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第59話 虐められていたのは
しおりを挟むマッサージを受けたおかげで体の疲れは癒えたが、それでも限界を超えた運動をしてしまったせいで、体の節々が悲鳴を上げている。
体を引きずるような歩き方になってしまい、公爵令嬢として相応しくない立ち振る舞いになってしまうのは、仕方のないことだ。
早々に諦めた私は、エルシアに今日の予定を全てキャンセルしてもらい、部屋で大人しく過ごすことにした。
「エルシア、私は自室で大人しく引き篭もっているから、何かあったら教えて?」
「お嬢様が部屋に引き篭もる……? 次は何を企んでいるのです?」
「大人しくすると言ったわよね!?」
……と、一悶着あったのは悲しい事件であった。
彼女も半分冗談で言ったのだろうが、『部屋に籠る』イコール『企み』だと思われていることは心外だった。
ティアとティナの二人は、私の横で静かに絵本を読んでいる。
二人の話を聞く限り、今日の勉強はすでに終わらせたらしいので、自由にしていても問題ない。
「シェラローズさま、ここ、わからない」
「ん? これはね──」
今二人が読んでいるのは『英雄ゲイルの冒険譚』というお話だ。
自由奔放な彼が田舎村を飛び出し、様々な苦難と葛藤を乗り越え、やがて英雄になる。それを絵にして面白おかしく描いた物語となっている。
人に見られるため話を意図的に作り変えられている部分はあるが、彼らしさがより強調される内容になっているため、私も楽しく読むことが出来た。
──英雄ゲイル。
彼は確かに自由奔放な性格をしていた。私も何度か彼と死闘を演じたが、英雄という二つ名に相応しい勇気と度胸を持ち合わせており、彼こそが『男の中の漢』なのだと、敵ながらに認める存在であった。
敵同士でなければ、一度は酒を交わしたい。そう思える男だった。
……まぁ、向こうがどう思っていたかは知らんが。
最後は多くの者に看取られながら、寿命で逝ってしまったと聞いたが、こうして知り合い(と言えるような立場ではないが……)が主役の物語になっているというのは、どこか嬉しく感じてしまうな。
「シェラローズさま?」
「っ、ごめんなさい。どうしたの?」
「ううん。なんか、うれしそうだったから」
「シェラローズさま、わらってた。にこーって!」
「このおはなし、おもしろい?」
「……ええ、面白かったわ。とても」
こうして私も人間となった今、彼と会いたいとは思う。
だが、彼はただの人間だ。私のように『輪廻転生』を成し遂げているわけではないので、再び出会うことは絶対にないだろう。
「シェラローズさまは、この人、すき?」
そう言って指差したのは、英雄ゲイルだ。
「え? うーん、好き、ではないわね。好ましい性格をしているとは思うけれど。二人は誰が好きなの?」
「ティアはね! この人! この人がすき!」
「ティナも! ティナもこの人すき!」
二人が声を明るくさせて指差したのは、真っ黒なローブに全身を包み、禍々しい杖を片手に持った最大の強敵『魔王グラムヴァーダ』──って、私じゃないか。
思わず私はガクッとその場でコケて、どうして魔王が好きなのかを二人に問いかけた。
「だって、一人でがんばってるの、この人だけだもん!」
「ゆーしゃはなかまいっぱいで、あまりがんばってない!」
「あ、あはは……」
子供らしい直球な言葉に、私は乾いた笑いを返すことしか出来なかった。
確かに、勇者は常に仲間に囲まれていた。
それは彼の人望もあったのだろうが、中には『勇者』という肩書きを利用しようとしている者もいただろう。そんな中で戦いに身を投じていた彼が、頑張っていない訳はないのだが、この子達は現実を知らないのだ。
彼らはただ与えられた道を進んでいるのではない。その道には沢山の出会いと別れがある。迷いと苦難を乗り越え、彼らは多くの屍の上に立っているのだ。
……まぁ、仲間が存在しているだけ、彼らは恵まれているのだろうな。
だが、魔王は一人で頑張っている、か……。
私にも仲間は居た。信頼出来る部下も沢山居た。
しかし、やはり私は一人だったのだ。魔王だからと全てを背負い続けていたのだろう。
だから私は、仲間に囲まれている勇者を見て…………いや、やめておこう。勇者とその仲間のことなんて、私にはもう関係のないことだ。
「どうして、彼は一人だと思うの?」
「……えっとね、この人、かわいそうなの」
「可哀想?」
思ってもいない言葉に驚いた。
まさかティアに可哀想だと思われているとは……え、私可哀想なのか?
「ずっとまぞくを支えてきたのに、なにもできないでおわっちゃった」
「だから、可哀想って?」
「……うん。まだやりたいこと、あったんだろうなぁって……どうしてかな。すごく、かなしくなるの」
ティアは苦しそうに、胸の辺りをぎゅっと握った。
「……ティナは?」
「まだ、よくわからない。まおうはとってもわるい人……だけど、ほんとうはちがうとおもうの」
本当は違う。
それは確信を持って言ったことではないのだろう。
だが、ティナは考えて言葉を選んで、そのように言ったのだ。
「だって、まおうは一人でずっとたたかってたんでしょう?」
「……ええ、そうね。魔王は常に戦っていた。来る日も来る日も、戦争を仕掛けてくる人間を相手に一歩も引かなかったわ」
それはもう、遠い過去の話だ。
「この人は──すごくつよいんだとおもう」
「うんっ! とってもつよくて、かっこいいの! だからティアもティナも、この人がすきなの!」
「…………そう」
──素直に嬉しかった。
二人は私が魔王だと知っているわけではない。それは理解している。だが、他ならぬ二人に「好きだと」言われて、嬉しいと思ってしまったのだ。
「でも、みんなひどいよね!」
「うん! 人はひどいよ」
ティナは怒ったように頬を膨らませ、ティアもそれに頷いた。
「まおうだからって、みんなでいじめるのはひどいよね」
「まおうはかわいそうだよね」
「「ねーー!」」
私は思わず吹き出してしまった。
──いじめ。
まさか、この私が、魔王がいじめられているとは……子供の発想力というのは、とても面白い。
そうか、私はいじめられていたのか。
私は腹を抱えるほど笑った。筋肉痛が響くが、今はそんなこと気にしない。顔を顰めるほどの痛みを感じないほど、私はとても愉快な気持ちになっていた。
「シェラローズさま?」
「どうしたの? おなか、いたいの?」
「……いいえ、そうではないわ」
私は双子を抱きしめる。
「ありがとう」
「「……?」」
双子は首を傾げた。
感謝の意味がわからなくてもいい。
ただ私が言いたかっただけだ。
そして最後にこの言葉を贈りたいと思い、私は口を開いた。
「私も、二人のことが大好きよ」
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