵家当主、ヴィードノス・ノーツ・アトラフィードが屋敷を出た際に拉致されようとしていた双子を発見。保護したそうだ」
「……おのれぇ……ヴィードノスめ。……だが、相手が公爵家当主ともなれば、あいつらが返り討ちにあったのも納得だ」

 父親は、あれでもかなりの実力者だ。
 学生時代は剣術と魔法の成績はどちらもトップクラスを誇っており、頭脳面でも陛下の補佐として十分な働きをして
いるらしい。……家族と接している時とは別人格すぎて想像はつかないが……時折見せる彼の表情が、その片鱗なのだと私は思っている。

「だが、騎士団の連中ではなかっただけ、まだマシだと思うべきか……」

 シルヴィア様が所属している騎士団は、陛下が、この国が抱える最大戦力だ。強者ばかりが集められ、そのトップを担っている各師団長とその副団長は、類稀なる強さを称して『化け物』と呼ばれ、頼りにされている。

 もし彼らが関わっていたのなら、ベッケンは国の最大戦力を相手することになっていた。騎士が正式に保護することになった瞬間、双子は王宮で匿われる。最悪の場合、最大戦力だけではなく、スレイブ王国そのものと対峙することになっていた可能性もあった。

 そう考えれば、まだアトラフィード家なだけマシなのだろう。


 ……まぁ、今こちらにはその化け物の一人であるシルヴィア様が付いているのだが、ベッケンはそのことを知らずに、相手が公爵家の者のみだと思っている。


「潜入は出来るのか?」
「出来ると思っているのか?」

 サイレスの有無を言わさない迫力に、ベッケンは押し黙る。

 騎士団の全てが守りを固めている王宮の警備には敵わないとしても、アトラフィード家はその次に警備がしっかりしている場所なのだ。部外者の侵入を知らせる罠が何重にも張ってあって、屋敷には何人もの兵士と魔法使いが警備を続けている。

 あの時、私がサイレス達の接近に気が付かなかったとしても、侵入は出来ていなかっただろう。

 騎士団という最大戦力を相手にしないからまだマシ?



 ──だが残念。

 うちの警備だって厳重なのだ。そこらの暗殺者集団程度に侵入を許すわけがないだろう。
 だが、私がいなければ侵入されていたかもしれないと思うと、サイレス達の技量は凄まじいの一言だ。

「どうすればいい……!」

 ベッケンは、すでに皆無となっている頭部を、更に激しく引っ掻いた。その様子を酷く冷静に見つめるサイレスと──私。

「諦めればいいだろう」
「諦められるわけがないだろう!」

 小さく呟かれた言葉に激昂したベッケンは、机の上に乗っている物を全てぶちまけた。激しい音を立てて食器類が割れるが、どちらも気にした様子はない。

「今回の依頼者は特別なのだ! 俺の命にだって関わるかもしれん! これくらい重要な依頼だった。なのに……! 公爵家ぇ……どこまでも俺の邪魔をしやがって、この借りは絶対に……いつか!」

 その公爵家の一人娘がここにいるのだが、それを教えるのはまだ先だ。

「命に関わるだと? 一体、お前の依頼者とは何者なのだ?」

 それは私が知りたかった情報だ。
 サイレスには、どうにかしてその質問をしてくれと言ってあったのだ。

「…………わからん」

 だが、期待していた回答は、なんとも拍子抜けする言葉だった。

「何もわからない。一度、気になって奴の身元を調べようかと思ったが、無駄だった」
「……どういうことだ?」
「何も掴めなかった。いや、掴もうとしたところで、諜報員が謎の死を遂げるのだ。それは無残に、これ以上踏み込んできたら容赦はしないと忠告しているようだった」
「なぜ、そのような怪しい者と手を組んでいる」
「金だ。気色の悪い奴だが、簡単な仕事の割に羽振りだけは良かった。だから依頼を受けていた。……今回も、そうなる予定だったのだ」

 やはり、黒幕は別にいた。
 ……その者に関する情報は無いに等しいが、存在するとわかっただけでも警戒することは可能だ。今回の件で、そいつが公爵家に興味を持たないとは言えない。

 今日聞いたことは全て、父親に報告するつもりだ。



 ──ちょんっと、サイレスの背中を軽く叩く。

 もう十分だという、私の合図だ。



「……報告は以上だ」
「ああ。お前は公爵家の穴を──」

 サイレスはゆっくりとした動作でナイフを抜き、ベッケンが座る椅子の背もたれに投擲した。顔面すれすれに飛んだ凶器に、ベッケンはゆっくりと顔を動かし、そして引き攣った笑みを浮かべる。

「お、お前……何のつもりだ……」
「俺はただ、主の命令に従っているだけだ」
「──っ、お前! 裏切ったのか!?」
「裏切ってなどいない。最初から俺達は利用し、利用される関係。仲間ではなかった」
「ふっっざけるな! お前が、お前っ!? これ、は……!」

 ベッケンは顔を真っ赤に染め、掴みかかろうと椅子から腰を上げようとして──ピクリとも動かない自分の体に驚愕して声を詰まらせた。

 私が魔法で体を縛ったのだ。
 私を倒すか、私以上に魔法を扱えなければ絶対に逃れられない拘束。

「お前! 何をした!」
「……ああ、言い忘れていた」

 うるさく喚き散らすベッケンとは真逆に、サイレスはどこまでも落ち着いた雰囲気を出している。

 怒りの叫びを完全に無視して話題を変えたサイレスは、一呼吸。



「俺の名前は、サイレス。我が主が付けてくれた名前だ」



 今更すぎる自己紹介を口にしながら、サイレスは後ろを振り向いた。
 彼の瞳は「なぁ、我が主?」と語っているような気がして、私は軽く微笑みながらゆっくりと頷き、姿を現した。

「なっ、貴様……いつからそこに……!」
「いつから? ふふっ、最初から……ですわ」

 私は冷笑を顔に貼り付け、ベッケンを見据える。

「お初にお目にかかります、闇ギルドの最高責任者、ベッケン」

 ワンピースの裾を摘まみ優雅にお辞儀をしてみせる。
 ──貴族たる者、どのような場所でも優雅に振る舞え。

「私はシェラローズ・ノーツ・アトラフィード。あなたを断罪する者です」

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?

山咲莉亜
ファンタジー
 ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。  だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。  趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?  ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。 ※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

処理中です...