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第52話 汝に苦痛あれ
しおりを挟む久しぶりに味わった激痛に、ラヴェットは目を白黒させていた。
「どうだ? 痛みは感じたか? …………と、質問せずともわかることだな」
「はぁ……はぁ……! な、に……をした。僕の体に、何をしたっ!」
「貴様の『不死』たる所以を破壊したまでよ。痛いだろう? 体が重いだろう? それが命の重さだ。取り戻せて良かったな」
「っ、ざけるな!」
「ふざけてなどいないのだがな。理解させるというのは、これほどまでに難しいものなのか」
私は芝居めいた動作で「ああ、嘆かわしい……」と呟きながら。サイレスの元へトコトコ歩いた。
「サイレス。悪いがナイフを一本貸してくれるか? 毒なしが好ましい」
「あ、ああ……それくらいならば構わないが」
「助かる」
礼を言い、ラヴェットのところへ戻った私は、そのまま手にしたナイフを奴の腹に突き刺し──再びラヴェットは絶叫する。これくらいで情けない叫びだが、数百年ぶりに味わう激痛なのだから、余計に痛く感じるのも仕方のないことだ。
だからって遠慮してやるつもりは一切ないのだが……。
「ほら、痛いだろう?」
私は突き刺したナイフで、腹の肉をグリグリと抉った。
奴が叫ぶと同時にそこから血が吹き出し、そのまま横に斬り裂いたところから臓物がびちゃびちゃと音を立てて地面に落ちる。異臭が部屋に充満するが、ここはスラムの死体遺棄場だ。その程度の臭いはもう嗅ぎ慣れた。
「痛みを感じることに混乱しているのか? 血が止まらないのが不思議か? 意識が無くなっていくのが怖いか? ……なぁに、心配することはない。全ては普通のことなのだから」
ラヴェットの瞳が恐怖に染まる。
「いやだ、助け──」
「助けて欲しいか? だが、残念ながら助けることは出来ない」
奴からは濃厚な死の臭いがする。
おそらく、幾人もの人を殺してきたのだろう。
性格から考えて、拷問して弄んだ後に殺す。ということも少なくないはずだ。
「貴様は自分が上位の魔族だと自惚れ、罪の無い者達を弄んだ。違うか?」
「何、で……そんなの関係な──ッァア!!」
「関係無くなどない。どうなのだ? 正直に言えば、解放してやらんことはない」
「っ! 子供も女も、気に食わない奴が居たら全部殺した! 不死である僕に楯突いたんだ! 人間だろうが亜人だろうが、魔族だって殺した! ムカついたんだ。殺すのは当然だろう!?」
楽にしてやると言った瞬間の、見事な手のひら返し。
その素早さは素直に称賛するが、奴は想像通りのクズであった。殺すことを悪いとは思っておらず、むしろ正しいと思っている。人とはここまで歪むものなのかと、同族であっても哀れに見えてしまうな。
「よくわかった。──貴様は生かしておいてはならぬ」
私の言葉に、ラヴェットは目を剥くほど大きく開いた。
「なっ! 約束がちがっ──」
「約束? 我は『解放してやるかも』と言っただけで、『解放してやる』とは言っていない」
「僕を騙したのか!?」
「騙してなどいない。……それに、約束する時は、こうするのだぞ?」
両手の小指を絡ませ、指切りをした。
ラヴェットは一瞬呆けた表情になり、直後、顔を憤怒に染める。
「馬鹿にするな。この僕を! 馬鹿にするなぁ!」
「貴様は不死では無くなった。ただの魔族。その中でも弱い。『この僕を!』と言われても…………くくっ、その台詞は我の方が似合っているのではないか?」
「おまえぇええええええええ!!!」
ラヴェットは激しく体を揺らすが、骨はピクリとも動かない。
次はうっかり飛び出されないようにと、キツめに縛ったのだ。ちょっと体を揺らす程度で逃れられたら困る。
「そう強く睨むな。どう足掻いたところで、貴様の『死』は確定しているのだからな」
私はナイフを引き抜き、奴の頭にゆっくりと────
「だが、すぐに殺すのは勿体無いな」
皮膚が斬り裂け、血が垂れたところで私は踵を返し、王座にどっかりと腰を下ろす。
「貴様は多くの者を嘲笑い、苦痛の末に殺した。ならば、貴様にも同じ痛みを与えるのが普通だろう?」
ただ殺すのでは勿体無いし、犠牲にあった者達が許さない。
……まぁ、私がどのように苦しめて殺したところで、奴は『地獄』にてそれ以上の苦痛を味わうことになるだろう。それが狂人に相応しい終幕ということだ。
私の考えていることを遅れて理解したラヴェットは、見る見るうちに顔から血の気が引いていった。
「さぁ──途中で死んでくれるなよ?」
薄く微笑み、私は腕を振った。
◆◇◆
部屋は真っ赤に染まり、鉄の臭いが充満している。
その中心にいるのは同じく真っ赤に染まった男で、王座から伸びた骨によって全身を拘束され身動きが取れなくなっていた。
……もっとも、すでに動く気力なんて残ってはいないだろうが。
「ころして……ころして……ころして……ころして……」
男、ラヴェットは一定の間隔で「ころして」と呟き、それ以外の言葉は何も口にしなくなっていた。目は虚ろで、どこを見ているかわからない。言葉を発していることから生きているのは確かなのだが、側から見たら死んでいるようにしか思えないその姿は、まるで磔にされた咎人だ。
「殺して、か……不死だった者が殺して欲しいと懇願するとは、何という茶番だとは思わないか?」
「ころして……ころして……ころして……」
「ふむ。会話すら成立しないか」
これは少々やり過ぎてしまっただろうか?
私がラヴェットにしたのは軽い拷問であり、単純なことだ。
一枚一枚爪を剥がし、全身の骨を丁寧に一本ずつ砕き、耳を切り落とし、指を潰し、最後は舌を切って死ぬ直前まで放置する。そして本当の限界に近づいたところで、私の回復魔法で癒す。全てが無くなったことになったところで、もう一度同じことの繰り返しだ。
……もう、かれこれ一時間ほどやっただろうか?
途中で飽きてしまい、本当に死ぬギリギリになって慌てて回復したことは何回かあったが、まだ一度も殺してはいない。
吹き出した血液はそのままだが、奴の体内では全てが無くなったことになっているのだ。
拷問すらしていないと、胸を張って言えるくらいには完璧に直してみせた。
「このまま続けたいところだが、反応が薄くなってきたせいで面白くない」
「…………ころして、ころして」
──ああ、なんと哀れな同族だろうか。
『不死』という不完全な力を手にしてしまったが故に、心まで捻じ曲がってしまった。傲慢に囚われ、自分だけのために生き続けた結果、こうして罰が下っている。
自業自得だが、本当に哀れな男だった。
「ラヴェット。貴様のような奴が二度と生まれぬよう、願っている」
私は、哀れな魔族に手を差し伸べ──
「【汝が魂は、我が手中にあり】」
その手を、静かに閉じた。
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