公爵令嬢に転生した魔王様の平和を望むセカンドライフ

白波ハクア

文字の大きさ
65 / 78

第63話 憧れへの情熱

しおりを挟む



「今日もお疲れ様でした、シェラローズ様」

「いえ、今回も良い経験を積むことができました。ありがとうございます、シルヴィア様」


 騎士団本部に設置されている風呂に入り、入念に体を洗って髪を乾かした後、私はシルヴィア様の執務室を訪ねていた。

 今日も無事に終わったという報告と、少しの雑談。
 この二人きりの時間が、私にとってのご褒美と言っても過言ではない。


「実は、今日の稽古の様子を少し見させてもらいました」

「えっ……! そ、そんな、は、恥ずかしい……」

 シンシア様に負ける姿を、好きな人に見られたくはなかった。
 私の負けず嫌いな性格が出ているのもあり、途端に恥ずかしくなって顔を逸らす。

「シェラローズ様は天才です。6歳という若さで、あのシンシアと剣を交えられるのですから」

「……ですが、まだ一度も勝てていません……それが悔しくて、次こそは一撃入れてみせます!」

「貴女は生粋の負けず嫌いなのですね。その信念は素晴らしいと思いますよ」


 私は魔王だった。
 過去を遡っても、私が敗北したのはただの一回。

 ──勇者との決戦だ。
 あそこで私は初めての敗北を味わい、死んだ。

 この気持ちは、悔しいと言うのだろう。
 初めて負けた。それはとても悔しかった。だから次こそは負けない。


 そう思っていたのに、ここ最近は何度も負け続けている。

 私の、魔王としてのプライドはボロボロだ。
 ……いや、ズタズタに引き裂かれた。


「うーん、シンシアと対等に戦える実力がある者は騎士の中でもほんの一握りだって、どうやったら理解してもらえるのだろう?」

 と、シルヴィア様が何かをブツブツと呟いている。

 私の耳には届かなかったけれど、私を見ながら苦笑していることから、呆れられているのだろうと察する。

「…………あの、諦めの悪い女だと、思われていないでしょうか?」

 何度もシンシア様と稽古を繰り返し、そして負けている。
 日々剣を振り、限界まで走り込み、基礎は全て体に叩き込んだ。それでも負け続けている私は、他から見て滑稽に思われていないだろうか。

 そんな嫌な考えが頭を過ぎり、私は不安になった。


 ──シルヴィア様は、何も言わない。
 目を鋭くさせ、私を見つめる。

 私は余計に怖くなった。
 でも、目を逸らしたらダメだと思い、正面から見つめ返す。


「──ふふっ」

 途端に、シルヴィア様は表情を崩した。

「諦めの悪い女? 私がそのような人が大好きですよ。目標のために我武者羅になって頑張れる。なんと素晴らしいことでしょう。普通の人間は、すぐに折れてしまいます。でも貴女は何度負けようと、何度無力を突きつけられようと、決して折れることなく、むしろ奮起する」

