公爵令嬢に転生した魔王様の平和を望むセカンドライフ

白波ハクア

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第53話 この時代でやりたいこと

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 事切れたラヴェットの死体は、塵も残さず焼却した。

 魔族がスレイブ王国の王都に侵入していたと知られれば、少しの騒動が起きる。発見した私も巻き込まれる可能性は大いにあるので、それなら魔王自らが責任を持って下僕である魔族を殺し、証拠隠滅を図ろうとしたのだ。

 ラヴェットの目撃人はもう一人。シルヴィア様が居るが、すでに男は国外に逃げたのだろうと話せば、彼も納得してくれるだろう。


 ──と、いうことで。



「んーーーーーー! 終わったぁ! はぁ、疲れた……」

 私は王座の上で背伸びをし、大きく息を吐きながら背もたれに体重を預ける。


 ようやく全てが解決した。

 これでティアやティナを狙う奴は現れないし、私達の生活を邪魔する奴も居なくなった。ようやく落ち着いた日常生活に戻れるのだと想像したら、こうして脱力するのも仕方のないことだと許してほしい。

「あぁ……だが、もう少しで7歳の誕生日が来る……」

 嫌なことを思い出し、私は「うげぇ」と貴族らしからぬ声を漏らす。

 歳を重ねることは、別にいい。
 だが、7歳になれば色々と面倒な用事が舞い込んでくることは理解している。

 まだ私は、貴族としての勉強を何もしていない。マナーや、魔法学以外の基礎知識。貴族同士のお茶会の誘いも来るだろうし、もっと大きいものだと『夜会』というのもある。私は公爵家の娘なので、そういう大きなイベントには沢山呼ばれるだろう。……となれば、ダンスの稽古も必要だ。

「はぁーーーーーーぁ……」

 やっと双子と静かに暮らせると思った矢先に面倒なことを思い出してしまい、私の心にズシリと重い何かがのし掛かった。

「なぁサイレス? 私の代わりに令嬢やってくれないか?」

「何を言い出すかと思えば、急になんだ」

「……面倒」

「休めばいいだろう」

「そう簡単にいかないのが貴族社会というものなのだ……」

 私は再び溜め息を吐き出し、頬杖をつく。

「シェラローズ」

「ん? なんだ?」

「楽しんでいるところ悪いが、そろそろ帰らないとバレるぞ」



「──げっ」



 サイレスの言葉で、私は我に返る。

 彼の言う通り、楽しんでいたせいで帰宅時間のことをすっかり忘れていた。
 焦って窓を覗き外の様子を眺めると、すでに空は若干明るくなり始めている。


 ──やばい。
 こんな血みどろの格好で帰宅したら、何を言われるか……。


「サイレス。エルシアへの説得に協力してくれ」

「先程の威厳はどこに行った?」

「う、うるさい! 今はシェラローズなのだから、別に問題ではないだろう!」

「魔王でもあるんだろう。その時の知識を活用してどうにかしろ」

「魔王でも出来ないことはある! 今がその時だ!」

「……頼り甲斐のない魔王だな」

「そろそろ無礼だぞ!?」

 魔王に対してここまで言う配下は、生前に一人だけいた。そいつの顔が目に浮かぶようで、懐かしく思うと同時にイラつく。


「ったく、私の部下はどうしてこうも……!」

「文句を言っている暇があるのか?」

「ない!」

 私は腰を上げ、王座を消滅させる。



「──こほんっ。さぁ、とっとと帰りましょう」

 使用人に見つかり、両親に報告されることだけは避けなければいけない。
 エルシアならばこっそり屋敷を抜け出した理由を説明すれば、ちょっと怒る程度で納得してくれるだろう。

 問題は…………。

「この服、どうしましょう」

 ワンピースの胸元は完全に露出しており、ついでに返り血で真っ赤に染まっている。これに対する言い逃れが思いつかず、私は頭を抱えた。

「サイレスぅ……」

 私に出来ないことがあるのなら、部下に頼ればいい。
 そう思いサイレスを振り返る。

「……はぁ、少しボロい服になってしまうが、店にある服を持って来させよう。少しだけ待て」

「助かるわ! 持つべきものは信頼出来る部下ね!」

「魔王にそう言われると、恐縮だな」

 サイレスは肩を竦め、使い魔を窓から放った。
 後は、待つのみだ。

 王座は消滅させてしまったし、座るためだけに再度出現させるのは勿体無い気がするので、血溜まりになっていない部屋の隅っこに移動し、私はちょこんと座る。服が汚れるのは今更なので、薄汚れた地面だろうと抵抗はなかった。



