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第62話 剣術指南
しおりを挟む「ふっ! はっ! ──やぁっ!」
とある昼過ぎの公爵家の庭。
私はそこで一人、木剣を振り続けていた。
「…………うーん、やっぱりまだ足りないわねぇ」
腰を下ろし、呟く。
私が模倣しようとしているのは、『ラインハルト』の剣技だ。
私がグラムヴァーダだった時代、彼は『剣聖』という二つ名を与えられた英雄の一人だった。
その剣は素晴らしいの一言に尽きる。
彼は英雄ゲイルと同じくらい、その胸に強い信念を抱き、そして誰よりも優しかった。
彼と一番剣での死闘を繰り広げたのは、私だ。
だからラインハルトの剣技は今も鮮明に覚えているし、癖も知っている。
「でも、思い通りにいかないわねぇ……」
やはり、体格差や筋力が問題になっているのだろうか。
体力の方は、それなりに鍛えられた。
毎回、気絶するまで走らされているのだから、嫌でも鍛えられる。
今は二時間全力で走っても気絶しなくなった。
騎士の皆から超人を見るような目を向けられるようになったのは、そこからだ。
シンシア様は走り込み以外にも、素振りの仕方や、剣を交える際に気を付けることも教えてくれた。
夢に出てくるほどに基礎は叩き込まれたので、一端の騎士くらいの実力には到達できていると自負している。
──でも、まだ足りない。
私が目指すのは、ラインハルトの剣技だ。
もちろん、シルヴィア様やシンシア様の剣技も学んでみたいが、やはり、最も剣に秀でた者の技を目指したいと思うのは、貪欲に力を欲する者として当然のことだ。
「はぁ……ラインハルトが生きていればなぁ」
自分でも無理なことを言っている自覚はある。
それでも記憶から引き出すのと、直接相手から習うのとでは、効率に圧倒的な差が生まれる。
だが、超人的な力を持っていたとしても、流石に彼は人間だ。
どんな生物も寿命には逆らえない。
「はぁ…………よしっ!」
立ち止まっていても仕方ない。
私は気合を入れ直し、再び木剣を握りしめた。
◆◇◆
突き出された剣の切っ先を受け流し、相手の懐に潜り込む。
この間合いで剣を振るのでは遅い。
代わりに拳を突き出し、腹への一撃を狙った──が。
「甘い」
ひらりと身を交わされ、私の拳は空を切る。
真横から僅かな殺気を感じ取った私は、必死に上半身を後ろに逸らした直後、ブンッという風を切る音と共に、剣が横薙ぎに私の頭上を通り過ぎた。あのまま反応が遅れていたら、その斬撃は私の腹を容赦無く叩いていただろう。
──本気でやるつもりだ。
本能がそれを理解して、背中に冷や汗が伝う。
「まだですよ」
休む暇なく繰り出される連撃。
私はそれらをどうにか受け流し、弾き、避ける。
「──そこっ!」
一瞬だけ鈍った攻撃の隙間を狙って片足を前に突き出し、剣の腹を蹴り上げた。
「っ!」
これは相手も予想外だったのか、驚愕に目を見開き、動きを止める。
その隙を逃さず、私は足を戻す勢いと共に上段からの一撃を相手へと────
「──チッ」
手応えは、無い。
間一髪のところで躱された剣は、地面を叩いた。
そして、腹にそっと触れたのは、相手の剣だった。
「…………参りました」
負けるのは悔しい。
まだ単純な剣の腕では勝てないとわかり、私は静かに、降参を宣言した。
「お疲れ様でした」
戦闘相手、シンシア様はゆっくりと木剣を納め、下がる。
「やっぱり、まだ勝てませんね。流石はシンシア様です」
「いえ、シェラローズ様の成長は私も驚かされています。ですが副団長として、貴女の師として、まだ負けるわけにはいきません」
「ふふっ、追いかけ甲斐があります。これからもご指導の方、お願いいたします」
私は頭を下げる。
良い意味でも悪い意味でも、シンシア様は遠慮がない。
だからこそ頑張ろうと思えるし、いつかはその背中を追い越したいと内心燃えるのだ。
「……なぁ、副団長と普通にやり合えるって、やばくね?」
「しかもあの若さだ。まだ7歳になってないんだろう?」
「マジかよ。……本当に人間か?」
「それを言うなよ。公爵家に消されるぞ」
「だが、まぁ……気持ちはわかる」
「公爵家のご令嬢って、やばいんだな」
後ろの方で第二師団の騎士達が話しているけれど、こそこそと会話しているため、細かいところまでは聞こえない。
「お前達もシェラローズ様を見習って訓練に戻れ。私自ら鍛え直してやろうか?」
シンシア様が睨みを利かすと、騎士達は蜘蛛の子を散らしたように解散した。
「まったく……貴女のことを見世物のように扱ってしまって、本当に申し訳ありません」
「いいえ。私は気にしていませんし、私は公爵家の人間なので、見物しようと思われるのは仕方のないことです」
今更、見学された程度で集中力が欠けることはないし、見られたところで何かが減るわけでもない。だから私はいつ誰に見られようとも気にしない。……だが、シンシア様のご厚意はありがたいと思う。
「今日の稽古は終了です。お疲れ様でした」
「はい。ご指導、ありがとうございました」
──今日も勝てなかった。
その悔しさを胸に、次こそはと私は野心を抱く。
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