 シルヴィア様は立ち上がり、ゆっくりと私の元まで歩み寄る。
 視線を同じくさせるために膝を折り、彼は真剣な瞳で私の顔を覗き込んだ。


「……どうか、諦めないでください。決して折れないでください。諦めの悪いシェラローズ様の姿を、最後まで私に見せてください」

 彼はそう言い、ポンポンッと私の頭に手を置いた。


「~~~~っ! あ、あの!」

 私は耐えきれず思った以上に大きな声が出てしまった。


「っと、申し訳ない。気安く触れてしまった」

「いえっ……えっと、その……うれしかった、です……」

 私は素直な心を、口にした。

「邪魔だと思われているのではないか、嫌われているのではないか……そう思っていたので、とても、安心しました」

「嫌う? 私がシェラローズ様を? ──ははっ! 見縊ってもらっては困ります。シェラローズ様は、今まで見たどの女性よりも魅力的だ」


 顔が沸騰しそうなくらい、暑い。
 シルヴィア様の美顔でそれを言われて、落ちない女は居ないだろう。


「シルヴィア様は、ずるいです。……それを言われたら、もっと頑張りたくなるではありませんか」

「ええ、頑張ってください。頑張って、不可能を可能視する瞬間を見せてください。今後は、それを最上の楽しみとさせてもらいましょう」



 ああ、本当にずるい男だ。
 そんな言葉で私を縛るなんて、本当に嬉しくなってしまうではないか。


「いつになるかは、わかりません。……でも、必ずシルヴィア様の期待に応えてみせます」

「私の目論見では、そう遠くない未来だと思いますよ」

「そう、でしょうか?」

「ええ。今日の剣筋を見て確信しました。シンシアもそれをわかっているから、そう簡単に抜かされるわけにはいかないと、毎晩自主練しているほどです」

「シンシア様の剣が日々鋭いものになっていくのは、それが理由だったのですね」

「……おや、気付いていましたか」

 驚いた様子のシルヴィア様に、私は「当然です」と返す。


「シンシア様と毎週剣を交えているのですから、少しの変化くらいはわかります」

 剣聖ラインハルトとの戦いでもそうだった。
 前に戦った時とは比べものにならないほど強くなっており、戦闘中とはいえ「腕を上げたな!」と敵を褒めてしまった。その時の彼は驚きに溢れていて、でも褒められたから嬉しいけど、それを言ったのは魔王でと、すっごく複雑な顔をされたのは、少しだけ悲しかった。



「それ、剣を極めた者しかわからないことなのですが……これも当然と言いますか。やはり貴女は面白いお方だ」


 さも当然のように言ったら、笑われてしまった。



「貴女はもしかしたら──剣聖の生まれ変わりなのかもしれませんね」

「──っ!」



 シルヴィア様から告げられた言葉に、私の心臓は大きく跳ねた。

「剣聖ラインハルト。……はい、私は彼のような剣を振りたいと、そう思っていました」

「剣聖のような剣。……そこまで望まれていたとは、流石の私も予想していませんでした」

「彼の剣は『綺麗』です。一振り一振りに無駄はなく、恐ろしいほどに洗練されている。あれこそが剣の頂なのだと、剣の道に疎い私でもわかる。だからこそ私は、彼のようになりたいのです」

「…………」

 強い意思を持ってそう宣言すると、シルヴィア様は再び黙り込んでしまった。
 そこで私はハッと我に返り、やってしまったと後悔する。


「っと、こうして教えていただいているのに、他の方を目標にしているだなんて……失礼なことを言いました。本当に申し訳ありません」

「…………いいえ、剣聖の伝説に憧れ、騎士に入団する者は多い。かく言う私もそうでした」

「シルヴィア様も、ですか……?」

「……でも、貴女ほどの強い信念を持っていた騎士は誰一人、居なかった。私は、騎士団長という座に登り詰め、その地位に満足してしまい、いつの間にかその情熱を忘れていた」


 シルヴィア様は、私に頭を下げる。


「貴女はその情熱を思い出させてくれました。どうやら私も貴女に感化されてしまったみたいだ」

「それは、どういう……」

「私も更なる高みへ登って見たいと、そう思えたのです。
 今は貴女が眩しく見える。その熱意と信念。私はそれを長年忘れていた愚か者だ。そんな男に、再び夢見ることを思い出させてくれた。──感謝を申し上げます、シェラローズ様」


 そう言って顔を上げたシルヴィア様の表情は、とても晴れやかだった。

 彼が何を思い、なぜ変化しようとしたのか。
 その経緯は、私にはわからない。

 でも、その変化はとても良いことだと思う。



「──はいっ!」

 だから私も、彼に負けないくらいの笑顔を浮かべたのだった。

しおりを挟む
感想 27

あなたにおすすめの小説

【㊗️受賞!】神のミスで転生したけど、幼児化しちゃった!〜もふもふと一緒に、異世界ライフを楽しもう!〜

一ノ蔵(いちのくら)
ファンタジー
※第18回ファンタジー小説大賞にて、奨励賞を受賞しました!投票して頂いた皆様には、感謝申し上げますm(_ _)m ✩物語は、ゆっくり進みます。冒険より、日常に重きありの異世界ライフです。 【あらすじ】 神のミスにより、異世界転生が決まったミオ。調子に乗って、スキルを欲張り過ぎた結果、幼児化してしまった!   そんなハプニングがありつつも、ミオは、大好きな異世界で送る第二の人生に、希望いっぱい!  事故のお詫びに遣わされた、守護獣神のジョウとともに、ミオは異世界ライフを楽しみます! カクヨム(吉野 ひな)にて、先行投稿しています。

