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第45話 鎮圧とその後

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 その後、ベッケンの組織を鎮圧するのは、予想以上に上手くいった。

 王国騎士第二師団の人達が協力してくれたのだから当然の結果と言えば、そうなのだろう。

 こちらでもサイレスだけではなく、部下の暗殺者達も水面下で動き、油断した組織の者達を連行してくれた。ベッケンの身柄も拘束し、すでに騎士団本部へと連行済みだ。



 様々な人の助けがあったおかげで、全てがスムーズに運んだ。
 ──無気味に思えるほど、スムーズに。



「……どうした?」

 考え込む私に、サイレスが声を掛ける。

「…………思った以上に事が上手く運んだものだから、他に裏があるのではないかと気になっちゃって」
「ベッケンは思慮深い男だが、傲慢さ故に甘いところがある。これ以上は何もないと思って良いだろう」
「そう、ね……気にしすぎたみたい。さっさと資料を漁って戻りましょう」

 私達は、まだベッケンと対峙した部屋の中に居た。
 葉巻の臭いのせいで気分は悪いが、それよりも重要なことがある。


 それは今回の資料集めだ。

 どのような依頼であっても、依頼書というものがあるはずだ。それを探し出して提示すれば、今回の強行手段も後に反対意見が出てこない。これは私のためではなく、父親のためだ。

 今日のことで、父親は相当無理を言って陛下に騎士団を派遣してもらったらしい。その中には勿論、反対意見も出たことだろう。それを後からネチネチ小言のように言われるのは、父親のストレスになる可能性がある。

 もっとも、彼ならば「問題ない」と笑って一蹴してしまいそうだが、私が申し訳なくて父親に遠慮してしまう。私のわがままで引き起こした事件なのだから、私が出来る最大限のことをして負担を軽減したい。その一心で部屋に残っていた。



「殺人に強奪、他国との密売、奴隷の輸送……本当に悪事にしか手を染めていないじゃないの」

 少しは世間体を気にしながら、表では福祉活動をしているものと思っていたが、出てくる企画書や報告書は全て処罰に値するようなものばかり。眺めているだけで不機嫌になってしまうほど、それらはわんさかと出てきた。

「でも、白狼族に関する書類は見当たらないわね。口約束という線はあるかしら?」
「無いとは言い切れないな。奴は依頼主のことを『お得意様』だと言っていた。それなりに信用はしていたと考えれば、口先だけでの契約もあり得る」

 肝心な資料は手元に無いが、その代わり他の悪事が嫌というほど出てくる。喜んで良いのか、それとも目的のものが見つからないと落ち込むのか。……素直に喜べないというのが正直なところだ。


「──ったく、徹底的に潰してやろうかと思っていたのに」
「公爵家のご令嬢が言う台詞じゃないな。……それに、耳が痛い」

 私の言葉に、サイレスが苦笑しながら言う。

 ベッケンに対して悪党だ何だと言っているが、罪の重さではサイレスも同じようなものだ。『殺人』を主にしているため、ベッケンよりも罪状は重いだろう。

「勿論、サイレス達も人に褒められるようなことはしていなかった。正体がバレたら、ベッケン達と仲良くブタ箱行きでしょうね。最悪、極刑よ」
「…………ああ、その通りのことをして来たのだ。用は済んだと突き出されても、俺達は抵抗出来ないさ」

 牢獄の中は、この汚れた世界よりも快適だろうしな……と、サイレスはどこか寂しそうに呟いた。



「……馬鹿ね」



 弱音を吐いた彼に、コツンッと後頭部に拳骨を降らした。

「私が保護するって言っているでしょう? もうあなた達は私の部下なんだから、牢獄になんて行かせない。行きたいと言われても、力づくで黙らせるからね」

 私は公爵家の娘だ。
 少しばかりの改変程度なら容易に出来る。

 権力は使える時に使う。
 貴族というのは、そういうものだ。

「どうして、そこまで無茶をしてくれるのだ?」
「あら、言わなきゃわからない?」
「教えてくれ」

 サイレスの瞳は本気だった。
 こうして直に言うのは恥ずかしいが、特別に教えてやるとしよう。

「無茶をするに値する魅力を、私が感じたからよ」

 サイレスは何も言わない。
 いや、正しくは何も言えなくなった、だろうか。

 そうやって反応を無くされると、本気で恥ずかしくなってしまう。

「ほ、ほらっ、ボーッとしてないでサイレスも書類集め手伝ってちょうだい。こんな臭い部屋、さっさと出ましょう?」

 何分も中にいれば、流石に鼻も慣れてきた。だが葉巻は本人が吸っていなくても、副流煙による受動喫煙が怖い。ちょっとの有害物質ならば魔法でどうとでもなるが、それを知っていて空気を吸い続けるのは気分的に害がある。