 その横にサイレスも腰掛け、場は静寂に包まれる。
 ……少し、気まずい。



「ねぇ」

「なんだ」

「私に聞きたいことがあるのではなくて?」

「…………ふむ、そうだな」

 サイレスは顎に手を当て、考え込んだ。

「特にないな」


 ──どのような質問が飛んで来るのか。
 ここまで来たら全てを晒すつもりで身構えていた私は、感情が込もっていないその言葉を聞いて盛大にずっこけた。

 その様子を見たサイレスは、フッと軽く笑う。


「……冗談だ」

「冗談って、サイレスが冗談を言うなんて珍しいわね」

「散々驚かされた上に、今まで騙されていたからな。その仕返しだと思え」

「はいはい。驚かせてしまい、申し訳ありませんでしたー」


 今回のことは、彼にとって驚きの連続だったことだろう。

 だが、事前に言っていた言いつけを守り、最後まで動かず私に選択を委ねてくれていた。そのことに感謝しつつ、しかし面と向かって謝るのは恥ずかしいので、わざと棒読みで彼に謝罪した。


「…………前に、聞いたな。お前は何者なんだ、と。あの時は適当にはぐらかされた」

 ──今度はちゃんと答えてくれ。
 言葉にはしなかったが、サイレスの真っ直ぐな瞳がそう語っている気がした。

「アトラフィード家長女シェラローズ・ノーツ・アトラフィードにして、魔王グラムヴァーダ。輪廻転生の末に二つの魂が融合し、現代に生まれ変わった歪なる存在。それが私」

「…………事実、なんだな」

「嘘は言わないわ」

 普通は信じられないのは理解している。
 それだけ規格外のことを言っている自覚は、流石の私にもあった。

 ──だが事実だ。
 それを信じるか信じないかは、サイレスに掛かっている。

 正直な話、信じられないのなら、それでも構わない。
 他に吹聴しないと約束してくれるのであれば、私はそれで十分なのだから。

 今の生活が脅かされること以外は、正直どうでもいい。

「お前は、魔王は何がしたい? この時代で何をするつもりだ?」

「ふむ? 何をするつもり、か……そうねぇ……うーん……」

 何をしたいかと問われたら、困ってしまう。
 思い返せば私は、魔王としての自覚が芽生えた時から色々とやることが多かった。



 ──両親は決別寸前で、ほぼ家庭崩壊が起こっていた。

 両親が離れ離れになってしまったら、十分な生活を望めない。絶対に決別させるかと、必死になって動き回った。今ではラブラブすぎてウザいくらいだが、これで満足している。



 ──この時代の魔法が大幅に劣化していることを知った。

 どこまで魔法学の質が低下しているのかをこの身で学んだ。予想以上に退化していた魔法学に、あの時受け継いできた知識はどこへ行ってしまったのだと、嘆いたこともあった。



 ──攫われた白狼族の双子を保護した。

 二人が一人前になるまで親代わりをすると約束し、様々なことを教えた。読み書きも基礎知識もほとんどを知らなかった二人を教えるのは大変だったが、でも子供達と触れ合うのはとても楽しいと思えた。



 ──裏社会の連中と敵対した。

 暗殺者が送り込まれ、サイレス共々部下に引き込んだ。ベッケンが支配する組織を壊滅させ、事件を引き起こした黒幕もこの手で排除した。






 ──そして恋をした。





「…………別に、特別なことは何もない。貴族として生活したい。学校に行き、友達を作り、笑い、楽しみ、時には泣き──普通の女の子として人生を楽しみたい」

 そこに『魔王』はいらない。グラムヴァーダとしての『我』はいらない。
 私達の生活を脅かす邪魔が入れば力は必要になるが、日常生活を送る上で魔王の力なんて必要無いのだ。

 サイレスの問いに答えるとしたら、これが一番適しているのだろう。


「──平和」


 平和に生活し、平和に年を重ね、平和に人生を謳歌したい。

 私がこの時代で知ったことは、魔法学の劣化だけではない。

 ──この時代の魔法学が劣化したのは、争う必要が無いからだ。この時代に魔王は存在しない。魔物はまだ生き残っているが、以前ほど危険な世界ではなくなった。

 今の時代も人間と魔族の争いが続き、大陸を巻き込んでいたならば、我は魔王として立ち上がり、数少ない同胞を導いていただろう。

 しかし、現在魔族はほとんど姿を消し、必要以上に血の流れない世の中になりつつある。
 我が最後まで求めていた『平和』が、この時代に出来つつあるのだ。

 それを我自らが壊すつもりはない。


 ──魔王グラムヴァーダはこの時代に必要とされていない。
 悲しくはあるが、喜ばしいことだ。


 同胞を最後まで導いてやれなかったのは、悔やまれるだろう。


 ……だが、もう苦しむ必要はないのだ。
 どこかで善良な魔族が生き残り、息を潜めているのならば、どうかそのまま平和に暮らしてくれ。

「私は皆が笑ってくれれば、それで満足なのよ」

 それが私の、『私達』の望みだ。

「ねぇサイレス?」

 だから私は手を伸ばす。

「あなたも、私と共に歩んでくれるかしら?」

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