異世界に転移したら、孤児院でごはん係になりました

雪月夜狐
ファンタジー
ある日突然、異世界に転移してしまったユウ。 気がつけば、そこは辺境にある小さな孤児院だった。 剣も魔法も使えないユウにできるのは、 子供たちのごはんを作り、洗濯をして、寝かしつけをすることだけ。 ……のはずが、なぜか料理や家事といった 日常のことだけが、やたらとうまくいく。 無口な男の子、甘えん坊の女の子、元気いっぱいな年長組。 個性豊かな子供たちに囲まれて、 ユウは孤児院の「ごはん係」として、毎日を過ごしていく。 やがて、かつてこの孤児院で育った冒険者や商人たちも顔を出し、 孤児院は少しずつ、人が集まる場所になっていく。 戦わない、争わない。 ただ、ごはんを作って、今日をちゃんと暮らすだけ。 ほんわか天然な世話係と子供たちの日常を描く、 やさしい異世界孤児院ファンタジー。

断罪後のモブ令息、誰にも気づかれずに出奔する

まる
ファンタジー
断罪後のモブ令息が誰にも気づかれないよう出奔して幸せを探す話

田舎娘、追放後に開いた小さな薬草店が国家レベルで大騒ぎになるほど大繁盛

タマ マコト
ファンタジー
【大好評につき21〜40話執筆決定!!】 田舎娘ミントは、王都の名門ローズ家で地味な使用人薬師として働いていたが、令嬢ローズマリーの嫉妬により濡れ衣を着せられ、理不尽に追放されてしまう。雨の中ひとり王都を去ったミントは、亡き祖母が残した田舎の小屋に戻り、そこで薬草店を開くことを決意。森で倒れていた謎の青年サフランを救ったことで、彼女の薬の“異常な効き目”が静かに広まりはじめ、村の小さな店《グリーンノート》へ、変化の風が吹き込み始める――。

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します

namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。 マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。 その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。 「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。 しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。 「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」 公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。 前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。 これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。

【第2章完結】最強な精霊王に転生しました。のんびりライフを送りたかったのに、問題にばかり巻き込まれるのはなんで?

山咲莉亜
ファンタジー
 ある日、高校二年生だった桜井渚は魔法を扱うことができ、世界最強とされる精霊王に転生した。家族で海に遊びに行ったが遊んでいる最中に溺れた幼い弟を助け、代わりに自分が死んでしまったのだ。  だけど正直、俺は精霊王の立場に興味はない。精霊らしく、のんびり気楽に生きてみせるよ。  趣味の寝ることと読書だけをしてマイペースに生きるつもりだったナギサだが、優しく仲間思いな性格が災いして次々とトラブルに巻き込まれていく。果たしてナギサはそれらを乗り越えていくことができるのか。そして彼の行動原理とは……?  ロマンス、コメディ、シリアス───これは物語が進むにつれて露わになるナギサの闇やトラブルを共に乗り越えていく仲間達の物語。 ※HOT男性ランキング最高6位でした。ありがとうございました!

没落領地の転生令嬢ですが、領地を立て直していたら序列一位の騎士に婿入りされました

藤原遊
ファンタジー
魔力不足、財政難、人手不足。 逃げ場のない没落領地を託された転生令嬢は、 “立て直す”以外の選択肢を持たなかった。 領地経営、改革、そして予想外の縁。 没落から始まる再建の先で、彼女が選ぶ未来とは──。 ※完結まで予約投稿しました。安心してお読みください。

処理中です...