 だから私も率先して働いているのだ。

「…………ああ、そうだな」

 サイレスはまだ何かを言いたげだったが、私が話を強制的に終わらせて作業に戻ったことで、次の言葉は己の内に呑み込んだらしい。


「ありがとう、シェラローズ様」


 その代わりに出てきたのは、感謝の言葉だった。
 とても短い言葉だったが、その中には彼の感情全てが込められている気がした。

 ──こんな時くらい笑顔を見せてくれても良いのだがな。
 そう思いながらも、やはりこれがサイレスらしいと満足する私がいた。

「……ええ、どういたしまして」

 私達は以降何一つ会話せず、黙々と作業した。
 十分な書類を手にして地上に出たのは、それから一時間後のことだった。





          ◆◇◆





「シェラローズ様!」

 地上に出た私達を一番に出迎えてくれたのは、シルヴィア様だった。

 作戦は無事に終わったのに、いつまでも戻ってこない私達を心配してくれていたのだろう。顔が見えた時の彼の表情は、とても痛々しいくらいに重く暗いものだった。だが、彼が私の顔を確認した瞬間、それが一転して晴れやかなものとなり、笑顔で迎えてくれた。

 それは私に微笑むかけてくれる優しいものではなく、心から安心したような満面の笑みで、私は胸がドキッと跳ね上がった。

 感情の起伏が子供らしくて、失礼にも「可愛い」と思ってしまったのだ。

「シェラローズ様、残党は全て制圧。私の部下達が騎士団本部に輸送しています。もう時期、全てが完了するかと…………シェラローズ様?」
「あ、はい。お疲れ様です。そちらで何かトラブルはありましたか?」
「少しの抵抗はありましたが、彼らは寝起きということで動きが鈍く、幸い怪我人は出ていません」
「そう……それは良かった。お父様のために協力いただいた方達を、私のせいで傷つけるわけにはいきませんもの。本当に、無事で良かった……」

 怪我をしていれば、すぐに私が魔法で癒そうかと思っていたのだが、どうやらその必要はなかったらしい。流石は騎士団。団長だけではなく、その部下達も手練れというのは認めるべきだな。

「シェラローズ様、今回の采配──お見事でした」
「いえ、そんな……褒められるほどのことはしていません。私はただ、私の考えを述べただけですわ。周りの方達が協力してくれたから、こうして無事に終わったのです。なので、感謝と称賛を送るのはこちらの方です」

 私は一歩後ろに下がり、シルヴィア様に頭を下げる。

「今回のご助力、誠にありがとうございました。あなた方のおかげで、全てが上手くいった。まだ何の力も持たぬ小娘の分際ですが……いつか必ず、このご恩はお返しいたします」
「い、いえっ! どうか顔を上げてください。ベッケンが統括する闇ギルドを抑えるのは、こちらの悲願でもありました。今回の件があったからこそ、陛下も私達騎士団も動くことを決意出来た。だから感謝するのはこちらです」
「ですが──」
「いえ、私達だって──」

 感謝の応酬が続き、ちょっと疲れた頃……シルヴィア様は静かに息を吐いた。

「本当に、お願いですから頭を上げてください。こんなに可憐なレディーに頭を下げさせているのを誰かに見られたら、私の顔が丸潰れです」

 シルヴィア様の面目が揺るがされるのは、私も勘弁願いたいところだ。
 ──だったら、お言葉に甘えさせてもらおう。

「はい。シルヴィア様にそう言われたら──」



 言葉にしながら頭を上げた私は、途中でそれを中断することになった。



 シルヴィア様が鬼の形相で私──その後方を睨んでいたためだ。
 不審に思った私が首を傾げた次の瞬間、私はシルヴィア様の腕の中で抱かれていた。

「──居るのだろう。出てこい」

 地獄の底から湧き出たような低い声に、私は全てを理解する。
 シルヴィア様が痛いほどに見つめているその先に、微かな魔力反応を感じたのだ。



「あーらら、バレちゃった」

 それは彼の言葉を聞いて僅かに揺らめき、正体を現す。

「流石は王国騎士第二師団団長ってところかな?」

 その者は、男だった。

 見た目は20歳にも満ちていない青年の姿で、シルヴィア様の殺気を真正面から受けても飄々と受け流しているその様は、私の目には異様に映った。

 通路を吹き抜けた風で銀色の髪が揺れ、真っ赤に燃える紅い瞳は面白そうに細められる。



 あの風貌。あの魔力。
 間違いない。



 奴は──魔族だ。





「貴様、何者だ……」
「僕が何者か、だって? それは言わなくちゃいけないことなのかなぁ?」
「…………なんだと?」

 カラカラと、男は不気味に笑う。

「今から死ぬ相手に、わざわざ名乗る必要は無いでしょう?」

 男が魔法を詠唱する──その前に、剣を握っていたシルヴィア様の手元が動き、振り抜きざまに一閃。

 ──ボトリと、一拍遅れて男の首が地面に落下した。

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