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第61話 暇潰し
しおりを挟む稽古が無い日は、比較的暇だ。
体力作りのため、起きたら屋敷の周りを10周ほど走り、シャワーを浴びてスッキリとした朝を迎える。昼になればティアとティナの勉強に付き合い、その合間にコンコッドから借りた歴史の教科書を流し読みする。
その後は特に何もせず、ゆったりとした時間だけが過ぎ去っていく。
──暇だ。
私は自室のソファに座り、天井を仰いだ。
「お嬢様? どうなさいました?」
急に天を仰いだ私を不思議に思ったのか、入口辺りで待機していたエルシアが声を掛けてきた。
「いや、暇だなぁって」
「ティアとティナの二人も眠ってしまいましたからね」
「そうなのよ。いつもなら『遊んでー』とか言ってボールを持って来るのに……」
双子は勉強で疲れてしまったのか、ベッドでスヤスヤと眠っている。太陽の光に当たり続けて眠気が襲ってきていたのだろう。勉強会をしている間も、途中から眠そうに目をしょぼしょぼさせていた。
勉強会が終わって部屋に戻ったら、引き寄せられるようにベッドで横になり、今に至る。
私のくだらない理由で二人を起こすのは可哀想だ。
「そうだ。お料理を──」
「絶対にやめてください」
「……はーい」
いつもなら「また何かするんですか? しょうがないですねぇ」と呆れ口調で許してくれるエルシアなのに、私が料理をすると言った途端、笑顔を消してピシャリと提案を却下してきた。
──どうやら私は、料理が下手らしい。
前に一度、私は料理でやらかしたことがある。
折角だから前世で一度もやったことがなかった料理をしてみようと思ったのが、事件の始まりだった。
見た目だけは完璧に出来上がった料理を、公爵家に仕えている料理人達に味見してもらったところ、全員が一口目で白目を剥いて気絶。復帰に丸々一日掛かってしまい、その日の夕食は高級レストランのシェフを直に呼び出して作ってもらったということがあった。
それから私は、使用人や料理人、挙句には両親までもが私に『料理禁止令』を出したのだ。
料理人が出してくれた調味料を使ったのに、どうして不味くなるのだと様々な方面から声が上がったのだが、そんなの私が知ったことではない。私は言われた通りにやっただけなのに、なぜか皆が気絶してしまったのだ。私は悪くないのに、どうして料理をしてはいけないのか。それを抗議したところ、一時間にも及ぶ説教を食らったのは記憶に新しい。
「私は思うのよ。料理は経験を積まなければ上手くならないって。だから私も経験を積めば美味しい料理を作れるようになると思うの。いつかは大切な双子に喜んで貰うためにケーキを作る予定なのよ?」
「大切な双子を殺さないためにも、その理想を今すぐ投げ捨ててください。あれは経験を積んでどうにかなる代物ではありません。ある意味才能です」
いつもは『お嬢様限定で全肯定するメイド』なエルシアでも、料理のことになったらこのように真逆の全否定をするようになってしまった。
これは絶対にやらせてもらえないやつだと悟った私は、頬を膨らませて不機嫌をアピールする。
「……そんな可愛いことをしても、地獄を蘇らせるわけにはいかないのです」
ほう、私の料理を『地獄』とな。
そこまで酷く思われているのか、私の料理は。
「むしろ、私自身が食べてみたいわね」
「絶対にダメです。あれは劇薬。ここでお嬢様を失うわけにはいきません」
「……流石に傷付くのだけれど?」
「真実ですから」
大人が仲良く気絶するほどの刺激だ。6歳の少女が口にしたら、無事でいられるわけがない。その理屈は理解した。……理解したのだが、自分の料理を『劇薬』扱いされた私の気持ちも考えてほしかった。
「はぁ……わかったわよ。料理は諦めるけど、その代わり何かいい暇潰しを考えてくれないかしら? 本当に暇すぎて死んじゃいそうなのよ」
公爵家の書庫に置いてある本は、大体読み尽くしてしまった。もう暇潰しにはならない。
「出来れば、この部屋でやれることがいいのだけれど……」
双子が起きた時、私が側にいなければパニックを起こす。
大袈裟と思うかもしれないが、実際に一度あったことなので楽観視は出来ない。
前日に「用事があるから先に起きている」と言った時は問題ないのだが、一度だけそれを言い忘れたことがあった。
そうしたら、屋敷全体に響き渡るほど大声で泣き喚き、私が慌てて駆けつけても数分間は泣き止まなかった。あれを体験したことで、双子の寝起きには必ず私が居なければいけないと決めたのだ。
「では、裁縫はどうでしょう? ご令嬢の間では今、それが流行っているらしいですよ?」
「…………ねぇエルシア? 料理すらまともに作れない私が、もっと繊細な作業が必要とされる裁縫を出来ると思っているのかしら?」
「失言でした。忘れてください」
「そうやってすぐに謝られると、こう……心に来るものがあるわね」
自分が言ったことで、自分が傷つくとは……なんとも酷いことだな。
「あっ、それでしたら奥様とお茶してはいかがでしょう!」
「お母様と?」
「はい! 奥様が前に『たまにはシエラちゃんとお茶したいわねぇ』と仰っていたので、きっと奥様も喜ばれると思いますよ!」
「……ふむ、悪くないわね」
最近はあまり家族と過ごす時間を作っていなかった。
母親の言葉を借りるわけではないが、たまにはお茶しながらお話というのも悪くないだろう。
「あ、でも……それでは二人を置いて行くことになるわね」
視線をベッドに移す。
「二人が寝始めて、もう二時間が経っています。これ以上眠っていると夜に響くので、そろそろ起こしてもいいのでは?」
「それもそうね。幸せそうに眠っているところ心苦しいけど、夜に眠れなくなるのも困るから起こしてあげましょう」
双子を起こした私は、二人を連れて母親にお茶の誘いをしに行った。
まさか私の方から誘われるとは思っていなかったのだろう。母親は飛び跳ねそうな勢いで喜び、対して父親は羨ましそうに唇を噛み締めていた。
本当は「私も一緒に──」という言葉が出掛けた彼だったが、コンコッドが発する無言の圧力に屈した結果、私達を執務室から見送るだけに終わった。
私達はすぐに父親のことを忘れ、庭で優雅なお茶会を楽しんだのだった。
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